宿屋と兄妹


 宿屋にたどり着いた。というより連れて行かれたロイスは、宿を見て「やっぱり」とため息を吐き出した。そこは、勇者一行と一緒に泊まったところだった。

 勇者が泊まった宿を知っている者はいるだろうし、それがわかっていてここに連れてきたのだろう。そんなふうに思って振り返ると、村人数人が満足そうに笑っている。

 

 ──やっぱりわざとか……。

 

 ロイスは苦笑いを浮かべて彼らに会釈えしゃくする。わざとでも善意からなのだろう。と思ったからだ。

 人間関係はこれだから面倒だった。


「意外と優しいところあるよね。意外と」

「ほっとけ」


 カレンの言葉を適当に流して、ロイスは宿を見上げる


 おそらくこの宿から騒ぎを起こさずに出ていくのは難しいだろう。なんと言っても村で一番大きな通りに面した、一番大きな宿屋だ。

 食料だけ調達したらすぐ村を出ようと思っていたロイスは、さてどうやって村を静かに出ようかと悩んで、眉間みけんしわを寄せた。


 

 促されて、宿の中に足を踏み入れる。

 宿屋は、出発する前となにも変わった様子はなかった。

 基本的に宿屋というのは、一階は酒場や食事処になっていることが多く、ここもまた同様。普通と異なるのは普段から情報屋をかねているということで、情報目的の旅人なども頻繁ひんぱんに食事にやってくるということ。そのため一階は人であふれていた。

 夜中に静かに出て行くことができないのは、この宿にいるものたちが夜中まで酒飲みをしているからなのだ。

 すでに酒が入っているのか、赤ら顔の男たちがわいわいと騒いでいる。

 そこに、ロイスが人々をともなって入ってきた。


 案の定、彼らの目線が集中した。それはそうだ。集団で突然押し寄せれば、そうなるだろう。

 彼らに事情を話すより先に、村人たちがロイスの言葉を遮って「ロイス様は勇者様御一行で、お帰りになられたから、ねぎらってさしあげてほしい」などと言い出す。


 宿屋の主人はたいそう喜んだし、他の客たちも同じこと。

 そうして宿屋でも人々が集まってきてもみくちゃにされる。

 

 ロイスはいい加減に面倒くさくなった。

 もともと人付き合いは最低限にしてきた。当然このような状況は不慣れ。しかたがなくここまでは一緒に村人に連れられてきたが、休む目的できた宿屋でまでこう騒がれてはたまらなかった。

 ロイスは、彼らを多少強引にしりぞけると、めずらしくも声をはった。

 

「だから、俺は倒してないんだ! いい加減に話をきいてくれ!」

 

 一瞬、静寂せいじゃくに包まれる人々。

 顔を見合わせる者たちも数人。


 ──ようやく理解してくれたのか。


 と肩をすくめて安堵あんどしたのも束の間。

 

「勇者様に華を持たせようとは、素晴らしいお方だ」

 

 若い村人の一言に、村人たちは感慨かんがい深そうに頷いた。

 

 ──違うだろう!

 

 がくりと肩が落ちる。

 結局こっちの話を聞く気がないのだ。喜びで耳も脳も馬鹿になっている。そうにきまっている。ロイスは一人、自分の考えに頷く。

 

 まあ、当然と言えば当然かもしれないなと、ロイスは静かに周囲を見渡す。

 

 魔物の脅威きょういが少ない村とはいえど、全くないわけでもない。魔王が魔物を人間界によこしている。と考えている多くの人々は、これで魔界から魔物が現れなくなる。と考えているのだろう。

 

 ──実際のところは不明だがな……。仮に境界を魔王が発生させているのだとしても、それが消えることはおそらくない。魔物は変わらず人間界に現れるだろうな。

 

 こうした間違った認識を広める教会のことはやはり好きにはなれない。

 ロイスは村人たちの喜ぶ顔をながめ、あきらめて彼らの好きにさせることにした。

 きっと勇者レイが魔王を退治するさ。

 とこれまたなんの根拠もなく、また信頼もないことを思いながらあさっての方向に目をむけて彼らの喜びから目を背ける。

 

 その時、唐突に一人の女がロイスの肩を叩いた。

 妙齢みょうれいのその女性は、すっと彼方かなたを指さして「あそこのお嬢さんは、誰なんです?」と尋ねてきた。


 ピシリと固まるロイス。


 指の方向に視線を向けると、ロイスのそばから離れて、あちこちを物色しているカレンがこちらを振り返った。

 帽子で耳まで隠した彼女は、きょとんとした顔で周囲の村人の視線が自分に集まっているのを確認すると、にっこりと笑う。

 

「私、ロイスの妹で、カレンていうの」

 

「おいこら」

 

 勝手なことを言うカレンに思わず突っ込む。

 半眼になるロイスだが、カレンのニコニコとした表情をみてなにを思ったのか、人々はすっかり納得してしまったらしい。

 なるほど。と頷いて、再び質問攻めにしてくる。

 ロイスはたまらず人々の手を振り解いて、カレンに詰め寄った。

 側まで近づいて顔を寄せる。

 小声で「どう言うつもりだ」と問い詰めるが「なんのこと?」とどこ吹く風だ。

 

 ──なんのことじゃない。

 

 「兄妹仲がいいんですねえ」などと笑う村人をはっ倒したい気持ちになる。


 このままでは、何もかも誤解を与えたままになって、ロイスには何も得がない。

 他人が聞けば、そんなことはないだろう。と言うだろう。勇者の一行だと信じられて宿が安く済むのはいいし、そういう店に行けばいい女を当てがわれることもあるだろう。

 あるいはカレンという妹がいることで、そうした煩わしい接待を受けずに済む可能性もあるにはある。


 しかし。しかしだ。人付き合いを好まないロイスとしては、そういうことはむしろ面倒なことでしかないし、奇妙な勘違いをされたままというのも、別に嬉しくはないのだ。

 しかも、とうの妹を名乗っている少女は魔族だ。

 これは誰にも言えないことであるが。


 だいたい魔術師が目立つのは、あまりよくないのだ。

 何せ、どんな魔術師なのかが知られることは、他者に対策をとられるということでもある。力比べを好む魔術師たちのさがを思うと、全く嬉しくない。

 

 ──勘弁してくれ!

 

 ロイスは文字通り頭を抱えて嘆いた。

 

   ◇ ◇ ◇

 

 結局解放されたのはそれから一時間ほど後のことだった。

 辟易へきえきとして階段を登る。鍵を渡された部屋が、二階の角部屋だったからだ。

 ギィギィと音を立てる床。それもまた久々の感覚ではある。魔界にはこうした人工物はなかった。あったのは美しい遺跡だけ……。そんなことを思いながら、ロイスは与えられた部屋の鍵を開ける。

 そして扉を開けた瞬間。隣をするりとカレンが通っていった。

 まるで扉が開くのは当然と言った顔で、カレンが部屋に先に入っていく。それに続いて足を踏み入れ、しかしすぐにロイスは動きを止めた。


 無言でカレンの襟首えりくびをつかむ。

 

「ちょっとまて」

  

 勝手に部屋に入ろうとした彼女は不機嫌そうに振り返った。

 

「なによ乙女おとめの服を掴まないでよ」

「悪かったな。じゃなくて、勝手に入るな」

 

 彼女には彼女の部屋が用意されているはずではないか。

 実際、カレンはカレンで鍵を渡されていた。兄妹と勘違いした店主に隣部屋を用意されたのは望まぬところだが。同室にされなかっただけありがたい。

 そう思っていたのに。

 なぜ同じ部屋に入ろうとするのか。

 ロイスはため息混じりにカレンをにらみつける。

 

「服は調達してやったろ。運よくここは情報屋もねている。ここにいれば情報も手に入るし、俺と一緒にいる必要ないはずだが?」

 

 といえば、カレンは目線を逸らす。

 

「そういうことでもないのよね……」

 

 ──じゃあどういうことなのか。

 

 カレンは意図的にロイスの側にいようとしている。そんな気が、ロイスはしていた。

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