14 課金しだいで王女は溺愛されるようです

 アンジェラが来てからというもの、ルルの生活は劇的に改善した。


 まず、ネグリジェでウロウロすることがなくなった。

 起きたらまず身支度をして、日常着として仕立てたドレスを着付けられ、銀髪は宝石のついたバレッタで留められて、寝起きのままのだらしない格好でいることは稀だ。

 

 その上から毛布を被るのだが、ドレスは体にぴったりで丸くなるには不適当なので、毛玉にはならずにソファに横座りして、本を読んだり手紙を書いたりしている。

 お昼寝の回数が減ったので、空いた時間でお日様に当てている毛布は、いつでもほっこりふんわり温かい。


「これはこれで眠くなってきちゃった……ふわぁ」

「お休みになられますか、ルルーティカ様」

「ううん。もうじきアンジェラが来るから」


 キルケゴールの世話を終えたノアが戻ってきた。ということは、そろそろお茶の時間だ。今日はユニコケーキが付くだろうかとわくわくしていると、ティーセットを乗せたワゴンを押してアンジェラが入室してきた。


 彼女は、まったりしているルルとノアを見るなり、目をつり上げる。


「てめえら、ゆるでんじゃねーぞ! そんなんだと、ジュリオ陣営に負けちまうだろうが! あっちは一角獣の保護地を視察したとか、枢機卿を集めて会談したとか、継承に向けて動いてるのに、なんでこんなのんびりしてるんだよ!」

「詳しいのね、アンジェラ」

「市場に買い出しにいくと、その話で持ちきりなんだよ。カントの住民は、ジュリオを信じていいのか揺れてんだ。あいつが聖王になったら、ガレアクトラ帝国に従属させられないかって不安なんだよ」


 もしもジュリオが戴冠すれば、ガレアクトラ帝国は聖教国フィロソフィーの治政に口を出してくるだろう。自国が有利になるような方や仕組みを作る可能性もある。


 そういう意味では、修道院に籠りきりで実力未知数なルルーティカ王女の方が国民の支持は受けやすい。だが、あちらが枢機卿という一大勢力を味方につけているかぎり、こちらが不利なのは変わりなかった。


 ノアは、目を守る火よけを退けて、暖炉の火をかき混ぜながら言う。


「先日までルルーティカ様を暗殺しようとしていたのに、ずいぶんな献身ですね」

「当たり前だろ。ルルーティカが継承争いからハシゴを下ろされたら、あたしはまた暗殺者に戻らなくちゃならない。それよりは、だらだらしてんのが生きがいの王女の世話して家事して、金貨をもらえる方がいいに決まってる」


 紅茶をカップに注ぐアンジェラは、ワゴンにのったユニコケーキにそうっと手を伸ばしていたルルを見て、足下をガンと蹴りつけた。


「てめえの頑張りに、あたしの安定がかかってんだぞ。わかってんだろうな、ルルーティカ!」

「っ、はい」

「声がちいせえ!」

「はいっ!!」


 どこぞの聖騎士団の団長と団員みたいなやり取りをみていたノアは、「それでは、今後の方針に向けて話し合いをしましょう」と言い出した。


「これより『第一回ルルーティカ様を立派な王位継承者に見せかけよう会議』を開催します」



 ◇


 

 ローテーブルに置かれた紅茶とユニコケーキを前にして、ルル、ノア、アンジェラというルルーティカ王女勢力の有力者三人が顔を合わせていた。

 

「――それでは、ルルーティカ様への支持率をうなぎ登りにするために、足りないものを挙げていきましょう。加えて、私の主が『世界一聖王にふさわしい』と認めない枢機卿を物理的に排除する案も募集します。発言のまえには挙手を」


 ノアの私怨を交えた司会で、謎の会議がはじまった。

 真っ先に手を挙げたのはアンジェラだ。


「王族として、見た目にはこだわるべきだ。ドレスやアクセサリーなんかは一通りそろってるけど、移動手段が黒い一角獣ってのはマズいだろ。ジュリオは、宮殿を切り取ったみたいな金ぴかの馬車に乗って、護衛の軍人をわんさか連れ歩いてるんだぞ」


 ガレアクトラの軍人は、赤い色の軍服を身につけている。威圧感が凄まじいので、彼らを連れて歩くと、ジュリオがチャラチャラしていても真っ当に見えるのだ。


「見劣りしないように、こっちも上等な客車を用意して引かせるべきだ」


 紅茶を一口のんだルルは、うーんと考えた。


「ひんぱんに移動するわけでもないし、わざわざ客車を買う必要はないと思うわ。だけど、わたしにも専属の護衛がいることは示したいわね。手を出したら怖い目にあうって分かれば、暗殺される危険は減りそう。お兄様の護衛に第一聖騎士団がいるように、私もそういうのがあればいいな……」


 つぶやくと、ノアの耳がピクリと動いた。


「つまり、ルルーティカ様専属の騎士団ですね」

「そうとも言えるわね」

「作りましょう。私とアンジェラを団員として。ルルーティカ様のために存在し、ルルーティカ様を崇敬し、ルルーティカ様を溺愛するためだけの『ルルーティカ王女最愛騎士団』を」

「はあ? なんだそのネーミング。しかも、たった二人で騎士団かよ?」


 顔をしかめるアンジェラに、ノアは「前例では何名でも問題ありません」と答えて、自分の分のユニコケーキをルルの前に移動させた。


「聖王が替われば、聖騎士団の構成も変わります。それまでの護衛が、戴冠に合わせて団長などの責任ある立場につくのが習わしです」


 第一聖騎士団を率いるヴォーヴナルグは、聖王イシュタッドの親友だ。彼が団長に叙任されたのは、まだ継承者だった頃からイシュタッドの側近として彼を守り、決して聖王を裏切らない人間と認められたからである。


「ルルーティカ様が聖王になられれば、私とアンジェラが聖騎士団をまとめる立場になるでしょう。候補の段階でも従う人間が多数いると見せることで、相手陣営にプレッシャーを与えることは可能です」

「ノアの案は一理あるように思えるけど……わたしは聖王になる気はないわ。それに、騎士団ってどうやって作れば――はっ」


 ルルは、そばに置いていたポシェットから金貨を一枚取り出した。


「ここが課金ポイント!」

「そうです。オリジナルの騎士団服を十着ほど作り、私とアンジェラ以外の八人は雇い入れます。暗殺者さえ金貨十枚でなんとかなるのですから問題なく集まるでしょう。客車は、イシュタッド陛下が私用で王城を出る際に使っていたものが倉庫に眠っていますので、団長に話を通して借り入れましょう」


「お兄様のお下がりなら、華美とまではいかなくても、しっかりしていそうね」

「あとは、オーディエンスも用意しましょう。ルルーティカ様が国民に愛されていると示すため、馬車が通る沿道で『ルルーティカ様万歳』と両手をあげたり、フィロソフィーの国旗を振るような――」

「待って。それはさすがにやりすぎ!」


『金貨があれば愛すら買える』とはノアの信条だが、ルルは人の心までは動かせないと思う。人気があるように見せかける人員を雇うのは、課金ではなく賄賂だ。


「騎士服は作りましょう。客車もお兄様のものを借りれるならそれで。でも、わたしが聖王にふさわしい人格者だって国民を騙すのは違うと思うの」


 ルルは、毛布で丸くなっているのが一番得意な、だらしないダメ王女だ。

 巣ごもり生活を平和に送ることだけ考えて生きてきたので、為政者としてならジュリオの方が有能かもしれない。中身で張り合ってもしょうがないのである。


「わたしが王位継承の意思を主張したのは、お兄様を見つけるまでの時間稼ぎが目的だもの。それまでジュリオ王子殿下と拮抗できれば十分だわ。騎士服は黒にしましょうか。ノアはそっちのが好きだものね。アンジェラもそれでいいかしら」

「いいけど。あのさ、」


 言い辛そうに、アンジェラが二度目の挙手をした。


「思ったんだが、視察やら枢機卿との会談はジュリオに先を越されてるだろ。今さらやったって、二番煎じで効果は薄いかもしれねえぞ?」

「それに関しては大丈夫。彼に先を越されていないくて、なおかつ王女として活動できる場所は見当がついてるの」


 ルルは、書きかけの手紙を扇状に開いた。


「巣ごもり上手は、外に出なくても外の情報を上手につかむものなのよ」

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