36 悪役王妃への恋はこじれてしまったようです

 キルケシュタイン邸の食堂にて。ルルとイシュタッド、ノアとアンジェラが、ガラスケースに入れられた魔晶石を囲むように顔を突き合わせていた。

 海に落ちた三人は、入念に体と髪を洗って清め、新しい服に着替えている。


 話のタネにと広げた号外には、『激震!ルルーティカ王女の疾走と失踪!? ガレアクトラ軍人の調査により判明』と、巨大な文字がおどっていた。


(わたしを追いかけ回した軍人が、よくも堂々と言えたわね)


 ルルは、不満が口から飛び出さないように、お茶請けに出されたユニコケーキのイチゴを頬ばった。みずみずしい果実は甘酸っぱくて美味しい。

 うっとりするルルの代わりに口を開いたのはアンジェラだ。


「あの日、ルルーティカに変装したあたしは、キルケゴールに方向転換してもらってこの屋敷に戻った。それから姿を見せなかったから、追っ手の軍人たちはルルーティカは屋敷に引きこもっていると思ったはずだ。それなのにこの号外だろ」


 驚いたアンジェラは、慌ててキルケゴールにまたがり、ユーディト地区を目指したのだという。その道中で、ノアに乗ったルルとイシュタッドに出会った。

 つぎに、人の姿になったノアが言葉をつぐ。


「ルルーティカ様は、ユーディト地区の教会を『ルルーティカ王女』として訪問しました。もてなした大司教たちは、崖から落ちたのでもう死んだものと思い込んで、行方不明という情報をカントの新聞社に持ち込んだのでしょう」


 先に崖から落ちたイシュタッドは、行方不明という形で世間的には片がついた。

 ルルーティカも同じような扱いにしてしまえば、誰も罪に問われることなく聖王候補は一人に絞られる。


 二口でユニコケーキを食べ終えたイシュタッドは、バルコニーにいるキルケゴールを眺めながら紅茶を飲む。


「国が衝撃に包まれている今こそ、次の聖王を決めるのに絶好のタイミングだな。数日以内に、聖王内定の続報が出るだろう――どうする。ルル?」


 問いかけられたルルは、フォークを置いて考えた。

 ジュリオとマキャベルの野望を防ぐには、聖王の座を早く埋めることが肝要だ。


「お兄様には、聖王城にお移りいただき、聖王が戻ったとお触れを出して、さらにユーディト地区で密輸が行われたことを喧伝していただきたいですわ。マキャベルとジュリオは、悪事を広められたら自ずと接触してくるでしょう」

「それでお兄ちゃんは暗殺されて、ガレアクトラ帝国に侵攻されて、この国は終わりってわけだ」

「え……?」


 目を瞬かせるルルに、イシュタッドは「もう国の転換期は始まっている」と言う。


「ルルは、俺様が聖王城に戻って、マキャベルを粛正して、他国の王子であるジュリオは断罪できないから、聖教国フィロソフィーで密輸していたので厳重注意してください、って母国に引き渡すのが理想だと考えているだろ?」

「ええ。二人の悪事を明るみにしなければ、一角獣の密輸は止まりませんもの」


「明るみにしたところで密輸はなくならない。港があるのはユーディト地区だけではない。海路を警戒されたら陸路から。どこかの誰かがやり始める。魔晶石を高値で買うやつらがいるかぎりな。暴き方によっては、聖教国フィロソフィーとガレアクトラ帝国の仲を悪くするだけだ」


 イシュタッドは、一角獣保護法を作るほどの一角獣好き。密輸を止められるなら、人の迷惑など考えない性格だ。

 しかし、この件には、やたらと慎重だった。


「武力で侵攻されればこちらが負ける。戦争を避けるには、密輸問題を平和的に解決する意思があるという姿勢を見せて、ガレアクトラ帝国を懐柔する必要がある。俺様が聖王の座についていたら、駒としては強すぎるんだよ。弱さを見せて相手の懐に入り込むには、ルルが適任だ」

「わたしを聖王に奉りあげて、お兄様は誰と戦おうとなさっているのですか?」

「……ヘレネー……」


 イシュタッドの口から出た名前に、ルルは息をのんだ。


 ヘレネーは、先の聖王の妹で、現ガレアクトラ帝の妃で、ジュリオの母親だ。

 ガレアクトラ帝国に嫁いだ彼女は、輿入れのさいに高価な魔晶石を山のように持っていき、有力者に分け与えることで帝国内での地位を確立した。


 もう一つ、ルルーティカが持っている情報をつけ加えると、たぐいまれな美貌と知性を持つヘレネーは、イシュタッドの初恋の人だった。


「息子のジュリオを噛ませて、密輸で利益を得ている大本はあの人だ。ガレアクトラ帝国内にいるヘレネー派の権勢を崩すために、聖教国フィロソフィーの使者が大手を振ってヘレネーに会いに行ける機会がほしい。ということで」


 イシュタッドは満面の笑みで、ルルーティカに自分の理想を突きつけた。

 

「ルルーティカには、次の聖王になってもらう」

「無理ですわ! わたしは巣ごもり上手くらいしか、人に誇れるところのない王女なんですのよ」


 自信のなさは折り紙付きだ。折っても折っても完成しない、複雑なネガティブを刷り込まれて、巣ごもりに癒やしを求めて生きていたのがルルである。


「いきなり聖王なんて務まるはずがないわ!」

「大丈夫、大丈夫。俺様がとくべつに、聖王のなんたるかをマンツーマンで指導してやるよ。やる気!元気!勇気! があれば、どんな困難も乗り越えられる! どうだ、聖王になる気がムクムク膨らんできただろう」

「そんな気は起きません! わたしが聖王になったら、お兄様はどうなさるつもりですの!?」

「聖王としては行方不明のまま、顔を隠してお前の聖騎士団に入るかなー。裏方にいた方が動きやすくて好都合だ。ノワール、どう思う?」


 話を振られたノアは、彼にしては珍しく好意的な顔をイシュタッドに向けた。


「ルルーティカ様こそ聖王に相応しいお方です。反対するはずがありません。イシュタッド陛下が退いて、二度と顔を見せないというのも爽快です」

「はい、よく言えましたー。あとで絶対にボコるわ。そっちの君は?」

「ルルーティカに聖王になってほしい。イシュタッドの五千倍マシだ」

「どうして~!?」


 周囲の自分への期待値の高さに、ルルは目を回して倒れてしまった。


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