第41話 またお前か【前編】


 ——こうして始まった、新『勇者特科』担任教師による【勇者候補】たちへの授業。

 集中力のある午前中は座学。

 昼食後の眠くなる午後は実技。

 瞬く間に二ヶ月が過ぎる。

『流水の季節』『大地の週』『流水の日』……。


「今日から一ヶ月、マルレーネの実家の孤児院近くで野宿するよー」

「野宿!?」


 生徒全員の驚きの声が食堂に響く。

 リズとしてはそんなに驚かれるようなことを言った覚えはない。

 ロベルトには転移魔法も収納魔法も教えたし、モナやフリードリヒにも基礎は教えた。

 全員の実力は著しく底上げされている。

 足りないのは常識だ。

 そして、この世界への理解。

 彼らには『世界』を知ってもらいたい。


「本当は世界を回る旅とかしてきてもらいたいんだけど、国境とかあるし無理だからさー」

「し、しかし、そんなこと学園が許可してくださいますの?」

「え、そりゃしてくれないんじゃない? だからボクという寮管理人が同行することで『簡易寮』と言う名のテントを設置する」

「……えぇ……」


 ふふん、と胸を張るリズ。

 寮管理人がそこにいれば、そこが寮といっても過言ではなかろう。

 ついでに言うとリズは正式に『勇者特科』の担当教師だ。

 文句は言わせない。


「キミたちは実力こそ、そこそこついてきたけど実戦経験と常識、それから外の世界での経験が圧倒的に足りない! それを補うにはやはり、外の世界で生活するのが一番だ。特に野営は、自然の厳しさや命のありがたみを理解するのに避けて通れないだろう」

「にゃーん!」


 肩に乗ってくるベルが鳴く。

 ここからという時に、来客の報せが門のペッシから届いたようだ。

 しかもこのベルの顔……間違いない、奴だ。


「チッ、性懲りもなくまた来たのか」

「? 誰かきたのかね?」

「バカ王子だよ」


 あ……ああ……。

 という力ないドン引きの声がヘルベルトから漏れる。

 バカ王子、こと第三王子ゼジル。

 そろそろあのバカは、リズがこの国どころか世界にとっても驚異的な存在だと理解すべきではないだろうか?

 というか、国王はあのバカ王子にそれを教えてくれやしないだろうか?

 実はエリザベートの父である宰相から、国王陛下からの言伝として「何度も君に手を出さないよう伝えているが、言うことを聞かない。万が一本当に手に負えないと思ったら、それなりに手ひどくしてくれて構わない」というお許しをもらっていたりする。

 それはもちろん『殺害』までは入らない。

 そもそもリズは『死者蘇生の奇跡リヴァイヴデッド・ルーン』を使える。

 死後、一日以内ならば蘇生を行えるこの世界でもっとも『奇跡』に近い魔法だ。

 なので、リズに絡んで死んだとしても——リズがうっかり殺してしまっても——ゼジルは死ぬことはないだろう。

 死んだとしてもその瞬間に蘇生する。

 それもまた、リズが【賢者】ゆえ。


「遅い!」


 門の前でプギプギ言うペッシと、ヴーと唸るスノウ。

 二匹の門番に腕を組み、律儀にリズが来るのを待っていたゼジルは叫ぶ。

 ついでにその後ろには、ゼジルの婚約者ラステラがいる。

 睨みつけるその顔に「なんかしたっけ?」と首を傾げた。


「どーせつまんない用だろうから、早く帰って勉強したら?」

「用件を聞く前からなんだその不敬な態度は!」

「じゃあ一応聞くけどなんの用? わざわざボクが出てきてあげたんだから早く言いなよ」

「お前自分の立場わかってんのか!? お前は没落寸前の貧乏伯爵家次女! 私はこの国の第三王子! つまり王族だ! そんな私相手になんで上から目線でものを言うんだ! 不敬罪で処刑してやるぞ!」

「できるもんならやってごらん」


 すぅ、と表情を消す。

 この王子、本気でリズがこの世界で一番強いと知らないのだろう。

 今、この世界に【勇者】はいない。

【勇者候補】ならば各国に数人、この国にも六人いる。

 だがその上位称号【勇者】はいないのだ。

 そしてその【勇者】と同格と言われるのが【賢者】。

【勇者】がいないこの世界で、それはつまり——。


「ぐっ……! ……ま、まあいい! 私は寛大な王族だから、お前のようなガキの無礼くらい許してやろう。二度と王族に逆らうなよ」


 こういうところが小物なんだよなあ、と思うリズ。

 その薄っぺらい“寛大な心”の裏側に犬も食わない無駄に育った虚栄心と自尊心があるのでは。

 あまり人を他人と……特に兄弟と比べるのは好きではない。

 人間、個々に個性があり、長所と短所がある。

 ゼジルの兄二人は大変優秀と聞いているし、ゼジルがそんな二人の兄と比べられて育ったのは火を見るより明らか。

 そういうところには同情するが、だから八つ当たりの対象にされて気分がいいはずもなく。


「どうでもいいから、早く用件言って帰ってくれる?」

「まあ! 殿下の寛大なお許しに感謝もせず、なおも図々しく不敬な態度を取るなんて!」

「あーもー……はいはい、では第三王子殿下におかれましてはこのようなむさ苦しい場所になんの御用でしょうか」


 早く帰ってもらいたいので、改めてそう聞き返すとゼジルはぎろりとリズを睨む。

 こんなにわかりやすく下手に出たのに。

 それが気に入らないとでもいうかのようだ。

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