第3話 基礎体力修行

 異世界生活、二日目。




 誇太郎は、フェリシアの指示のもと砂浜にてランニングを行っていた。彼女曰く、先ずは基礎体力の根幹となるであろう、持久力を付けてもらおうという考えらしい。




 誇太郎は素直に納得したが、実際に走ってみるとこれがまたかなりしんどい。ましてや、誇太郎は異世界に移る前までは運動とは無縁の生活を送ってきていたのだ。いきなり運動をしたところで、簡単に疲れ果ててしまうのは目に見えていた。加えて、今の季節は七月の初旬辺りの日差しが照り付けている。炎天下の中で行うランニングが、誇太郎の体力を益々奪っていったのだ。とうとうたまらず、誇太郎は息を切らしながらその場で立ち止まってしまう。




「おいおい、大丈夫かコタロウ?」




 背後から羽ばたきながら見守っていたフェリシアが、誇太郎の下に降りて身を案じた。対する誇太郎は、息を切らしながらも毅然とした態度で答えた。




「大……丈夫、です。少しだけ、休んだら……動きます。これも、大事な一歩だから……」


「……いいね。その気持ち、嫌いじゃないぞ」




 簡単に諦めるわけにはいかない。心を奮い立たせ、誇太郎はランニングを再開した。この日は、そのままランニングで終わることとなった。






 異世界生活、三日目。




 この日も昨日と同じ砂浜でランニングを行うよう、指示が出された。ただ、唯一違うところがあるとしたら、昨日に比べ体が軽やかに動くようになっていた。まるで、成長に合わせて肉体が倍のスピードでレベルアップしているような感覚だった。どういうことか考察しながら誇太郎はランニングを続け、ある一つの結論にたどり着いた。




 ――どういう事だろう。昨日に比べて体が軽い。フェリシアさんから聞いてたものと微妙に違うけど……これも、「柔軟な肉体フレキシビリティ」の能力によるもの……なのか?




 たった一日だけで、驚くほどに体が軽くなっていることを実感しながら、この日もランニングで一日が終わった。






 異世界生活、四日目。




 今日も今日とて、ランニングのみの修行が始まった。再び、前日よりも体が軽くなった感覚を覚えた誇太郎は、今度は運動時に腹式呼吸を取り入れるよう工夫してみた。肺で息をすると、かえって十分に呼吸ができず体力を奪ってしまう。そうではなく、短いながらも深い呼吸を意識しながら誇太郎はランニングを行った。しかし、現実は中々うまくいかない。何度も立ち止まることが多くなってしまった。だが、その一方で誇太郎に宿った「柔軟な肉体フレキシビリティ」は、そのイメージを明確に記憶したのだった。






 異世界生活、五日目。




 本日も早速ランニングの修行が始まった。この日、誇太郎は信じられない体験を目の当たりにした。いざ走り始めると、どんどん体が軽くなる。しかも、イメージしていた腹式呼吸が自然に馴染み走っているときの負担をさらに和らげてくれたのだ。誇太郎はこの時、改めて実感した。




 ――間違いない。「柔軟な肉体フレキシビリティ」はある程度運動の経験を重ねると、徐々に体が柔軟に対応して馴染んでくれるんだ。この腹式呼吸みたいも、自分が何度もイメージすれば徐々に合わせてくれる……。何てコツコツとしたスキルなんだ……。でも、イメージをして馴染ませるだけでこれならば。




 たった一日経過しただけで、こんなにも簡単に馴染むのであれば、基本的な運動を続けながら色々な工夫を凝らせば、見事に答えてくれるのではないか?


 誇太郎は、ランニングの中といえども体の負担を抑えるために更に試行錯誤を繰り返しながら励んでいくのだった。




 異世界生活、十日目。




 それから五日が経過した。この日になると、誇太郎は既に五キロほど走っても疲れを感じなくなっていた。腹式呼吸をマスターしただけではなく、走る時につま先で地面を蹴飛ばすイメージを身に着けることによってより早くより力強く走れるようになったのだ。背筋も以前は猫背だったものをぴんと伸ばし、無駄のないフォルムを確立させた。




 その旨をフェリシアに報告すると、彼女はにかっと満足げに笑んで誇太郎の頭を誇らしげに撫でまわした。




「よく頑張ったな、コタロウ! 偉いぞ!」


「あ、ありがとうございます……!」




 久しぶりに褒められたことに、誇太郎は恥ずかしながらも喜びを噛み締めた。




「で、どうだったよ? あたしの与えたスキルは?」


「思った以上に、身体に馴染む感覚がありました。最初できなかったことが、翌日にはすぐに馴染むような感じで」


「いいね。それさえ実感できてんなら、上出来上出来! そのスキルは、お前が頑張れば頑張るほど誠実に答えてくれる。明日からは、別の修行も取り入れていくが……この調子で頑張れよ!」


「はい!!」







 修行生活、十一日目。




 この日から、ランニングに加えて膂力りょりょくを鍛える修業も始まった。刀という鋼の武器を手に取る以上、それを自在に操れる力も必要とのことらしい。




 誇太郎は現在、バスコお手製のダンベルを握りながら城内を散策していた。ここで、なぜ城内を散策しているのか疑問に思ったことだろう。それについては、修行を始める前にフェリシアからある点を告げられていたからである。曰く、「戦闘部隊と技術顧問以外のメンバーを紹介できていなかったので、出会ったら挨拶しておけ」とのことである。




 それを踏まえ思い返してみると、あの時誇太郎に紹介したメンバーは、いずれも近接メインの身体術フィジカルスキルのみのメンバーだった。一方で魔法術マジックスキル専門の者は、フェリシアを除きいなかったのだ。いくら駆け出しの魔王の組織とはいえ、一人くらいはいるのではないだろうか。そう思いながら、誇太郎はダンベル片手に城内を回っていた。




「あっ、そこ気を付けてくーださい! 花瓶がございますん!」


「ああ、ごめんなさいね」




 そんな中、彼はたくさんの似通った少女たちが掃除に勤しんでいるのを多く確認していた。少女たちは、魔女を連想させるとんがり帽子を被っており全体的に小柄な姿をしていた。しかも、全員同じ姿且つ同じ声色なのである。どういうことなのだろうと疑問に思いながら歩いていたその時である。




「あなたがコタロウさんでーすね!」




 背後から、その少女たちの一人が話しかけてきた。




「えーと……そうですが、何か?」


「ふっふふふ、是非ともお会いしたかったでーすよ。この間はフェリシア様、私たちに紹介しなーいからあなたのことよく分からなかったんでーすよ!」


「は、はぁ」




 疲れる喋り方に戸惑いながらも、誇太郎は耳を傾けた。




「ところで、まだあなたのお名前を伺っておりませんでしたが……」


「よくぞ、聞いてくれましたあ!」




 そういうと、少女はライブパフォーマンスのように派手に自己紹介を始めた。




「さあさあ、皆さんお立合い! 私の名前はシャロンちゃん! 宿した魔法術マジックスキルはー!」


「分身魔法!!!」




 シャロンと呼ばれる少女が声を張り上げると、アイドルとファンのコールアンドレスポンスのごとく彼女の分身体が呼びかけに応じるのだった。そのまま、大仰なアピールが続く。




「そんな私の役目は何でしょうー!」


「掃除に洗濯その他雑務全般エトセトラ!」


「でもでも、そんな私の実態はー!」


魔法術マジックスキル研究者兼魔道具販売者ー!」


「そう! 私シャロンちゃん、こう見えてとってもとってもすごい存在なのですー!!」




 最後に火花を分身体が打ち上げて、シャロンの名乗り口上は幕を閉じた。そんな彼女の紹介を、誇太郎は筋トレすら一瞬忘れて呆然とする他なかった。だが、それでも自分の為にここまでやってくれた自己紹介を前に一先ず敬意をこめて拍手は送るのだった。




「あ、ありがとうございます。そんなすごいお方だったとは」


「えっへん、もっと褒めていいのですよー!」


「それで、俺に一体どういった御用で?」


「今日はでーすね、コタロウさんにある物を紹介したかったんでーす。ほいっと」




 話しかけてきた目的を確認すべく尋ねた誇太郎に、シャロンはドヤ顔を崩さぬまま懐から真っ赤な液体の入った小瓶を取り出した。




「これは?」


「これはですねー、飲んだ人をムッキムキに強化させちゃうお薬でっすん!」


「ムッキムキって……。という事は、肉体強化?」


「仰る通り、コタロウさん! このお薬を飲めば、誰でもたちまちムッキムキ! 前に道行くゴブリンさんに与えたら、そのまま一帯の支配者になってしまうほどのゴリゴリ肉体を手に入れちゃったんでーすよ!」


「ちょっと待って、本当にそれ大丈夫!?っていうか、道行く奴に手軽に実験しちゃっていいのかよ!?」


「大丈夫でっすん! その後、ゴブリンさんは今もなお暴力をもって一帯の支配者になっているのでーすから!」


「いや、大丈夫じゃないでしょ! それ、肉体強化する代わりに理性失くすよって言ってるもんですよね!? ごめん、今はまだいただけないです!!」




 明らかに危険な予感を察知した誇太郎は、即座に薬の受け取りを拒否した。するとシャロンは、今度は水色の液体が入った小瓶を取り出した。




「それなら、これはどーでしょどーでしょ? 気配を消せるお薬でっすん!」


「ほほぉ、なるほど。確かにこれはありといえばありかも」


「おお、これに目を付けていただけるとは嬉しい! この薬は本当に優秀で、気配を完全に消すこともできるんでーすよ! まあ、そのせいで味方に気付かれないこともあるんでーすけどね」


「前言撤回! やっぱ怖いわ!」




 またしても、危険な効能がちらつく薬を紹介され、誇太郎は全力で拒否した。




「えー、これもでーすか? それじゃ、これなんて……」


「盛り上がってんな、シャロン?」


「あ、フェリシア様! お疲れ様でっすん!」




 明るく声を張り上げて、シャロンは主に一礼した。




「そうだ、聞いてくださいフェリシア様! あなた様が連れてきたコタロウさん、中々私の商品受け取ってくれなくてー!」


「メリットとデメリットのバランスが悪いもんそう簡単に市場に出せるわけねーだろ。出して―ならもっと改良を続けな」


「はぐぅぅっ!」




 それなりのショックを受けたようで、シャロンはその場にがくりと膝をついた。と、思いきや今度は先ほどPRした肉体強化の薬を手に掲げた。




「でもでも、それでもでーすよ。今のコタロウさんには、肉体強化薬この薬が必要だと思うのでーすよ。戦闘部隊配属予定なら、尚更かーなと」


「いいんだよ、別に。それで手に入れたって意味ねーから」


「ホントに?」


「ああ、ホントだよ。コタロウにも確認取ってみな?」




 そう言ってきたフェリシアに促され、シャロンは目で誇太郎に訴えてきた。だが、既に誇太郎の決意は決まっていた。




「フェリシアさんの仰る通り。俺は、自らの努力で手に入れたいと思ってます。だから、今回は申し訳ないけど受け取れません」


「そうでーすか……わっかりまーした!」




 一瞬落ち込む様子を見せたかと思いきや、再び即座に明るい態度でシャロンは振舞った。




「でも、いつでも修行のサポートとかは受け付けてまーすからね! 忘れないでくーださいよ!」




 一言そういうと、シャロンはとことことその場を去っていくのだった。嵐の真っ只中にいたような感覚に包まれながら、誇太郎はフェリシアに尋ねた。




「フェリシアさん……彼女は、一体? おおよそ、ド派手な自己紹介である程度は分かったんですが……」


「あー、シャロンな。アイツは、基本あんなテンションだけど……うちの組織の中じゃ一番賢い魔女なんだわ」


「賢い……?」




 思わず、掃除に戻っているシャロンの分身体を見て首をかしげてしまう。




「信じられんかもしれねーがよ、実際色んな薬を見せてもらったろ?」


「ええ、まあ……って見てたんですかい!?」


「まあな、面白そうだったから眺めちまってた。だがお前も感じたろ、アイツが開発している薬の凄さを」




 フェリシアに聞かれ先ほどの出来事を思い返してみると、簡単に力を付けられるものや気配を絶てるものなど到底自分には思いつくことのないものをホイホイと紹介していたのだ。全容がまだ不明とはいえ、いとも簡単に開発できているその実力は唸らざるを得なかった。




「今はお前には早すぎるかもしれんが、いつかきっと役に立つ時が来るさ。覚えときな」


「いつか……」


「それと、アイツの本体はもっとスゲーからな。分身魔法だけじゃない魔法術マジックスキルもいっぱい持ってるし」


「え……!? 本体って、俺に話しかけてきたのが本体じゃないんですか!? っていうか、本体の方は一体どこに!?」


「ニッヒヒ、そうだなあ」




 意地悪そうに笑みながら、フェリシアは告げた。




「お前がもっと強くなったら教えてやるよ」


「それって……結局修行頑張れってことじゃないですか! いや、頑張りますけども意地悪!」


「ニッヒヒ、励め励め!」




 はぐらかされたような雰囲気になりながらも、その日はダンベル片手にそのままランニングに移り一日が過ぎていったのだった。







 修行生活、十二日目。




 この日は、修行の予定を変更する流れとなった。というのも、前日行ったダンベル片手のランニングは無理がありすぎたせいか、誇太郎が五分もしないうちにばててしまったからだ。フェリシアは、スミレに修行のことを相談したところ「一変にやったら、流石にそれはばてる」と修行を分けるように意見し、それがきっかけで城内にいるうちは腕力を場外にいるときは持久力と速力を鍛えるようになった。




 とはいえ、修行の内容は特別変わらないため誇太郎は変わらない修行の日々のまま励むのだった。




 修行生活、十五日目。




 この日からはスミレも修行に立ち会うようになった。ダンベルをある程度軽やかに動かせるようになった誇太郎の動きに合わせ、ここからはスミレが腕力を鍛えるための素振り用の金棒で鍛えるようになった。




 しかし、その重さは尋常ではなく誇太郎は持ち上げることは愚か金棒を微動だに動かすことすらできなかった。




「これでも一番軽い重さなんだけど……きついの、コタロウ?」




 心配半分呆れ半分の様子で、スミレが尋ねる。




「だ……だって、スミレは……特有ペキュリアスキルの影響もあるでしょ……。こんな重いの、ダンベルとは全然違うだろーよ。絶対無理だって……」


「関係ないわよ? いくら『金剛の加護』があったって、怠けたらその分力が衰えるのは当然のことよ。それは、人間も魔人も変わらないわ。それに、私だって最初は上手くいかなかったもの」


「じゃあ……スミレは、どうやってこれを持ち上げたんだ?」


「そうね……」




 しばし考える様子を見せ、スミレは告げた。




「腕で持ち上げるんじゃなくて体全体で持ち上げる、かな」


「体全体……? どういうことだ?」


「簡単なことよ。体の一部分に力を入れすぎたら、筋肉が強張って重いものを持てなくなるわ。だから、初めは力を抜いて体全体でゆっくり持ち上げるようにしなさい」




 そう言いながら、スミレは誇太郎が置いた金棒の柄を手に取る。そのまま、深呼吸しながらゆっくりと持ち上げていき軽々と金棒を背に担ぐのだった。




「ね、こんな風にやれば簡単に……って、どうしたの? そんなじろじろ見て」


「あ、いや……腹式呼吸も取り入れて持ち上げていたんだなと思って」


「腹式呼吸……ああ、深呼吸のこと? ええ、そうよ。少しでも力を抜いて意識すれば、持ち上げられると思うわ。最初は無理かもしれないけど、あなたなら持ち上げられると信じるわ。お姐様が認めたんだもの、がっかりさせないでね」


「何とか頑張ってみせるよ」


「何とかじゃない、頑張りなさいよ!」




 厳しめに釘を刺され、その日の修行は終わった。




 修行生活、十六日目。




 スミレが持ち上げたイメージを、誇太郎は強くイメージしながら金棒の柄を掴む。「柔軟な肉体フレキシビリティ」にそのイメージを馴染ませるよう、意識しながら誇太郎はランニングの時と同じように腹式呼吸を行いながらゆっくりと力を込めていった。




 するとどうだろう。昨日は微動だにしなかった金棒が、ほんの少しだけ地面から離れたのだった。そのまま更に持ち上がるかと思ったが、すぐさま誇太郎は息を切らして金棒を地に付けてしまうのだった。




「だああ……くっそ、駄目か! まだまだ駄目だな……」


「いいえ、これでも上出来よ。昨日できなかったことが今日できただけでも、大きな進歩よ。誇りなさい」


「そういうもの、なのか? これでも一番軽い奴だって言ったじゃ……」


「あーのーね! コタロウ、いい?」




 誇太郎の顔をがっつりつかみ、スミレは彼の眼前に迫って告げた。




「お姐様から悲観的になるところがあるって聞いてたけど、本当にあなた強くなる気あるの? 一々他人と比べて、自分を弱くして逃げるつもりなの?」


「に、逃げるつもりなんてないさ!」


「なら、もっと胸を張りなさいよ!」




 弱気な誇太郎の迷いを再び振り払うように、スミレは叱咤した。




「あなたが元の世界でどんな風に生きてきたかは知らないけど、少なくとも私はあなたがよく頑張ってるってことは理解してるよ。慣れない運動を前にしても、しっかり続けて馴染ませていることも。お姐様からのスキルありきとはいえ、メキメキと力を付けていることも。そして、昨日持ち上がらなかった金棒を少しだけでも動かせたこと。全部すごいことだと思うよ」


「スミレ……」


「いいから今は直向きに励みなさいよ。本当にこのまま弱気なままなら、怒るわよ?」


「それは勘弁!」


「……冗談よ。でも、弱気なのは少しずつ直していきなさい」




 強く押されるどころか、どつかれる勢いで背を押された誇太郎は、一心不乱に金棒を持ち上げることを目標に据え置いた。そして、宿る「柔軟な肉体フレキシビリティ」もまた誇太郎に馴染もうと精一杯奮起するのだった。







 誇太郎は、ただただ一心不乱に基礎体力を鍛えることに邁進した。その中で、誇太郎は再び不思議な感覚を感じていた。それは、初めて自分が必死に本気で成長しようとしていることだった。




 元の世界では、ただ何となくの日常でいいと思い、普通に生き普通に日常が終わるという平凡な毎日だった。その生活が異世界に移ることで三百六十度変化し、元の世界とは正反対の基礎体力を養うという修行に興じているのだ。もちろん、慣れないことを前に辛く苦しいことも短い間に沢山あった。だが、後ろ向きになりかけても諦めなかったのは今回が初めてだった。それどころか、楽しいとすら感じるようにもなっていた。こんな不思議な感覚は今まで人生を送ってきた中で、恐らく一番といっても過言ではないだろう。




 そして月日が経ち、早一ヶ月が経過した。誇太郎は、会議室にてフェリシアと向き合っていた。中には戦闘部隊の二人もいる。初めて異世界のメンバーを紹介された日を彷彿とさせる今日、フェリシアはその時と同じように小石を誇太郎に手渡した。一ヶ月前は小石を砕くどころか逆に手を傷つけてしまったが、今の誇太郎には最早児戯に等しかった。目を瞑り小石を砕くイメージを浮かべ、ゆっくりと腹式呼吸で吸い込み力を解き放つように右手を握り締めた。




 ――どうだ……?




 ゆっくりと、誇太郎は期待半分不安半分に右手を開く。握られていた小石は、跡形もなく木っ端みじんに砕け散っていた。




「よし! じゃあ誇太郎、次はこいつ等もだ。やってみろ!」




 そう言いながら、フェリシアは誇太郎の目の前に潰した小石よりも一回り、更にもう一回り大きめの石を用意した。普段の誇太郎ならば、「聞いてない!」と狼狽えていたことだろう。だが、今の彼には最早その表情はなかった。がしっと鷲掴みにし、卵を砕くように次々と小石をあっさりと砕くのだった。




「できた……!」


「やったな、コタロウ!! やりゃあできるじゃねーか!!」




 小石を砕いた実感を噛み締める誇太郎を、フェリシアは称賛と共に彼の頭を撫でまわした。スミレ、ライガも拍手を送り誇太郎を称えるのだった。




「お姐様、そろそろコタロウに経験させてもよろしいのでは?」


「早くコイツにも実戦経験積ませてやれよー!」


「ああ、そうだな。さて、と。コタロウ、先ずはお前の基礎体力の完成を祝おう! よくやった!」


「ありがとうございます!! ところで、ライガの言っている実戦経験とは? まだ、修行は途上なんじゃ……」


「いーや、十分お前は鍛えた。少なくとも、基礎体力は完成したろ?」


「ええ、それはそうですが……それが完成したら後は俺の思う戦い方のイメージを構築する修行に入るのかと……」


「ニッヒヒヒ! お前、やっぱおもしれーわ! イメージがしっかり固まらないと戦えねーのか?」




 大笑いするフェリシアの意図を読めない誇太郎に、ライガが彼女の意見を代弁するかのように割り込んできた。




「まだ気づかねーか、コタロウー! 要するに、これからは実戦経験も積んでもらうってことだよ! 戦い方なんか、実際に戦わねーと分からねーだろーっ!?」


「そ、それはそうだけど……何というか、小石握りつぶしたくらいで実戦なんて挑んで大丈夫なのか?」


「あなた、ホントに馬鹿なんじゃないの? そんなの当然じゃない。少なくとも、そんじょそこらのモンスターにはやられないから安心なさいよ」




 呆れながらも、スミレは誇太郎をフォローした。ようやく笑いが収まったフェリシアも、本題を改めて告げる。




「そーいうこった、コタロウ。明日から、本格的に実戦に参加してもらう。基礎体力ができた今のお前に次に必要なのは、経験だ! 少しでも戦闘経験を積んで、その中でお前がイメージするサムライとやらの戦い方を確立させるんだ!」


「なるほど……先ずは経験を……」


「でだ、その中でお前にいくつか課題をやろう!」


「課題?」




 尋ねた誇太郎にフェリシアは頷き、懐から一枚の紙を取り出した。そこには、リスト化された文面がいくつか書かれており、一番下には大きめの文字で「最終課題」と書かれており、そこにも三つのリストが記されていた。




「そこに記されているモンスターを全員倒せ。そんで最終課題って奴以外を達成しつくしたら、そん時にもう一度あたしに報告してくれ。最終課題は、幹部含む組織全員でお前の実力を見定めるからよ!」


「最終課題……どれどれ」




 そこに記されていた内容は。




 最終課題Ⅰ:上位アークスライムを撃破せよ。


 最終課題Ⅱ:ゴブリン500体を撃破し、暴君タイラントゴブリンを討伐せよ。


 最終課題Ⅲ:仲間と共に協力し、龍人族ドラゴニュートの砦を陥落させよ。




「いや、難しそうなのばっかりいいいいいいいい!! 特に二つ目、おかしくね!? 何すか、この五百体って!!」


「ニッヒヒヒ、待ってたぜその反応! だが心配すんな。五百体ってなっちゃいるが、全然弱いから」




 「とにかくだ!」と、高らかに張り上げてフェリシアは告げた。




「基礎が完成したここからが本番だ、コタロウ! 死ぬほど大変だが、死ぬなよ!?」


「あっ……待って、お姐様」


「どした、スミレ?」




 意気揚々と告げたフェリシアの前に、スミレが何かを思い待ったをかけた。




「これから本格的に実戦経験を積ませるなら、この島の地理を知っておくべきかと思います」


「あ? あー、そういや……異世界ここに来させてから碌に島の案内とかもできてなかったっけか」




 フェリシアの言葉を前に誇太郎も思い返してみると、この一か月間ずっと修行に没頭していたためあまりこの島のことをよく知らない状態だった。城の屋上からざっと見渡しただけとはいえ、詳細な所までは把握できていない。




「特に、最終課題のⅡとⅢは島の構造が分からないとたどり着けないと思いますわ。如何でしょうか?」


「うーん……それもそうだな。そんじゃあ……よし、こうしよう!」




 暫し考える様子を見せた後、フェリシアは悪戯を思いついた子供のように無邪気に笑んで指を鳴らした。




「コタロウ! とりあえず課題は与えとくが、当分はこの島をじっくり散策しろ!」


「散策、ですか?」


「ああ! 先ずはお前が行きたい所、気になった所全部全部見て回れ! そうすりゃ、否が応でも課題のモンスターに出くわすはずだ。そん時は遠慮も迷いもいらねえ、全員ぶっ倒せ!」


「い、いいんですね!?」


「当たり前だろ! ただし、課題だけは忘れんな。『柔軟な肉体フレキシビリティ』は、お前のレベルに合わせて成長するが……逆にサボればその分レベルも下がるデメリットがある。それを忘れんな」


「はい……!」


「では改めて、お前の次の目標を教えるぜ! この島を存分に楽しみながら、課題を完全にこなせ! 全部達成したら、褒美に盛大に祝ってやるからよ! くれぐれも死なないよう、満喫しながら強くなれ!」




 新たなる試練が、誇太郎の刺激的な日常の幕を開くのだった。

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