第26話 たとえ小さき瞬きであっても。
非常灯の光すら灯らない暗闇が、一瞬にして都市全体を包み込んでしまった。守護職室に詰める者達は絶望に引きずり込まれたように言葉が出ない。しかし、ツチダは瞬時に状況を把握し、都市の上空―――黒点の欠片2端よりもさらに上、その高き次元を睨みつけ罵声を飛ばす。
「くそがっ! 自らの系譜従者をエーテルに強制還元するつもりか!」
その怒気が部屋全体に響き渡るなか、高き次元から系譜原典のみが行使し得る光の柱が都市全域に打ち下ろされた。その光を受けたツチダの部下の数名の体が崩れていき、助けを求める叫びと共に黄色の蛍火となって光の柱に吸い取られていく。
「ふざげるなっ。実存強度が低いからといって、黒魔術師に喰われる前にエーテルだけを寄越せというのか! 天異界の1層にいる力無き者といっても、系譜を支える
ツチダは直ぐに展開させている複合制御式・幻彩現構築を、系譜原典の介入を拒む制御式に書き換える。こうなってしまっては順序は逆だ。都市住民の長距離転移をすぐに開始させなくてはならない。いくら魔術で系譜原典の介入を遮断させようとも、従者は原典の奴隷的立場に留まる。反旗を翻しても力負けするしかないのだ。まして、黒魔術師が現出し始めている現状においては一刻の猶予もない。
今すぐにでもこの浮島から離れなくては、系譜原典に強制還元されるか、黒魔術師の
ツチダは系譜原典からのエーテル強制還元を押し留めながら、部下に命令を下した。
「都市住民の長距離転移を優先させる。都市魔法は予定通りに行うが、操作を俺に渡せ。ここにいる全員は住民と共に避難しろ! 黒魔術師と戦うのは俺だけでいい。ミハイロフっ、お前を守護職代理に任命する。俺に代わって皆を避難させるんだ」
「いえ、自分もツチダ守護職殿と共に戦いま―――」
「駄目だ。ミハイロフ、これは命令だ」
「‥‥‥確かに拝命しました。これよりミハイロフ、浮島全員の避難を行います」
「それでいい。それと繰り返すが、エーテル中心結晶に領域魔法の発動点を組み込んである。必ずそれを発動させてから長距離転移を実行しろ。そうすれば転移と同時に原典系譜を離反することが出来るかならな。既に十分なエーテル量は確保されている。だから、あとの事は頼んだぞ。では、行けっ」
ミハイロフが部屋にいる全員を見渡して脱出通路を片手を上げて指示する。雪崩を打ったように走っていく者たちの最後尾で、ミハイロフが振り返り最敬礼する姿が見えた。そのまま部屋の扉が閉まりツチダは守護職室の中央モニターを見やり、彼は口元を引き締めた。十分なエーテル量を確保している、というのは正確ではない。系譜原典からの強制エーテル還元で大部分が持って行かれてしまったのだ。苦肉の策として、黒魔術師と戦う戦術貯蔵庫からエーテルを長距離転移用にまわしているのが現状だ。「これまでエーテルの不足する戦場など何度も経験している。浮島の皆については俺がいなくともミハイロフがいれば問題ない。俺は目の前のことを為すだけでいい」ツチダは自身のエーテルを、稼働不測の状態にあった都市魔法に注ぎ込む。都市魔法『
「さあ! 黒魔術師ども。俺と最後まで付き合ってもらおうか」
◇
眼下に広がる都市。
都市中央に尖塔が高くそびえ、それを中心に翼を広げたように都市が広がっていた。10万人を擁する浮島の都市は、周辺部という難所にあっても確かな計画のもとに運営されてきたことを物語っていた。
黒点の断片から現出した3人の黒魔術師は満足そうに頷く。これならば十分な量のエーテルを聖女に奉納できるだろう。
都市を包む空気がちりちりと張りつめていくのと同時に黒魔術師は各々に漆黒の制御式を展開した。その漆黒の制御式を目掛けて都市魔法が鋭い唸り声を上げて襲い掛かってきた。
「全く邪霊どもには呆れるばかりだ。現出と同時に都市魔法などとは、よくも毎度毎度同じ戦術を使うものだ。こちらが何もせず呆けているとでも思っているのか? やはり天異界1層は雑魚の集まりでしかないのだな」
「我らは、此度の任務でNO.10,000台を預かった身。例えどのような相手であろうとも、我らが献身は聖女の為に行われるのです」
「ふむ。細微な邪霊であっても、邪霊そのものを殺し尽くすことが出来ましょう。嘆き、叫び、恐怖に飲まれながら、自らが世界に存在する罪を自覚してもらわなくてはなりませんからねえ。まずは手筈通りに中央エーテル結晶石とエーテル貯蔵庫から。そして邪霊を引き裂いて、皆殺しとしましょうねえ」
都市魔法を、漆黒の制御式と『恩寵』により編んだ3重防壁結界で完全に防ぎ切った黒魔術師。彼らが優先するのは聖女への献身のみ。そこには自らを特徴立てる名前など必要ではない。任務ごとに与えられる番号こそが彼らの喜びなのだ。彼らにとって各々の個性は必要ではない。それは聖女に対する猜疑心にほかならないから。常識は必要ではない。それは思考に生じる怠惰そのものであるから。自由は必要ではない。それは邪霊に喰われたモノの存在証明であるから。彼らは『真なる人間性』を得た黒魔術師であり、それら全ては不要のものであった。
黒魔術師の足元で都市の高層建物から閃光が瞬いた。彼らに向かって地上から一斉砲撃が放たれ、黒魔術師たちが浮かぶ空を埋め尽くした。しかし、黒魔術師は防御の術式を片手に表しながら、都市に潜んでいる部隊の居場所を容易く把握してしまう。
「ほう? このような辺境部にこれほどの戦力があったとはな。何か重要な施設でも隠してあるのか?」
「はて。そのような情報は受けておりませんでしたが、これは思わぬ発見かもしれませんね」
「そうであれば、邪霊の数匹の皮でも剥ぎながら情報を探る必要がありましょう」
地上からの魔術砲撃を回避しながら黒魔術師は行動指針を決める。それから都市の各施設に向かって、それぞれに散開して行った。
実存強度
ツチダ 7.3680
部隊×100 5.5000 ~ 7.3680
都市住民 1.0050 ~ 3.3358
黒魔術師×3 7.3000 ~ 7.5600
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