帽子と誤解

「これ何?」

 

「耳。隠せよ」

 

 服屋も果物屋もカレンが外套を被っているから気づいていないが、耳はめだつのだ。どうにか隠さなければならないい。

 そう思って購入し、渡した帽子だった。これで多少は隠れるだろう。その髪や目の派手さは隠せずとも、こうして頭さえ覆ってしまえば、意外と注目されないものだ。それは、派手な髪色をしているロイスが、身を持って知ったことだった。

 カレンは無言で帽子を抑えている。

 背が随分と離れているから、俯かれると表情がわからない。どんな表情をしているのか気になって思ってわずかに腰をかがめると、彼女は妙に嬉しそうに微笑んでいる。

 

「なんだその顔」

 

「……別に。ただ、買ってもらったりって初めてだったから……」

 

 ──それは随分と殊勝しゅしょうなことだ。

 

 カレンはほんのりと頬を染めて、小声で「ありがと、ロイス」とつぶやく。

 一瞬虚をつかれるが、すぐにわずかに微笑んで見せる。

 そういう態度をされると満更でもない。そういう気分だった。

 カレンは帽子の中に顔を隠してしまったが、照れているのがまるわかりだ。

 

 ──やはり、わかりやすい。

 

 その時。

 

「ロイス?」

 

 果物屋の親父オヤジが唐突に声をあげた。

 名前を呼ばれて思わず顔をあげると、親父はこちらをしげしげとみつめて、何度か目を瞬いていた。

 

 ──なんだ?

 

 訝しげに思って何事かと問うより先に、親父が叫ぶ。

 

「あんた! 勇者様と一緒にいた! もう帰ってきたのか⁉︎」

 

 その大声に、往来おうらいを歩く人々がバラバラと振り返った。先程の服屋の女店主も店から顔をだして、「そういえば」などと呟く。


「ああ、いや……」

 

 ロイスは言い訳をしようとした。

 退治に付いて行っただけで、途中で帰ってきた手前、そうだ。と断言するのもなんとなく違うきがしたのだ。それで首を横に振ろうとする。

 しかし、ふと周囲を見渡すと、村人の視線はロイスに釘付けになっている。そして気付けば多くの村人に囲まれてしまっていた。

 狼狽ろうばいするロイスだが、さらに一人の老人がほろりと涙を流したことで、ロイスはどうしようもない状況になってしまう。

 泣きながら「もしや勇者様は、亡くなってしまったのか……」とつぶやく老人。


 ひどい勘違いだ。しかしその声を発端ほったんに、あちこちの人々が「嗚呼」と声をあげて泣き始める。

 

「いや、勇者は、まだ魔界に……」

「嗚呼! 戻ってくることができなかったのですね! 勇者様は今も魔界に! なんてことだ!」


 とかなんとか叫ぶ村人。

 

 ──やめてくれ。

 

 辟易へきえきとするロイスのうしろで、一人状況が飲みこめないでいるカレンがやがて小さな声でつぶやいた。

 

「勇者? ロイスが?」

 

 ──いや、違う。それもひどい勘違いだ。


「そうじゃない。俺は──」

「お嬢ちゃん知らないのかい? この方は勇者御一行の魔術師様なんだよ」

 

 人の言葉を遮って、余計なことを教えるな。と叫びたくなるロイスだが、そうこうしている間に人だかりはどんどん大きくなってきていた。

 勇者が死のうが、帰ってこれなかろうが、村人にとってはどちらも同じくらい悲しいことなのだろう。

 そばにいる老人が泣き、人々もいっそ哀れなほど悲壮ひそうな顔で嘆きはじめる。


「ううぅ、勇者さま、おいたわしい」

「魔術師様だけでもご無事でよかったです……」

「それにしてもご帰還がお早い……さすがでございます」

「魔王を退治してくださり、本当にありがとうございます」

「それで? 魔王はどんな姿でしたか?」

 

 最後の村人たちの質問に顔をひくつかせるロイスの横で、カレンが小さく吹き出した。

 クスクスと笑うカレン。

 笑い事じゃないと思いながら、ロイスは「魔王の顔など知らん」といいたくなるのをこらえる。ここでそんなことを口走ったら、勇者を置いて逃げたと思われそうだ。

 いや、実際あんまり間違っていないかもしれないが。

 それはすこし、かなり面倒くさいことになりそうでダンマリを決め込むことにする。


 その選択がまちがっていた可能性は大いにある。


 ロイスの目の前で、村人はおいおいと泣く。

 それにイライラと舌打ちをするロイスをみて、カレンがさらに笑う。

 三者の異なる反応は、奇妙な間を生み出していた。

 

 人ごみに揉まれているこの状況は好まないが、悪意や魔術を通さない【結界】を遺跡に入る前からはったままだ。それに何も反応しないところをみるに、彼ら村人たちには何一つ他意はないのだろう。


 それだけに、強引に振り解きにくいが、早く休みたいという本音がある。

  

「あーちょっといいか。宿屋を探してるんだ。疲れててな。どこかいい宿屋はないか?」

 

 近くで嬉し涙らしきものを流す村人に尋ねると、村人は無言で東を指さす。首を巡らしてそれを追ったロイスは、げんなりと顔を歪めた。

 

 ──あの宿屋……。

 

「できれば、あそこ以外が──」

「あそこがいい! しっかりしてるし、飯もうまい。勇者様の御一行なら歓迎してくれる」


 と別の快活かいかつそうな男が大声を上げる。

 それはありがたいのだが、ソレは困る。

 そんなことを思うロイスだが、あれよあれよという間に人波に押し出されるように東

へ背を押されてしまった。


「いい宿が村にあってよかったなあ」

「そうだね」


 などと話す村人たち。


「いや、だから、そこじゃなくてだな……」

 

 最後の足掻きというように捻り出されたロイスの声は、残念ながら村人たちの喜びの声にかき消されるのであった。

 

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