第4話 たかがスライム、されどスライム

 誇太郎は、ランニングコースとして利用していた砂浜を散策していた。彼にとって海辺はすごく心が落ち着く場所だった。砂浜に打ち付ける波の音色を聞くと、心を浄化してくれる感覚に陥るのだ。誇太郎が「嫌われ者の秘島」に来て真っ先に海が視界に飛び込んだのも、彼がいた前の世界で身投げを図ろうとした時も自然と海が己の心を癒してくれる一つの居場所になっていたからかもしれない。しかし、そんな感傷に浸ろうとすると。




「もきゅーっ!」




 さながら小動物の鳴き声とともに、丸くぷよぷよした物体が誇太郎に襲い掛かってきた。ファンタジー作品ではほぼほぼお馴染みのモンスターではないだろうか、スライムである。全身は液状の球体となっており、色は青から赤といった目立つ色以外にもピンクや紫どころか金色や銀色といった非常にレアな色のものも存在し、実に多種多様なカラーバリエーションで見るに飽きることはなかった。ただ、カラーバリエーションが豊富とはいえ一体一体の強さはないに等しく、ほとんどが即座に倒されてしまうことが多い。その為、身体術フィジカルスキル及び魔法術マジックスキルの初心者向けモンスターとしてよく選ばれている言わば実戦入門モンスターである。




 このスライムも同様だった。果敢に襲い掛かってきたピンク色のスライムは、体当たりが直撃する瞬間誇太郎が携えていた小太刀に斬られ、無残に四散するのだった。構えていた小太刀は、技術顧問であるドワーフ族のバスコが作ってくれた初心者用の武器である。これとは別に立派な刀も製作中らしく、その間の繋ぎとして小太刀を渡されたのだった。とはいえ、それでも十分実戦で実力を発揮できる代物であるため誇太郎にとってはすごくありがたいものだった。




「これで……百五十二体目、か。まだまだ先は遠そうだな」




 ピンクのスライムを撃破した直後、シャロンの声が耳に装着したイヤホン型の耳栓から響き渡った。シャロン特製のカウンターを装備しているため、倒せば倒した分自動で彼女の音声が撃破数を報告してくれるのだ。




 改めて、時はフェリシアから課題を与えられたその翌日。誇太郎は、先ずは島中にいるスライムを撃破するという課題から臨んでいた。モンスターとして強くない以上、簡単に行くだろう。誇太郎は課題に臨む直前まではそう思っていた。しかし、撃破せねばならないスライムの量を見直すとその考えは見事に覆った。




 最終課題の一つである上位アークスライムに挑むためには、それとは別に割り振られた課題をこなさねばならない。上位アークスライム以外の二つの課題も、同様にある程度割り振られている課題をこなしてから挑むように設定されている。フェリシアは、昨日その割り振られた課題を全てこなして報告してから各最終課題に挑むよう誇太郎に告げたのだ。そして、一つ目の上位アークスライムに挑む為の課題はこのようになっていた。




 ・種類問わず、スライムを一体撃破せよ。


 ・種類問わず、スライムを十体撃破せよ。


 ・種類問わず、スライムを百体撃破せよ。


 ・種類問わず、スライムを千体撃破せよ。




 初めの課題を達成したら、次からはそのまま十倍ごとの数を撃破せよという課題となっていた。


 スライム一体は言わずもがな、続く十体の討伐も難なく達成し午前十一時ごろに差し掛かるころには、既に百体まであっという間に撃破してしまった。というのも、島中にいるモンスターという事もあり誇太郎の行く先々でスライムが姿を現しては撃破されるという流れが繰り返されていったのだ。そんなやり取りを続けるうちに、気付けば百五十体弱まで撃破を成し遂げていたのだ。とはいえ、それでも最後の千体までの道のりはまだまだ途方もない数に感じてしまう。加えて、海辺の方はなぜかスライムの数が徐々に少なくなってきていたのだ。その為進行が徐々に遅れつつあり、誇太郎はやや焦りを覚えていた。



「おーっす、コタロウ!精が出てんなーっ!」




 そんな彼の下に、快活な声と共にライオンの獣人じゅうじんであるライガが姿を現した。手元には何らかの手荷物が握られている。




「あ、ライガ……どうしたの?」


「そろそろ休めよーっ、腹減ってねーか?」


「あ?あー……うん、言われてみれば」




 千体討伐する課題に差し掛かってから、既に二時間が経過していた、誇太郎はライガに言われてからか、思わず空腹を感じた。




「よかったらよ、俺様と一緒に来いよーっ! 旨い飯所紹介してやるからよーっ!」


「ありがとう、案内してくれ」




 流石に焦りはよくないし、無下に断るのも申し訳ない。そう感じた誇太郎は、快くライガの提案を受け入れ移動を始めるのだった。







 ライガに連れられて三十分。誇太郎らがたどり着いた場所は、丸太で作られた家が立ち並ぶ牧歌的な集落であった。そこには人はもちろん、ライガのような獣人やオーク・妖精・ゴブリンなど多種多様な種族が暮らしていた。ライガ曰く、この集落の名は「シエロ」と言い「嫌われ者の秘島」の住宅街だそうだ。何故こんなにも数多くの種族がいるのかと誇太郎が尋ねたところ、フェリシアが仲間はずれになっていたり生きるのに困窮している種族や人間を連れてきて作り上げたとのこと。あの人らしいと思いながら、それでも諍いとかは起きないのか不思議に感じた誇太郎だったがそれに関してはライガはこう告げた。




「フェリシアは皆が幸せに暮らしてほしいっていう願いのもと、連れてきてっかんなー。だからなのか、みんなお互いに助け合って生きていこうって意識があるみてーなんだよ。俺様はよくわかんねーけどなー」




 ――みんな、それぞれ苦い過去があったからこそってことか。あれ? そういえば……バスコ殿はちょっとだけ触れたけど、ライガやスミレの過去ってまだ聞いてなかったよな?




 誇太郎はそんな疑問を抱きながら、ライガと共にシエロを通り抜け隣接する別の町にたどり着いた。そこは、魔王城が上にそびえ立っている城下町だった。城下町の名は「エスペランサ」と言い、シエロと比べると活気に溢れ商店や飲食店など人や魔人の行き来が盛んになっている石造りの街並みとなっている。その中で、ライガは白い石造りの建物へと誇太郎を案内した。




「ここだ、ここ。ここにモンスターの肉を提供すると、作ってサービスしてくれんだぜーっ!」


「そうなんだ。ということは、ライガの持ってるその荷物って……」


「おうよ、ホーンラビットの生肉さ! こいつがまたうめーんだ、邪魔するぜ!」




 店員の一人に持ってきた荷物を手渡し、ライガと誇太郎は席に着いた。程なくして、テーブルに水が置かれると誇太郎とライガはごくごくと飲んでいく。お互いに一気飲みをし、景気よくコップを置いた。




「いい飲みっぷりだな、コタロウ! よっぽど課題が滾ってたみてーだなーっ!」


「いやあ、まだまだだって。百体までは何とかなったけど、流石に千体までの達成は長そうだよ」


「謙遜すんなってーの。スミレも言ってたろ? もっと自信持てよーっ!」




 明るく振舞うライガの姿勢に、誇太郎はほっこりとした気分になる。が、その一方であることを尋ねようと決めていた。




 いざ尋ねようと誇太郎が口を開こうとした時、彼らのテーブルに先ほど渡したホーンラビットの肉を調理したソテーが振舞われた。こんがりときつね色に染まった焼き色は、見ているだけでも食欲をそそられる。独特の塩辛いスパイスの香りも、誇太郎の食欲を激しく誘った。




「いただきます……!」




 現実世界、異世界に限らず誇太郎にとってウサギ肉の初めての実食。程よい塩加減と濃厚なうまみ、とろりとした脂身のバランスに誇太郎の心は早くも夢見心地となっていた。




「旨い……旨すぎる! え、すごいな……!」


「だろーっ? ほら、じゃんじゃん食えって!」




 明るく食事を振舞うライガだったが、そんな彼の元には料理が一切運ばれていなかった。それに気づき、誇太郎は店員にライガの分を忘れていないかと指摘したが、当の本人は「大丈夫大丈夫」と言って断った。流石に異様な光景だと気づき、誇太郎は動揺を隠せなかった。




「いやいやいや、駄目だろ? 飯は取ろうって! それとも、もう取ったとか?」


「そうじゃねーんだよなー。あ、そういや……俺様の特有ペキュリアスキルは話したけど、身体術フィジカルスキルはまだ話してなかったよな?」


「あ……そういえばそうだ! 知りたかったんだ、ちょうど! もしかして、今食べてないのって身体術フィジカルスキルと何か関係があるのか?」




 ここで、誇太郎が一つ聞きたかったことに付いて尋ねる機会が訪れた。それは、ライガ自身の身体術フィジカルスキルについてだ。渡りに船とはまさにこのこと、気になるライガの身体術フィジカルスキルが何なのか今明かされようとしていた。




「その通りだぜ、コタロウっ! 俺様の身体術フィジカルスキルは、体力保存ってんだー。その名の通り、体力を保存できるってものなんだぜ!」


「具体的にはどういう感じなんだ?」


「具体的? 具体的……ってーと、えーと……何だ?」


「いや、説明できないんかいいいいいいいいいいいい!!! 自分のスキルだろおお!? それぐらいは説明できるようになろうよ! ほら、今お前食べてないじゃん! それが、お前の体力保存? ってのと深い関係があるんじゃないのって!」


「あ……おお、そうそう! そうなんだよ! 俺の身体術フィジカルスキル・体力保存は、三日に一回めちゃくちゃ肉を食えばその間は飯を取らなくてもフルパワーで動けんだー!」


「そういう理屈だったんだ……いや、すごいな! 最初からそう言ってくれれば……」




 肉料理の多幸感もどこへやら、やや天然なライガの姿勢に思わず疲れてしまう誇太郎だった。しかし、誇太郎はもう一つライガに付いて気になることがあった。気疲れしつつも、誇太郎は尋ねた。それは―。




「なあ、ライガはさ……どうしてフェリシアさんの元に付いたの?」


「ん、俺様かー?」


「ああ。ほら、さっきシエロには困窮している人達を集めて集落を作ったって言ってたじゃん。この島の名も『嫌われ者の秘島』って言ってるし、もしかしてライガも何かあってのことなのかと」


「……」


「あっ、べ、別に言いにくいならいいんだって! 無理に言わなくてもさ、ごめんよ!」


「まだ何もいってねーだけなんだけど。つーか、俺様は別にそこまで気にしてねーから大丈夫だってー」




 お代わりした水を一杯あおり、一呼吸ついてライガは語り始めた。




「俺様がフェリシアのとこにいるのはただ一つ。家出して、住む所迷ってたら拾われた。そんだけさー」


「いや、単純っ! でも家出って、何があったんだよ?」


「そんなの決まってるだろー? 俺様がいた故郷の生活に嫌気が差した、そんだけだよー」




 これまたシンプルな理由に、誇太郎は面食らってしまった。そんな彼を尻目に、ライガは続ける。




「俺様がライオンの獣人ってことは、最初に話したよなー?」


「ああ」


「ライオンってよー、百獣の王とかって呼ばれてんじゃーん? 俺様にとっちゃさー、そういうのすっっげええどうでもいいんだよなー。肩書きとか何だとか、そういうのに一々言われるのすっげえ窮屈で嫌なんだよー! でもよー、親父もお袋も同じ獣人の連中もよー! みーんな『百獣の王らしくしろ』とか、『そんなフラフラした態度で百獣の王が務まるのか』とかよー!! うるっせえんだよ、どいつもこいつもー!」


「ああー。要はあれか、周りがうるさくて鬱陶しくなったとか。そういう感じ?」


「そう! それだよ、それー! 分かるのか?」


「分かるよ。俺も、元の世界で……色々言われてきちゃったからね」




 一瞬脳裏によぎった苦い記憶に、誇太郎は顔をしかめた。その中で、ついさっきすれ違ったシエロの住人のことを思い出し尋ねる。




「あれ、でもこの島にも獣人いたよね? そいつらは何て言ってるの?」


「あいつ等は群れに馴染めなかったはぐれ者ばかりなんだよー。獣人は群れを成して生活する奴らが大半でなー。言ったろ? 仲間外れになった奴も、フェリシアがここに連れてきてるって。だから、シンパシー……って奴? そういうのを感じてるから、何も言わねーんだよなー」


「なるほどね。ただ、ライガ自身はどういう風に生きたいのさ?」


「どういう風……って、どういうことだ?」


「いや、ほら……俺がこの世界に来たのはさ。もっともっと人生楽しみたいし、人生を変えてくれたフェリシアさんに付いていきたいって気持ちから来たわけなんだけど。ライガには、そういうものっていうか……考えはあるのかなって」


「あー、そういう感じ? そうだな……」




 しばし考える様子を見せ、ライガは屈託のない笑顔で答えた。




「特別はねーなー、全く」


「ないの!?」


「まあ、強いて言うならお前やフェリシアみてーにありのままに生きたいっていう気持ちはあるなー。俺様はライオンの獣人だけどよ、別に王になりたいわけじゃない。ただ自由に楽しみながら生きてーだけなんだよ。それができねーから、俺様は群れを離れて家出した。そんだけー」




 ケラケラと笑いながら語るその姿は、フェリシアを彷彿とさせた。だが、ライガの「自由に生きたい」という発言に誇太郎はどこか矛盾を感じていた。それを言おうかと一瞬思ったが、下手をしたら彼の生き方を否定して傷つけるかもしれない。そう感じ、すぐに押し黙った。




 ライガの過去が分かったところで、誇太郎はもう一人の仲間であるスミレに付いても興味がわいていた。本当はここで質問を終えてもよかったのだが、ライガの過去が分かってもっと仲間のことを知りたくなり思わず尋ねてしまう。




「ちなみに、スミレはどうしてここに来たのかライガは分かる? ライガと同じような感じなのか?」


「いいや……スミレは違う。アイツは、俺様と違って……里を追い出された。アイツの身体術フィジカルスキルが原因でな」




 先ほどまでの軽い口調とは打って変わり、重々しい口調でライガは答えた。




「どういうことだ?」


「これはアイツから聞いた方がいいぜ。尤も、アイツは自分の身体術フィジカルスキルをコンプレックスに思ってる。迂闊に聞くのはおすすめできねーな」




 思わず、誇太郎は押し黙ってしまう。自身のスキルがコンプレックスに感じるというのは、人間でいうところのほくろやイボ等の部分をコンプレックスに感じるようなものなのだろうか。スミレに対する疑問を拭えぬまま、誇太郎たちは店を後にした。




「そういや、コタロウ。お前、スライムの泉って行ったことないよなー?」


「ああ、初耳だ」


「じゃあ、案内するぜー。そこで一気に課題片づけちまおうー!」




 再び、ライガの導きにより誇太郎は彼の後を追うのだった。







 シエロから東の方向に進んで数十分。道中の森林を抜けた先に開けた場所があり、そこには湖ほどの大きな泉が存在していた。広大な泉をよくよく見てみると、色や大きさを問わない数多くのスライムが一同に集まっていたのだ。少なくとも、午前中までに倒した百体は愚か五百体は確認できている。




「こんな穴場があったなんて!!」


「何だー、知らなかったのかー? もっと早く教えてやりゃあよかったなー!」




 あっけらかんとした態度を崩さず告げたライガに向け、こちらの動きを察知したのかスライムが早速襲い掛かってくる。それに対し、ライガは難なく回避しカウンターを仕掛けてスライムを返り討ちにした。そして、べとべとになった手を払いながら木陰へと下がり座り込んだのだった。




「え、ちょ、ライガ? 何してんの!?」


「えー? 何って、お前の戦い方見たくてよー。どんな風にスライム倒してきたのか、見てみたくてなー」




 少々戸惑いつつも、誇太郎はライガの言う通り先ほどまで行ってきたスライム戦を実践するのだった。




 先ずは迫ってくる青いスライムを小太刀で一閃、続いて迫ってきた青と赤のスライムも一体ずつ丁寧に切り伏せた。その後も似たような形で迫ってくるスライム達を、誇太郎はこれでもかというほど丁寧に一体一体ずつ切り伏せていく。そんな緻密というか細々しい戦闘が続いて一時間が経過したが、昼頃にまで撃破した百五十二体から二百六十六体という百体は撃破したものの未だに千体までの道のりは遥かに遠い。




 しかし、誇太郎は未だにその戦闘スタイルを変える様子を見せなかった。ここまでくると丁寧を通り越し、むしろ効率が悪すぎる戦い方になっていた。そんな誇太郎の戦闘スタイルに、ライガはとうとうしびれを切らし大声を上げた。




「だああああああああああああっ!! めんどくせえええええええ!!! コタロウ、お前今までそんな風にやってたのかー!?」


「え? だ、駄目か!? 一体ずつ倒していけば、分かりやすくカウントできると思ってやってたんだが……」


「だからってよー! そんなんじゃ、千体なんてまだまだだろーがよー!! どけっ、俺様がいい戦い方を見せてやるよー!!」




 誇太郎を押しのけ、ライガはスライムの群集に躍り出る。拳を鳴らしながら、ライガはにやりと口角を上げた。




「見せてやるぜー、コタロウ! 俺様が誇る、獅子武術レオナマーシャルアーツをよー!」




 「何だそのかっこいい名前は!」と誇太郎が尋ねるよりも先に、スライムの一体がライガに迫る。が、そのスライムは容赦なくライガの鋭い爪に貫かれ四散した。「ヒヒっ」と一瞬笑い、ライガは右手でかかってこいと言わんばかりに挑発する。基本的にスライムは顔がないため表情はくみ取れないが、その挑発にスライム達は見事乗せられ一斉にライガに攻撃を仕掛けてきた。対するライガは、両手の爪をかぎ爪のように限界まで伸ばし身構える。




 身構えたまま、ライガはまずは右から迫る十体のスライムを引き裂くように爪で攻撃した。だが、スライム達の攻めはやまない。四散したスライムの破片を潜り抜け、別のスライムの群れが百体ほど迫ってきた。誇太郎は思わず「危ない!」と声を上げたが、ライガは怯むどころか息切れをすることなく楽しげな表情で向かい合った。鋭く尖った爪を前にかざし、今度は古武術のような構えでスライム達と向き合った。




獅子猛攻レオナ・エンバーテ!」




 迫るスライム達に、ライガは構えた鋭い爪で刺突の雨をお見舞いさせる。目にも止まらぬ電光石火の連撃を前に、スライム達はなすすべなく次々と撃滅されていくほかなかった。その様子にスライム達は一瞬たじろぎ、ここが話すチャンスだと誇太郎は確信し感嘆の息を漏らすほかなかった。




「すげえ……! あれだけの数を一瞬で!! ライガ、一体どうやったらそこまでできるんだ!?」


「おー! それはだなー……って、あぶねっ!」




 誇太郎に告げようとしたライガの元に、今度は背後からやや大きめのスライムが迫る。が、彼は身を翻して攻撃をかわし尻尾でスライムを撃破するのだった。




「ったく、邪魔すんなよなー。で、何だっけ誇太郎ー!」


「どうやったら、そこまで効率よく倒せるんだって聞こうと思ったんだ!」


「効率? んー、よくわかんねーけど……まあ、先ずはググーってスライム共を集めてそこを一気にドガガガガーってやるんだよ!」




 抽象的な説明に、誇太郎は狐につままれた感覚に陥った。一呼吸おいて、冷静にもう一度ライガに尋ねる。




「えーっと、つまり?」


「だーっ、だからよー! スライム共を先ずググーってやって、ドガガガガーってやるんだっつーの!」




 今度は身振り手振り合わせてライガは説明するが、やはり抽象的すぎる説明に誇太郎ははっきり答えた。




「ごめん、全然分からん!」


「嘘だろー!?」


「ググーって集めるのはまだ分かるんだけど、ドガガガガーってのは全然分からん! ごめん!」




 素直に分からないと答えると共に、ライガなりに必死に説明してくれていることにも敬意をこめて誇太郎は一言謝罪も込めた。一方のライガは、やきもきするような状態で深くため息を漏らすが即座にその表情からニッと笑んで誇太郎に告げた。




「ならよー! 今日は俺様の戦い方、しっかり見とけー! 俺様の戦い方をしーっかり、覚えて『柔軟な肉体フレキシビリティ』でイメージしろよー!」


「いいのか? ライガは疲れないの?」


「おいおい、さっき説明したろー? 俺様の身体術フィジカルスキルは、体力保存! 三日間飯を取らずにフルパワーで動けるってことは、その間俺様は疲れねえ! どんだけ戦っても問題ねーんだよー!」




 そう言いながら、ライガは攻撃を再開したスライムを迎撃しながら続ける。




「だから、コタロウ! お前は今日はしっかり見とけ! いいなー!?」




 その後ライガの戦闘は夕方四時ごろまで続き、誇太郎はその日二百六十六体までスライムを撃破した成績と共にフェリシアの城に帰投した。






 その日の夜九時近く。誇太郎は城に帰投するなり、ライガが披露した獅子猛攻レオナ・エンバーテを脳内で何度もイメージしながら数時間ずっと自主トレーニングを行っていた。流石に彼のように爪を生やすこともなければ自身はかぎ爪を武器にするわけでもないため、先ずは小太刀を持たずに己が拳でできるかどうかイメージしながら実践していた。しかしながら、イメージはライガが何度も披露してくれたため容易にできたものの体が中々追いつかない。




「何か違うな。ライガ程素早い動きができない。どうすりゃいいんだろ……」




 何度も何度も繰り返し、見よう見まねで獅子猛攻レオナ・エンバーテをやってみるが本人並みのスピードのイメージには未だに届かない。だが、徐々に本人が行っていた刺突のイメージは何とか掴みかけていた。何度も続く反復の中、誇太郎はある考えにたどり着く。




「……待てよ。そもそも俺は、ライガみたいな獣人じゃない。アイツのような……スピードは出せなくても、俺なりの最適な戦い方ができるはず」




 自身が携えている小太刀を握り締め、誇太郎は引き続き鍛錬に励んだ。






 翌日の午後二時ごろ。昨日とは真逆に今度は誇太郎がライガを連れて、スライムの泉に訪れた。ライガは木陰で座り込み、一方の誇太郎は前日よりも更に数の多いスライムの群れと対峙していた。今日確認できる数だけでも、少なくとも七百体は下らない。侵入者を本気で倒そうと、スライム側も躍起になったのだろう。




 ――昨日みてーにチマチマやってたら、スライムに覆われて倒されちまうぞ。さあ、どうすんだ……コタロウ?




 じりじりと向き合う中、先に行動に移したのは誇太郎だった。どんな風に動くのか胸を膨らませるライガだったが、その期待は一瞬崩れてしまうのだった。なぜなら、誇太郎が起こした行動はスライムに背を向けて逃亡したからである。これにはライガだけでなくスライムも面を食らったようだが、すぐさま逃げる誇太郎を追撃せんと彼の後を追い回す。




「おいおい、見損なったぞコタロウー! まさか、そんなんで終わりじゃねーよな!?」




 誇太郎の後を追いながら、ライガが発破をかける。やがて、誇太郎は一本道を通り突き当たった崖の下に追い込まれてしまう。




 これは好機。スライム達にとってはそう感じただろう。しかし、それは誇太郎も同様だった。スライム達に向き直り、見よう見まねで身に着けたライガの構えを小太刀を片手に再現して呼吸を整える。そんな誇太郎の考えに気付いたか否か、スライム達は大群で誇太郎に襲い掛かってきた。




「樋口流剣法、参の剣。刺突閃」




 眼前に迫るスライム達の群れに、誇太郎は小太刀の突きをライガの技に見立て発動した。ライガ程ではないとはいえ、凄まじいスピードの突きの雨にスライム達は向かっていく度に次々と四散していった。その戦闘スタイルに、ライガは思わず舌を巻く。




「嘘だろ!? 昨日見せたばっかなのに、そんなにできんのかー!?」




 そんなライガの声に、誇太郎はまだ耳を傾けられる余裕はなかった。やがて時間が経過していくにつれ、スライムの数は一気に減っていき最後に残ったのは襲い掛かってきたスライムの中でも一番大きめのスライムだった。そのスライムも、勇猛果敢に正面から誇太郎に襲い掛かっていく。が、誇太郎は今度は突きではなく小太刀をすれ違いざまに一振りして刀を鞘に納めた。鞘に納まった瞬間、スライムは断末魔を上げることなく派手に四散するのだった。




 スライムの群れと対峙して僅か五分。短い時間の中で、濃密な戦いを終えて誇太郎は膝を足に付けた。凄まじい汗と共に、誇太郎はからがら声を振り絞る。




「千五十六体……撃破! 千体撃破の目標……達成だ、この野郎おおおおおおおお!!」




 やり切った高揚感から、思わず誇太郎は叫ばずにいられなかった。そんな彼の元に、ライガも拍手と共に近づいてきた。




「すげえじゃねーか、コタロウー! 昨日教えたばっかなのに、ググーって集めてドガガガガーってできてたぜー!」


「そ、そうか……? それは良かった……」


「でもよー、何で最初逃げたんだよ? 怖気づいたのかー?」


「そんなわけ、ないだろ?」




 息を切らしながらも、誇太郎はライガに説明した。




昨夜ゆうべ、自主練しながらずっと考えてたんだよ。ライガの突きをイメージしながら、どうしたら効率的にスライムを倒せるか。お前の言ってたドガガガガーって戦い方を、どうすれば実現できるか。お前が言いたかったのはさ、要は一変に迫ってくるスライムを一掃すればいいってことだったんだよね?」


「そうそう、それ! でも、だからって逃げる必要あったかー?」


「もちろん。今の俺は、まだお前ほどのスピードで次々倒せない。まともに向かい合ったら返り討ちに遭うのは目に見えてたから。だから、この細道を使ったんだ」




 そう言いながら、誇太郎は自身が通ってきた一本道を指さす。




「先ず細道を通って、スライム達の動きを集中させる。逃げる場所を絞れば、スライム達も一塊になって押し寄せてくるな。次に崖のような行き止まりに追い込まれたように、逆に誘導する。それで、あえて敵にはもう逃げ場がないというイメージをスライム達に刷り込ませる。これでチャンスだと思ったスライムは、一斉に襲い掛かってくる。そこを……」


「ドガガガガーってぶっ潰した、ってわけか! すげえな、オイー!」




 誇太郎が練っていた綿密な作戦に、ライガは目を丸くして称えるのだった。




「けど、それなら尚更俺様も負けてらんねーな。なあ、コタロウ」


「何だ?」


「お前がすっかりこの世界に馴染んだらよ、一度俺様と戦ってくれよ。お前の戦い方、面白そうだからな」


「……そうなれるように、頑張るよ」




 ぐっと誇太郎は拳を差し出し、ライガは静かにそれにコツンと当てて親交を深めるのだった。




「さて、と。課題もクリアしたし、そろそろ帰るかな……」




 疲れた体を起こし、その場を去ろうとしたその時である。近くの茂みがガサガサと音を立てる。何かと思い近づこうとした瞬間、そこからは人型のようなスライムが姿を現した。女性の姿になっているそのスライムは、他のスライムと違いしっかりと顔も体もすべてが形成されており、怒りに満ちた表情でこちらを睨んでいる。また、他にも全身が赤に染まっているが前髪の毛先のみ赤・青・黄・緑・紫と虹を彷彿とさせる五色になっていた。スライムと人間を足して二で割ったようなそのモンスターを、ライガは一目で理解した。




「アイツは……」


「まだ、仕留め切れてなかったスライムがいたのか……」


『―――!』




 対峙した人型スライムは、何かを伝えようと口を動かしていたが声に変換されずパクパクと口が動いているようでしかなかった。対する誇太郎は、既に小太刀を抜き人型スライムと戦う姿勢を見せていた。




「恨みはないけど、俺と戦うつもりなら相手になるぞ!」


「待て、コタロウ! そいつは――」




 ライガの制止を振り切り、誇太郎はスライムに突撃した瞬間。人型スライムは、右腕を鋼のごとく硬質化させて誇太郎の顔面を殴りつけた。真正面からその攻撃を受けた誇太郎は、避ける間もなく視界が暗転し吹き飛ばされてしまった。







 目が覚めた時、誇太郎の視界に飛び込んできたのは白い天井だった。どうやら意識を失ってから、医務室に運ばれたようだ。自身が横になっていることを、徐々に認識し始め誇太郎は上体を起こす。部屋の中には、花瓶の手入れをしている分身体のシャロンの姿があった。




「あっ、コタロウさん! お目覚めでーすか!」




 分身体のシャロンが、誇太郎を気遣い駆け寄ってくる。




「お怪我は大丈夫でーすか?」


「怪我……そうだ、あの時俺は……人型のスライムに挑んで返り討ちに……」


「ようやくお目覚めか、ニッヒヒ」




 誇太郎が目を覚ましたことに気付き、フェリシアが医務室を訪れる。




「フェリシアさん」


「災難だったな、コタロウ。怪我は大丈夫か?」


「え、ああ……。顔がまだ痛みますけど、何とか」


「そいつはよかった……安心したよ」




 「ふぅ」と短くため息をつき、フェリシアは誇太郎に言った。




「先ずは……スライム討伐の全課題の達成、おめでとうだ! よくやった!」


「ありがとうございます」


「で、だ……すまなかった。お前に上位アークスライムのこと、まだ教えてなかったよな」


「え? あ、そういえば……まだ知りませんでしたが。それが何か?」


「お前が仕掛けたあの人型スライムいたろ?」


「ええ……って、フェリシアさん。まさかアイツが?」


「ああ。アイツが上位アークスライムだ」




 自身を一瞬で戦闘不能にした、あの人型スライム。あれこそが最終課題Ⅰの目標モンスター、上位アークスライムだったのだ。早急な出会いに、誇太郎は驚きを禁じ得なかった。




「アイツの特有ペキュリアスキルは、『千変万化』。自由自在に体を変化させることができる能力を持ってる。もちろん、これは特有ペキュリアスキルのみだ。もしかしたら、何らかの身体術フィジカルスキル魔法術マジックスキルを持っていてもおかしくねえ」


「あれを……俺は、アイツを乗り越えなきゃいけないんですね」


「ああ」


「…………」




 フェリシアの説明に、誇太郎が食らった硬質化の一撃に合点がいった。通常のスライム同様ぷにぷにの柔らかい体だと侮った結果、硬質化した攻撃の前に返り討ちに遭ってしまったのだ。せっかく課題を達成して喜んだのも束の間、新たなる強敵を前に誇太郎は思わず黙りこくってしまった。




「コタロウ」




 そんな誇太郎を前に、フェリシアは再び短く息をついて誇太郎の名を呼んだ。「何ですか」と尋ねるよりも先に、フェリシアは彼の前に尻を突き出し、そして――。




 ぷううっ。




 やや可愛らしい音のおならで誇太郎の顔面を包み込んだ。だが、やはり臭いの強烈さはそのままの為いくら性癖とはいえ誇太郎は思わずむせこんでしまった。




「な、ななな……何を? 嬉しいことは嬉しいですけど……」


「ニッヒヒ、ここしばらくずーっと頑張り続けてたろ? たまにはご褒美でもあげねーとなってね」




 いつものように悪戯っぽく笑いながら、フェリシアは続ける。




「ライガから色々聞いたぜ。スライムを一気に倒す方法、見つけたんだって? すげえじゃん、いや本当に。ホント、どこまで成長見せてくれるんだお前は~!」


「あ、えっと……ありがとうございます……しか言えなくてすみません……」


「謝らなくていいって。その癖、いつか直しとけよ。ただまあ、教えていなかったとはいえ上位アークスライムのことも知れたよな?」


「はい」


「実力の差も、思い知ったよな?」


「はい……今の俺じゃ、敵わない」


「なら、今度はアイツを乗り越えるために頑張ろうな。課題はスライムだけじゃないぞ、分かってるな?」


「もちろんです」


「なら、頑張ろうぜ! それに、上位アークスライムの攻略法は……」


「私に任せなーさい!」




 どんっと、小さな分身体のシャロンが胸を叩いて告げた。




上位アークスライムは確かに強敵でーすが、私の講座を受ければあら不思議! とってもとっても楽~に倒せちゃーいます!」


「と、いうわけだ。だからコタロウ、落ち込んでも構わない。音を上げても構わない。だから、成長することだけはやめるな。いいか?」


「……はい! もちろんですとも!!」


「よーし、いい返事だ! だが……今はその怪我を治すためにも、ゆっくり休め。休むのもお前の修行だ」




 ぽんぽんと優しく誇太郎の頭部を叩き、フェリシアは「じゃあな~」とその場を後にした。新たなる強敵を前に、誇太郎は今度こそ必ずと意気込んだ。ただその一方で、対峙した上位アークスライムが何かを伝えようとしていたことも思い出した。




「あの時……上位アークスライムは、何て伝えたかったんだろうか……」




 疑念と再燃する思いを胸に、課題を達成したその日は終わりを告げるのだった。

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