魔王と勇者

 ロイスはなんとか立ち上がる。

 背中がズキズキと痛んだ、出血している感じはしない。打撲だぼくといったところだろう。ならば気にしている場合ではない。

 この程度の痛みなら我慢できる。


 それよりも追い討ちをかけられたら、次は防ぎきれるか、断言はできないと考える。

 それほどの威力だった。仮に守りきれても、その後の反撃は?

 ロイスのもつ攻撃でどこまでやれるだろうか……。

 相手の実力がわからないのは良くあることだが。


 【ヴォルト】で挟みこんで潰す。

 【ヴォルト】【シルト】【ココン】あるいはそれの応用結界を壊し、欠片を刃物としてあつかう。

 魔王ごと転移させる。

 

 どれも手段としては有効だろう。結界の強度の上で勝っているなら、だが。

 比較するために連発するのは魔力の消費という意味で、リスクがある。

 特に最後の手段。これは大技でもある。魔力の消費が激しすぎる。

 勝つ手段はなくもない。勝てる可能性はある、が。もし仮に倒せなかったとき、自らが転移で逃げる魔力が残っているとは限らない。その手段は残しておきたい。

 本気で戦えば、魔力を温存できるかも、なんとも言えない。


 ──ならば、はじめから逃げよう。

 

 ロイスは潔く決めた。

  

 はじめの計画を瞬時に思い出す。

 魔王と勇者をぶつける。そして逃げる。それしかない。


 その時、ロイスの耳がかすかな囁きを拾う。


「……か弱い女の子を、守りもしないなんて……」


 わずかに視線の端にうずくまるレイを写して、その視線が自分に向けられていることに気づいたロイスは、呆れを隠しきれずについ笑ってしまった。


  ──カレンは娘だから、まさか巻き込むとは思ってなかったんだが、にしてもこの状況下で俺の方に敵意を向けるのか?

 

「しかも、そんな魔術を持ってたなんて、あれを防ぐとは相当の硬さじゃないか。そこまでのものがあるなんて聞いてないぞっ」


 ──いや、今までも使ってたし、魔界でお前を守っていた術と同じなんだが。何を言っているんだ。じゃなくて、さっさと魔王を倒せよ勇者。

  

 危機感を感じる部分がお互い違いすぎる気がするロイスだ。

 ロイスは顎を伝う汗を拭って、声を張った。

 

「そんなことより、今は魔王に集中しろ!」

 

 今更隠れるも何もない。むしろ、勇者の存在に魔王が気づいて、そちらに意識を向けてくれれば転移する隙が生まれる可能性はある。

 そう思っての大声。

 

 ロイスは勇者を利用することには戸惑いがなかった。


「わかってんだよ! だまれ!」


 レイも負けじと叫ぶ。

 わかっているならいいと、ロイスは頷いた。

 

 その時、思惑通り魔王の視線が勇者を捕らえた。

 しかし、すぐにロイスに戻される。隙をみて魔術を行ういとまがない。

 その隙にロイスはじりじりと後退する。できるかぎり距離をとっておきたい。そんな気持ちのあらわれが、ロイスに焦りをうみ、慎重な行動をさせない。

 突然、目の前に魔王が現れていた。

 まさに一瞬の出来事。数十メートルを一瞬で移動してきた。否。


 ──空間転移して来やがった。


左様さよう。おぬし、相当優秀とみた。あの勇者の仲間とはもったいないほど」


 心を読まれた。とロイスは瞬時に気づく。そんな魔術があるなど聞いたこともない。つまりそれもまた、失われた古代の魔術──あるいは、人間界に知らされなかった魔術の一端いったんということだろう。


「仲間じゃねーよっ」


 ロイスはやけくそに叫ぶ。


 ──どうする、どう戦う。この状況で逃げられるか? なんて面倒くさい!


「ふふ、面倒臭いとは、面白い思考だな、魔術師よ」

 

 魔王は至極しごく楽しそうに笑った。いつのまにか、カレンを連れ戻すこととは別の目的にすり替わったのだろうか。ロイスを捕える。あるいは殺す。という目的に。

 しかし、それにしては、あまり殺気を感じないのがロイスは不思議だった。

 

「ふむ。しかしなるほどの。カレンを察知できなかったのは、おぬしの仕業か」


「なに……」


 魔王は一人納得した様子でロイスをじっと見つめる。


「それに、おぬしは……いや、気づいておらぬのか」

 

 魔王はそんなことを独りごちて、沈黙する。

 奇妙な居心地の悪さ。そんなものを感じて、ロイスは言葉を詰まらせる。

  

「魔王!」


 突然、魔王の後ろから勇者が叫んだ。

 振り返った魔王が面倒そうにため息を吐き出しす。

 

「邪魔だな。わしは今、この魔術師と話しているのだ」


 煙たそうな声音で魔王が言って、片手を払うような仕草をする。

 小物を払う。そんな行動だと、ロイスは思った。

 レイも同じように思ったのだろう。顔を赤くして叫ぶ。


「ふざけんな! そいつなんて大した魔術師じゃない! それより、俺と、勇者と戦え!」


 レイが立ち上がって、聖剣を構える。

 

「勇者か、そういえば魔界でもそのようなことを申していたな。儂の転移にまぎれてこちらに来たようだが、おぬしには興味がないのだ」

 

 無慈悲にいうが、魔王はロイスに背を向けて勇者に向き直った。

 これは二度目の好機である。今度は失態を犯しはしない。

 じっと様子を伺い、足元を動かすことなく、こっそりとしずかに指印を組んだ。中指と人差し指を立てて、正面でクロスさせる。転移の魔術。


「んだと!」

 

「しれものが、だまれ、邪魔だ」


 魔王が再び腕を振った。しかし今度は魔力が込められている。

 

 ──まずい!


「構えろ! レイ!」


 ロイスが叫ぶのと、勇者が吹き飛ばされるのは、ほぼ同時だった。

 先程のロイスほどの威力ではないが、その攻撃をもろにくらったレイは、後方に吹き飛んで巨木に背をうちつける。


「がはっ!」


 そんな声と共に、勇者は悶絶もんぜつした。


「レイ!」

 

 ──まともにくらったっ。

 

 さしものロイスもレイを心配せずにはいられなかった。嫌な汗がしたたる。

 さらに、魔王の視線がロイスの方にうつる。


「ほう、空間転移するつもりか。だが、おぬしには聞きたいことがたくさんある。ここにいてもらうぞ」


 魔王が言う。

 レイに構えろなどと叫んでこちらに再び注意を向けさせてしまったようだ。

 全く持って自分の愚かさに腹が立つ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る