第19話 想う事の苦しみを知れば真の愛を得る。

「らしいわね」


 肘を抱くようにして立っている生明あさみさんも少し俯いてからそう呟いた。

 人を好きになるってこんなに苦しい事だなんて思いもよらなかった。心の底から何度詫びても初美は余計に苦しむだけだろう。「好きになれなくてごめん」って謝られたって、情けなくて苦しくなるばかりなのはあたしにだって判る。だったらあたしはどうしたいい?


 私が黙って深呼吸をして気を落ち着かせると、あたし達より少し離れたところに立っている見矢園みやそのに気付いた。私たちと同じで少し青い顔をしている。でも私たちと違って見矢園は両手で口元を覆って泣いていた。私も生明さんもかける言葉なかったけど、見矢園は無理して涙を止めた様子で涙を拭うと引きつった笑顔を浮かべた。


「じゃあ私も帰るわね。お二人共お幸せに。じゃあねけい。ほんのちょっとの間だけだったけど楽しかった」


 くるっと振り向いてそのまますたすたと歩み去っていく見矢園。後ろからでも涙をぬぐいながら歩いているのが分かった。


「亜……」


 生明さんが見矢園に声をかけようとしたので、今度はあたしが止めた。生明さんは苦笑する。いや、少し自嘲的だったかも知れない。


「ふ…… 人の事言えない」


「ね」


「……ええ」


 少し無理をして笑顔を作る。


 でも今の見矢園の話、どういうこと? 「お二人共お幸せに」?「ほんのちょっとの間だったけど楽しかった」? それって見矢園は生明さんと別れたってこと? そして「お二人」って、ここには二人しかいないし、これってやっぱり。


 あたしがびっくりして生明さんを見ると生明さんは少し疲れたような微笑を浮かべる。それがとてもきれいであたしの心臓がまたどきっとする。


 自分の中に半ば確信のようなものが生まれて少し気持ちの余裕のできたあたしは、とにかくくたびれていることに気付いた。何はともあれ今日はさっさと帰ってとっとと寝よう。生明さんと話すのは明日にしたい。それくらい疲れて、そして少し打ちひしがれていた。


「生明さん疲れちゃったでしょ。もう帰らない? 送っていこうか?」


「ええ、じゃあそうして」


 生明さんも疲れた表情だ。でもどこか満たされた表情でもある。


「わかった」


 その後はずっと二人っきりで歩いていた。わざわざ路面電車トラムを使わず旧市街を歩いたのに二人共一言も話さなかった。言葉が浮かばなかった。

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