第10話 倒れ伏したる者には速やかに手を差し伸べよ。

 体育、音楽、美術、工芸、視聴覚授業、こういった別教室での自由座席授業ではいつもあたしの隣に初美が座ってくる。


 けれど今週になってやけに生明があたしの近くにいるような気がする。この間の音楽なんかは初美とは逆の隣に生明が何食わぬ顔で座ってきた。一方あたしの方はわけもわからずド緊張しっ放しで初美に不思議がられてしまった。

 生明があたしのそばにいない時あたしは自然と生明の姿を追うようになっていた。一度ならず生明と目が合った。こんな事今までなかった。その度に胸がどきっとするけれど、生明の方はまるで何もなかったかのように視線を逸らす。これが何とも言えず物寂しい。


 そんな週の水曜四校時目は体育の授業だった。


 右隣に初美、そして気が付くと左隣に生明がいた。それに気が付いた瞬間、またあたしの心臓が躍り出す。

 いうことを聞かない心臓を鎮めようと全く意味なく深呼吸をしていたら左隣でどさっと音がして生明が崩れ落ちていた。


 生徒たちのどよめきが聞こえる中あたしはとっさに生明を抱え起こそうとする。何も考えてなかった。とにかく驚いたし、なにより彼女のことが心配だった。


「あっ生明さんっ」


「大丈夫?」


 初美も生明に声をかける。


 生明はあたしを支えに寄りかかるようにしてなんとか立ち上がった。


「すいません、貧血で……」


 先生は私に生明を保健室に連れていくよう指示した。初美も一緒に行きたがった。なぜだかすっごくついて行きたがっていたが、あたしの方もなぜなのか初美にはついてきてもらいたくなかった。


 暑い校庭から校舎内に入ると少し涼しい。だがここでまた生明は崩れ落ちてしまった。


「ごめんなさい、もう立ってるだけで辛くて吐き気がして…… ああ床冷たくて気持ちいい……」


 これじゃどうしようもない。恐らく生明は支えがあっても、歩いて保健室には行けない。この体重なら大丈夫そうだな。そう思ったあたしは黙って生明を“お姫様だっこ”する。


「ひゃ!」


 素っ頓狂な声を上げて驚いている生明を尻目に、あたしは保健室へ急ぐ。さすがに生明は軽いとは言ってもあたしの腕力じゃ厳しい…… こりゃ急がないとだな。


 生明は少し回復したようで青白い顔をして目を開いてこちらを見ている。あたしはそれをなぜか正視できなかった。代わりに声をかけた。


「生明さんさ、栄養状態悪いって絶対。がっりがりじゃん」


「普通そんな事は言わないものよ。男子みたい。男子は君みたいな肉付きの子が好きよね」


 真っ青な顔をして辛そうなくせに冗談を言う生明。

 別に男子になんか好かれなくてもいいや、今は。今あたしが好かれたいのはそうじゃなくて。そう思うと少し苛立つ。


「むか。二重の意味でむか」


「からかっちゃってごめんなさい。でも私はがっりがりよりずっと好き。かわいい」


「かっ、かわいいって……」


「それと、実はこの間の事ちゃんとお礼言った方が良かったかなって……」


「お礼、って?」


「この間のこと。私をかばってくれたでしょ。そのお礼。それと冷たくしたお詫び」


 ちょっと何のことかわからなくてうまく返答できなかった。二秒くらいの間を置いて、生明が微笑む。


「ふっ、もう忘れちゃったの。あんなに啖呵切ってたのに」


 啖呵。ああ、先々週菊池達をビビらせたあれね。すっかり忘れてた。


「あ、ああ、あれか、あれ。あいつらがうるさかっただけでさ、別にそのそんな、かばうだなんて……」


 生明はそれには何も答えず黙ったままだった。

 思い直したように生明は口を開いた。


「私ね、君が言うところの私の趣味、性的志向ね。それに否定の意味を込めずに言われた事なかったから ……その、本当はちょっとなんだか嬉しかった」


「あ、あたし、そこまで深く考えてたわけじゃなくて、その……ごめんなさい」


「ううん、いいの。全然いいの。私の方こそもっと早く君にきちんと謝らなくちゃいけなかったのよね。ごめんなさい。『心が殴られている』って言葉、胸に響いた。」


「そ、そんなこと言ったかなあたし」


「言ったわよ」


 そんなやり取りをしているうちに保健室についた。ヤバい、腕がもげそう。

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