第18話 恋に破れし者に、その想い人から徒に手を差し伸べるべからず。

 今にもあたしに拳を打ち込もうとした初美。

 しかし瞬間泣きそうな子供そっくりの顔になったと思ったら、す、と全身の力が抜けたようにうつむいて大きな深呼吸をする。あたしから見ても分るくらい殺気が消えていく。

 するともう一度ゆっくりブルブルと震える手で構える。ああもうだめだ、今度こそ殴られると覚悟し、身体中の筋肉に力を入れ歯を食いしばる。


 すると初美はぽす、とあたしの胸を叩く。撫でるくらいの力しかない。

 どう反応していいかわからない。ただ戸惑うしかなかった。


 あたしの胸に拳を当てたまま、うつむいた初美がつぶやく。後ろの二人には聞こえるかどうかの小さい声。


「……生明あさみさん ……佑希ゆうきってこういう子なんです。守りたい人がいたら黒帯の前にでも立ち塞がっちゃう子なんです…… でたらめでいい加減で適当で頭悪くて物分かりが悪くてすぐ手が出ちゃうやつだけど…… やつだけど…… 肝心なと、ころはっ、えぅっ、誠実、でクソ、真面っ目――でっ、曲――がった、うっ、事がっ、大嫌っいなん、で、す……ぐす」


 ぷいっと振り返ってまた呟いた。


「……大事にしてやって下さい」


 ボクシングで打たれまくってくたくたになった選手のように、よたよたと足を引きずって立ち去ろうとしている。


「私の代わりに……」


 三人に背を向けた後のこの初美の呟きで初美の目からは涙が堰を切ったように流れ出す。初美にとって十五年来の初恋が今終わった。子供のようにみっともなく嗚咽し腕で何度も何度も涙と鼻水を拭いながら、あたしたち三人から立ち去ろうと歩を進めていく初美。


 その初美の打ちひしがれた後ろ姿があまりにも痛々しくて手を貸しそうになった。私にとっても十五年来の幼馴染だ。その幼馴染の後姿がいたたまれなくて胸が苦しくなる。一歩二歩、足を踏み出す。


「は、初美……」


 後ろから生明さんがあたしの左腕をそっと掴む。振り向くとやはり辛そうな顔をしてあたしの方を見ながら顔を横に振った。


「今は一人で泣かせてあげて。君がいたらもっともっと辛くて惨めになるから」


「……なんで?」


「わからないの?」


 少し非難めいた眼になる生明さん。


「わか……る。わかるけど納得いかない……」


 あたしは俯くしかなかった。生明さんに目を合わせられない。私は生明さんを好きになった事に深い罪悪感を覚えた。

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