服屋と相違

 村の入り口に差し掛かったところで、ロイスはちらりと後ろをついてくる少女に視線を向け、あらためてその姿を観察した。


 一言で言うなれば、カレンは美少女だ。

 明るい日の下で見てみれば、しみじみとそう感じられる。

 相当の美貌びぼうの持ち主で、随分と目をひく容姿をしていた。金の髪は透けるようだし、瞳は大きな宝石のよう。尖った耳などは魔族をうるさいぐらい主張している。

 まとっている服装も、見たこともない派手な色。

 

 ──何で染めてるんだこれ、木苺か?

 

 そういう色の、しかもすこし変わった形の服をきている。


 女と言うものは、人間なら子供でも滅多に素肌をさらさないものだが、カレンはというとすらりとした手足を惜しげもなく見せている。そういうのは魔族特有の服飾ふくしょく文化なのだろうか。

 しかし、これでは普通にいるだけで、おそらく多くの人々の視線を奪うことになるだろうと、ロイスは思った。


 そのカレンが後ろをついて来るとなると、想像しただけで面倒くさい。

 ロイスは自らの外套がいとうを脱いだ。

 

「カレン」

「何? わっ何するのよ」

 

 呼びかけられた途端、外套を頭からかけられて彼女は目を白黒させる。

 

「その格好じゃ目立つ。どうせ人間界の金もないんだろう。適当に服を買ってやるから、着替えろ」

 

 それまでその外套を被ってろ。と、ほぼ命令口調でいう。

 カレンは自らの服装を見て、ロイスを見て、外套を見て、しぶしぶといった様子で頷いた。


「確かに目立ちそうね。ありがと」

 

 ──ああ、彼女は礼を言えるのだな。

 

 ロイスは思う。

 なんとなく身なりの良さそうな彼女を見て。わがままでイタズラ好きの彼女と接していて。勝手に人間界のわがままな貴族の娘と重ねていたのかもしれない。

 

 ──礼もろくに言えない娘たちと比べるのは、失礼だったかもな。 

 

 そんなふうに思った。

 


 

 村は魔界にいく前と同じようににぎわっていた。


 相変わらず大通りは──といっても、道幅六メートルほどの細い道ではあるのだが──人で溢れ、店の呼び込みの声が響いている。

 道の左右どちらも簡易テントの店は少ない。特に右側は、どこも立派な二階建ての石造りの家が立っていて、一階も二階も食事どころや宿屋として開けている。

 左側は、奥行きはあまりない店ばかりで、二階は物置になっている。というのが以前来たときに聞いた話だ。


 真上から照らす太陽で、今は通りも明るい。しかし比較的背の高い建物が集まっているため、通りはすぐ日陰になってしまう。

 今が一番の売り時だった。


 通りには、ちらちらと魔術師や旅人の姿も見られ、冒険者と思われる体格のいい者も多くいた。

 こうなると人の中に埋もれるようなもの。全身黒だろうがなんだろうが、ぶかぶかの外套がいとうを着てようがそれほど目立たない。


 それをいいことに、ロイスは堂々と通りを歩くと、近場の古着屋に入りこんだ。運よく、店には客がいない。これならば視線を気にせず服を選べるというもの。

 防具を買う必要はない。安いもので良いので、古着でもいい。そんなことを思いながら、ロイスは店を見渡した。

 

「とりあえず、あまり露出するな。頭まで隠せるものを……」

 

 そう言って振り返ったロイスは、ポカンと口を開けた。

 いつの間にかカレンが両手に持っていたのは、黒と派手な赤い色で縞々に染められたハイソックス。

 赤というより、彼女の着ている服の色とよく似ている……。

 

 ──じゃなくて、なんでそんなもの売ってるんだ?

 

 ロイスが思わず首をかしげると、店主らしき女が声をかけてきた。

 

「お目がたかい。それは異国の民族衣装でね、舞踊ぶようで使うらしいのよね」

「これがいいわ。かわいいもの」

 

 ──どんな舞踊だ。というか、民族衣装、それも舞踊衣装を日常着にしようと言うのがすでに問題ありな気がする。


 とロイスは思ったが、彼女はそれを何も言わず履き始めた。

 

「おい、売り物だ。買う前に履くな」


「え? だめなの?」

 

「あたりまえだろう」

 

 上着などならいざしらず、ソックスなどほいほい履いていいものではない。しかしどうやら魔族の中では店のものを勝手に使ってもいいらしい。というようにカレンの行動をロイスは解釈してとりあえず店主を盗み見る。


 案の定、不快そうな表情をする店主。ロイスはしかたなく店主に軽く謝罪をして、財布の紐を解いた。


 ──これじゃ俺がこいつの財布みたいじゃないか。


 と内心で愚痴る。

 そうこうしている間に、カレンはあちこちの服を物色している。取り出した服を放置して、別の服を着る。それもそのままにあちこちのものを身につけて「鏡はないの?」などと聞いてくる。


 再びため息をついて、ロイスはカレンの首根っこを掴んだ。そうして乱暴にカレンを制止すると、カレンが手に持っていた上着を一枚支払いの台にのせて、本人は店の入り口に向かって追いやる。

 

「これと、あとこいつがいま履いてるソックスを」

「ええ、終わり?」

「いいから、ちょっと先に出てろ」

 

 強めにカレンの背中を押して店から出す。これ以上勝手にあちこち触られたら困る。

 その後ろ姿を視線で追ったとき、ふと視界に古い帽子が目に入った。

 そういえば、買った上着にはフードがついていなかった。そう考えて、ロイスはその帽子も店主に渡した。

 

 古着だったので、値段は随分と安く済んだが、もともとふところはそれほどうるおってはいない。今後はある程度生活を切り詰めないといけない。とそう思いながら、購入したものを持って、店をでる。


 が、いない。


 眉間に深いシワを寄せて、ロイスは周囲を見渡した。

 カレンはすぐに見つかった。隣の店で興味深そうに果物をみつめている。

 側によれば、果物屋の親父オヤジと話しこんていた。

 

「おい、勝手に動き回るな──」

「ねえ、これリンゴって言うんだって。食べたことある?」

「あ?」

 

 言われて手元をみると、かじりかけの林檎りんごがあった。

 

 ──また、こいつは……。

  

 ため息ついて、果物屋の親父に値段をたずねる。

 

「悪いな親父。いくらだ」

「鉄三枚だが……林檎も知らんとは、かわったお嬢ちゃんだな」

 

 などと言われる。そういえばそうだ。

 魔界には林檎がなかったのかもしれないが、それにしても無知にもほどがある、せめて林檎ぐらいは知っていて欲しいものだ。

 ため息ついて、ロイスはカレンの頭の上に帽子を乗せて、金を払った。

 ぽすり。と音をたてて、彼女の頭を帽子がすっぽりと覆う。

 カレンは驚いた様子で、顔を上げた。

  

  

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る