第27話 六律使いと、天恵(アルタ)。

 黒魔術師の一人が都市内に建てられているエーテル貯蔵庫を目指す。エーテルを喰らってそれを黒点に持ち帰る。それが黒魔術師の行動指針であり、特別な任務はそのエーテル採取と並行して行われるのだった。今回の特別任務は『あるモノの封印場所』を探し出すことであり、それに繋がる情報を可能な限り集めること。だが、今回ばかりはエーテルの獲得を急がねばならない理由が生じていた。先程から光の柱が邪霊の都市を飲み込み続け、邪霊そのもののエーテルを奪い取っていたのだ。邪霊同士のいざこざ等に興味はないが、エーテルの全ては聖女の為にのみあるべきだ。


 都市の建物群の間を疾走する黒魔術師は再び測波を放つ。周囲に潜伏している邪霊の位置を探るためだ。「ほう? また陣形を変えてきたか。全くこういった手合いは面倒くさくて敵わんな」ぼやく黒魔術師の頭上では銀色の閃光が時折明滅していた。それは都市全域に対して仕掛けられた転移術を妨害する術。小賢しい邪霊どもの策であり、そのためにエーテル貯蔵庫まで転移を使うことが不可能になっていた。それでも空中を飛行すれば時間を浪費することもなかったのだが、地上からの砲撃と弾幕によって地上に引き摺り下ろされる結果となっていた。邪霊の術中に従わされる苦痛に黒魔術師は舌打ちする。黙って殺されれば良いものを、多少の戦術に頭が回る程度の輩が本当に煩わしい。

 路地先から聖霊魔術火属の炎撃が貫いてきた。見やれば5人編成の小部隊が黒魔術師の進路を塞いでいる。


「聖ヱ術・深き光に抱かれ、砕け散れ」


 行く手を阻む邪霊に対して、黒魔術師NO.10,253は五指に黒雷を走らせ邪霊の小部隊を灰塵に帰す。殺した邪霊からエーテルを獲ろうとしたが、いや、この手ごたえは幻影。「ちっ、時間差を織り交ぜてきたか。幻影に実存強度を持たせるなど、良い時間稼ぎをさせられる」

実存強度を有する幻影は本物との区別がつけられない。唯一その虚実を識別できるとしたら、攻撃を放った直後である。実存強度があるとはいえ、所詮は幻影である。攻撃を放った直後に崩れ去るのだ。しかし、今しがたの攻撃はどうだ? 攻撃を放った後においても数秒は体を維持していたではないか。これでは此方も本物の邪霊だと判断し、その動きを注視せざるを得ない。眼前の敵を無視するなど、戦場においては自死に等しい。ただそれでさえも、黒魔術師の優位は崩れることすらないが。

 黒魔術師NO.10,253は周囲のエーテルを探る。またもや部隊の陣形が変わっていた。「永遠に抜け出すことが出来ない包囲網というわかけか。笑わせる」NO.10,253は左右の高層建築物に潜む気配がある事を知る。戦闘状態の有無にかかわらず、索敵魔術の常時使用は基本中の基本だ。もちろん広範囲を捉える測波は精度を高める為に補助魔術として使用する。


「左に3部隊、右に2部隊か。左が実存強度を持つ幻影か。タネが分かってしまう程、興覚めなことはないな」


 右の五指に黒雷と風弾を練り上げていると、遠くで大きな爆発音と衝撃波がNO.10,253の体を揺らす。「この方角はNO.14,555が向かった先だ。奴も幻影に手を焼いていて広範囲攻撃に切り替えたということか。しかし、広範囲聖ヱ術はエーテルを使いすぎる。あとで釘を指しておかねばならんな」爆風が建物群を揺らす中で、左側の邪霊部隊からの攻撃が突き刺さる。左の3部隊は実存強度を有する攻撃であり、NO.10,253は体を器用を動かしそれらの攻撃を躱す。直後に右側の幻影からの攻撃が届くが、無視する。幻影の攻撃は幻影であり、躱すことに意味はない。

 が、その攻撃は霧散せずにNO.10,253の腹部と肩口を貫いた。しかも、今までで最も高い実存強度を有する攻撃が肉を焦がし、鮮血が路地の石畳に零れた。まさか、幻影と実存強度を持つ幻影とをスイッチさせたのか! 慢心が招いた傷とはいえ、邪霊に良い様に弄ばれるなど我慢ならん。

 NO.14,555が膝をつく路地先に、邪霊どもの部隊が行く手に何層も重なるようにしてさえぎり、実存強度を伴った連弾が襲ってくる。「この俺を仕留める気でいるのかっ!」先程よりも実存強度の高い攻撃に防御を取らざるを得ないことに、叫んだ。


「邪霊ごときがっ!」


 小さな渦を両手に創り出して左右の建造物を飲み込む。それは局所的重力渦―――触れたものを極小砂塵に帰す聖ヱ術が、高層建築物の二棟を消し去った。その空閑地となった切れ目から戦場となっている都市を見渡す。認識を改める必要があった。「よもや辺境にこれほどの実力者がいたとはな。やはり戦場はあなどれんか。ふむ、この天異界3層でも通じる力は我が糧に相応しいな。良いだろう。その魂、俺が飲み込んでやろう」NO.10,253は片手をエーテル貯蔵庫の方角に掲げて、聖ヱ術を唱えた。


「聖ヱ術・『恩寵』貫きの青刻」


 一点の穴が穿たれる。それはエーテル貯蔵庫に直前にまで伸びた指先程の大きさ。黒魔術師の聖ヱ術の言葉が終わり、空間が一気に渦を巻く。空間に直接干渉する聖ヱ術は黒魔術師のなかでも、高位に近づきし者だけが扱え得る術だ。無理矢理に空間がこじ開けられ、それに触れた物体諸々が蒸発し、死滅する。これで潜伏している部隊も、抵抗すらできずに消え去った。これで邪霊も部隊の補充・再編成をするにも幾ばくかの時間を要するだろう。それにエーテルも無尽ではないだ。それにエーテル貯蔵庫近辺に、都市住民が避難していることは分かっている。さて、全てを頂くとしよう。


 黒魔術師の術によって大きくこじ開けられた直線の道。その先にあるエーテル貯蔵庫に難無しに辿り着いたNO.10,253は違和感を覚えていた。潤沢に貯えられているエーテル貯蔵庫であるにもかかわらず、長年に培ってきた戦場での経験が警戒音を鳴らして止まないのだ。訝しがりながらも、その貯蔵庫と、その直下の地下室にいる都市住民の実存強度を観る。確かに実存強度を持ってはいるが、まさか人型幻影以外の物体にも実存強度を与えることが出来るというのか? NO.10,253は測波を放ち、その仔細を調べる。「空の貯蔵庫を潤沢のエーテルに観させる。これほどまでの能力‥‥‥まさか天恵アルタ持ちだったかっ!」欺かれた事実に気付いたときには、既に遅かった。そのエーテル貯蔵庫の下部にいる都市住民もまた実存強度を持った幻影。その幻影達によって隠蔽されていた複合制御式が発動した。かねてより仕掛けられていた聖霊複合Ⅲ式『紅蓮球パドマ』が修羅の住む無道乖離より招き入れた獄炎を凝縮し、開花させる。諸々の怨嗟の叫び声を熱波に変えて、地上に生きる全ての魂在る者達を炎剣によって切り刻み、紅蓮の球が地表を覆った。それは都市上空を焦し尽くすほどの火閃ノ柱に変わって真っ赤な轟きを見せつけた。その魔術の威力は凄まじく、浮島が傾き低重音の振動が都市を揺らし続けていた。


 その豪爆炎を都市外郭上で見ている者があった。だが、その者は明らかに疲弊し、痙攣する手を壁に叩き付け無理矢理に制御式を編み続ける。黒点の断片が生じてから30分弱。ツチダの魔術制御は限界に達しようとしていた。「だが、まずは一人。確実に殺せたか、もしくは戦闘不能にはできたはずだ」肩で息をしながら、無理矢理に自らを立ち上がらせる。また黒魔術師はあと二人いるのだ。たかだか一人に対してこの体たらくでは先が思いやられる。と、自分に鼓舞を打って幻術の制御式を為そうとした。


「おや? こんなところにいらっしゃいましたか。流石に幻影だらけで辟易していたところでしたよ。さて、貴方が実体であることは明かだとは思いますが。試させてもらいましょうか」


 何もない空間から声がする。しかし、転移術は封じているはずだ。ツチダは即座に測波を放ったが、どこにも黒魔術師の気配を見つけることがなかった。だが、ツチダは外郭の下部を見やって気付いた。長く続いているはずの通路が漆黒に包まれている。測波でも観測不能なほどの空間操作能力保持者―――黒魔術師がいたのだ。

 ツチダは瞬時に後方に飛び退くが、それよりも早く重い蹴りがツチダの横腹を砕いた。防御をとる余裕さえなく口から血を吐きだし、そのまま外郭の壁に吹き飛ばされてしまう。その壁の2、3枚に大穴が開いたところでツチダはようやく静止できた。

 額から流れ落ちる血で片目が塞がってしまったが、構わずに反撃の聖霊魔術・氷塊を黒魔術師がいる空間に向かってぶちかます。ちょうど通路のあった場所の空間が歪み始め、放たれた氷塊全てが何者かに握り潰された。その空間はそのまま渦巻くようにして人の形となる。「聖女の偉大なる御力の前では、邪霊は塵に等しい」体の半分が『恩寵』によって腐り落ちた黒魔術師が現れ出でた。『恩寵』は黒魔術師の実存強度を削る。戦闘以前はツチダとの差が絶対的に開いていたが、今ではツチダの実存強度よりも低くなっている。それがありありと分かるほどに、黒魔術師の体は異様なまでに崩れていた。その様子にツチダは「測波の認識外にいることが出来たのは魔女の『恩寵』を使ったからか」と合点に至った。


「この溶けた体では邪霊の相手も、ようやく出来ると言った感じですねえ。邪霊に攻勢を与えるのも虫唾が走ります。我が体を苗床に、黒魔術師の強化といきましょうか」


 眼前の黒魔術師が自らの体を引き千切った。その千切られた腕が、ぶくぶくと泡立ち、2体の黒魔術師を喚んだのだ。例え転移術が遮られていても『恩寵』による呼び寄せには如何なる力であっても妨害はできない。

 喚び出された黒魔術師の2人は、腕を失った黒魔術師をそれぞれ半分に引き裂き、肉玉として食している。その黒魔術師の一人が口を開いた。


「邪霊よ、先程の豪炎の魔術は凄まじかったぞ。素直に賞賛しよう。我が身が焼かれたことなどこの百年はなかったのだがな。だが、良い! 実に良いぞ邪霊。戦いとはこうでなくてはいかん。だが、どうしたのだ、邪霊? 既に死にそうではないか」

「NO.10,253は戦いが好きで仕様がないですね。それに邪霊、いくら幻影を創り出そうとも我ら黒魔術師に敵うことはない。さっさと絶望に打ちひしがれて、首を差し出せば良いものを。そうであろう? 他の浮島の邪霊どもは、こぎみよいほどに従順に肉玉となってくれましたよ」


 以前よりも実存強度を上げた黒魔術師2人はツチダを静かに見下ろした。


「邪霊よ、素晴らしき幻影であった。このような辺境に天恵持ちがいたとはな。数百年を生きてきて初めて体感したが、なかなかに興味深きものであった。邪霊、俺の糧となることを許そう」

「天恵の能力は、まさかエーテル貯蔵庫ですら欺瞞に誘うことが出来るとは六律にも困ったものです。だが、このような辺境に天恵保有者がいるとは、ただの偶然でしょうか? 何かを隠しているのではありませんか? そう、たとえば『纏われのモノ』を封ずる何かを知っているのではありませんか? ふむ、そう簡単には口を割りませんか。良いでしょう、貴方の頭だけは私が頂き、その脳に直接問い掛けてみれば済むことです」


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