8 大聖堂の視線は釘づけです

 聖教国フィロソフィー、首都カントの中央に位置する聖王城は、聖王の居城としてだけではなく、枢機卿団が出入りする政治の中心地でもあった。


 聖王城に付属する大聖堂では、今まさに王位継承者を選定するための議会が開かれていた。


「ガレアクトラ帝国のジュリオ第四王子殿下こそ、次なる聖王にふさわしい!」


 選ばれし五名の枢機卿しか座れない壇の中央で、そう主張するのは主席枢機卿のマキャベルだ。白い髭とワイン色の礼服でつつましやかな教会関係者をよそおっているが、ギラギラした瞳にはかれすらした気迫がある。


「ジュリオ殿下は、先王の妹君であるヘレネー様の御子として、フィロソフィー王族の血脈を受け継ぎ、多大な魔力を有しておられる。また才覚にも恵まれていて、自ら軍人として働きながら、政治にたずさわる三人の兄王子たちを無私無欲で支えてこられた。聖王に迎えるべき素晴らしい人格者である!」


「まあね。母上の母国が大変なのだから、僕が手を貸すのは当然だよ」


 演説席に手をついたジュリオは、長めの前髪を手で払った。

 キツい香水が大聖堂の端までかおって、議員席の司教たちは顔をしかめる。


 マキャベルは、ジュリオの勤勉さを見込んでいるようだ。

 しかし、ガレアクトラ帝国軍の軍服を身につけた彼の、ニヤリと上げた口角やセットされた茶髪からは、どことなく遊び人の空気がただよっている。


「聖王イシュタッド陛下は名君だったらしいが、ガレアクトラ帝国で育った僕から見れば子どものお遊びみたいな政治だよ。僕が聖王になったなら、今よりずっと稼げる強い国にしてみせる。君たちだって、一角獣ユニコーンの飛来地を売りにした観光業ばかりの貧しい暮らしはもう嫌だろう? ガレアクトラ帝国との繋がりをよりいっそう深めて、この国を栄えさせようじゃないか」


 演説をきいた司教達は、ジュリオへの期待と不安にさざめいた。


「素晴らしい演説だ」

「ガレアクトラ帝国の王子を奉りあげて、国を乗っ取られないか?」

「他国の王子を連れてこなくても、イシュタッド陛下の妹君である王女がいるのに……」


 耳をそばだてていたマキャベルは、カンカンと木槌を打ち鳴らした。


「司教は発言を控えよ! ルルーティカ王女殿下は、かのユディト研究所爆発事故に巻きこまれて心を病まれ、聖王イシュタッド陛下がお隠れになった現在も、修道院にお籠もりである。よって、王位継承の意思はなしとみなす!」

「お待ちください」


 低い声に視線をやれば、表につながる大扉が開け放たれていた。

 ひづめの音も高らかに入場してきたのは、黒い一角獣とそれに乗った二人の男女――ノアとルルだった。横座りになったルルを、後ろのノアが抱きかかえて手綱をにぎっている。


「貴様ら何者だ」

「お分かりになりませんか?」


 背から降りたノアは、キルケゴールの首をとんとんと叩いて、ゆっくりと大聖堂を歩かせた。

 歩調に合わせて、ルルのベールが美しくひらめく。純白のドレスからシャラシャラと落ちる光の粒は、おとぎ話に出てくる黄金宮を満たす砂金のよう。

 輝きをまとったルルは、まさしく天からの祝福を一身に受ける聖女だった。

 

 一角獣の背で揺られるルルの気高く麗しい姿に、大聖堂に集まった人々は心を奪われる。


(みんながわたしに見蕩みとれてる。ノアに金貨を渡して、魔力をもらって正解だったわね)


 ジュリオが立つ演説席にたどり着いたルルは、ノアに抱きかかえられて背から降りた。


 枢機卿から敵意にも似た視線を感じるけれど、逃げ出したいのをぐっとこらえる。

 不安げな表情は、顔に垂らしたベールとキラキラな魔法のおかげで見えていないはずだ。


 ベールの下を暴こうと、ジュリオは演説席を下りて近づいてきた。


「いきなりやって来て、僕に挨拶もなしとは。君は何者かな?」

「わたしの顔をお忘れになったのね、ジュリオ第四王子殿下。修道院に入る前に遊んだこともありましたのに」

「修道院に入る前、ということは――」


 おどろくジュリオの横を通って演説席に立ったルルは、すうっと大きく息を吸った。


「わたしは、聖教国フィロソフィーの第一王女ルルーティカ・イル・フィロソフィー。王位継承権を持つものとして、ガレアクトラ帝国はジュリオ第四王子殿下の次なる聖王内定に異議を申し立てます」


 ルルが反意を示すと、議員たちはざわつきはじめた。

 壇上のマキャベルは、木槌をカンカンと打ち鳴らす。


「静粛に! ルルーティカ王女殿下、お話しください」


「わたしが申し上げたいのは、聖王イシュタッド陛下が行方をくらまされてから日が浅く、まだ継承者を決める段階にないことと――」


 聖騎士を動員して捜索したとノアは言っていた。けれど、失踪してからまだ一カ月も経っていない。次を決めてしまうのは早計と言える。


 もしも新しい聖王が戴冠してから兄が見つかった場合、先王と新王のあいだで争いが起きてしまうだろう。


「――そして、聖教国の王族たるわたしを差し置いて、ガレアクトラ帝国の王族を擁立することへの抗議です」


 順当にいけば、ルルーティカが次の聖王になるはずなのだ。聖教国フィロソフィーでは、男性も女性も等しく王位継承の資格があるのだから。


「修道院で暮らしていたからと言って、勝手に王位継承の意思なしと見なされては困ります。わたしのもとへ兄の失踪を報せにきたのは、聖騎士団を出奔して駆けつけたノワール・キルケシュタインただ一人。彼が来なければ、わたしは兄がいなくなったことも、聖王がすげ替えられたことにさえ気づかず暮らしていたでしょう。せめて、わたしに王位継承の意思をお尋ねになってから、こういった会を開くべきだったのではありませんか?」


 枢機卿団を見上げると、マキャベルが悔しげな顔つきで髭を引いていた。


「ルルーティカ王女殿下の意思の確認に、不備があったのは認めましょう……。ですが、我らは、修道院に長くお籠もりで世間にうとい王女殿下に、聖王がつとまるのかと不安視しております。何も知らせずに、穏やかに暮らされていった方が、王女殿下のためになるのではないかと」


「ご心配は無用ですわ。国民には知らされていなかったようですが、わたしは修道院で聖王になるための学問を修得しておりました。閉ざされた環境って、集中できるんですのよ」


 大嘘を吐いたルルーティカは、大聖堂に向かって広く宣言した。


「ルルーティカ・イル・フィロソフィーは、王位継承権を放棄しません。ジュリオ・ヘレネー・ガレアクトラ第四王子殿下と、どちらが次なる聖王にふさわしいか、兄の捜索をつづけながらの検討を求めます!」

 

 強く意思表明したことで、この場でのジュリオへの聖王内定は下されなかった。

 そして、議会は何も決定できないまま解散することになったのである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る