第6話 お節介軍師のライムンド 前編

「でやああああっ!!」




 誇太郎の叫びと共に、小太刀の一閃が炸裂する。彼の顔面には一体の野良ゴブリンが、断末魔と共に地に付すのだった。




「コタロウ、そっちは片付いたかしら?」


「今、最後の一体倒した! スミレの方は?」


「片付いたからここに来たのよ。ライガの方も終わったみたいだし、一先ず安心ね」




 一体何が起きているのか。事は、今から二時間ほど前に遡る。




 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――




 ライガの雄たけびにより叩き起こされた誇太郎達は、二度寝をはさんで朝食を取っていた。その最中である。




『警備隊より報告! シエロに野良ゴブリンの軍勢を確認! その数、三百! 戦闘部隊は至急出撃せよ!』


「軍勢!? 一体何が!」


「文字通りだぜ、コタロウー!」




 早朝のテンションをキープしつつ、ライガが誇太郎に話しかけてきた。




「たまに来やがんだー、住民たちにちょっかいかける連中でよー!」


「もうちょっと声抑えて、ライガ」




 声量が高すぎるライガを嗜め、今度はスミレが話を続ける。




「軍勢という事は、大方……暴君タイラントゴブリンの連中でしょうね。アイツも一々懲りない奴よね」


「え……何? たまにって言ってたけど、毎回こんな感じで攻めてくるのそいつら!?」


「そうよ。だから、お姐様が最終課題の一つに入れているの。戦闘部隊が作られているのも、攻めてくるモンスターから市民を守るためだもの」


「なるほど……」


「それと、コタロウ。昨日はホーンラビットの課題は終わったけど、野良ゴブリンも課題に入ってるの忘れてない?」


「あっ、やっべ。そういやそうだった……!」




 うっかりしたという素振りを見せる誇太郎を、スミレは呆れたようにため息をついて続ける。




「もう……、しっかりしてよね。それじゃ、私は先に行くから。ご飯取ったら早く来てね」




 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――




 そして、現在。午前九時半頃に、誇太郎が仕留めた一体を最後に野良ゴブリンたちは全て撃破されたのだった。その過程で、誇太郎に課されていた暴君タイラントゴブリンの課題である野良ゴブリンを合計百六十体を撃破し、無事に達成を果たすのだった。




 そんな誇太郎達の背後には、住宅街「シエロ」の住民達が不安そうに見つめていた。が、そんな住民たちの前にライガがずかずかと前に出て高らかに告げた。




「お前らー、安心しろー! ゴブリン共はこの俺たち、戦闘部隊がぶっ倒してやったぜー!」


「おおおおおおおおおお! ライガ様、ありがとおおおお!」


「強くてかわいいスミレさんも最高だあああ!!!」




 二人を慕う住民の歓声を前にライガは力を見せつけるような素振りを、スミレは短く会釈や微笑みを混ぜて応対した。一方の誇太郎は、やはり認知度が低いのか二人と比べて殆ど話題に上がってはいなかった。寂しいと感じつつも、魔王城へ戻ろうとしたその時である。




「あのっ! 人間? のお兄さん!」




 子供の声に呼びかけられ、誇太郎は振り返る。するとそこには、人間と何ら変わらない服装のゴブリンの子供が目を輝かせてこちらを見つめているのだった。




「僕たちを助けてくれて、ありがとう!」


「えっ、あ、えっと……。どう、致しまして。君たちが無事で……何よりです」




 一瞬戸惑うも、誇太郎は失礼な真似はできないと感じ自分なりに誠実に対応した。ゴブリンの子供は、駆け付けた親ゴブリンと共に一礼して住宅街へと戻っていった。ゴブリン親子を穏やかな表情で見守る誇太郎に、スミレが気にかける。




「どうしたの?」


「いや、何というか……。人から感謝されるのなんて、いつ以来かなって思って。ちょっと……感慨深く思っちゃってさ」


「はぁ……。あなたって、結構控えめな所あるよね。もっと自信を持てばいいのに」




 腰に手を当て、スミレはため息をついた。




「尽力するよ……。ところで、スミレ。あの住民の人達って、ゴブリン……だよね?」


「ええ」


「で、俺たちが撃破したのは野良ゴブリン。違いって何かあるの?」


「あるわ。簡単に言うと、シエロにいるかいないか。もしくは、服装がしっかりしているか。そんな所かしらね?」


「なるほど」


「でも、どうして?」


「いや、ほら。住民の皆さんにもゴブリンがいるからさ、違いだけははっきりしとかないとまずいでしょ?」


「そういう事ね。でも、今の説明で何となくわかったかしら?」




 スミレの質問に、誇太郎は無言で頷いた。




「しかし、暴君タイラントゴブリンの軍勢……。ああいう風に住民にちょっかい出してくるなら、早く何とかしないと……」


「その前に、あなたはお姐様に追い払ったことと課題を達成したことを伝えなきゃ駄目でしょ?」


「あ、うん……そうだった」


「焦らなくていいんだから、先ずはやらなきゃいけないことからやって。ね?」




 優しくたしなめるスミレに、誇太郎は苦笑しながら頷いた。




「おーい、お前らー! 何やってんだー? 早く戻ろうぜー!」


「今行く!」




 呼びかけてきたライガに、誇太郎は返事を返して城へと戻っていくのだった。







「お前ら、お疲れだったな! 住民たちに被害もなかったし、よくやってくれた!」




 城に戻ってきた一同を出迎えてくれたのは、城の主であるサキュバスロードのフェリシアだった。労いの言葉を投げかけた彼女に真っ先に返事を返したのは、ライガだった。




「おうよー! あの程度、どうってことねーぜー!」


「ニッヒヒ、やっぱそっか! そりゃ何より!」




 短く返事を返すと、フェリシアは今度は誇太郎に視線を合わせた。




「そして、コタロウ。お前の方も無事、暴君タイラントゴブリンに繋がる課題を達成できたな! 偉いぞー!」


「あ、ありがとうございます……!」




 わしわしと頭を撫でるフェリシアに、誇太郎は嬉しさと恥ずかしさのあまり顔を赤らめた。




「よし、後はお前ら休んでいいぞ! コタロウ、お前もな。もう一つの最終課題に繋がる奴の調整を今日行うからよ、今日はゆっくりくつろいでな」


「は、はい」




 意外な返答を前に、誇太郎は拍子抜けした様子を見せたがそれを理由づけるようにスミレがフォローに入る。




「遠慮しなくていいのよ、コタロウ。戦闘部隊は緊急の連絡が入らない限りは暇だから、それ以外は自分の時間過ごしてるのよ」


「あっ、ちなみに俺様はまだ力有り余ってからよー! 海辺ランニングしてくるぜー!」




 一言残し、ライガは超速ダッシュでその場を離脱するのだった。




「アイツはホント元気でいいわよね……ふわぁぁ……。ごめん、コタロウ。私はもう一度寝てくるわ」




 スミレもまた、あくびを一つ入れて移動を始めるのだった。一人残された誇太郎は、改めて自身もどうしようか考える。が、今の今まで直向きに頑張ってきたせいか何をすべきか迷ってしまうのだった。そんな彼に、フェリシアは覗き込むように近づく。




「コタロウ、くつろがなくて大丈夫か?」


「え、あ、ごめんなさい。ちょっと……どうしようか、悩んでしまって」


「悩む必要あんのか? 文字通り、自由にやればいいのに」


「そうなんですが……いざ言われると、どうすればいいか……。何かオススメの場所とかありますか、フェリシアさん?」


「オススメねえ……あっ、ならコタロウ。ちょっと付いてきな」




 パチンと指を鳴らし、フェリシアは誇太郎を連れていく。移動を始めてから数分、二人がたどり着いた場所は地下へと続く階段の前に差し掛かった。




「フェリシアさん、この階段は?」


「地下室だよ、見た通り」




 疑問を投げかけた誇太郎に、フェリシアはシンプルに答えた。




「地下室……。一体この先には何が?」


「ニッヒヒ、気になるか? この先は、魔法術マジックスキル専門の魔法及び魔術の研究所、技術顧問のバスコがいる鍛冶工房があるんだ。まあ言わば、魔法術マジックスキルの特訓場でもあり、戦闘部隊や島での暮らしをサポートする縁の下の力持ちの聖域と見ていいかもな」


「聖域……ですか!」


「そうだ、鍛冶工房と言って思い出した。バスコに作ってもらうよう、頼んでおいた刀のこと。進捗聞いてみな」


「すっかり忘れてました……、この小太刀が思った以上に扱いやすい余り頭から抜けてました」


「おいおい、忘れんなよ! まあ、一先ず地下を色々見てきな」


「はい!」




 はつらつとした声色で、誇太郎は薄暗い地下へと足を進めていった。そんな彼を、フェリシアは微笑ましい表情で見守るのだった。完全に誇太郎の姿が地下の奥へと消えていったその時。




「あの人間と随分親しくしているようだな、フェリシア」




 フェリシアの右隣に、整った男性の声色の黒ローブを被った人物が姿を現した。否、人物と言うのは語弊があった。フェリシアに声掛けたその者は、人と呼ぶには脚が見えずローブの根元はふわふわとなびいていた。また、ローブに隠れた顔から見える碧眼はフェリシアを鋭く捉えていた。そんな黒ローブの男に、フェリシアはその鋭い視線に怯むことなく向き合う。




「まあな! お前も興味出てきたか、ライムンド」


「ふん、別にそういうわけではない。俺はお前が異世界の人間を連れてきたという報告しか聞いていなかったからな、どんな奴なのか詳しい確認をしに来たまでだ」




 ライムンドと呼ばれた黒ローブの男は、ふわふわと浮かびながらそのまま続ける。




「して、そいつはどんな奴だ。お前が連れてきたという事は、また道に迷う凡愚を拾ってきたという事なのだろう。どんな凡愚なのだ?」


「凡愚て! コタロウって言うんだけどな、そいつは――」




 フェリシアは先ず、改めて誇太郎を異世界から連れてきた人間という事を告げた。それを伝えた上で、彼が「鬱屈とした人生を変えたい。異世界で生きる上で、フェリシアの下で侍として働きたい」という想いを胸に、修行や課題をこなしているという事。それらを簡潔にライムンドに告げた。




「なるほど。要は、元の世界で自分の望みを叶えられなかったが為、こちらの世界でお前の元に就き人生をやり直そうと奔走しているというわけか」


「そーういうこった」


「そいつがここに来た理由は理解した。だが、疑問はまだある。何故、戦闘部隊に配した?」


「あー、それはだな」




 言葉を続けようとする前に、フェリシアはライムンドの額に自身の額を押し付けた。




「面白い戦い方のイメージができていたんでね。詳しいことは、コイツで今から見せてやっから」


「……『記憶読み』か。奴の記憶を読み取ったのだな」




 その問いにフェリシアは、短く肯定の返事を返した。




「いいだろう。見せてみろ」




 ライムンドがそういうのと同時に、フェリシアは「際限なき想像力イマジネーション」にて生み出したスキルの一つである「記憶読み」で、自身が見た誇太郎の記憶をライムンドと共有した。




 フェリシアがライムンドに見せている記憶は、誇太郎が憧れている侍の戦い方のイメージを見せていた。先ず見えているイメージは、袴を着込んだ一人の青年が映し出された。腰には刀を携えており、青年は数人の仲間を率いている剣士と対峙している。程なくして、剣士は青年に向けて怒号と共に青年に斬り込んできた。対する青年は刀に静かに手をかけ、腰を低く下ろす。やがて、剣士が青年に向け剣を勢いよく振り下ろした。剣士は自らの勝利を信じていたが、その思い込みはすぐに崩れ去ることとなった。迫りくる剣士の一刀に対し、青年は素早く抜刀し攻撃をはじき返した。剣士は攻撃を弾かれたことに衝撃を受けたのか、呆気に取られている様子だった。その隙を青年は見逃さず、攻撃を弾くと間髪入れずに剣士を一刀両断するのだった。斬られたことを受け入れられないような表情で、剣士はそのまま地面に崩れていく。彼が率いていた仲間もまた、動揺する様子を見せつつも決死の覚悟で青年に一人ずつ切りかかっていく。が、青年にとってその動きは最早止まって見えていた。真っ直ぐ斬り込んでくる敵を一人、また一人と最小限のモーションで次々と葬っていく。青年が刀を鞘に戻したその背後には、一人残らず血だまりに沈む敵の姿があった。




 すると、ここで青年のイメージは途切れていき別のイメージが徐々に映し出されていく。




 続いて投影されたイメージは、二刀流の武士が映っていた。その武士は、単騎で少なくとも千人は下らない軍勢と対峙している。援軍はない。その武士一人のみという、火を見るよりも明らかなほどの戦力差。やがて、敵方の指揮官が号令をかけると兵士たちは一斉になだれ込んできた。一方武士は、なだれ込んできた敵勢を前ににやりと口角を上げて突撃を決行した。目にも止まらぬ速さで敵勢に突撃し、木の葉を散らす秋の紅葉のごとく数多の敵兵を切り崩していく。しかも一度に二人や三人撃破するどころか、二刀のみで一度に十人斬りを幾度も果たしているのだ。正に天下無双、一騎当千という言葉が相応しいその戦ぶり。最初は劣勢かと思われていた武士だったが、その圧倒的な強さの前に敵勢は一気に数を減らしていき、とうとう兵士の数は指折りで数えられる程までに追い込まれてしまった。敵方の指揮官は、撤退命令をだして文字通り逃げ帰っていくのだった。




 鮮やかな太刀筋を見せる青年の侍と一騎当千の武勇を見せつけ逆転劇を見せつけた二刀流の武士、この二人のイメージを見せ終えるとフェリシアはスッと額をライムンドから離した。




「なー! どうだったよ?」




 嬉々として語るフェリシア、一方のライムンドは顎に細長い手を当て見たイメージを整理していた。表情はフードに隠れてしまっているため詳しくは分からないが、この世界では見たことのない戦い方を前に興味を示している様子は見えていた。そして、自分なりに誇太郎の理想像を分析した上でライムンドは口を開く。




「確かに。迫る敵を鮮やかに屠る太刀筋、圧倒的劣勢を単騎で覆す戦ぶり。悪くはない」


「だろー?」


「だが、こやつは異世界から来た存在なのだろう? 身体術フィジカルスキル魔法術マジックスキルもないのではないか?」


「ああ、それは心配すんな。あたしが『イメージした通りに身体が動く』っていう身体術フィジカルスキルを与えたから!」


「……俺の確認なく勝手に行うのは止めてもらいたいのだが」


「ニッヒヒ、まあそういうなって!」




 からからと笑いながら答えるフェリシアとは対照的に、ライムンドは呆れた様子だったがため息混じりに引き続き尋ねる。




「まあ、戦闘部隊に配したのならばそれはそれで構わん。なればこそ、だ。お前が考えている計画、ひいては本土の世界情勢。それらも話してやるべきだったのではないか?」




 ライムンドのその問いに、フェリシアは先ほどまでの笑顔を止め眉をひそめた。




「あ、あー……うん。そうだな」


「そうだな、ではない。分かっているのか? 曲がりなりにもお前は一国一城の主なのだぞ、もっとその自覚を……」


「分かってるって、ライムンド。そのことは、アイツが最終課題を全て果たしたら話すつもりだ」




 続けようとするライムンドを、半ば強引にフェリシアは遮った。そして、一枚の紙を手渡す。




「何だ、これは」


「コタロウが今励んでいる課題一覧だ。今ちょうど二つ目の最終課題に繋がるのを達成したみたいだからよ、目を通してみな」




 フェリシアに促され、ライムンドはすらすらと課題一覧に目を通していく。指で一つずつチェックしていき、やがて三つの最終課題のリストにたどり着いた。




上位アークスライムに暴君タイラントゴブリン、そして龍人族ドラゴニュートの砦……か。どれもこれも難度の高いものを課したものだな。特に、龍人族ドラゴニュートの砦。コイツに至っては、この孤島の半分を占めるほどの勢力だぞ。まさか、砦にコタロウとやらを単騎で突入させるわけではあるまいな?」


「心配すんな。それに関しちゃ、少し考えがある。見な? だから、そこには『仲間と協力して』って書いてんだからよ」




 そう言われるとライムンドは今一度リストを確認し、リストをフェリシアに返却し踵を返す。




「もう質問は終わりかー?」


「とりあえずは理解した。後は龍人族ドラゴニュートに繋がる課題とやらをさっさと奴に渡せ、軍師としてあやつの実力を早々に見極めねばならんからな」


「了解了解、じゃあ明日早速挑ませるわ。お前、明日非番だっけ?」


「ああ。期待せずに明日を待つとしよう」




 侮るような口調で、ライムンドは静かにその場から透過して消えていくのだった。







 一方その頃。誇太郎は、地下のエリアを色々満喫していた。怪しげな研究所らしき部屋や書庫のような部屋を一瞥しつつ、通路の奥に「鍛冶工房」と書かれた部屋の前へと誇太郎はたどり着いた。




「ここが鍛冶工房……。バスコ殿の仕事場、か……!」




 固唾を飲み、誇太郎は戸を静かに引いた。すると、戸を引くや否や鋭い金属音が誇太郎の鼓膜をつんざき、サウナ風呂のごとき熱風が顔にまとわりついてくる。戸を完全に開けた先には、中央のバスコを筆頭に様々な種族の鍛冶師達が文字通りわき目も降らずに黙々と製作に励んでいた。




「すげえ……」




 そんな彼らの仕事ぶりに、誇太郎は思わず感嘆の息を漏らす。すると、汗をぬぐいバスコがひと段落終えた様子で作業を中断した。




「お、コタロウちゃん。自己紹介の時以来だな、元気してたか?」


「バスコ殿、お久しぶりです!」




 近づいてきたバスコに、誇太郎は深々と頭を下げた。




「いいっていいって、堅苦しい。どうよ、ここの生活は? だいぶ慣れてきたか?」


「はい、日々新たな発見ばかりで……すごく楽しいですよ!」


「そいつはよかった。ところで、どうしてここに? お嬢にここを教えられたのか?」


「ええ。俺の武器の進捗の確認もした方がいいって言われまして」


「進捗? ああ、日本刀って武器だろ?」




 無言で頷いた誇太郎に、ひげを撫でながらバスコは続ける。




「そうさな、お嬢から頂いたイメージの情報通りには作れたんだが……まだ一歩しっくりこなくてな」


「と、申しますと?」


「と言うのもだ、一応形としてはできてんだよ。ほれっ」




 続けながら、バスコは自身が作った武器を誇太郎の前に取り出した。出された武器は、時代劇に出てくる黒い立派な日本刀が二、三本。誇太郎がイメージする通りの日本刀であるのに、バスコはまだ一歩しっくりこないと言っている。誇太郎は、そのことに質問をしないわけにはいかなかった。




「こんな立派にできているのに……何が足りないんですか?」


「特異性よ、特異性」


「特異性?」


「コタロウちゃんは、まだこの世界に来て経験が浅いだろ? いくら身体術フィジカルスキルを馴染ませてきたとはいえ、まだまだ未熟だと思うのよ。だからこそ、武器はより強く特異性のある物にしたくてね」


「はあ……」




 バスコの言いたいことは何となく理解はできたが、それでも彼の言う「特異性」というのがよくわからなかった。




「バスコ殿、特異性とは言いましたが……例えばどんな感じのでしょうか」


「例えば、お前さんの身体術フィジカルスキルはイメージした通りに身体が動くって奴だろ? それを武器でもできねーかどうか考えててね。刀のリーチが伸びたり、属性を付与できたりとかな」


「なるほど……」


「まあ、属性の付与に関しちゃシャロンの協力も必要になるが……それは置いとこう。コタロウちゃんが思うもの自体は、一応作れることは作れる。小太刀も、いい感じにできてたろ?」


「ええ、ばっちりでした!」


「がっははは、そいつぁ何より!」




 満足げに答えた誇太郎を前に、バスコはにかっと笑んで喜んだ。




「だからこそ、更に一歩踏み込んだ奴を作りたくてよ。でも、それを作り上げるには……素材が足りねえ」


「素材、ですか」


「コタロウちゃん、お嬢から龍人族ドラゴニュートに繋がる課題は教えてもらってないか?」


「いえ、何か調整を入れるから待っててみたいなことを先ほど……」


「ふむ……」


「あの、何か……?」




 顎髭をさするバスコに、誇太郎はやや不安になる。




「もしも、お嬢が与える課題のモンスターが『ブレードマンティス』なら……ちょうど素材が手に入るからちょうどいいなと考えてたんだが」


「ブレード……マンティス? マンティスってことは、カマキリ……? 虫ってことですか?」




 ただの虫にそこまで深刻な表情をするのかと誇太郎は一瞬思ったが、バスコは厳しい表情でたしなめる。




「甘く見ちゃいけねえぞ、コタロウちゃん。ブレードマンティスは確かにカマキリだが、サイズは普通の比じゃねえ。どころか、両手の鎌が鋭い刃物になってやがんだ。挑んで犠牲になった奴らはごまんといるんだぜ」


「え……ええええええええええええええええええええ!!??」




 カマキリに斬られるのかと衝撃を受ける誇太郎だったが、バスコは当然だといわんばかりに腕を組んだ。




「とは言えだ。今日まで色々達成してきたコタロウちゃんなら、絶対できると俺は思ってる。もし、お嬢から与えられた課題がそれだったら……課題ついでにマンティスの両手の鎌を持ってきてほしいんだ。それで確実に強い武器が作れるからよ」


「分かりました! お任せください!」




 再び深々と頭を下げ、誇太郎は鍛冶工房を後にするのだった。




 そして、その翌日。バスコの見立て通り、誇太郎は龍人族ドラゴニュートに繋がる課題として「ブレードマンティス」の討伐課題が与えられることとなった。そして、この時フェリシアは短くこう告げた。




「無事に帰ってこいよー!」




 いつも通りの笑顔で、誇太郎を激励した。一方の誇太郎は、それに安心しつつも前日に告げられたバスコの言葉を思い出し固唾を飲み、課題に臨むのだった。







 誇太郎は魔王城から北へ北へと歩を進めていた。誇太郎が足を踏み入れている場所は、北に広く広がる荒れ地。ここから先は、フェリシアがまだ治めていないエリアとなっており、集落こそあれど魔王城周辺と比べると文化のレベルに差異がある。




 しかし、そんな荒れ地のエリアを治めている存在がいる。それが、龍人族ドラゴニュートである。ドラゴンと人間のハーフの種族であり、魔人の中でも上位に入るほどの強さを持つ。加えて、この孤島にいる龍人族ドラゴニュートはフェリシア率いる軍勢とほぼ同等の勢力を築いている。そんな彼らとフェリシアは、ずっとにらみ合いを続けており冷戦状態となっているのだ。それ故に、フェリシアが治めるシエロの住民たちは近づかないようにしている。




 しかし、その一方でそこでしか手に入らない食材や素材も数多く存在している。その一つが龍人族ドラゴニュートに繋がる課題でありバスコが求める素材を持っているモンスター、「ブレードマンティス」である。今まで与えられた課題の中では一番少なく、この「ブレードマンティス」を一体だけ倒すというものであった。誇太郎は一目見るや否や「こいつだけ?楽勝じゃないか!」と思うも、昨日バスコに忠告されたことを思い出す。




 ――挑んで犠牲になった奴らはごまんといるんだぜ。




 上位アークスライムに一度返り討ちに遭った身だからこそ、誇太郎は感じていた。




「……油断せずに行こう」




 足場の悪い地面を歩みながら、誇太郎は何度もこの一言を呟きながら進んでいく。一度死にかけた身だからこそ、緊張感を持って進めていこう。たかが一つの課題、されど一つの課題。油断と慢心をせずに、粛々と歩んでいく。




 そんな彼を、フェリシアが抱える軍師であるライムンドは空中に浮かびながらこっそりと尾行していた。照り付ける太陽を鬱陶しそうに、フードで顔を隠しながらゆっくりと後を付いていく。というのも、彼は太陽が苦手な種族である「レイス」である。通常のレイスならば普通に太陽光に晒されるだけで消えてしまう為夜にしか活動ができないのだが、ライムンドはその中でも群を抜いた実力を持つ「グランレイス」であり太陽光の影響を受けない黒いローブを纏えば、昼でも普通に活動ができるのだ。とはいえ、生身では完全に太陽光を克服できているわけではないため、昼は必ずローブを纏わねば行動ができない制約もある。




 さて、そんなライムンドだが昨日フェリシアが語っていた人物である誇太郎を未だに認められずにいた。理由はいくらでも思いついていたが、一番の理由はその実力そのもの。いくら戦いのイメージが脳内にしっかりできていて、それを実現させられる身体術フィジカルスキルを与えられているにしても、ライムンドは論より証拠を好む。実際にこの目で見て判別しないことには、納得できない性格なのであった。




 やがて、午前十一時ごろ。誇太郎は、先ほどまでの荒れ地とは正反対の草が生い茂る平原へと足を踏み入れた。ホーンラビットの巣窟付近と比べると、向こうの方がうっそうと生い茂っているが生き物が生息できる分には申し分ないほどではあった。一方、ライムンドも誇太郎が平原に足を踏み入れたことによりやや身を引き締めてフードをかぶり直す。




「……そろそろ出てくるか」




 緊張感を持って尾行するライムンドだったが、それは誇太郎も同様だった。敵はいつどこから来るか。一瞬の油断が命取りになりかねない。高い緊張感と共に全身を進める誇太郎の元に、それは彼の背後から現れた。背後からガサガサと迫りくる音が耳に入り、誇太郎は即座に背後を振り向く。そこには、全長四メートルはあるだろうか。赤と緑が入り混じった巨大なカマキリが、誇太郎を獲物としてにらむが如く見下ろしていたのだった。両腕の鎌は、鋭い刃物となっており非常に分かりやすい特徴となっていた。一目見るや否や、誇太郎はそれが今回の課題であると即座に理解した。




「これが、ブレードマンティス……」




 スライム達、ホーンラビット、野良ゴブリン。今まで対峙してきたモンスターと比べて、一つだけシンプルだが明確に分かったことが一つあった。




「勝てる気が……しない気がする……」




 これまで、フェリシアから与えられたものとはいえ「柔軟な肉体フレキシビリティ」を駆使して課題を乗り越えてきた。異世界に来てそれなりに強くなったつもりでいた。それでも、今回対峙したブレードマンティスは「それまでのモンスターなど前座でしかない」と一笑に付さんばかりの気迫を放っていた。その気迫は、それまでの誇太郎が築いてきた自信を一瞬で崩した。そして、その隙を気付いているか否かは不明だがブレードマンティスは満を持して自身の鎌を振り下ろす。しかし、自信を失いかけても誇太郎も完全に気付かないほどではなかった。迫る一撃は大ぶりの一撃のため、眼前に迫るよりも早く攻撃を回避する。ブレードマンティスが振り下ろした地面は、小さなクレーターを作りヒビがいくつも入っていた。




「いやいや、いやいやいや……! 強すぎだろ!?」




 想像をはるかに上回る破壊力が、誇太郎の不安をさらに駆り立てる。そんな彼の動揺を今度こそ察したのか、ブレードマンティスは徐々に攻撃のペースを上げていき誇太郎を追い詰めていく。その様子を、ライムンドは細長い腕を組んでひたすら傍観していた。




 ――押されているな。無理もない、そもそもブレードマンティスは我ら魔人であっても苦戦するモンスター。並の人間では到底敵うはずもない。だが……それはあくまで並の人間ではの話だ。




 ライムンドの脳裏に、フェリシアが見せた二人の侍の姿がよぎる。あれほどの強者のイメージがしっかりできているのなら、ブレードマンティスも乗り越えられる。ライムンドは、数パーセントの期待に賭けて戦いを見守る。




 ――フェリシアの目に止まったのならば、それなりに認められた実力者のはず。せいぜい凡愚としては終わってくれるなよ、コタロウとやら。






 しかし、戦闘が始まってから十五分近くが経過した現在でも、誇太郎は防戦一方だった。そんな彼とは対照的に、ブレードマンティスは依然優勢の戦況を崩さない。このままではキリがなくなり、最終的に自分がやられる。誇太郎はそう判断し、息を整える。




「一か八か……仕掛けてみるか」




 逃げの防戦一方の作戦をやめ、誇太郎は攻めの構えを取る。そして、「柔軟な肉体フレキシビリティ」を発動させるため、あるモンスターの動きをイメージさせた。イメージさせた直後、誇太郎はつま先に力を籠めるようにして地面を踏みしめる。限界まで踏みしめ、誇太郎は限界まで押し込んだバネを戻すようにスタートダッシュを決め込んだ。イメージさせたその動きは、ホーンラビットが巣穴から飛び出してくる動きである。砲弾が飛び出すようなそのスピードを、誇太郎はイメージすることで「柔軟な肉体フレキシビリティ」により再現させたのだ。




 ブレードマンティスは誇太郎の動きを捉えられず、自身の死角への侵入を許してしまう。誇太郎はそのまま懐に入り、ブレードマンティスの右前脚を小太刀で斬り飛ばした。




「よし、この調子で次々と……」




 六本の足を先に吹き飛ばし、行動不能にした状態で確実に仕留める。誇太郎はそう画策して、ブレードマンティスの脚を一本ずつ吹き飛ばそうと試みる。右前脚を斬り飛ばした直後、一度後退し敵の様子を伺った。ブレードマンティスは斬られたことに気付き、痛みによるものか冷静さを欠いて暴れている。




「混乱している今ならいけるか……?」




 火中の栗を拾うリスクがあるが、先ほどの要領を繰り返せば問題ない。誇太郎はそう確信し、正面からブレードマンティスの懐目掛けて突進を試みた。だが、上空で見守るライムンドはその行為を目の当たりにして、呆れた様子でため息をついた。




「……阿呆か、アイツは。正面から突っ込めばどうなるか分かるだろうに」




 ライムンドの予見通り、その不安は現実のものとなってしまう。ブレードマンティスは、二度も不覚を取るほど単純ではなかった。前脚を失った痛みにもがきながらも、獲物として定めていた誇太郎を今度は見逃さず両腕の射程範囲に入るのを待っていた。そして誇太郎が射程範囲に入ったその時、ブレードマンティスは満を持して抱きしめるように両腕の鎌を内側に振り払った。一方の誇太郎、背後からそれが迫ってきたことを懐に入る寸前で気が付いた。が、時すでに遅かった。鎌の切っ先が背に一気に差し迫ったのだ。




「フェリシアさん……ごめんなさい……!」




 死を覚悟したその時である。誇太郎の足元に突如大きな黒い穴が開き、そのまま誇太郎を引きずり込んだ。誇太郎は狐につままれた状態のまま、穴に吸い込まれ黒い異空間を漂っていた。その異空間はどこかで見覚えのあるものだったが、そんなことを思い出す余裕もなく異空間の出口らしき穴へと無理やり放り出された。放り出された場所は先ほどと同じ平原だったが、ブレードマンティスから多少離れた所だった。一先ず再度ブレードマンティスに向かおうとする前に、なぜここに飛ばされたのか原因を把握しようと周囲をきょろきょろと見渡しているときだった。




「全く……俺の悪い癖だ、本人の為にはならんのだが……危ないところを見るとつい余計なお節介を働いてしまう。まあ、今回は別に良いか。あのまま放っておけば死ぬほかなかったのだからな、見殺しにするのもフェリシアに悪い」




 やれやれと言わんばかりの様子で、ライムンドが誇太郎の前に姿を現した。




「あ、あなたは? フェリシアさんのことを知っているんですか?」


「……そうだったな、お前とは『初めましてか』。俺はグランレイスのライムンド、フェリシアを支える軍師である」




 やや高圧的な口調で、ライムンドは続ける。




「コタロウ……だったか、お前のことはフェリシアから聞いている。元の世界で上手く生きれず、フェリシアに誘われるがままにこの世界に降り立ち……新たな人生を描くべく憤慨していると」


「え、ええ……」


「だが、少々馬鹿正直なところもあるな。フェリシアに性癖を覗かれ、それをフェリシアに漫然と暴露したとも聞いた」


「え、いや、それはその……。っていうか、何でその話が出てくるんですか!?」


「先の戦いにもそれが反映されていたから告げたのだよ。格上の相手に真正面から挑むのは、俺から言わせれば凡愚の極みだ。俺が助力せねば、お前は死んでいたのだからな」


「……」




 ライムンドの言う通り、ブレードマンティスの視界に確実に入る正面から攻めたことでリーチの長い鎌に捕らえられてしまった。助力が入らなければ、あそこで誇太郎の命は尽きていた。そのことを誇太郎は鮮明に思い出し、胸を押さえる。また、そこで思い出すついでに異空間に繋がる大きな穴のことも思い出した。




「そういえば……あの穴って、あなたが作ったのですか?」


「そうだが、それがどうした?」


「あ、いえ……どういった能力なのか気になったので」


「……いいだろう、少しだけ教えてやる」




 短くため息をつき、ライムンドは右手で黒い穴を宙に一つ作り告げた。




「あれは……さっきの穴?」


「そうだ。俺は魔法術マジックスキル黒穴クロアナの使い手だ。宙に黒い穴を作り、その穴を介して別の地点への移動を可能にさせる魔法術マジックスキルだ。所謂ワープという認識でよいだろう」


「ワープの使い手……なんですか!」


「ところで、コタロウ。お前は異世界から来た人間なのよな? それならば、フェリシアが宙を殴って、異空間のトンネルを作り出したものをお前は見たはずだが……覚えているか」


「そういえば……」




 誇太郎は、この世界に来る前にフェリシアが見せた豪快に空間を割ったあの光景を思い出す。




「ええ、覚えてます」


「あれは、俺の魔法術マジックスキルを奴に伝授したのだ。まあ、教えたのは基礎のみだがな」


「えええええええええ!? あ、あれって……あなたの魔法術マジックスキルだったので!? というか、魔法術マジックスキルって他人に教えられるんですか!?」


「今はそれを聞くべき状況か?」




 好奇心全開で尋ねる誇太郎を、ライムンドはぴしゃりと容赦なく遮った。




「貴様がやるべきことは何だ。俺の魔法術マジックスキルを聞くことか? そのためにここまで来たのか? 目的をはき違えるな、凡愚が」


「目的……」




 ライムンドに厳しく諭され、誇太郎は自身の目的を把握し直す。そう、ここに来た目的は他でもない。




「ブレードマンティスの……討伐」




 思い出したその一言を前に、ライムンドは無言で頷く。




「ちなみに、今度は俺は力を貸さん。フェリシアの元に戻りたくば、眼前の課題を乗り越えてみせろ」


「承知……!」




 力強く返事を返し、誇太郎は意を決してブレードマンティスの元へと駆けるのだった。


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