第8話 友に虚言を吐くなかれ。
翌週の月曜日になってからもあたしと
生明の後姿を眺めているだけで上手く言葉に出来ない気分の良さを感じていたが、勿論それは自分の胸の内にだけ閉まっておいた。
「ねえ、今度の土曜日なんだけど」
水曜日の昼休み。
自席に座っていたあたしは、やはり自席で読書に耽る生明の後姿を眺めていた。すると人影が視界を遮る。この小さい体は初美だな。あたしは少しイラっときて初美を見上げた。
「何?」
「何て顔してんのよ、ぼへらっとしちゃってさ」
初美の方もすこしイラついた顔をしてた。
「ねえ、今度の土曜日来てくれるんでしょ?」
初美は少し伊苛立ったような、それでいて何かを少し心配しているかのような表情に見えた。
「土曜日?」
土曜日と聞いて、あたしは真っ先に生明と会っていた先週の土曜日のことを思い出した。そして、なんでか分らないけどこのことは絶対に初美に知られちゃいけない、とも思った。
初美はさっきより少し大きな声を出す。
「地区予選っ!」
「あ」
「メッセ送ったのにずっとスルーしてさ。来てくれるんでしょ。大事な試合なんだし」
「あ、ああ」
そうか、今度の土曜は初美の空手の地区予選があったんだ。
あたしはちょっと言いよどんだ。どうしよう。その時あたしはまた生明のいる東屋に行きたい、そんな気持ちが突如湧いてきていた。でもどうしよう。生明、迷惑かな。いやちょっと顔を見て話してすぐ帰ればいいよな。それくらいなら許してくれるよな。そんな気がした。
「じゃ、スポーツセンターの武術フロアで――」
あたしの生返事を真に受けて、初美は話を進める。
「あ、いやそれがメイコンシティから親戚がくることになっちゃってさ。ちょっと無理なんだよね」
まるで勝手に口が動いたかのようにあたしは嘘を吐いた。でも、自分で言うのもなんだけどあたしって演技力ないなあって思った。そもそも嘘なんて吐きなれてないから仕方ない。
「何それ聞いてないんだけど」
うん、そう。あたしも聞いてない。だってほんとはそんなことないんだから。
初美の表情と声は微かな不安の入り混じった苛立ちが最高潮に達していた。一方であたしはしどろもどろが最高潮に達している。
「う、うん、それが急な話で…… 」
「ふうん……」
初美が何か探る様な目つきでこちらをじっと見ている。ヤバい。もしかして嘘だってバレちゃってるかな。
気が付くと初美の立ち位置が変わったおかげで、また生明の後姿が見えている。ページを繰る手が止まって心なしかこちらに頭を
「ま、いいわ。おうちの都合じゃ仕方ないものね」
す、とまた初美が動いて生明の後姿が見えなくなる。
「あ、うん。ごめん」
「別に
「う、うんっ。任せて」
「もお、今度こそ約束だからねっ」
初美は明るい声でそう言うと、あたしの頭を両手でくしゃくしゃってして自席に戻っていった。
あたしは髪を直しながら生明の方を見ると、本を読んでいるいつも通りの生明だった。なんだか今のやり取りなんて全然聞いてなかったみたいだ。
※2021年1月12日 誤表記を訂正しました。
※2021年1月15日 加筆修正をしました。
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