第7話 お節介軍師のライムンド 後編

 ブレードマンティスの元へと歩を進めるまでの間、誇太郎はいくつかのイメージを脳内でシミュレーションしていた。正面から攻めるのが危険となるならば、敢えて火中の栗を拾うか。それとも、別の策を立てるべきか。動きを封じるためにどうすべきか。そして、最終的にどうブレードマンティスを討伐するか。討伐対象の元にたどり着く頃には、既に撃破するイメージをしっかりと固めていた。




「さて、どう出る……」




 そんな誇太郎を見守るべく、ライムンドは再び上空から彼を見守っていた。しかし、先ほどの宣言の通り今度は援助はしない。例え彼がそこで果てることがあろうとも、絶対に手を貸さないと。やがて、再戦の火ぶたが今切って落とされた。




 先に仕掛けたのは、やはり誇太郎だった。ライムンドは「先ほど危ない目に遭ったのだから正面から攻めないだろう」、そう踏んでいたがその期待は裏切られることとなった。誇太郎は、先ほどと同様に正面突破を試みて真っ直ぐブレードマンティスの眼前へと躍り出ていく火中の栗を拾う手段を選ぶのだった。




「あの馬鹿……! 学習しないのか!?」




 今度こそ、真っ二つにされて終わる。そういう末路になると踏んで失望するライムンドだったが、今度はそれとは正反対の光景で予想を裏切られることとなる。正面から先ほどと同じように飛び込んできた誇太郎を、ブレードマンティスは「またか」と言わんばかりに同じ動きで仕留めようとする。両腕の鋭い鎌が再び誇太郎の背後に迫り、鮮血に染め上がる。ライムンドとブレードマンティスはそう思っていたが、誇太郎は違った。ブレードマンティスの鎌が背後に迫る中、あるイメージを「柔軟な肉体フレキシビリティ」に反映させた。




「樋口流走法……脱兎ダット




 先ほど見せたホーンラビットの動きを、鎌が捕らえるよりも先に反映させたのだ。その為、目にも終えぬスピードで誇太郎は再びブレードマンティスの懐に潜り込み右の真ん中の脚、そして右後ろ脚を一気に切り崩した。一瞬のうちに右半身のバランスを崩され、ブレードマンティスは右によろめいてしまうのだった。先ほどの動きに誇太郎なりの改良を見せた動きに、ライムンドは呆れた様子は何処へやら舌を巻いて腕を組む。




「なるほど……脚を吹き飛ばして動きを封じるのは予想通りだったが、そうやって吹き飛ばすとは予想外だったな」




 全ての右脚を吹き飛ばした誇太郎は、一度急停止してブレードマンティスの眼前へと戻った。と思いきや、すぐさまホーンラビットの動きをイメージさせてその場から高速移動する。何度も何度もブレードマンティスを取り囲むように、周囲を激しく動いてかく乱していく。一方のブレードマンティスは、かく乱する誇太郎を視界で追おうとするが徐々にスピードが上がっていく彼を中々捉えられない。一方の誇太郎は、完全にブレードマンティスが自身の動きを捉えられなくなる様子をじっと伺いながらかく乱を続けていた。




 やがて、そのタイミングは程なくして訪れた。誇太郎がブレードマンティスの背後に回り込んだ時である。ブレードマンティスの頭部は、背後を向くことができずただ正面をきょろきょろと見渡すことしかできなくなっていた。その瞬間、誇太郎はこう思ったのだった。




 ――最初から背後に回り込んで足を斬り崩せばよかったんじゃないかああああああ!?




 リスクを冒した効率の悪い戦い方をしてしまったことを恥じつつも、誇太郎は即座にブレードマンティスの全ての左脚を斬り飛ばす。全ての脚部を飛ばされたブレードマンティスは、脚部から大量の血を流しながら地に付した。しかし、それでもまだ動ける様子ではいた。とはいえ、最早戦況は火を見るよりも明らかだった。ブレードマンティスは、足を全て吹き飛ばされてかなり弱っており両腕の鎌で自身を支えるだけで精一杯の様子だった。




「後、一息……かな?」




 止めを刺すべく、誇太郎はゆっくりとブレードマンティスの鎌を切り落とすべく正面へと歩を進めた。その時である。ブレードマンティスは最後の力を振り絞り、何と鎌の刃のリーチを伸ばして誇太郎を急襲したのだった。どういう原理でリーチを伸ばしているかは不明だが、バスコの言っていた特異性の理由としては十分納得のできる能力であった。伸びた刃は真っ直ぐ誇太郎の眼前に迫っていく。しかし、二度も誇太郎は不覚は取らなかった。迫る刃を控え、誇太郎はあるイメージを思い浮かべて小太刀を構える。




「あの構えは……」




 その動きは、ライムンドが先日フェリシアに見せてもらった青年の侍の剣技の構えであった。そしていざ刃が誇太郎を捉えそうになったその時、誇太郎は受け流すようにブレードマンティスの鎌を小太刀で右側に誘導するように弾いた。弾かれた影響で体勢が崩れた所を見逃さず、誇太郎は間髪入れずに鎌の根元に一太刀お見舞いする。ブレードマンティスの鎌は、耳障りな金属音と共に弾き飛ばされて刃はやや離れた所で刃先が地面に突き刺さったのだった。それと同時に、ブレードマンティスは最後の一撃を振るうこと叶わず力尽きるのだった。




 相手が完全に沈黙したことを誇太郎も認識し、その場に力が抜けるように座り込んでしまった。その様子をライムンドは乾いた音で拍手をしながら近づいてきた。




「……危なっかしい戦い方だったが、ある程度の実力としては認めてやろう。フェリシアが見込んだだけのことはある」


「あは……あ、ありがとうございます」




 へとへとの状態で力なく誇太郎は礼を返した。そんな彼の様子を前に、ライムンドは短く息をついて尋ねる。




「ところでコタロウよ、お前はこの世界に来るまではどんな鍛え方をしてきた?お前がイメージする戦い方をフェリシアに見せてもらったが、中々に興味深かったぞ。鮮やかな太刀筋で敵を返り討ちにする剣士に、単騎で大量の軍勢をなぎ倒し逆境を覆す豪傑。あれほどのイメージができるのは、お前がそれだけの強さを持つ強者だからこそ……だと思ったのだが」


「え……あ、えーとですね……そんなんじゃないですよ。この世界に来る前は、戦闘は全くの無縁でしたので」


「……今何と言った」




 誇太郎の放ったある一言に、ライムンドは耳を疑った。




「え? えーと、この世界に来る前までは戦闘経験は全くなくて……」


「お前……そんな状態でブレードマンティスに挑んだというのか!?」




 ライムンドの動揺ぶりに戸惑いつつも誇太郎は答えた。




「え、ええ。そもそもこの世界に来てから一ヶ月ちょっとしか経っていないので……」


「馬鹿を言うな! ブレードマンティスはそもそも、十分に力を付けた人間であっても滅多に敵う相手ではない。ましてや、お前は一ヶ月前まで戦闘未経験の身だ。いくらフェリシアが与えた力があったとはいえ、そう簡単に勝てるような相手ではないのだぞ」


「そうなんですか!? でも、『柔軟な肉体フレキシビリティ』を扱えるようにするために最近までみっちり基礎体力を鍛える修業を行ったから大丈夫かなと思ったんですが……」


「だからといって、いくら何でも力を付けすぎでないか!? 僅か一ヶ月で普通にそこまで成長するわけなかろう!」


「そ、それは良く分からないです……申し訳ありません」




 申し訳なさそうに言った誇太郎の言葉を前に、ライムンドは再び耳を疑うほかなかった。




 ――どういうことだ……? 通常、身体術フィジカルスキル及び魔法術マジックスキルが宿った場合、それらを自在に操れるには数年ほどの研鑽が必要なはず。過去にフェリシアから能力を与えられた奴は他にもいるが、それでも短期間で扱いこなした奴はいなかった。それをこの男は……。




 信じられない現実を目の当たりにしながら、ライムンドは一方で一つだけ疑問が晴れた。それは―。




 ――いや、なるほど……だからこそ「イメージした通りに身体が動く」身体術フィジカルスキルを授けたのか。ある程度の力があれば、後はイメージするだけでその通りに身体が動く。戦闘経験がなくとも、自分なりの戦い方がイメージできていれば……少なくともまったく戦えないというわけにはならんだろうしな。




 だが、それでも……こいつは戦闘経験がまだまだ足りなすぎる。このまま最終課題とやらに臨んだとしても、そう簡単にはいかぬだろう。仮に上位アークスライムや暴君タイラントゴブリンに勝てたとしても……龍人族ドラゴニュートには敵うまい。後は、奴自身がそれをどう乗り越えるか……。それに、戦闘経験がない状態から短期間でこの成長ぶり……。これに至っては、理屈的にあり得ぬ。フェリシアの奴、一体どんなからくりを用いたのだ。いずれにせよ、また問い詰めねばなるまい……か。




 キョトンと見つめる誇太郎を前に、ライムンドはため息をついた。




「全く、面倒なことだ……」


「え、俺……何か無礼を働いてしまいました……?」


「いや、お前のことではない。それよりも動けるか?」




 その問いに対し、誇太郎は力を入れて立ち上がろうとした。が、ブレードマンティスを倒すことだけで精いっぱいだったのかこれ以上体が動く様子はなかった。それを見たライムンドは、「やれやれ」と言いつつ右指を鳴らす。すると、地面に大きな黒穴クロアナがブレードマンティスの死骸ごと誇太郎たちを覆いこむ。




「あれ……鎌以外も回収するんですか?」


「ブレードマンティスは鎌以外にも珍味として重宝されている。料理チームも喜ぶだろう」


「そうなんですね……」


「一先ず、ブレードマンティスの討伐達成……大儀だった。今日は俺が代わりにフェリシアに伝えてやるから、ゆっくり休むがいい」


「か、かたじけない……ありがとうございます、ライムンド殿」


「フン……」




 照れくさそうにフードを目深にかぶりながら、ライムンドは誇太郎らを連れてその場から撤退していった。






 そんな彼らを、遠くの岩山から眺める影が二つ存在していたのをこの時の誇太郎たちは知る由もなかった。龍の翼を背に宿し角を額に生やしたその二人は、この地を治める長である龍人族ドラゴニュートであった。一人は誇太郎とほぼ同年代の青年、もう一人はややあどけなさの残る女性であった。




「あれは……サキュバスロードの新たな戦力でしょうか、兄様」


「だろうな。だが、まさかただの人間風情がブレードマンティスを倒すとは……驚いたよ」


「ですが、我らの勝利は揺るがない。ですよね、兄様」


「もちろんだ、言うまでもない。だが覚えておこう、奴がここに再び来た時にどう対応すべきか……考える価値はありそうだ」




 黒穴クロアナが消えていくのを確認すると、二人の龍人族ドラゴニュートもまた北の方角へと去っていった。







 ライムンド達が城内に戻るころには、既に夕日が沈みかけていた。時刻としては、おおよそ五時半ごろ。城門前に黒穴クロアナが大きくぽっかりと開く。そこから、誇太郎の肩を持ったライムンドがブレードマンティスの死骸と共に姿を現した。丁度そこには、何かの用事を済ませたライガとスミレが帰ってきた直後だった。談笑しながら帰還した二人の前に、突如現れた誇太郎とライムンドとモンスターの死骸に面食らわずにはいられなかった。




「うえええええええ!?? な、何だああああ!?」


「あれって……コタロウ? それに、ライムンド殿まで……」


「戻ったか、スミレ、ライガ。食糧の確保は済んだか?」




 ライムンドのいう「食糧の確保」とは、ホーンラビットのような食材になりそうなモンスターを狩ってくるという事である。戦闘部隊は基本的に緊急時以外は何もないため暇なことが多いのだが、そんな中でも定期的に食材のモンスターを狩って食糧の確保に努めねばならない日がある。この日はライガはホーンラビットを、スミレはまた別のモンスターを数十体撃破してきたようであり、二人とも仕留めた獲物をまとめた袋を背負っていた。




「も、もちろんだぜー? なあ、スミレー?」


「ええ、こちらは大丈夫です……ライムンド殿」


「うむ、大儀」




 短く労い、ライムンドは城内へと移動する。と、思いきやすぐさま振り返って二人の前に詰め寄った。




「ああ、そうだ。コイツを頼む」




 そういうと、ライムンドは黒穴クロアナを用いて誇太郎をライガ達の眼前へと運ぶ。が、当の誇太郎が運ばれた先はやや高めの空中だった。そんな状況をスミレはいち早く勘づくが、ライガはワンテンポ遅れて気付いた。




「へ? あ、コ、コタロウ!?」


「ライガ、ボーっとしないで! 受け止めるよ!」




 落下してくる誇太郎を、ライガ達は丁重に受け止めた。




「あぶねーじゃねーっすか、ライムンドさん!」


「すまん、コタロウが仕留めたブレードマンティスの始末とフェリシアに火急の用があるのでな。少々急ぐ、許せ」


「え……? 待って、ライムンド殿。ブレードマンティスをコタロウが……!?」


「詳しくはそいつから聞くがいい。それではな」




 そう言い残すとライムンドはブレードマンティスを一先ずそこに放置し、はぎ取った鎌を持ちながら城内へと一目散に入っていくのだった。ややぶっきらぼうにその場を去っていくライムンドを前に、ライガは罰の悪そうな顔をする。




「んだよー、ライムンドさんの奴ー」


「いいから今はコタロウに集中して。このまま部屋に運ぶわよ」




 意識を失った仲間を放っておくわけにはいかない。それに関してはライガも同様だった。後味悪そうにするも、スミレと共に誇太郎を部屋へと運んでいく。







「……ん、あれ? 俺、寝ちまってたのか」


「おう、コタロウー! 大丈夫かー?」




 誇太郎が目を覚ますと、そこにはライガが至近距離で様子を案じていた。意識を失っている間に、既に自室に運ばれていたことに気付く。そして、そんな自分を案じたライガとスミレは心配そうにこちらを見ていた。




「ライガ、スミレ……」


「なあなあ、コタロウー! 本当にお前がブレードマンティスを倒したってのかー?」


「あ、ああ。ライムンドさんに助けてもらってなければ……逆に俺が返り討ちに遭ってたけどね」


「当然よ。ねえ、コタロウ」


「どした……って、近っ!? 近いよ、スミレ!?」




 スミレはぐいっと誇太郎に詰め寄ってきた。その表情には、どこか怒りが見える。




「何で私たちを呼ばなかったの?」


「え……?」


「ブレードマンティスがどんなモンスターか、お姐様から言われてたんじゃないの?」


「いや……今回は短く『無事に帰ってこいよ』とだけしか」


「だったら、他に誰かに言われなかった?とんでもなく手強いって、誰かから言われなかったの?」


「……バスコ殿から、『挑んで犠牲になった奴がごまんといる』とは言われたな」


「それ聞いて何で一人で挑もうと思ったのよ!?」




 がっと誇太郎の両肩を掴み、スミレはますます詰め寄る。




「私たちの力もあれば、もっと楽に勝てたでしょ? なのにどうして!」




 ぐいぐい来るスミレの気迫に押され、誇太郎は気まずげに口を開く。




「……二人に申し訳ないと思ったからだよ」


「え……?」


「は? 申し訳ねえって、何でだよコタロウー?」




 キョトンとなるスミレ達を前に、誇太郎は続ける。




「この世界に来てからさ、色々二人には支えてもらってばかりだったから。基礎体力を身に着ける修業の時はもちろん、スライムの時はライガに……ホーンラビットの時はスミレに助けてもらってばかりで。すごく感謝しているけど、一方で申し訳ない気持ちも多かった。いくら戦闘部隊は何かない限りは暇な時が多いとはいえ、二人の時間を俺に割いているような気がして……申し訳ない気持ちになってたんだ。だから、今度の最終課題に繋がる内容のは……一人でできる限り頑張ろうって……。でも、今回も結局ライムンドさんに助けてもらって……」


「馬鹿なの、あなた?」




 誇太郎の謝罪のつもりで言った卑屈な言葉を、スミレはバッサリ切った。




「あなた、自分の力を過信しすぎてない? いくらお姐様から力をもらったとはいえ、まだまだあなたの戦闘は未熟なのよ。だったら私たちはいくらでもサポートするよ。それなのに、申し訳ない気持ち……だなんて言わないで。私からすれば、そんな気遣いは逆に不愉快よ?」


「けどよー、スミレー。俺様達だって食糧を取って来いって立派な任務が……」


「ライガは黙ってて!」


「あ、はい」




 再びぴしゃりと言い放つスミレの言葉に、ライガはしゅんとなって黙ってしまう。




「ライガはああ言うけど、戦闘部隊以外にもちゃんと戦えるメンバーはいるのよ。その魔人たちに頼んで調整することだってできたの」


「そうなの!?」


「そうよ。あ、でもそれはまだ知らなかったよね……。ごめんなさい、しっかり伝えるべきだった」




 大事なことを伝え損ねたことを、スミレは謝罪する。そして、改めて誇太郎に忠告した。




「とにかく、あなたは色々と未熟なの。もっともっと周りに頼りなさい、いいわね?」


「ご、ごめん……。でも、ありがとう」




 謝罪と礼を並べて、誇太郎はスミレに微笑んだ。




「それよりもよー、ライムンドさんの奴フェリシアに用があるっつってたけどよー。何だろうな、スミレー?」


「私に聞かれても分からないわ。でも、かなりお怒りだった……。何を聞くつもりなのかしら」







 一方その頃。バスコにブレードマンティスの鎌を渡し、それ以外の部位を料理チームに渡してライムンドはそのままフェリシアがくつろぐ自室へと真っ直ぐ向かっていく。そしてフェリシアがいる部屋へたどり着くなり、バンっと勢いよく扉を開いて叫ぶ。




「フェエエエリイイイシイイイイイアアアアアアアアアアア!!!!」


「おー、おかえりー。遅い帰りみて―だったけどどうだった、コタロウは?達成できた?」




 フェリシアは、ベッドに横たわり読書をしながら尋ねる。それがライムンドの気持ちを更に昂らせた。




「達成はできた、一応な! だがそれ以上に疑問点を増やさせるな、フェリシア!!」




 堰を切ったように、ライムンドは怒涛の質問攻めでフェリシアに迫る。




「そもそも戦闘未経験の奴を戦闘部隊に引き入れるとは、どういうつもりだ!それにお前、一体何の能力を与えた!? 与えたのは、本当に『イメージした通りに身体が動く』身体術フィジカルスキルのみか!? 戦闘未経験のただの人間が、一ヶ月やそこらでブレードマンティスを倒せる強さを手に入れたなどありえていいことではない! お前は一体あの男を……」




 ぶぶうううううっ!




 畳みかける質問攻めを「うるさい」と言わんばかりに、フェリシアは下品な音で放屁を放ってライムンドを一時的に黙らせた。しかし、一瞬の沈黙の後ライムンドは遮られたことに激高する。




「遮るように屁をこくな! 俺は真剣に聞いているのだぞ、それをお前は……」


「だったら言いたいことは要約して言えよ、ライムンド。要は『誇太郎に何のスキルを与えて、どうしたいか教えてください』って聞きたいんだろ?」




 臭気が充満する部屋の中で、ライムンドは何とか荒ぶる怒りを落ち着かせて頷いた。対してフェリシアは、なだめるように告げた。




「安心しろ、ライムンド。少なくともあたしはアイツにとって害になる能力は与えたつもりはないからさ」


「その言い草だと……やはり何か与えたのだな。して、渡したのは身体術フィジカルスキルだけではないだろう。魔法術マジックスキルも与えたのか?それも、魔力ではない……心力しんりょくで発動する肉体強化型を?」


「ニッヒヒ、その通り」




 いつもの悪戯っぽい笑顔でフェリシアは続ける。




「でも、それはまだアイツに教えてない。コタロウがそれに気づきかかった頃に教えるつもりだ。何にでも夢中になって挑むアイツには、最初からそれを教えるよりも試行錯誤させた方が面白いからな」


「……随分、異世界から来たただの人間を買っているのだな。お前はアイツをどうしたいのだ」


「そんなの決まってる」




 声のトーンを落とし、真面目な表情でフェリシアは告げた。




「あたしは、コタロウを戦闘部隊のにするつもりだ。だから短期間でライガやスミレだけじゃなく、この島の誰にも負けない強者にする必要がある」


「だから、最終課題はアイツらと定めたのか。この島を一つにまとめ、ゆくゆくは同盟国であるラッフィナートを本格的に援助するために」




 ライムンドの問いに、フェリシアは無言で頷いた。




「だったら、すぐにでもこの島をまとめ上げるのが最初の目標だという事をコタロウに告げてやれ。あるじの目標は末端に至るまで共有させろ。それは忘れるな」


「うっせーな、分かってるよ」


「それと……」


「何、まだ何かあるの?」




 うんざりした様子でフェリシアが聞くが、構わずライムンドは続ける。




「コタロウに両親はいるのか?」


「あー? いるんじゃねーの? 聞いてないからわかんない」


「ならば……折を見て、この世界に行くという確かな覚悟を告げさせてやれ。アイツに両親がいるのなら正式な決別は付けさせるべきだ。お前のように、一方的に父を見限るような真似は……」




 と、言葉を続けようとしたライムンドの喉元に、フェリシアは針のように鋭く尖らせた人差し指を突き付けた。その視線は冷たく、そして声色もかつてないほどの冷酷なトーンで短く告げた。




「父上のことは口にするな」




 しかし、ライムンドは怯むことなく続けた。




「事実だろう。お前がお父上の思想に反感を抱き、一方的に離反したことは。だがコタロウは違うのでは? 『記憶読み』で詳細な情報を見たお前なら、分かっているはずだと思うが」


「……」


「とにかく、最終課題のみを控えた今だからこそコタロウには色々と話せ。お前が本当に奴を丁重に育て、戦闘部隊の隊長にさせたいのであればな」




 最後にそう告げると、ライムンドは踵を返して部屋を後にするのだった。一人残ったフェリシアは、天井を見上げてため息をつく。




「……ったく、相変わらずお節介が過ぎるっつの」




 ライムンドの質問攻めと説教にフェリシアは激しくくたびれてしまったが、彼の言うことも事実だった。半ば強引な勢いで誇太郎を連れてきたという事に変わりはなく、もっと考えるべきだったと珍しく反省する。




 しかし、今はもうそれ以上頭が働かなかった。疲れた気分をリセットするため、フェリシアはあくび混じりにランタンの灯を消して静かに眠りに付くのだった。

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