第5話 なぜ彼女は身体術を嫌うのか

 上位アークスライムに返り討ちにされてから二日後。




 一日の療養を経て、誇太郎は看病をサポートしたシャロンに一言礼を告げて医務室を後にした。今日から再び、最終課題に向けた活動が再開する。とはいえ、今はまだ朝早い時間帯である。腹が減っては戦ができぬ、先ずはエネルギー補給からと誇太郎は食堂へと向かった。するとそこには、朝食を取っているスミレと机に突っ伏している何者かがいた。




「おはよう、コタロウ。傷はもう大丈夫?」


「お陰様でね。ところで、そこにいるのって?」




 恐る恐る、突っ伏しているものに近づき様子を伺う。すると、その者は誇太郎が近づくのを察知してかこちらに頭部を向けてきた。その者の正体は―。




「よぉぉ……コタロウぉぉ……、大丈夫かぁぁ?」


「ら、ライガ!?」




 机に横たわっていた物の正体は、ライガだった。力を感じられない声色で、彼は何とか誇太郎の無事を案じた。




「どうしたんだよ、いつものお前らしくないぞ?」


「あー……あれだよ、体力保存……。エネルギーが切れちまったんだぁ……」


「エネルギー切れ……あっ!」




 エネルギー切れという事をライガの口から聞き、誇太郎はあることを思い出した。ライガの身体術フィジカルスキルは「体力保存」、三日に一度莫大に食糧を取っておくとその間は食糧補給せずともフルパワーで動けるというものだ。しかし、裏を返せば三日経過した後は動けなくなるという解釈になる。




 ライガからこの説明を受けたのは、上位アークスライムに返り討ちに遭った前日のこと。そして、その日はちょうど三日前である。差し詰めこの時に体力保存のエネルギーを確保したのだろうと仮定し、誇太郎はライガに問いかけた。




「つまり、今は体力保存のエネルギー切れだから……動けないってこと?」


「その通りだぁぁぁ……」


「一歩も?」


「一歩もだぁぁぁ……」




 普段のライガからは信じられないほどのテンションの低さに、誇太郎は思わず彼の容体すら案じてしまう。そんな誇太郎の浮かない表情を察してか、朝食を取り終えたスミレが彼の元へとやってきた。




「ライガなら心配いらないわよ。スキルのこと、聞いたんじゃなくて?」


「一応聞いてはいたけど……、エネルギーが切れると毎回こんな感じなのか?」


「そうよ。だから、コタロウ」




 誇太郎に目を合わせ、スミレは告げる。




「今日の課題は、私が見てあげる」


「え、スミレが?」


「ええ。ほら、これが次のリストよ」




 そう言って、スミレはリストが記された紙を手渡した。そこには、上位アークスライム同様に暴君タイラントゴブリンに挑む為の課題が割り振られていた。それは以下の通りである。




 ・ホーンラビットを十体撃破せよ。


 ・ホーンラビットを三十体撃破せよ。


 ・ホーンラビットを五十体撃破せよ。


 ・野良ゴブリンを十体撃破せよ。


 ・野良ゴブリンを五十体撃破せよ。


 ・野良ゴブリンを百体撃破せよ。




 前回のスライムの課題に比べると、モンスターの撃破数にかなりの数の差があり誇太郎は一瞬目を疑う。何度も見直した上で、スミレに尋ねる。




「えーと……これ、俺の見間違いじゃないよね? 何か、前のと比べると差が違いすぎない?」


「当たり前でしょ? スライムは一番倒しやすいモンスターなんだから、数が多めにお姐様が設定されたのよ。それよりも、今は目の前の目標に集中なさい。ホーンラビットは、スライムの倍手強いんだから」


「だから……その手伝いとして、同行してくれるの?」


「それもそうだけど、それだけじゃないわ。この間、ライガがホーンラビットの肉持ってこなかったかしら?」


「え? あー、そういえば……持ってきたね」


「あれ、ライガの好物なのよ。体力保存のエネルギー補給の際は、あの肉を使ってるの。それで、今は動けないでしょ? だからあなたの課題を見るついでに回収を手伝ってあげるってこと。分かった?」


「わ、分かった。そういう事なら……」




 スミレが同行する理由に、誇太郎は一先ず納得した。




「それに、奴らを相手にするなら……私の身体術フィジカルスキルが必要になるから……なおさらね」


「スミレの……身体術フィジカルスキル……」




 スミレの口から出た身体術フィジカルスキルを耳にし、誇太郎はライガから受けた説明を思い出す。自らの身体術フィジカルスキルが原因で、里を追い出されたこと。その全容が明らかになろうとしていることに、誇太郎は興味半分不安半分の気持ちになっていた。




「ちょっと、何ぼさっとしてるの?」


「え? ああ、いや……何でもないよ」


「そう。だったら、早く準備してきなさい。私も準備するから、出来たら城門の玄関で待ってて」


「分かった」




 誇太郎の返事を最後に、スミレは食堂を後にするのだった。誇太郎もまた、急いで支度をするべく自室へ戻ろうとするがその前にライガの耳元へと駆け寄る。




「何だぁぁ? どしたよぉぉ?」


「……俺が倒れた後、運んでくれたのお前でしょ?」


「あ~? あ~、うん。そうだなぁぁぁ……それがぁ?」


「ありがとう、礼だけ伝えたかった。それじゃ、食糧取ってくるから待っててな!」




 ライガに一言礼を告げ、今度こそ誇太郎は食堂を後にした。立ち去っていく彼の姿に、ライガは僅かに口角を上げて見送った。






 一方その頃、スミレは早くも自室に戻り二対の金棒を装備しながら支度を整えていた。それと同様に、昨日フェリシアに呼ばれたことを思い返していた。




 ――――――――――――――――――――――――――――――――




「お呼びでしょうか、お姐様」


「お、来たか。わざわざありがとな、来てくれて」




 前日の夜九時頃。スミレは、フェリシアの自室へと呼ばれた。いつもの一張羅である妖艶な黒いドレスをまとい、スミレに近づく。




「ここに呼んだのは他でもない、頼みがある」


「頼み……ですか?」


「明日から、コタロウにホーンラビット・野良ゴブリンの討伐課題を与えようと思ってる」


「という事は、暴君タイラントゴブリンに繋がる課題を与えるわけですね」


「その通り」


「でも、ホーンラビットは初見で挑ませるにはやや厳しいかと。アイツ一人だと、上位アークスライムみたいに返り討ちにされかねませんわ」


「そう、そこでだ、スミレ。最初だけでいい、コタロウに付いていってほしい。お前の身体術フィジカルスキルの力で、サポートしてやってくれ」


「私の……」




 返事を返したスミレだが、その声は震えていた。自身のトラウマが脳裏によぎったのか、表情もすっかり青ざめている。そんな彼女の様子を察し、フェリシアは優しく抱きしめた。




「……不安か?」


「私のを見たら……コタロウだって嫌うに決まってる……」


「大丈夫だって、アイツはあたしを初めて見てもビビるどころかすんなりと受け入れたんだ。そんな奴が嫌うはずはない」


「お姐様……」


「大丈夫、大丈夫。お前はお前だ」




 髪を剝くように、フェリシアはスミレの髪を撫でて優しく抱きしめるのだった。




 ――――――――――――――――――――――――――――――――




 静かに深呼吸を一息入れ、スミレは隠すように巻いていた右腕の黒い布をベッドに脱ぎ捨てた。




「行きましょうか……」




 静かに呟き、スミレは玄関へと向かっていくのだった。







 スライムの泉とは対照の方角である、城下町から西の方角へと二人は進んでいく。道中にある穀倉地帯を抜けていき、もうしばらく進んでいくと数多くの洞穴がある丘陵がそびえ立っている野原へとたどり着いた。




「コタロウ、見える? あの穴」




 スミレが指さした無数の穴を目にし、誇太郎は静かに頷く。




「あれが課題にある、ホーンラビットの洞穴よ。奴らはあそこから勢いよく飛び出してくるわ」


「あの穴から?」


「ええ。武器は構えておいて、油断していると一瞬で終わるからね。でも安心して、どこから来るかは私の身体術フィジカルスキルが教えてくれるから」


身体術フィジカルスキルが? 一体どうやって……」




 と、詳しく聞こうとしたその時である。




『右四十五度、来るぞ! 構えろ!』




 若い青年の声がどこからともなく誇太郎の耳に飛び込んできた。一体どこからと声の主を確認しようとした次の瞬間、右方面から勢いよく洞穴の主であるホーンラビットが飛び出してきた。誇太郎が鋭い角を持つ小さな一角獣に気づくのは、彼の眼前に迫る直前であった。




 ――やられた!




 そう覚悟したその時、スミレが目に止まらぬ速さで金棒を抜いて迫りくるホーンラビットを叩き落とした。迎撃されたホーンラビットは、血だまりに沈み瀕死の状態で痙攣している。




「言ったでしょ? 油断したら終わるって」


「あんな一瞬で飛び出してくるとは……」




 洞穴から勢いよく飛び出してくるその姿は、さながら固定砲台から放たれる砲弾のようであった。初見時はスミレに助けられたが、毎回そうはいかない。誇太郎は警戒しながら、先ほどの声についてスミレに言及する。




「っていうか、さっきの声誰なんだ!? もしかして、それがスミレの身体術フィジカルスキルなのか!?」


「それは……」


『お前ら、話してる場合か!次は左十度、来るぞ!』




 再び正体不明の青年の声が響き、誇太郎は反射的に左方面へと視線を向けて警戒を強める。そんな彼の様子を見て、スミレは付け加えた。




「コタロウ、今の声聞こえたよね?」


「ああ」


「あそこの穴から来るって聞いたわよね?」


「ああ」


「あそこから来る奴を倒したら、声の正体……教えてあげてもいいわ」


「交換条件!?」


「あなたの実力も見てみたいもの。駄目かしら?」


「意地悪かと思ったけど、そういう理由なら別にいいや。じゃあ、約束だからな!」




 そう言い終え、誇太郎は小太刀に手をかけて迎撃の態勢を整える。やがて程なくして、洞穴から勢いよくホーンラビットという名の砲弾が誇太郎目掛けて突進してくるのだった。だが一度見逃した相手を、二度も見逃す誇太郎ではなかった。ギリギリまでホーンラビットを引き付け、角が今まさに体に触れるその時。さっとわずかに歩幅をずらし、ホーンラビットとすれ違いざまに小太刀を振るう。誇太郎が小太刀を鞘に納めた瞬間、ホーンラビットは大きな裂傷と共に地面に倒れるのだった。




「中々やるじゃない。今のがあなたが言ってた侍の戦い方?」


「……まだ見様見真似だけどね。本物の戦い方は、まだまだかもしれない」


「そうなの? 悪くない太刀筋だと思うけど」


「そう思ってくれるなら嬉しいよ」


『まあ、スミレのパワーに比べりゃまだまだかもしれねーがな。ガハハハ!』


「ちょっと……黙って」




 またもや響く謎の声に、あたかも声の主が分かっているかのごとくスミレがたしなめる。その様子を見て、誇太郎は先ほどの約束を思い出す。




「そうだ。スミレ、約束通り教えてくれないか?さっきから聞こえる声の主って、お前の身体術フィジカルスキルなんだよな?」


「……ええ、その通りよ。でも……正直なところ、人に見せづらいのよ」


「え? 何で……?」


「それは……」




 返答にスミレが躊躇ったその時である。




『前方から無数の敵意を確認! 来るぞ!!』




 二人の会話を遮るように、青年の声が響き渡る。それから程なくして、前方の洞穴から沢山のホーンラビットが息をつかせぬ勢いで次々と飛び出してきた。その攻撃に対し誇太郎は刺突閃を、スミレは短い所作で次々とホーンラビットを撃破していくが篠突く雨のごとく降り注ぐ攻撃の勢いに、二人は徐々に押されていく。




「キリねーな」


「……一旦退きましょう」




 スミレの提案に、誇太郎は無言で了承し二人はその場から撤退するのだった。






 しばらく走り続け、二人は近くの木陰まで後退した。ここならば、ホーンラビットの巣穴から離れているため突進の射程範囲外になっている。その安全地帯にて、誇太郎は改めて周囲の安全を確認した後先ほどの約束をスミレに持ち掛けた。




「……なぁ、スミレ。そろそろお前の身体術フィジカルスキルについて、教えてくれてもいいよな? さっきのホーンラビットは倒したし」


「そうね……、約束は守るわ……」




 声色に怯えの色が見えつつも、スミレは自身の右腕を誇太郎の眼前へと突き出した。突き出された腕を見てみると、そこには人の顔のようなしわができていた。少し動けば目と口が浮かび上がってきそうなしわとなっており、今にも動き出しそうな姿となっている。




「顔……のように見えるが、これって……」


『……お前か! 噂の異世界から来た人間って奴!』




 誇太郎がスミレの右腕を覗き込んだ瞬間、腕に浮かび上がっているしわの目の部分がくわっと見開き陽気な口調で語りかけてきた。最早一人の人間と同じ様子で語りかけてくるそれは、外見的には不気味な一方で気さくに語りかけてくる口調からはどことなく親しみやすさすらも感じさせてくる。そんな不気味な顔に呆気に取られる誇太郎を目にしながら、スミレは苦い表情でため息をつく。




「……気持ち悪いでしょ、これ」


「驚いたことは驚いたけど……、これがお前の身体術フィジカルスキル……なのか?」


「ええ。これが私の身体術フィジカルスキル……人面瘡じんめんそうよ」


「……まさかとは思ったが、人面瘡じんめんそうと来たか。初めて見たな」


「え……?」




 恐れるような反応をされると思っていたスミレだったが、それとは予想外の関心するような態度で応対されたため思わず面を食らってしまう。




「怖く……ないの?」


「そりゃ、初見はビビったけど……創作物でたまに見ていたからそうでもない……と言ってもいいのかな。俺のいた世界じゃ、人面瘡それは都市伝説でしか聞いたことがなかった。普通は命に関わる死の病として扱われているんだが、身体は何ともないのか?」


「え、ええ。何とも……ないわ、人間よりもずっと長い年月を生きているけど……モンスターとかに襲われる以外にそうなったことは一度も」


「そっか……それは良かったよ」


『馬鹿か、お前は! 俺の主であるスミレを殺すことがあるかよ!』




 誇太郎が安堵の息を漏らしたのと同時に、宿る人面瘡じんめんそうが反論する。




『今の今まで、俺はスミレを守るために能力スキルを使ってきたんだ。そんな無礼な真似できねーよ』


「そ、それはすまなかった……。で、それで……人面瘡あなたの能力とは?」


『おう、教えてやるよ! 俺はただスミレの腕に宿ったお喋り野郎じゃねーんだ。さっき、お前らにホーンラビットが迫ってきていることを知らせてやってたろ?』


「そうでしたね」


『そうでしたね、ってオイオイ! 大事な所だよ、よく聞いてくれよな! いいか? あの時俺はな、迫りくるホーンラビットの気配はもちろん、敵意・殺気を察知し……声に発することで知らせてやったんだ』


「というと、つまり……?」


『つまり、だ! 俺は単なるお喋り人面瘡じんめんそうじゃねえ、敵の気配を索敵できる能力があるってことだ! どうだ、すげえだろ!』


「うるさい!!!!」




 二人の会話を遮るように、スミレの怒声が響き渡る。




「あなた……何でそんなに打ち解けてるのよ。何でそんな気持ち悪い存在と意気投合できてるのよ」


「え……いや、何というか。気付けば俺も普通に会話しちゃってたというか、何というか」




 人どころか元の世界では不治の病である人面瘡じんめんそうと普通に会話できているという事態に、スミレに突っ込まれて誇太郎はその異様さにようやく我に返った。が、誇太郎は「でも」と一息置いてスミレに向き直る。




「聞いた感じだとすごく優秀な能力スキルだと思うんだけど……そこまで嫌う必要あるの?」


「は……?」


「迫ってくる敵の気配を察知して知らせるって、すごく優秀だと思うんだ。加えてスミレには特有ペキュリアスキルの『金剛の加護』による強靭な肉体もあるわけだし。索敵持ちのパワー型という事だろ? とんでもなく強いと思うんだが……」




 スミレの能力スキルを分析してぺらぺらと語る誇太郎だったが、彼女の茫然とした表情を前に一瞬言葉を失う。が、再びスミレに対し疑問を投げかける。




「スミレは、やっぱり嫌いなのか?」


「……ええ」


「どうして? そんなに強くて立派なのに……」


「立派……ですって? あなた、私のことどこまで分かったうえで言ってるの?」


「え、だってほら……能力だけならすごく優秀じゃ……」




 と、誇太郎が続けようとしたその時である。バチンっとスミレの強靭な肉体から放たれた平手打ちが、誇太郎の頬を打つどころか彼自身を吹き飛ばしてしまう。2、3本ほど木々をなぎ倒しながら吹き飛ばされた先で、誇太郎は何とか起き上がりスミレに駆け寄る。




「何すんだよ! 何もひっぱたくこと……」




 誇太郎が物申そうとしたが、スミレが涙目でにらみつけている様子を見てしまい思わず返す言葉を躊躇ってしまう。




「能力だけなら……? じゃあ、この腕そのものは醜いと受け取っていいのよね……?」


「違うって、そういう事じゃなくて……」


「コタロウ、あなた……相手のことを考えたことないのって、言われたことない?」


「え……っ!」




 スミレの一言に、誇太郎はライガから警告されたことをここで思い出した。スミレは自らの身体術フィジカルスキルのせいで村を追い出された為、自身の能力スキルを疎ましく思っているという事。能天気なライガが声色を変えて警告したことを、なぜ今の今まで忘れていたのだろう。誇太郎は、ようやくそのことに気付いたのだった。そんな彼の心情を知ってか知らずか、スミレもまたせきを切ったように続ける。




「私はね……この身体術フィジカルスキルが嫌いなの。コイツのせいで、私は産まれた時から苛められ……後ろ指を指され……、挙句の果てには愛してくれた両親からも捨てられた。あなたにはその気持ちが分かるの!?」


『スミレ、もうよせ! それ以上言うとお前自身が……』


「うるさい! 元はと言えば、お前さえ発現しなければ……!」




 怒号と共にスミレは、腕に宿る人面瘡じんめんそうを木にぶつけて潰そうとする。が、自身の体を思ってか能力スキルとして捨てきれない故かぶつかる寸前で攻撃を止めた。そして、声にならない叫びと共にその場から立ち去ってしまうのだった。






 一人取り残された誇太郎は、そんな彼女の背を見ながら猛省する他なかった。




 ――ああ……やってしまった。何で忘れていたんだろう、俺は。ライガから言われていたはずなのに。何でこんなにも言及してしまったんだろう。もっと……もっと、彼女の気持ちに寄り添ってあげるべきだった。




 自らの右手を見つめ、握りこぶしを作りながら誇太郎は誓った。このままではいけない。早く彼女と合流して、仲直りをせねば。強く胸に誓い、誇太郎はスミレの後を追うのだった。







 スミレが産まれたその時から、身体術フィジカルスキル人面瘡じんめんそうは宿っていた。否、彼女の今後をおもんばかるなら敢えて宿ってしまったというべきだろうか。産まれた直後から宿ったそのいびつ身体術フィジカルスキルは、同種族のオーガから異形の存在として忌み嫌われた扱いを受けることとなってしまう。




 端正な顔立ちでどれだけ美人であろうと関係なかった。不気味な存在が宿っている、ただそれだけの理由でスミレは同じ子供に苛められ差別され、酷い時には人面瘡じんめんそうが宿っている腕に松明を押し付けられかけるという根性焼きまがいなことも受けたことがあった。




 しかし、そんな状況下であろうとスミレの両親だけは我が子を愛そうとしていた。どんなに周囲が愛娘を嫌おうと、自分たちだけはしっかり愛してやろうと。当初はそう誓っていた。だが、どれだけ愛し続けようとスミレに対する偏見と差別の目は収まることを知らず、むしろ日に日に増していくばかりで悪化していくばかりだった。




 やがて、そんな生活が八年も続いたある日のこと。両親の優しい心を踏みにじるが如く、自分たちの差別を正当化したいが故かスミレを苛める面々が「呪われた子を産み落とした」という理由を付け、今度はスミレの家族そのものを差別し始めたのだった。最初は後ろ指を指される程度から始まり、挙句の果てには家に火を付けられボヤ騒ぎになるほどまでに事態は悪化してしまう。責め苦が続くその日々に、とうとうスミレの両親の精神も限界に達してしまい、彼女をこの「嫌われ者の秘島」へと捨ててしまうのだった。




 当初のスミレは、人間の年齢で言う十二歳。泣きじゃくる日々とモンスターに命を狙われる日々の中、フェリシアに拾われることとなるのだがそれはまた別の話になる。






 そんな子供時代の記憶を、スミレは振り払おうと全力疾走していた。辛い記憶を払おうと、忌まわしき過去を振り払おうとひたすら走り続けるほかなかった。今、自分が走っている場所がどこなのかを知らずに。




 やがて走り疲れて、スミレはその場で膝に手をつき立ち止まる。走り終えてトラウマが晴れるかと思ったが、一切晴れることはなく疲れのみが今の彼女を蝕むほかなかった。




「消えろ……消えなさいよ! 私の忌まわしい過去なんて!!」


『スミレ、大丈夫か……?』


「気なんて遣わないで! アンタさえいなければ、私は……こんなに苦しむことなかったのよ」


『……すまなかった』




 一向に自身の能力スキルを拒絶するスミレを前に、人面瘡じんめんそうは申し訳なさそうに言った。




『俺のせいでいつも迷惑ばかりかけて、申し訳なかった。でも……もういいだろう、スミレ。自分で言うのもあれだが、俺を受け入れてもいいんじゃないか?この島に来てから、俺を拒絶する奴がいたか?』


「うるさいっ! 何を言おうと、お前が発現したせいで……」




 と、言葉を続けようとしたその時。




『スミレ、避けろ!』


「うるさいって言ってるで……」


『いいから、前見ろ! 死ぬぞ!!』




 人面瘡じんめんそうの強い呼びかけに、スミレはようやく正面を向いた瞬間。眼前にホーンラビットの突進が迫っていた。全力疾走して立ち止まった場所は、ホーンラビットの巣窟がある丘陵へと戻ってしまっていたのだ。そうとも知らず、スミレは人面瘡じんめんそうと揉めていたのだ。そして、気付いたその時にはもうホーンラビットが迫っていた。その攻撃がもう避けられないとスミレは感じ、覚悟を決めて目を閉じた。ここで命が散る、寸前までそう思っていた。




 しかし、命が散るような衝撃はないどころか痛みすら感じない。ゆっくりと目を見開くと、スミレの眼前にはホーンラビットの攻撃を小太刀で受け止めた誇太郎が立っていた。




「危ないところだった。大丈夫か、スミレ」


「コタロウ……どうして」




 受け止めているホーンラビットの攻撃を押し返し、即座に切り伏せた後に誇太郎が答える。




「後付けてきた。そして、あまりかっこいいこと言えないけど……仲間を助けるのに理由はいらないだろ?」


「仲間……。あなたを思いっきり引っ叩いたのに……?」


「いや、痛かったよ。でもそれ以上に、謝りたくて仕方なかった。ライガからお前の身体術フィジカルスキルのこと聞かされてたんだけど、どんな能力か知りたいあまり……それをコンプレックスに思っていたことを忘れてしまっていた。本当にすまなかった」


「べ、別にいいわ……。私も感情的になりすぎちゃったし。それよりも、今は前を見て」




 スミレに促され、前方を見るとそこには既に巣穴から姿を現した沢山のホーンラビットの姿がずらりと並んでいた。誇太郎が正面に向き合ったのと同時に、一羽のホーンラビットが真っ直ぐこちらに突っ込んでくるが、今度はスミレが素早く抜いた金棒にて地面に叩きつけられた。仲間が返り討ちに遭う瞬間を目の当たりにしたホーンラビット達は、戦慄して怯んでしまった。その様子を伺い、スミレは少し気持ちを落ち着けて誇太郎に向き直る。




「わざわざ謝る為に私の後を追ってきたの、コタロウ? 律儀というか、何というか……」


「それだけじゃないよ。お前に言いたいことがもう一つあって……って、おらっ!」




 スミレの背後を不意打ちするように迫るホーンラビットを二体切り伏せ、誇太郎は続ける。




「スミレは、『あばたもえくぼ』って言葉を知ってるか?」


「あば? 何、その言葉は?」




 またもや返り討ちに遭った仲間の敵を討つべく突進してきたホーンラビットを迎撃し、スミレが尋ねる。それに対し、同じく攻めてきたウサギを三体撃破した誇太郎が答えた。




「俺のいた世界で、大昔に疫病が流行ってね。大勢の犠牲が出ただけでなく、治ったとしても発疹があととなって体に残ってしまった人もいっぱいいたんだ」


「……それが、あなたの言う言葉とどう繋がってくるの……よっ!」




 金棒を地面に突き刺して固定し、スミレはポールダンサーのように回りながら迫りくるホーンラビット達を回し蹴りで一蹴して尋ねた。一方の誇太郎も、刺突閃を駆使しある程度の数を撃破して続ける。




「『あばたもえくぼ』のあばたっていうのは、その発疹の痕あとのこと。えくぼっていうのは、笑ったりした時にできる顔のくぼみみたいな奴さ。つまり何が言いたいかっていうと、好きな人や気に入った人なら、醜い病の痕あとであっても魅力的に見えるってことを言いたかったんだ」


「え……!?」




 誇太郎の口から出た「好きな人」というワードに、スミレは思わず戦闘を忘れて著しく反応してしまう。それが恋愛によるものなのかどうなのかは不明だが、スミレは尋ねずにいられなかった。




「こ、コタロウ……。好きな人ってことは……、私のことが好き……ってことなの?」


「いや、まだそこまでじゃない」




 あっさり且つ素直に返された誇太郎の返答に、スミレは盛大にずっこけた。




「そこはそういう気持ちじゃなくても『好き』っていうもんじゃないの!?」


「出会って一ヶ月の女性ひとと充分な信頼関係にもなってないのに、満を持して好きなんて言えるわけないだろ!」


「そういう問題!?」


「そうじゃなくて、そういうんじゃなくて……だな!」




 再び迫るホーンラビット達を切り伏せて、誇太郎は引き続き言葉を並べていく。




「俺が言いたいのは、そういう言葉があるように……傍から見たら醜いって言われるかもしれないけど、それ以上の魅力があるってことを忘れないでほしいって言いたかったんだ」


「……そうは言っても、すぐには受け入れられないわよ」


「もちろん、今すぐなんて言わないって。今の今まで苦しんできたんだったら、すぐに受け入れるのは物凄く難しいと思う。だから、少しずつでいいと思う。俺は、誰が何と言おうとも……お前のその身体術フィジカルスキルはすごく優秀で魅力的な能力ちからだと断言するよ」


「コタロウ……」


「それに、お前は外見も凄く可愛いしいつも落ち着いているから安心感がある。俺はそういう所も魅力的だと思うよ」


「あ、あのね……」


「あ、後他には……」


「もう、いいって!! 充分よ!!」




 最後に向かってくる大き目なボスポジションのホーンラビットを撃破して、スミレは顔を真っ赤にして続けようとする誇太郎を遮った。息を切らしながら反論を続けたスミレを前に、誇太郎はまた言いすぎたのではと彼女を案じる。




「……ごめん、また嫌な気分になった?」


「違うわよ……、もう。そんなに矢継ぎ早に言うんだもの、返す言葉がなくなっちゃったわよ。でも……」




 今一度、スミレは自身の右腕の人面瘡じんめんそうを見つめ直す。そこには、誇太郎の褒め言葉にニヤニヤとしながらスミレを見つめ直す人面瘡じんめんそうの姿があった。




「あなたの言う通り、今一度自分と向き合ってみるべきなのかもね」


『おっ、スミレ。ようやく俺を認めてくれる気になったのか?』


「今すぐは無理よ、聞いてなかったの? でも……思えば、産まれた時から……今日の今日まであなたは私のこと……見守ってくれてたのよね?」


『ああ』


「……ありがと」




 聞こえるか聞こえないかのか細い声で、スミレは短く礼を告げた。人面瘡じんめんそうは耳こそないが、それはしっかり聞こえていた。が、少々意地悪にとぼけて聞き返す。




『え? 何だって?』


「何でもないわよ! それと、コタロウ」


「ん?」




 自分を見つめ直すきっかけを与えてくれた誇太郎に、スミレは先の謝罪と最大の敬意を込めて頭を下げた。




「さっきは引っ叩いてごめんなさい。痛かった……よね?」


「一ヶ月前の俺だったら……多分死んでた、かもしれないかなあ?」


「うっ……本当に、ごめんなさい。でも……、それでも言わせて」




 そういうと、スミレは誇太郎に近づいて微笑みながら告げた。




「ありがとう……あなたのおかげで、人生が変わっていくかも……しれない。見つめ直すきっかけをくれて、本当にありがとう」


「そ、そんな大それたこと言ったかな……?」


「ええ。誇っていいわ」




 ――何となくだけど、お姐様がコタロウを面白いって連れてきたの……分かる気がする。




 ぐっと握りこぶしを誇太郎の胸に突き付け、スミレは満面の笑みで告げるのだった。




「あなたにはお礼をしてあげなきゃいけないわね」


「い、いやいや。お礼なんてそんな……」


「お姐様がやってやった通り、その……私も……」


「す、スミレ?」




 もじもじしながら、顔を赤らめるスミレから放たれた言葉はとんでもないものだった。




「お姐様がやってたように、その……お、おならを……嗅がせればお礼になる、のかな」


「え!?」


「駄目……?」




 真剣に見つめてくるスミレの目に思わず魔が差しかけた誇太郎だったが、即座に邪念を振り払い全力で返答を返した。




「いやいやいや! いくら何でも気軽に女性のおならを嗅がせてくださいって、それは色々倫理的にもよくないんじゃないの!?」


「でも、元気をくれた恩を返さないと……私の気が済まないわ」


「だからって、気軽にやっていいもんじゃないからね!?」


「じゃあ、どうすれば……」


「お礼なんていくらでもできるから、今はやめよ?ね?」




 そんな二人の何気ないやり取りを送りながら、この日は終わっていくのだった。







「ふっかああああああああああああつ!!」




 翌朝。ライガの景気のいい声が、魔王城に響き渡った。昨日誇太郎たちが確保したホーンラビット達を平らげ、ライガは無事体力保存のエネルギーを確保した。そして現在、そのみなぎる体力を誇示せんとライガは雄たけびを高らかに上げるのだった。




「ライガ、うるっさい」


「朝から元気すぎだろ、お前……」


「お、スミレにコタロウー! おっはよう!」




 ちなみに、現時刻は朝五時半。早朝から元気すぎるライガに、誇太郎たちは目をこすりながら姿を現した。そんな中、ライガはあることに気が付いた。




「あれ、スミレー? お前、腕の布どーしたんだ?」


「外したの。私の能力スキルと向き合うためにね」




 自身の右腕をライガに見せつけ、スミレは答えた。すると、すぐさま向けられた腕から人面瘡じんめんそうが姿を現す。




『よぉ、ライガ!相変わらず元気全開だな!』


人面瘡じんめんそうの旦那ー!ひっさびさだなー!」




 意気揚々と会話を交わす二人を前に、誇太郎は狐につままれた感覚でスミレに尋ねる。




「え……意外と仲いいの、あの二人?」


「まあ、人面瘡じんめんそう自体が気さくだから……意気投合しちゃったのよね」


「ってかよー、スミレ。向き合うって言ったけど、本当に大丈夫か?」




 陽気な態度から一変し、ライガは不安げにスミレを見つめた。が、スミレは力強い視線で返事を返した。




「いいの。私はもう、そう決めたから」


「……そっか、ならいいぜー!」




 屈託のない笑顔でライガは答え、二人の肩を持つ。




「んじゃ早速、皆で飯食いに行こうぜー!」


「ちょっと、まだこんな早くから食堂は開かないわよ。っていうか、まだ眠いんだから……二度寝させてよ。コタロウもそうでしょ?」


「うん……流石に五時半は早いわ……」


「えー! 二人ともノリ悪いぜー!」


「アンタの……」


「お前の……」


「「ノリがよすぎんの!!」」




 コタロウとスミレの声が見事に重なり、三人は一瞬顔を見合わせた。そして、余りにも見事すぎるタイミングに思わず朝早くとは思えぬほどの声でお互いに笑い合うのだった。




 こうして、誇太郎の異世界生活の新たな日常がまた一つ幕を開けていくのだった。






 そんな中、黒いローブを纏う何者かが三人のやり取りを見つめていた。




「あれがフェリシアの言った、異世界の転入者……か。今日はしっかり、問いただせねばな」




 低めの声でそう呟くと、黒ローブはゆっくりと姿を消えてその場から離脱していくのだった。

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