第2話 ようこそ、嫌われ者の秘島へ

 異空間に入り始めて、恐らく一時間は経過した。辺りは黒と言っていいのか、紫と言っていいのかよく分からない色合いになっており、四方八方先が見えない空間が広がっている。文字通り、一寸先は闇という事がよく似合う空間となっていた。




 フェリシアと名乗るサキュバスから、褒美とばかり(実際の彼にとってはご褒美なのだが)におならを嗅がされて、混沌とした感情が収まってきてもなお、まだ異世界へたどり着く気配は見えなかった。




 ――本当に……たどり着くのだろうか?




 再びそんな疑問を抱き始めたその時である。




「おし、見えてきたな。コタロウ、あの光に飛び込むぞ!」




 フェリシアは、人差し指で眼前に広がる青白い光を指さした。一足先に飛び込んだフェリシアに、無我夢中で誇太郎は追っていく。困ったことに、この異空間は中々思うとおりに進めないのだ。宇宙飛行士が無重力状態で動くような感覚をイメージしてもらうと、分かりやすいだろう。誇太郎もまた、その空間の影響を強く受けてしまい、思う通りに進めない所をフェリシアに手を取られてここまで来たのであった。




 そしてあと一歩、光に届きそうなところでフェリシアが手を差し伸べ誇太郎の手を引っ張り上げた。




「ありがとう……ございます、フェリシアさん」




 激しく息を切らしながら、誇太郎は礼を言った。一方のフェリシアは、「いいっていいって」と言いながら続ける。




「それよりも、ほら! 見てみろ!」




 フェリシアに促され、面を上げた誇太郎の視界に飛び込んできた光景は、先ずは雄大な海だった。二人のいる場所はどうやら高台のようであり、海からやや離れた所にはうっそうと生い茂る森林や草原が広がっていた。




 正面に広がる光景を堪能し、誇太郎は今度は背後の光景を拝もうと振り返る。するとそこには、険しくそびえ立つ山とその麓に広がる荒れ地と荒野が広がっていた。だが、決して環境が完全に荒れているというわけではなく、荒れ地にも住まう動物らしき獣が多く見られるのが印象的だった。そして何より、その荒れ地の先にも海が見えることからここが島という事が理解できた。




「ニヒヒ、どうよ?」


「すげえ……すっげえです! ここって、島国なんですね!」




 誇太郎は、年甲斐もなく無邪気にはしゃいでいた。そんな誇太郎を、フェリシアは微笑みながら下を指さす。




「そんじゃ、今度はここを見てみな」


「え?」




 促され、誇太郎は降り立った場所を注視してみる。今まで地面のように思っていたそこは、全く別物の場所だった。よくよく見てみると、そこは岩場を形どって作られた巨大な城の屋上だったのだ。景色に見とれるあまり、自分が降り立っている場所を理解していなかった誇太郎は、改めて自分が魔王の城に降り立ったという自覚を得ることとなった。




「す……すげえ」




 最早、この言葉しかなかった。自分が、本当に創作上の舞台のお城に立っているという事に、誇太郎は感銘を受けるほかなかった。




 そんな誇太郎を尻目に、フェリシアは内部へと続くドア付近に設置された拡声器型の管を手に取った。




「よぉ、今帰ったぜお前ら! そっちは異常なかったか?」




 豪快に、フェリシアは帰宅した旨を伝えてそのまま畳みかけるように続けていく。




「今日は面白ェ奴を連れてきた! 戦闘部隊と技術顧問は、会議室集合! よろしく頼む!」




 フェリシアの集合号令に、各部屋にいる人物はそれぞれ異なる反応を見せながら移動を始めていた。




「お姐様……帰ってきたのね」




「お嬢が連れてきたってこたぁ、また何かやらかした奴ってことか」




「それはお互い様じゃねー? 俺様たちだって、色々理由あって追われちゃったんだしー」






 高らかに告げてから一分が経過。フェリシアはしっかり自分の声が届いただろうと確信し、誇太郎を呼ぶ。




「誇太郎、来な!」


「は、はい! って、どちらに?」


「決まってんだろ? 会議室だ」




 屋上から移動し始めて五分。大きな木製の扉がそびえ立つ場所へと、誇太郎は連れられた。その扉を、ばぁんと勢いよく両手でこじ開けた。既に室内には、三人の人物が二人を待っていた。




「さあ、コタロウ! 改めてようこそ、あたしらの国……嫌われ者の秘島へ!」







 誇太郎は、改めて室内にいる人物を見渡した。




 先ずは正面から見て右側にいる女性。青のショートヘアーから鬼の角のようなものが二つほど覗かせており、半袖とスカート風の和服を着こんでいる。この部屋にいる人物の中で、一番華奢な姿をしている彼女だが、よくよく見ていると右腕の所に黒い布が覆われており何かが隠されている様子が伺えた。




 誇太郎は続けて、その鬼少女の対面上に座る逞しいひげを携えた中年の男を一瞥する。鬼少女とはうってかわって、武骨な服装をしたその男性は外見から見ても筋骨隆々という言葉がふさわしいほど、がっしりした体形をしていた。




 最後に、奥にいる獣の耳を生やした青年に目を追いやる。誇太郎と比べても、ややあどけなさの残るその青年は、房のある尻尾を携えた獣と人を足して二で割ったような姿をしている。その特徴的な尻尾を見る限り、差し詰め「ライオンの獣人」といったところだろうか。誇太郎自身、そういうタイプに近い人物が出ていた創作物にも触れているため、外見的にイメージはできた。






 ――元の世界じゃ、絶対に会えることのない人たちばかりだ。やっぱり、本当に俺は……異世界に来ているんだな。




 改めて、自身が異世界にいるという事を実感した誇太郎。そんな彼に、フェリシアは彼に席に着くよう指示し続ける。




「皆、よーく聞いてくれ。コイツはコタロウ、まだ何のスキルもないただの人間だが……内に秘める欲望と夢に賭けて、連れてきた! 仲良くしてやってくれ!」




 屈託のない笑顔でフェリシアは紹介したが、各メンバー一同の様子は戸惑いの様子を見せていた。それは誇太郎自身も理解していた。誇太郎自身、社会生活で何らかの資格を持っているわけでもなければ、体力に自信があるわけでもない。




 ただ、その欲望と夢を買われてここまで連れてきてもらった。それだけの理由で、ここまで連れてこられて本当に良かったのだろうか? ましてや、フェリシアや彼女の部下たちでさえ人間ではなく魔人なのだ。人間とは一線を画す、何らかの力があるはず。そんな人物たちの元で馴染めるのだろうか? そんな不安を抱く誇太郎の迷いを晴らすかのごとく、フェリシアはざわめく一同を「騒ぐな」の一言でぴしゃりと沈めさせた。




「まあ、お前らの動揺も分からないわけでもない。ただの人間とあたしら魔人、根本からして違うからな」


「それもですがお姐様、そちらの人間に身体術フィジカルスキル魔法術マジックスキル等の説明はしましたの?」


「いや、まだだ」


「しましょう! さすがにその説明はしましょう、お姐様!」




 即答したフェリシアに対し、鬼少女は身を乗り出して意見具申をする。二人の意見を前に、誇太郎はあっけにとられた様子でやり取りを見ていた。




「おい、兄ちゃん。大丈夫か?」


「え、あ、はい……何とか」




 中年の男性に声を掛けられ、誇太郎は我に返り謝罪を入れる。




「おい、お嬢さん方。この兄ちゃん、全然話付いていけてないみたいだぞ。先ずは色々説明してやったらどうだい」


「ほら、バスコ爺も仰ってます! 先ずは基本的なことを教えてあげないと!」


「いや、俺はまだ爺じゃねーぞ」




 即座に否定するバスコとやらを尻目に、フェリシアは鬼少女の提案に頷きながら自身の意見を述べる。




「そうだな。だが、その前に……今度はお前らの自己紹介を頼む。名前だけはお互いに知っとくべきだろ?」


「あっ……」


「そういやそうだな」


「忘れてたわ、あははは!」




 全員うっかりしていたようだが、そういう流れになった以上フェリシアの部下の面々は、一人ずつ丁寧に自己紹介を始めた。先ずは鬼少女から起立した。




「私はスミレ、オーガ族よ。分からないことがあったら何でも聞いてね」




 スミレを名乗った鬼少女は、さばさばとしながらも丁寧にお辞儀をして自己紹介を終えた。




「よろしくお願いします、スミレさん」


「無理に敬語じゃなくてもいいよ、私たちは仲間なんだし。普通に話して」


「じゃ、じゃあ……スミレ。よろしくな。ところで、その……右腕はどうしたの?」




 誇太郎は、ずっと疑問視していた右腕について触れたが、その質問を耳にするや否やスミレの表情が一気に険しくなる。




「……聞かないで。あまり、《《人に見せたいものじゃないから》」


「何だよ、スミレ。いつかは披露しなきゃいけねぇもんだろ、今ここで見せたっていいだろ?」


「そうですけど……、やっぱり抵抗がありますの」


「……?」




 疑問に思った誇太郎だったが、深い事情があるのだろう。変に深追いはしないことにした。




「悪いな、コタロウ。コイツの右腕、ちょっと訳ありなんだ。じゃあ次、バスコ! 頼むぜ」


「あいよ」




 その様子をフェリシアも察し、引き続き自己紹介のお鉢をバスコに回した。




「技術顧問最高責任者の、ドワーフ族のバスコってんだ。武器や防具はもちろん、装備品や小道具までなんでもござれだ。そいつらがぶっ壊れたら、俺を頼りな!」




 ドンっと自身の胸を叩き、豪快にバスコは自己紹介を終えた。筋骨隆々なその体格は、ドワーフ特有のものだったと誇太郎は改めて理解した。




 そして、最後に残った獣人の青年は、フェリシアが声をかけるよりも先に誇太郎の眼前に迫って自己紹介を始める。




「俺様はライガ! ライオンの獣人だ、肉弾戦で俺に勝てる奴は誰一人としていない! よく覚えとけよ、えーと……」


「誇太郎、です」


「そう、コタロウ! いいか、忘れんなよ!」




 ガンガン迫るライガの態度に、誇太郎はタジタジしながら短く名乗った。そんなライガの体を、フェリシアは自身の尻尾でぐるぐる巻きに捕らえて無理やり彼の座席に戻した。




「あたしが声かける前に勝手に動くなっての」


「えー! 別にいいじゃないっすか、フェリシア!」


「また嗅がすぞ、いいの?」




 自身の尻を叩きながら妖しく微笑むフェリシアを前に、ライガは青ざめて首を左右に振るのだった。そんな必死に首を振る彼を前に、バスコは誇太郎の方をつついてその理由について話した。




「ライガの奴、前にお嬢お気に入りのデザートを勝手に食っちまったことがあってな。その時にお仕置きという形で、屁を嗅がされるという罰を受けちまったんだよ」




 獣人というだけあって、嗅覚が優れているのだろう。人並み以上の嗅覚を持つものとしては、下手したら致命傷になる。それで必死に否定していたのだろうと、誇太郎は納得した。




「お前さんも気を付けときな? お嬢の屁は、めっちゃ強烈だぞ」


「え? むしろ、自分にとっちゃ大歓迎です」


「……は?」


「というか、何ならこの世界に来る前に一度堪能しちゃいました」




 誇太郎は迷うことなく答えた。バスコとしては警告のつもりで伝えた忠告だったのだが、誇太郎にとっては喜ぶべき性癖である。迷うことなく、とうとう大歓迎とまで断言するのだった。その衝撃的な答えに、スミレやライガも唖然としてしまった。




「な、何言ってんのアンタ!? お姐様の、お……お……おならが好き、ですって!?」


「信じらんねえ! あんなん死ぬに決まってんだろ! なあ、バスコ爺!」


「ま、まあ……人の好みはそれぞれだがよ。それでも大真面目にこんな初対面の場で言うもんかい、お前さん」


「あ……、それもそうか……? でも、正直に伝えた方がいいのかな……って」




 驚くほどに素直に答えた誇太郎の返事に、フェリシアは吹き出して大笑いし始めた。それにつられて、スミレ達も誇太郎の素直さが面白かったのか笑ってしまうのだった。




「なー、面白いだろコイツ!」


「でも、お姐様。それでも、まだこの人は異世界からここに来たばかりですわ。自己紹介も終わりましたし、スキルとかについて説明してあげては?」


「あー、忘れてた。ニヒヒヒ! コタロウ、何か記録を取れるものとか持ってるか?なかったら、紙とペンを貸してやる」




 フェリシアは自身の懐から、万年筆型のペンと紙を取り出し誇太郎に手渡した。




「この世界入門者のお前に教えてやる。スキルとは何か、どんなことができるのかとかをな!」




 ――来た。何かしらのその能力の説明。一体どういう仕組みなのだろう?




 高鳴る鼓動と共に、誇太郎はメモの準備を始めるのだった。







「この世界に生まれた奴は、大体が何らかの身体術フィジカルスキル魔法術マジックスキルを生まれてくるんだ。人間も魔人も関係なく、平等にいずれかのスキルを身に着けて生まれてくる」


「大抵は、どちらか片方を極めて強くなっていくのが典型的ね。代表的なのが、例えば魔女。あれは、魔法術を極めに極めた存在よ。でも一方で、身体術は育っていないことが多いから近接戦闘に弱くなってしまう危険性もあるわ」


「なるほど……」




 フェリシアとスミレの説明に、誇太郎は真剣にメモを記していく。




「ちなみに、身体術フィジカルスキルはどういったものがあるんですか?」


「そいつはだなー」


「主に、近接戦闘中心の奴とか肉体を強化したりといったものが当てはまるな」


「ちょっ、それ俺が言いたかったのにー!」




 改めて説明しようとしたライガだったが、バスコが先に取ってしまい歯ぎしりをしてしまう。




身体術フィジカルスキルを得た奴は、大体騎士や傭兵となっていった奴らが大勢いるな。まあ、イメージとしちゃ近接メインが身体術フィジカルスキル。反対に遠距離攻撃やサポートに長けたものが魔法術マジックスキル、そんな風に覚えてくれ」




 バスコの説明を、誇太郎は一言一句漏らさぬように記した。全てメモをして、改めて情報を整理する。




 人間も魔族も関係なく、身体術フィジカルスキル魔法術マジックスキルのいずれかを習得して生まれてくるという事。魔法術マジックスキルはその名の通り、魔法を主とした戦い方のスキル。身体術フィジカルスキルは、近接メイン。大まかにまとめるとこういう事となったが、誇太郎はここである疑問に気付いた。それは、先ほどフェリシアが口走っていた一言である。




「フェリシアさん、質問があるんですが……よろしいでしょうか?」


「どした?」


「さっき、スミレにこう言ってましたよね? 『ただの人間とあたしら魔人、根本からして違うからな』って。何か……矛盾してるなあ、って思って」


「矛盾……というと?」


「人間も魔人も等しく身体術フィジカルスキル魔法術マジックスキルのどっちかを身に着けるっていうのなら……、根本から違うっていうのはどこが違うのかなあって思ったんですよね」




 その質問に対し、フェリシアは待ってましたと言わんばかりにニパッと笑みを浮かべた。




「よく気付いたな、流石コタロウ!」


「い、いえいえ……」




 照れくさそうにするコタロウに構うことなく、フェリシアは説明を始めた。




「お前の言う通り、確かに人間も魔人も関係なくいずれかのスキルは手に入れて生まれてくるが……それでも明確な違いが一つだけある。それは……」


「それは?」




 ドラムロールが誇太郎の脳内で再生されながら、フェリシアはやや溜めて答えた。




「魔人には、各魔人族だけに備わった特有ペキュリアスキルがあるんだぜ!」


「ぺ、ペキュリアスキル……! って、何ですか!」




 勢いに乗るがごとく、誇太郎も思わず力を込めて尋ねてしまう。その熱心というか一途な様に、思わずスミレはくすっと吹き出すも、フェリシアの意見をサポートするように続ける。




「簡単に言うと、種族ごとに備わった特有のスキルがあるってことよ。例えば私みたいなオーガだったら、金剛の加護という特有ペキュリアスキルがあるわ。身体術フィジカルスキルがなくても、常に常人の五倍もの力に恵まれているというものよ」




 そう言いながら、スミレは左腕で力こぶを作ってみる。彼女の言う通り、表向きは華奢な体つきだが、実際に見てみると引き締まった肉体から作り出された力こぶが大きく左腕に生み出されていた。




「俺様は見ての通り、ライオンが特有ペキュリアスキルだ! そんでもって、身体術フィジカルスキルは……」


「今はまだ披露しなくていいぞ、ライガ」




 再び前に出てきたライガを、今度はフェリシアが容赦なく遮ってしまう。二度も遮られたライガは、やや怒りを込めてフェリシアに抗議した。




「何でっすか! まだ、俺様の魅力見せられてないのによ!」


「ばーか、お前の身体術フィジカルスキル分かってるあたしだからこそ言うんだよ。そもそも、お前まだ?」


「それは……確かに」


「だったら、お前の真価はまだ見せられんだろうよ? あたしだったら、その時までお預けにしてみるのもありだと思うがな~」


「うーん……分かった! コタロウ、俺様のスキルを見せんのはまた今度だ! 悪いな!」




 ――いや、切り替え早っ! 単純かよ!




 心の中で密かに突っ込み、最後は自分かとフェリシア等が説明する前にバスコが口を開いた。




「最後は俺だな、っと。俺の特有ペキュリアスキルは、冶金学。ドワーフは技術専門が多くてな、さっきも言った通り、武器や防具からちょっとした小道具まで何でも作れる奴が多い。それはこの特有ペキュリアスキルがあってこそ、なんだよ」




 ――生まれながらにして、技術者専門のスキルがあるという事なのか? それはすごい……!




 心の中で胸を躍らせる誇太郎は、質問を投げかけた。




「それじゃあ、|身体術(フィジカルスキル)か|魔法術(マジックスキル)はなんなんですか?」


「ああ、それか? 残念ながら、どっちもねーよ」


「ええっ!?」




 まさかの、どちらも持っていないという発言。どういうことなのかと、誇太郎はフェリシアを一瞥して説明を求めた。




「極稀なんだがな、そう言う奴も確かにいることはいる。バスコはそのせいで、故郷を追われることになった」


「そんな……ご、ごめんなさい……地雷に触れたみたいで」




 トラウマに触れてしまったのではないかと思い、誇太郎は謝罪するがバスコは特に気にすることなく続けた。




「いいんだよ、コタロウちゃん。あの時の俺ぁ、冶金学の知識だけで行けると思いあがるばかり、遊び惚けてたからな。自業自得って奴よ。だから、ここでお嬢に拾われてからは生まれ持った冶金学の知識だけじゃなく、そいつを活かして色んなもんを作ってみた。結果、俺を頼ってくる奴らも増えてきた……ってわけよ」




 ――バスコさんは……必死に努力して、今に至るんだな。ロマンあふれる話で、かっこいい……! でも、俺は……。




 バスコの過去と自身の過去を比べ、誇太郎は反射的に比べてしまった。諦めなかった彼と諦めていた自分。果たして、バスコのようにできるのだろうか。




「おーい、大丈夫か、コタロウ?」


「ふぇ? あ、だ、大丈夫です、フェリシアさん!」




 不安げにうつむく誇太郎を、フェリシアは見逃さず気遣ったが彼は再び芽生え始めたネガティブ感情を押し殺した。




「そういえば、フェリシアさんは……どんな特有ペキュリアスキルを? もしかして、あのおならが?」


「ん? ああ……」




 フェリシアは一度背伸びをした後、少し前かがみになり下半身を後ろに突き出した。その時である。




 ぶっ!




 フェリシアは短く濁った音のおならを放ち、誇太郎の質問に答え始めた。なお、彼女の尻の先にはライガがおり彼はもろに彼女のガスを浴びてしまったのだった。




「これか? まあ、あたし個人の特有ペキュリアスキルっていうなら正解かな? 元々サキュバスは、誘惑するフェロモンを出して相手を搾り取るんだがよ。自分の体から出るもんなら何でもいいんだよな~。オーラだったり、つばだったりなんでも。あたしの場合、元々おならが出やすい体質ってのもあったし、それにフェロモンを乗せて誘惑してたら……いつの間にか、おならでいろいろできるようになっちまってたんだわ。ニヒヒヒ」


「なんて説明してる場合じゃないですよ、お姐様! 臭い!」


「これがなけりゃ、いい別嬪さんなのによぉ」


「別にいいじゃねーか! あ、悪い。また出る」




 ぶっ! ぶっ! ぶぶううっ!




 今度はリズミカルに三発放屁した。卵のような強烈な臭いが充満する中、フェリシアの尻の先にいるライガは完全に気を失っており、最早虫の息に近かった。一方の誇太郎、性癖をもろに刺激されて既に骨抜きにされていた。




「ライガ! ライガしっかり!」


「おい、コタロウちゃん! 恍惚となってんじゃねえ! しっかりしろい!」




 スミレ、バスコの強烈なビンタがそれぞれの頬を勢い良く刺激する。




「……はっ! 川の向こうで、お袋が手を振ってんのが見えたけど……夢か?」


「はっ……! あ、ご、ごめんなさい……。思わず悩殺されちゃいました……」




 お互いに異なる形で我に返ることとなり、スミレ達は安堵の息を漏らした。そして、改めてフェリシアを嗜める。




「もう! お姐様、少しは放屁を控えてください!」


「全くだ……、コタロウちゃんの精を搾り取りたくなる気持ちもわかるけどよ。俺たちは、やっぱ苦手だからよ……頼むぜ」


「悪い悪い。じゃあ、消臭すっか」




 そう言いながら、フェリシアは右手を正面にかざす。そして、何かつぶやいたかと思いきや彼女の手のひらから掃除機のように引き込む風がガスの臭いを吸い込んでいく。やがて、完全に消臭されたのを確認すると、その力は瞬く間になりを潜めた。




「よっし、消臭完了っと。さてと、コタロウ。どこまで話したっけ?」


「え……あ、はい。そのおならが……フェリシアさんの、特有ペキュリアスキルってことで……いいんですよね?」


「まあ、とりあえずはそうだな」


「それじゃあ、ずっと疑問に思っていたことなんですが……本当のスキルは一体何なんですか? ここに来るまでに、記憶を読み取ったりとか空間に穴を開けたりとか、今みたいに風を出したりとか。できることが多すぎじゃないですか!? まるで……」


「自分が思った事なら何でもできそう、ってか?」




 言おうとした結論を先にフェリシアに言われ、誇太郎は無言で頷く。




「……正解」


「え……!? そうなんですか!」


「ってのは、嘘」


「いや、嘘かよ! っていうか、またこのやり取りかよ!」


「というのも、嘘」


「一周回って結局正解なんじゃないですか、コノヤロー!」




 漫才のようなやり取りに、フェリシアは若干笑いのツボに入りそうになったが、笑みだけ浮かべて話を元に戻した。




「そう、お前の言う通り。あたしは、頭の中でイメージしたことを実現できる魔法術がある。その名も、『際限なき想像力イマジネーション』」


「イマジネーション……想像力、ってこと?」




 尋ねるように呟いた誇太郎に、フェリシアは得意げに続ける。




「そう、あたしは想像力が尽きねえ限りやりたいことは何でもできる。それだけじゃねーぞ? ちょっとエネルギーを使うが、その気になりゃ……想像するだけで新しい身体術フィジカルスキル魔法術マジックスキルを生み出せんだ。そして、そいつを他人に渡すこともできるんだぜ」


「ま、マジですか……! 何でもありか!」


「だが、さっきも言った通り新しいスキルを生み出すのにはそれなりのエネルギーもいるし、具体的なイメージも必要なんだ。だからこそ、質問するぜ、コタロウ!」




 ビシッとフェリシアが指をさし、スミレ達も誇太郎に視線を合わせた。




「お前は! この世界で、どんな風に強くなりたい?」







「どんな……風に」


「そうさ。今から、お前が思う強さに見合うスキルを生み出してやるって言ってんだ。お前がなりたい自分、あるだろ!?」


「俺は……」




 口に出そうとした誇太郎だったが、改めて聞かれると具体的なイメージができていなかった。「創作上のキャラクターのようなかっこいい人物になりたい」という想いは確かにあるものの、オタク趣味を嗜みすぎた影響故か、逆にどういった人物になりたいかという絞り込みができていなかったのだ。




「本当に大丈夫ですか、お姐様? この者……何も考えていなかったのでは?」


「……逆だぜ、スミレ。コイツは逆に考えすぎんだ。だから、改めて聞かれて戸惑ってやがんだ。もうちょい、待ってやろう」




 スミレの心配も考慮し、フェリシアはもう少々待つことにした。




 それから、五分後。




 誇太郎は、頭をフル回転するも未だにイメージが定まっていなかった。だが、それでも一つだけ決まっているものがあった。ただ、後一歩それをどう膨らませるかができていないのだった。




 ――だあああああ! くっそ、待って待って待って! これでいいのかな!? これでいいのか!?




「コタロウ!」




 フェリシアに呼ばれ、誇太郎は一瞬我に返った。




「ご、ごめんなさい……フェリシアさん。まだできていなくて……」


「本当にそうか? あたしは、お前の記憶覗いた時に見せてもらったんだけどな。言っていいか?」


「え、そ、それは……」


「嫌なら、お前の口ではっきり言え。今、この場にいるメンバー全員によ」


「でも、文化的にも……全然違う場所ですし、実現が可能かどうか……」


「何言ってんの?」




 再びしどろもどろする誇太郎に疑問を投げかけたのは、スミレだった。




「文化的に違う? そんなの当たり前じゃない。異世界から来たんなら尚更でしょ? 先ずは、言ってみなさいよ。お姐様が見たっていう、あなたの強いと思うイメージを!」


「言ってくれたら、俺たちだって全力で応援してやらぁな」


「まっ、どんなイメージでも俺には敵わないだろうけどなー!」




 ――ああ……またしょうもないことで悩んじまった。あの時、素直になって言えたのに……また悩んでしまって、馬鹿みたいだ。そうだ、この人たちは……決して人の意見を馬鹿にしない。だったら、俺は……俺がなりたいキャラクターは……!




 スミレ達の意見を前に、誇太郎は再び迷いを振り払い、フェリシア達に告げた。




「フェリシアさん、皆さん。俺は……侍のような、剣の達人になりたいです」


「サムライ……?」


「って、知ってっか? ライガ」


「初めて聞いたぜ。フェリシアはどーなんだよ?」


「あたしだって初めて知ったさ。だがな、コイツの記憶に宿ったイメージには明確にあったぜ。さあ、誇太郎。そのサムライとやらについて、あたし等全員に教えてくれ」




 息を飲み、心臓の鼓動が高くなりながらも誇太郎は侍について説明を始めた。




「さ、侍というのは……俺が生まれた国の、剣の達人のことを言います。今よりずっと昔なんですが、お偉いさんのお付きとして護衛に付いていたというイメージがあります。でも、それだけじゃなく……独自に編み出した剣術というものも備えていて、色んな流派が生まれました。二つの刀で戦う二刀流剣士や、居合術という集中力を極限まで高めて、間合いに入ったものを切り伏せるといったものも」


「ほほぉ」




 感心するフェリシアの反応を確かめながら、誇太郎は続けた。




「でも、俺がイメージしている侍は……そこまで硬いわけじゃありません。むしろ、自由すぎて心配になるレベル。ですが、それでも……自分が定めたルールをしっかり守って皆を守る、かっこいい男でした。俺は、そんな人物になってみたい。いや、なってみせる!」


「自由……ねえ。じゃあ、お前……いつか裏切るとかそういうことか?」


「ち、違いますよ! そういうわけじゃないです!!」




 眼を鋭くして尋ねたフェリシアの質問に、答えは強く否定した。




「あなたに付いていこうと決めたのは、俺のルールです。そして、そのルールは絶対破りたくない。あなたという自分の人生を変えてくれた主君に仕えられる、侍として生きてみたいんです!」


「そういう事か……ニヒヒ、いいぜ! かっこいいじゃねーの! 聞いたか、お前ら!」


「主に仕える人間として、ね。素晴らしい考え方じゃない。それに、独自の剣術なんて……私たちの世界じゃあまり聞いたこともないものよ。是非とも見てみたいものだわ」


「独自に編み出せる剣術ってこたぁ、それに相応しい武器を用意しねーとな! 滾ってきたぜ!」


「おうよ! コタロウ、お前さっさと強くなってくれよ! そんで俺と戦え! その時まで楽しみにしてるからよ!」




 誇太郎の胸中を耳にした皆の反応は、様々だったがいずれもワクワクの止まらない様子を見せていた。自分の思いに、こうまで期待を膨らませてくれるとは。「頑張らねばならない」という想いを抱き、誇太郎は強くなろうと決意した。




 そんな一同をよそに、フェリシアは一人眉間を抑えて目を瞑っていた。誇太郎の聞いたイメージを元に、どういうスキルが相応しいかイメージを何度も繰り返していた。




 ――剣の達人が最終目標。なら、剣に特化したスキルを……って言いてぇが。




 ちらりと、スミレ達と談笑する誇太郎をフェリシアは一瞥した。客観的に誇太郎の腕、肩幅、全体の肉体を一瞥するが、剣を握る体は愚かろくに肉体ができていないことを強く認識した。




 ――あの肉体じゃまだ剣を操れるってのは早すぎんな。と、なると……うん、ここからじゃねーと駄目だな。基礎的な強さをコツコツ積み重ねて……体が出来上がったら、後はイメージ次第でいくらでも……。そんで、あともう一つ別の力も付け加えて……。うん……よしっ、これでいこう。




 フェリシアの中であるイメージが固まってから、スキルが生み出されるスピードは圧倒的だった。シンプルかつ強力な強さが発揮されるそのスキルは、イメージが固まってから僅か三十秒で完成した。




「……できた。コタロウ、こっち来い!」


「は、はい! って、できたって……スキルのことですか?」


「ああ、お前のイメージにピッタリあった……と思うスキルだ」




 そう言いながら、フェリシアは右腕で誇太郎の頭部をわしづかみにした。




「受け取れ!」




 その一言ともに、フェリシアの右手が一瞬強い光に覆われた。誇太郎は、頭部から得体のしれない何かが入ってくる不気味な感覚を味わうも、それは光が消えるのと同時に消えていった。




「い、今のは一体……」


「ふぃー、今お前に……身体術フィジカルスキルをやったのさ」




 相当のエネルギーを使ったのだろうか。フェリシアは、息を切らしながら答えた。




「今、お前に与えた身体術フィジカルスキルの名は……『柔軟な肉体フレキシビリティ』。自分のイメージした戦い方に合わせ、肉体が自動的に対応するという身体術フィジカルスキルだ」


「つまり……?」


「例えば、お前が人知を超えるような素早さで動きたいとイメージするだろ? そしたら、それに合わせて体がお前の意思に合わせて自動的に動いてくれるってわけ。刀で何かを斬ろうにしてもなんにしても、だ。お前のイメージしたとおりに、臨機応変に自動対応してくれるってことよ」




 まるで、フェリシアのスキルの一部を引き継いだような身体術フィジカルスキルに、誇太郎の胸は躍り始めた。




「じゃあ、これで……俺は侍みたいになれるんですか!」


「いーや、それはない」


「え? ど、どうして?」




 疑問に思う誇太郎の前に、フェリシアは軽い小石を放り投げた。




「先ずはそいつを砕いてみな。一応、お前なりのイメージで」




 フェリシアに促されるまま、誇太郎はシンプルに木っ端みじんに小石を握りつぶすイメージを浮かべながら、力強く握った。だが、小石は木っ端みじんになるどころか傷一つ付いていない。それどころか、逆に力強く握った誇太郎の手を傷つけたのだ。




「あいってええええ! えええ、何で!? しっかりイメージしたはずなのに……!」


「やっぱりな。コタロウ、ここに来る前にあたしが言ったこと……覚えてるか? 力がなさすぎるって言ったこと」


「え……あ、はい」


「あたしが与えた『柔軟な肉体フレキシビリティ』は、保有者の肉体のレベルに正確に合わせる。だから、今のお前のように非力な奴が使っても、石すら砕くこともできやしないんだ」


「そんな……」




 思い返せば、力がないと言われてしまうのは無理もないことだった。今まで自分は運動することとは無縁の生活にいたのだ。それでいながら、いきなり「剣の達人になりたい」と願っても現実的にあり得ることなどない。




 だが、こうも出鼻をくじくものなのか。誇太郎は、改めて己の非力さを恨むほかなかった。




「だがな、コタロウ。非力なお前にも、解決策はある」


「それは、一体?」


「決まってんだろ? 明日から、お前の基礎体力を鍛える修業を始めるんだよ!」


「修行、ですか!?」


「そう、修行だ! 『柔軟な肉体フレキシビリティ』をフルに活用するための、身体作りだ」


「……なるほど。それで、私たちを呼んだのですね、お姐様」




 フェリシアの考えにいち早く気付いたスミレが尋ねた。スミレの質問に、フェリシアはニッと笑んで頷いた。




「いいか、コタロウ! 先ずは、あたしがお前の基礎体力を鍛える! 期間は問わねえ。お前が十分と思えるまで、じっくり付き合ってやる! それが終わったら、後はお前の思う戦い方を強くイメージして慣れさせていけ!」


「期間は問わないって……。い、いいんですか!?」




 社会生活で期間に追われることの多い誇太郎からしてみれば、信じられない提案だった。だが、フェリシアは首をかしげて尋ね返した。




「あのな、コタロウ。コイツはお前のための修行だぜ? お前が満足いくまでやれなきゃ意味ねーだろ? それに時間がかかるってんなら、いくらでも付き合ってやるくらい、どうってことねーぞ?」


「そうよ。それと、基礎体力が固まったら私たちにいつでも声かけて。手合わせなら、私たち戦闘部隊がいつでも相手してあげるわ」


「武器の調整なら、技術顧問の俺に任せな! お前さんに最高に合う武器を必ず作り上げてやるからよ!」


「そうと分かったら、先ずは修行に集中だぜ、コタロウ!」




 皆の至れり尽くせりな激励を前に、誇太郎は思わず目頭が熱くなった。そして、彼女らの期待を裏切るまいと強く誓い、力強く告げた。




「了解しました! 必ずや、修行をこなして皆を守れるような侍になれるよう邁進してまいります!」




 こうして、誇太郎の異世界の生活一日目は終わりを告げることとなった。そして、二日目から彼の日常は緩いながらも一気に加速していく。

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