地雷と灼熱

「誰が裏切ったって?」


 地を這うような低い声でロイスはいう。


「わかんねーのか? お前は魔王と戦うことが怖かったんだろ。だから、俺たちを置いて逃げたんだ。それも、俺たちが魔界で活動できないようにわざと魔術を解いて! つまり、お前は俺たちを隠れみのにして、魔界から一人逃げた裏切り者だ! そうだろ!」


「ふざけるなよ。お前、本気で言っているのか」


 なんて都合のいい解釈をしてくれるのか。

 たしかに置いていったし、魔術も解いた。しかしもとはといえば「出ていけ」といったのは勇者のほうであるし、魔術は距離を取ると自然に解かれてしまうものなのだ、仕方がない。

 ロイスから言わせて貰えば、レイの自業自得だ。

 にもかかわらず、ロイスを悪にしたてて、何か得するのか?

 己の間違いを認められないだけではないか。

 そんな理由で、裏切り者扱いされてはたまらない。


 ──俺は裏切りが大嫌いなんだよ!


「しらを切るんじゃねーぞ! ロイス!」


 叫ぶレイ。

 それが苛つきを助長じょちょうする。

 ロイスは、相手を怒らせるのをわかっていて、あえて大袈裟おおげさに鼻で笑って見せた。

 

「それで? 自分たちじゃ何もできなくて、すごすご逃げて来たわけか?」


「違う! 魔王とは戦った! けど、急に奴は人間界に転移をし始めてっ」


「つまり放っておかれたわけか? それで便乗して人間界に帰ってきたと……。逃げ帰って来たのは事実じゃないか」


 ロイスは嘲笑あざわらう。

 後ろで、カレンがオロオロとしているのがわかる。

 先程のカレンの言葉通りなら、おそらく魔王はカレンの気配を感じて追いかけてきたのだろう。ちょうどレイと戦っている途中に。


 そんなことを思うロイスの背後、魔王の気配も強くなっている。

 それでも怒りが勝る。さっきまで感じていた魔王の気配におののくロイスはどこにもいなくなっていた。


「なんだと! 先に俺たちを裏切って逃げたのはそっちだろ!」


 気に入らない。

 気に入らない。

 裏切り者呼ばわりされるなど、気に入らない。

 


 ──ああ、すぐ後ろに魔王が来ている。

 


「カレン‼︎」



 大音響が響き渡った。灼熱しゃくねつかたまりがそこに現れる。

 森の木々が燃える。地面すら、火をふいているようだ。

 魔王の周囲は熱でゆらゆらと揺れている。

 まるで、魔王そのものが燃えているようだ。


 緩慢かんまんに振り返り、魔王の姿を視認したロイスは、その姿に目を見張る。

 とっさに自分の周りに結界を張った。


 命の危機にすぐさま意識が切り替わった。

 つい今しがたまでどうでも良いと思っていた魔王の存在感に気圧されて、勇者を意識的に意識外に追い出す。

 今一番危険なのは自分の命。


 ──カレンは娘だ。おそらく大丈夫──……。


 そう考えて、しかし咄嗟とっさにレイとカレンの周囲にも結界を張った。それはほとんど無意識の行為であったが、結界を張った感覚だけが残る。

 

 特にロイスの周囲には、幾重いくえにも重ねて結界が張られた。

 【ココン】の応用結界魔術の重複発動。

 その結界が完成するとほぼ同時。魔王が振り上げた拳に炎をまとわりつかせ……まっすぐロイスを殴った。


 

 実際よりも巨大に感じられる拳と威圧感。

 風すら止まるほどの一瞬の巨大な質量が落ちてくる感覚。

 見開いた目に映るのは、ただひたすらに大きな魔王の拳。

 燃え上がり、広がる炎。

 激突する拳。

 脅威の熱量。

 脅威の威力。

 

 それが、ロイスの結界に衝突した。

  

 

  

 それは隕石いんせきのごとく、周囲の地形を変えるほどの勢いを持っていた。

 地面から足が浮き、ロイスは結界ごと吹き飛ばされる。


 ──くそっ、殺しきれないっ!

 

 結界越しに、背が何かに激突する。しかし勢いを殺しきれずさらにぶつかる。またぶつかる。ぶつかって、ぶつかって、ぶつかって……。ある時唐突に何かにぶつかって止まった。

 ズルズルと背中を何か──巨木に預けて座り込む。


「──っげほっ」


 あまりの衝撃に、結界越しでもダメージがあったらしい。

 背中に激痛げきつう

 き込めば、わずかにつばに血がにじんでいた。


 薄っすらと目を開けて、まず結界をみる。なんとか、結界は壊れずに済んだ。済んだが。

 瞬き一つして、目の前の光景をみたロイスは、あまりの衝撃に瞠目どうもくした。


 森が、割れている。


 魔王の目の前から、ロイスがいる場所まで、およそ三十メートル近く吹き飛ばされただろうか。

 真っ直ぐにえぐれた地面からは煙が出ている。吹き飛んだ樹木は、欠片すら消滅したのか、根すら見当たらない。

 周囲の木々はちらちらと火を灯していて、大気が熱を持っていた。


 呼吸を荒げたまま、ロイスは呆然とその光景を見続けた。

 目をらすこともできなった。


「──なかなかやるな……」


 低い声が響く。

 魔王の声だった。

 感嘆かんたんした様子で目を見開いて、ロイスを見ている。


 はっとして、ロイスは周囲を見渡した。

 たしかに結界を張ったが、しかしこれをまともに食らっていたら、結界も保ったかどうか。もし保たなかったのなら、勇者もカレンもタダでは済むまい……。


 さすがに慌てるロイスの視界に、聖剣を地面に突き立ててうずくまる勇者と、その背中にかくまわれた様子のカレンが映った。


 魔王の攻撃。その射線上からは完全に外れていたようだ。さきほどいた場所からそれほど離れていない場所にいる。しかし結界は半解状態だ。かろうじて残ってはいる。

 そのおかげか吹き飛ばされはしなかったが、余波は食らったのだろう。服や防具は僅かにダメージを受けているように見受けられた。

 勇者の肩は大きく上下しているが……どうやら無事らしい。

 その後ろにいるカレンのほうは結界が残っている。こちらの結界は勇者に守られてほぼ無傷だった。


 そしてカレンは勇者を呆然と見つめている。

 カレンの顔を真っ赤に染まっていた。離れた位置からも見て取れて、ロイスは困惑する。

 

 しかしそれに気をとられている場合ではない。

 魔王が、一歩前に歩み出た。緩慢かんまんな動作だからこそ、そこに余裕が見える。そんな動きだった。


 

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