第20話 深い眠りにつくのは恋の甘さを知る者だけ。
薄暗くて人けのない夜の旧市街。石畳の道を歩きながら何度か二人の手の甲が触れた。
最初は偶然。
そのうち意図的に。
それを何度か繰り返すうち
あたしもその手と指をぎゅっと握り返す。そうしたらもうあたしには我慢できなかった。その手を強引に引っ張って抱き寄せ、抱き締めた。いい匂い。細いのに柔らかい。温かい。
「こんな不愛想な女でいいの?」
棒立ちの生明さんがようやくぼそりと口を開いた。
「うん」
「どうして、どうしてなの? 私こんな陰気なのに」
あたしの耳元でそう囁く生明さんの声はなんだかとっても悲しそうだ。
「うん。知ってる」
そういうあたし自身の声もなんだか少し上ずっていて。
「ねえ、私レズなのよ」
「うん、あたしもそうだったみたい」
「好きな子に意地悪で」
「知ってる」
「素直じゃなくて」
「それも知ってるし」
そうしたら生明さんは急に泣き出して、あたしにしがみ付いてきた。
「それじゃあどうして、どうして私を私なんかをっ」
「知らない、知らないってっ! そんなの知らないよっ! でも好き、好きなのっ! 生明さんこそどうしてこんなばかなあたしをっ」
あたしは生明さんの細い腰と背中をぎゅっと抱きしめた。
「私だって知らない…… 知らない事だらけ、判らない事だらけ。それでも好きなの。君を大好きになってしまったの。そばにいて欲しいの、こうしていたいの」
あたしはキスの仕方なんて知らなかったけど、恐る恐る生明さんと生まれて初めてのキスをした。この時の生明さんの息づかいをあたしは一生忘れないと思う。
そのまま生明さんを十一番街の大きな家まで送って、家の門でもう一度キスをして連絡先を交換をした。そのあとあたしは一人で公園に置きっぱなしだった自転車に乗って帰宅した。
帰宅後生明さんと端末(※)で通話しているうち、生明さんはいつの間にか寝落ちした。あたしはその寝息を聞きながら端末を抱いてゆっくりと深い眠りの淵に落ちていった。生明さんの夢を見ながら。
▼用語
※端末(総合携帯端末):
旧世界のスマートフォンやタブレットにほぼ同じ。所有者が個人番号と紐づけられていたり、3D画像を投映出来たり、通信範囲や電池容量について旧世界のそれと比して著しい向上が見られる。
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