第42話 またお前か【後編】


「ふん、まあいいだろう。それよりも喜ぶがいい! 貴様ら『勇者特科』の連中を、我らの卒業パーティーに招いてやる!」

「は?」


 と、聞き返しそうになったが、すぐに「ああ」と納得する。

 王立学園は十八歳までの貴族が主に通う。

 十八になる生徒は卒業。

 リズのような破格の成績でもない限り、それが通例。

 そして、基本的に二十歳まで『勇者特科』から出られない彼らと違い、ゼジルとラステラは間もなく卒業なのだ。

 そして、まだ卒業できない彼らを卒業パーティーに呼び、彼らを馬鹿にして笑い物にしよう——と。


「アホくさ」

「あぁ!?」

「おっとしまった。つい心の声が」


 どうにもリズは一言多い。

 多いというか、まあ今のは完全に気を抜いていて本音が漏れたけども。


「あー、いや、まあそういう理由なら……たまの気分転換になると思うので、彼らも喜ぶと思いますよ」


 まずい、肩が震える。

 リズは笑いを堪えるので必死だ。

 だって『勇者特科』にいるのは四大侯爵家、公爵家、最古の伯爵家と言われる御子息御息女。

 残りの二人も田舎者とはいえ、そんな彼ら彼女らとともに生活している。

 特に不安のあるモナだが、エリザベートによる淑女教育に余念がなく、言葉遣いなど日々厳しく指導していた。

 暇さえあればロベルトとダンスをして見取り稽古などもさせている。

「あなたは平民ですが、わたくしのような貴族と共に過ごせるのですから教養をえておいた方がいいでしょう。その方が外へ出た時にきっと役立ちますわ」と、エリザベートなりにモナの将来を思っての行為だ。

 フリードリヒも同様。

 特にフリードリヒは一番若い頃から貴族のヘルベルト、ロベルトと一緒にいた。

 声はでかいし頭は弱いが立居振る舞いは紳士そのもの。


(あーはいはい。この王子様はそのことを知らないのね)


 彼らが恥をかくと思っているのだ。

『勇者特科』などという牢獄に閉じ込められて、青春のすべてを無駄に過ごしていると。

 本当にすっかり『勇者特科』というシステムは腐り落ちて意味を成さなくなっている。

 そうしみじみ感じさせた。

 この国でこうなのだから、きっと他国も同じようなものだろう。

 空に浮かぶ空間の入り口——黒点は明らかに大きくなっているというのに。


(まあでもエリザベートのお父さんとかが頑張ってくれてるみたいだし、近く国際会議が行われるのは決まったって言ってたから……他国から魔石が借りられるようならいよいよボクの出番かな)


 ふう、と空を見上げる。

 黒点……魔王の封じられた空間へ繋がる、空間の入り口。

 五重の結界で封じられたそれを再び閉じるには、単純にリズの五倍の魔力が必要。

 五カ国の魔石を借りられれば事足りるのだが、それを借りるのに色々と手続きがいる。

 面倒だが、それが『国』というものだ。

 その辺りは国王と側近たちに任せる他ない。

 そしてそれが間に合わないならば、勇者を正しく育てるしかないのだ。

『勇者特科』をここまで無意味なものに腐らせた国々が、今更それを正しく行えるはずもないだろう。

 その重要性を理解もせず、こんな——【勇者候補】たちに恥をかかせて笑いものにしようという王子が現れる始末なのだ。

 時の力とは、心の傷を癒すだけでなく物を腐らせたりもする。

『勇者特科』というシステムは、本当に見事に腐り落ちた。


「……他人事のようにおっしゃっているわね」

「ん?」

「管理人として、あなたも当然いらっしゃるのでしょう?」

「ん?」


 なんだって?

 思わず聞き返すと、扇子で口元を隠したラステラの瞳が細まる。

 もちもちとした頬のせいで、半月のようだ。


「だから、あなたですわ、あなた。卒業式、出ていないではないですか。飛び級で、一人勝手に卒業して」

「は? それは——」


 元々一年ですべての過程を終わらせている。

 成績は首席。

 教師に教わることはなにもないし、王立図書館の本も学園図書館の本も、全部読み終えてしまった。

 一人勝手に、なんて言われる筋合いはない。

 だというのに、ラステラは得意げに笑いながらリズを見下ろす。


「ですからわたくしたちの卒業パーティーで、あなたの卒業も改めてお祝いして差し上げようというのですわ」

「っ!」


 そう来たか、と睨みつける。

 エリザベートたちと違い、リズは完全に貴族のマナーだのなんだのは後回しにしてきた。

 そういうのは、姉のアリアが担当すべきだ、と。

 それを知ってか知らずか、リズの貴族マナーはそこそこしょぼい。

 そこに付け込んできたのだ。

 だが、こう言われて引き下がるほどリズは大人ではない。

 いや、精神年齢から言えばとっくに成人年齢なのだが、それでしおしおとするような性格ではない。

 バカにされ、なんなら宣戦布告とも受け取れる言い方にはカチンとくる。

 そしてそうなれば当然——。


「上等だよ。行ってやろうじゃん」


 まんまと。


「ほほほほほ! ではお待ちしておりますわ!」

「ふはははは! いいか、卒業パーティーは『雷の季節』『烈火の週』『花弁の日』だ! せいぜいマナーやダンスのレッスンに費やしておくんだな! はーっはっはっはっはー!」


 付き人たちとともに、笑いながら去っていくゼジルとラステラ。

 まったく、お似合いなカップルである。

 陰でゼジルがラステラのことを「デブで傲慢であまり好きではない。同じ四侯爵家に、他に女がいないのが悔やまれる」などと言っているのは有名だが、相性抜群すぎではなかろうか。


「にゃーん」

「ぶひぶひ」

「くぅん……?」

「あー、大丈夫大丈夫。どうとでもなるしね。……つーか、このボクに喧嘩売ってタダで済むと思うなよあいつら……。ボクを誰だと思ってんの……? この世界唯一無二の【賢者】だよ? 物理的に敵わないからって無駄なことしてくれやがるよねまったく」

「「「…………」」」


 使い魔たちが引いてる。

 のにも気づかず、リズはとても八歳児とは思えない邪悪な笑顔を浮かべてゼジルたちが去った方に「首を洗って待ってろよバカ王子とその婚約者」と告げた。

 さあ、戦争だ。

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