秋・第13話 紅葉クエストⅡ~色付くゆしか~①必殺技は『銀杏クラッシュ』

 その場所は真心らの住む県の、山あいの集落の奥にあった。観光地と観光地を結ぶ国道から外れた側道を進むと、唐突にちょっとした広場があり、そこに、一本の銀杏が佇んでいる。

 周囲には誰もおらず、車もほとんど通らないので、道路の脇に駐車して三人は外へ出た。

 銀杏の葉は全て鮮やかな黄色で、広場の地面もその色で絨毯のようになっていた。それにもかかわらず、枝にもまだまだ葉が大量に残っている。


「なにここ、すげーっ!」


 ゆしかはカメラをかばいつつ、躊躇なく寝転がった。

 ボートネックの長袖Tシャツにウインドブレーカー、ジーンズにスニーカーという格好は相変わらず中学生男子のようだ。落ち葉に絡まりながら、銀杏を仰いでシャッターを切る。


「綺麗」


 真香はまず引いて撮るたちらしく、距離を測りながらカメラを構える。日は傾き始めており、朝日と同じように横から白熱球のスポットライトのような光が射していた。


「真心ー」


 ゆしかが転がったまま手招きするので寄っていくと、カメラを差し出された。今撮ったのだろう。遠近法を利用し、銀杏の葉の上に乗ってるように見える仁王立ちの真心が映っていた。


「銀杏将軍・真心。必殺技は『銀杏クラッシュ』」


 なんだそりゃ、と苦笑しながらカメラを返そうとすると、


「撮ってよ」


 とうつ伏せに寝転がるゆしかが銀杏の葉を両耳の上に差し込み、さらに両手一杯に抱えて頬の辺りに掲げた。真心も目線を合わせるためゆしかから少し離れてうつ伏せになり、ファインダーを覗く。三対二の四角形に切り取られた情景に意識を注ぎながら露出と絞りを調整し、


「撮るぞ、銀杏族」


 と言った瞬間ゆしかの表情がくだけたので、合わせてシャッターを切った。

 起き上がってカメラを返すと、ゆしかが画像を確認して歓声を上げた。


「上手いじゃん! なんだよ真心、隠し芸か」

「や、別に」

「ほら真香見て見て」


 膝で立って、ゆしかは真香を手招きする。モニタを覗き込んだ真香も


「あ、ホントですね。ゆしか先輩、可愛い」


 逆光気味だったのと、落ち葉がレフの代わりに光を反射していたから露出を調整した。工夫とも言えないくらい当たり前のことだが、自然と手が動いたことには真心自身が軽く驚いた。


(いつぶりだ……ファインダー覗いたのなんて)


 頭で考えるまでもなく、目と手が覚えていた。真心は自分の掌を眺める。

 それから三人は薄暗くなるまで飽きもせず、その場で色々な写真を撮った。


 銀杏の葉で両目を隠したゆしかと真香のツーショット。

 銀杏の木を背景に、「もう晩秋ね……」という旅情を流し目で表現するあおり気味の真香。

 落ち葉殺人事件、みたいな感じでうつ伏せに倒れる真心(やらされ)。

 そこに片足を乗せて勝ち誇るゆしか。

 怒って「どけ!」と背筋で起き上がった瞬間の真心とゆしか。

 銀杏の木にもたれかかり、情熱的に見つめ合うゆしかと真香。

 濡れ場みたいなカメラ目線で、落ち葉のベッドに横たわるグラビア風の真香。

 落ち葉を手に持って撒き散らしながら、逆光を背にジャンプした瞬間のゆしか。

 銀杏の葉が主食です、という変態顔で落ち葉を貪ろうとする真心(やらされ)。

 それを指示したくせに「キモい」という顔で見ているゆしか。


 等々、銀杏や周りの風景、普通のポートレートを含め、何百枚も撮影した。

 同じシチュエーションでも、より良い一枚になるよう、絞りやシャッター速度、レンズ交換などを駆使して何度も撮り直した。その体験を通してこの場所と時間を深く刻み込んだ。


「そろそろ帰ろっか」とゆしかが言い、それが終わりのきっかけになった。




 車に乗り込むと、なんとなく誰も喋らなかった。さっきまでのやり取りを各々が反復し、自分のものにしているのだという空気があった。

 しばらく経って、ふと運転しながら真心が助手席を見ると、ゆしかは目を閉じていた。


「こいつ……寝てやがる」


 微かに寝息が聞こえて、薄く笑う。呟きが聞こえたのか、後ろの真香も笑った。


「あれだけ動き回ってましたし。疲れたんでしょう」


 真心はミラー越しに真香と会話する。


「一番はしゃいでたもんな。子どもかっつーの」

「可愛いですよね」

「可愛い? こいつが?」

「はい。先輩ですけど、可愛いです。それに、優しい。今日のことだって」

「自分が行きたかっただけだろ?」


 半ば本気で真心は言う。


「むしろ迷惑だったんじゃ?」

「そんなことないですよ」


 真香はそこで一度言葉を切る。


「あの、あたし……ちょっと、行き詰まってたんです。なかなか模試の判定が上がらなくて、焦って空回りして。でもあたし、ひとに頼るのが下手なんですよ。軽そうな見た目とギャップがあるってよく言われるんですけど、これでも長女で、委員長で、部長だったんです。ひとには相談されるんですけど、自分のことはなんか、言えなくて。ゆしか先輩はそういうの、解っててくれて、たまに連絡くれるんです」

「なんか困ってることないか、って?」


 真香は笑いながら首を横に振る。


「『彼氏なんて放っておいて遊ぼうよ』とか『勉強飽きない? 遊ぼうよ』とか。あたしが身構えないように、わざとそういう言い方をしてるんだと思います」

「考え過ぎじゃないかな……」

「けどそれであたしは困って笑いながら、いつの間にか本音を話してるんです。言葉にするまで自分でも解ってなかったのに。凄いと思いません?」

「まあ、な」

「無理に聞き出すことはないのに、聞いたらずかずか踏み込んできて、解決するまで絶対手を離さない。まあ、容赦ないからやり過ぎることもありますけど……この前みたいに」

「ああ。そういえばその後彼とは?」

「完全に切れました。二度と連絡してくるなって言われましたし」

「そりゃよかった」


 そこで一旦会話が途切れる。

 真心はドリンクホルダーからペットボトルのコーヒー飲料を取り、ひと口含む。


「……あの。ゆしか先輩のこと、女としてどう思ってます?」

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