第9話 許しを得ても気を許すべからず。
大気汚染レベルが2と清々しいくらいの土曜日の夕刻。あたしは今までと同じように旭第一公園の四号棟東屋に行ってみた。
するとやはりそこには
あたしが東屋に入ってくると少し驚いた表情で、だけどすぐに不思議そうな表情になった。
「メイコンシティからのお客様はもういいの?」
あたしはとっさに嘘を吐いた。最近嘘を吐いてばっかりだ。
「あ、ああ、もう帰った。でも何で知ってるの?」
生明はちょっと意地悪そうな目でこっちを見ると、くすりと笑った。
「聞こえちゃったのよ。岡屋さんと話してるの。君たち声が大きいんだもの」
ふうん。あたしたちが話してた時、こっちを気にしてたように見えたのは本当だったのかな。
「それよかさ、今度は何の本を読んでるの?」
「これ」
その本には「星を継ぐもの」と書いてあった。
「へえ、何かムービーのタイトルみたい。かっこいい」
「旧世界でも映画にはなってなかったと思う。この前のとは違って結構ハードなSF。君本が好きなの?」
実はあたし本が大の苦手。でもそう言ったら話がそこで途切れちゃいそうだし、かといって嘘を吐くのも良くないだろうし。
「うん、ほんとのこと言うと苦手」
「その割にはやけに訊いてくるけど」
「ううん、なんて言うかその、生明さんが何読んでるのかちょっと興味があってさ」
「ふうん、変わってる」
「そうかな? それも紙の本でしょ」
「そう。みんな十一街区の古本屋で買ってくるの。近所だから」
「近所!」
「そ、私十一街区に住んでるから」
「十一街区住み!」
驚いた。十街区から先に住む人なんて初めて会った気がする。そういえばこの公園だって十一街区から近いからなあ。まああたしや初美だって八街区だから、それなりだと思ってたんだけど。身近なところで上には上がいたもんだ。
「でも」
生明が少し複雑な表情を見せる。疑問とからかいの混じった顔だ。
「どうして私のところに何度も来るの? 岡屋さんとの約束を
「うっ……」
やっぱり初美に嘘ついてたの分かっちゃってるのか。
「?」
何て言えばいいだろう。いや、何と言えばいいか私にもわからないや。だからそう正直に言うしかない。でも今少し動悸がしているのはなんでだろう。
「よく、よく分からないんだけど、その、生明さんがどうしてるかなって……」
面白そうに笑う生明。
「やっぱり変わってる、君」
あたしは赤くなって頭をかく事くらいしかできない。
「う、うん、そうかもしれないや」
生明はふわっと柔らかく笑う。その笑顔があたしの胸に突き刺さった。なんでこんなに苦しいんだろう。一瞬息が止まったような気がした。
「たまになら」
「えっ」
「たまにならいいわよ。ここに来ても」
頭に熱い血が上ったような気がする。生明に受け入れられたような嬉しい気持ちと、生明にあたしの心を奥底まで見抜かれたような気持になって顔が熱くなる。
「う、うんっありがとう。あ、でもその、生明さんの読書を邪魔しないようにするからっ」
「もう充分してるでしょ」
ちょっとからかうような顔であたしの顔を見る生明。ロボットやアンドロイドのように目がカメラになっているなら、この顔を写し撮って“生明”ってフォルダを作って保存したい。
「ごっごめん!」
「いいのよ、私も気分転換になって楽しいし。ありがと」
あたしは少し舞い上がるような気分だった。生明とほんのちょっと親しくなった(ような気がする)だけなのに、とてつもなく嬉しい気分で満たされる。
「でもここのことは秘密にしてね」
「うん! うん、勿論! 誰にも生明さんの読書を邪魔させるようなことはしないから」
何だか二人だけの秘密が出来たようで、さらにあたしは舞い上がる。心臓が静かにその鼓動を速めた。
「大袈裟」
「そうかな」
「そうよ」
少しおかしそうに微笑む生明。やっぱりきれいだ。いや、かなり、いやいやすごくきれいだ。
もっともっとここにいて色々な話を生明としていたかったけど、読書の邪魔をしちゃいけないと思った。後ろ髪を引かれる思いであたしは生明に挨拶をして四棟東屋を出た。また来週の土曜もここに来る約束をして。
※2021年1月12日 誤記を修正いたしました。
※ 同 日 脚注▼用語※街区を追加しました。
※2021年1月13日 脚注▼用語※街区を第4話に移記しました。
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