28 密着はご遠慮ください

 ルルとノアは、研究所跡について説明してくれたおばさんの民宿に行き、部屋を一つとった。

 広さや付属品も十分で、ダブルサイズのベッドがある二人部屋だ。


 ルルはトランクから純白のドレスを引っ張りだし、パウダールームで着替える。


「アンジェラはいないから、お化粧と髪は自分でやらないと」


 ドレッサーに座って、鏡とにらめっこしながら化粧をはじめる。

 肌にはルースパウダーを付け、唇につけた赤は指でぼかして、控えめながら目を引くように。

 髪は上手く結い上げられないので、梳いて銀宝石のラリエットを飾ることにした。


 仕上げてパウダールームを出たルルは、騎士服姿のノアの腕に手をかけて、部屋を出る。そのまま階段を下りて、おばさんがいるカウンターを通った。

 おばさんは、めかしこんだ二人に驚いた。


「ドレスアップしてどうしたんだい。まるで舞踏会にでも行く王女さまみたいじゃないか」

「王女ですから、王女らしく見えていいのですわ」

「王女って……あんた、ルルーティカ王女なのかい!?」


 滞在記録に書かれた『ルルーティカ・イル・フィロソフィー』のサインを再度見て仰天するおばさんに、ルルは悠然と微笑んで見せた。


「ここに泊まっていることは、ご内密にお願いいたしますわ」


 尖塔をいだく教会は立派だが寂れていた。観光客もまばらで空気が淀んでいる。

 ルルが聖堂に入っていくと、早々に若い司教に止められた。


「あんた、勝手に入ってきたらダメだよ。許可とってもらわないと」

「カントを立つ前にお手紙を出しましたが、届きませんでしたか?」

「手紙?」


 ルルは、レースの扇を握った手に手を重ねて、背筋をピンと伸ばす。だらしない私生活を匂わせては、はったりがきかなくなってします。


「ユーディト地区の教会を慈善訪問いたしますと記した手紙です」


 わけが分からない様子の司教に、ノアがいかめしく言い添えた。


「この御方は、ルルーティカ・イル・フィロソフィー王女殿下だ」

「王女っっ?!」


 飛び上がった司教は、聖堂を走って上役に伝えにいった。

 王女の訪問はあっという間に教会中に広まり、ユーディト地区の教会をまとめる大司教が、手下の司教を四人も連れて現われた。


「ようこそおいでくださいました、ルルーティカ王女殿下。書状への返信が遅れまして申し訳ございませんでした」


 しわくちゃな顔は柔和で心優しそうだ。

 だが、頭に被った司教冠ミトラに金のチェーンがついていたり、首や指を魔晶石の宝飾品で飾っていたりと、質素倹約の精神とはかけ離れている。

 後ろに連なった四人も、でっぷりと太っていた。

 

(枢機卿団が各地に配分している助成金は、ユーディト地区がだんとつで多いんだったわね)


「聖堂をご案内いたしましょう。ここは、王たる一角獣ユニコーンが飛来して、初代の聖王を見初めた国興くにおきの地。そのときの一角獣の姿を写しとった彫像を、崇敬の対象にしております」


 聖堂の舞台上には、ルルが知っている一角獣とは違う獣の像が置かれていた。

 頭部には二本の丸まった角があり、体は真っ黒で、まがまがしい。


「これは二角獣バイコーンでは?」

「これこそ一角獣の王なのです。人懐っこく純粋な一角獣に対して、二角獣は人を嫌う荒々しい不純な獣。それに選ばれた者こそ、真の聖王だと言われております――」


 大司教はあっさり案内を終えると、ルルを食事に誘った。

 探りを入れるチャンスだ。申し出を受けると、食堂に場所をうつして歓待された。


 聖王城でも使われている銀の食器に、海の幸を使った贅沢な料理がのせられている。それがケーキも合わせて十五皿も運ばれてきたので、ルルはびっくりしてしまった。


 大司教は年代物のワインに口をつけ、四人の司教は料理をお腹に入れるのに夢中だ。彼らにとっては、これが当たり前の食事なのだろう。


(助成金だけで、こんなに贅沢な生活が維持できるものかしら?)


 ユーディト地区は観光客が少ない。主要産物が日持ちのしない『海の幸』と需要がない『マキャベルのお土産品』なので、他の地区との取引は活発ではない。


 助成金の他に資金源となるものがあるはずだ。


(ユーディト地区に来てから、一角獣を見ていないわね)


 研究所跡の周りは広い草原が広がっていた。一角獣が好きそうなのに、一羽も飛来していないなんて。珍しいというより異常だ。


「王女殿下、飲んでいらっしゃいますか」


 太った司教がワインボトルを手に近づいてきた。すでに相当飲んでいるらしく、息が酒臭い。彼はルルのグラスにとくとくと酒を注ぐが、手元がくるってテーブルクロスを汚してしまった。


「あー。こぼしちまった。気にしないで飲んでくださいよ。んで気持ちよくなったら、こっちにも酒を注いでください。王女に酌してもらえたら、一生の自慢になりますから。なあ?」


 他の司教も酔いが回っているようで、こぼれた酒を見て大笑いしている。

 大司教にもニヤニヤと見つめられて、ルルは不快感を覚えた。


「王女って大変でしょう。ここで、ゆっくり羽根を伸ばしていったらいいんですよ。マキャベル様の威光があれば、馬鹿騒ぎしようが何しようが許されるんだから」

「泊まるところがないなら、おれの部屋はどうです。いい夢みせますよ」

「こいつのところは臭いから、おれんとこで飲み明かしたらいい」

「喧嘩しなくても一人ずつ遊べばいいだろう。夜は長いんだからな」


 敬意の欠片もない男たちだ。ルルは毅然と答えた。


「申し訳ありませんが、すでに宿は取ってありますの」


 すると、司教たちは一気に不満げになった。


「人が誘ってやってるのに拒否するのか!」

「世間知らずのくせに生意気だ」

「司教に対する口のきき方が分かってないんじゃないか」

「おれたちが躾なおしてやるよ!」


 ワインボトルを放り投げた司教が、ルルに抱きつこうとした。

 逃げなければ。そう思ったが、ぞっとして動けない。

 ルルが体を固くしていると、司教の胸をガツンと鞘の先端がついた。


「ルルーティカ様から離れろ」

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