集団リンチの3時間目

第10話 いきなりかよ…詰んだと思ったが

2限目終了のチャイムが鳴り響くなか、僕は、モエとその女子トイレを出た。

そして、なぜだか僕とモエは、手をつないでた。

「エヘヘ♡エヘヘ♡エヘヘ♡エヘヘ♡」

モエは、なんだかすごいはしゃいで、つないでその手をぶんぶん振り回してた。

まあ、僕としても実人生では接点ゼロだった超絶美少女と、こうやってお近づきになれたんだから、ちょっとくらいのことは許せる。


ただ、B棟から出るとき、1つの過ちを犯した。出口から出ずに2階に上がり、渡り廊下を伝っていけば、ヤスオらの監視をくぐり抜けることができる。

しかし、1階の出口からそのまま出てしまった。しかも、モエと手をつないだ状態で。

僕とモエのルンルンなのを見たらしいひとりの男子が、慌てて教室棟のA棟の階段を駆け上がっていくのが見えた。

「やばい…」

僕が言うと、モエが

「なにが?」

「ヤスオのパシリに見られた…」

「そう」

モエは、そっけない反応。くそー、モエはヤスオから一目置かれて安全なんだろうけど、こっちは詰みなんだよな…。


モエと二人で、しかも手をつないでいるところを見られた以上、言いわけもできない状況だ。

ああ…、僕、死ぬのか…。死ぬのは2度目だが、やはり死ぬのは怖い。ここはヴァーチャルだから死の苦痛はないだろうが、それにしてもその世界での人との関係を丸ごと持っていかれるわけで、はなはだ苦痛なのは同じである。

実人生の中学生時代は、上手く窮地をくぐり抜け、サンドバッグにされることもなく命拾いしている。高校進学時に他市に逃げ、ヤスオの目の届きにくいところに去りしがらみを事実上断ち切った。(もちろん、ミカやヨアその他の愛する女子たちを放置し、ヤスオの毒牙の餌食にしてしまったわけだが)


ヤスオら暴力組織の壊滅に向け、手立てがないわけでない。実人生のほうで知り合ったその筋の人がいるんで、その人に頼み込めばなんとかなるんじゃなかろうかと思ったりもする。

そういう計画をじっくりと練り上げて、事に臨もうかと思案する間もない、この窮地。


男子が知らせに行って、わずか1分少しでもう、ヤスオとその取り巻き3人、そして十数人の背の高い体格のいい男子たち(ほとんどが上級生)が、僕とモエの周囲を取り囲んできた。

僕を、鬼のような面構えでじっと睨みつけてくる番長ヤスオ。頭はポマードで固め、額には剃り込み、鼻や耳にはピアス、おっと唇にもピアス、学ランを長く伸ばし、ズボンは引きずるくらい長く伸ばし、典型的な不良である。

ヤスオ以外の連中は、しかしみな普通の中学生の姿である。

凍り付いて固まっている僕に、モエがささやいてきた。

「じゃ、ケイタくん♡がんばって♡期待してるよ♡」


そのとき

「てめえー!こらー!なにしっとんじゃ、おめえらー?」

とどこの方言だか分からない言葉でヤスオが怒鳴り始め、モエはさっと僕の手を振りほどき、離れた。

ヤスオはモエをちょっとにらんだが、すぐにモエを解放した。モエは、後ろも見ずに駆け出して、去っていった。

「てめえ…、よくも俺の女に手を出してくれたのお?まあ…今はまだ俺の女じゃねえが、ゆくゆくは俺の女になるって決まってるんじゃあ!」

やっぱり、か。超絶美少女を狙ってたのは、僕だけじゃない、ヤスオもだった。

「よし!今日は、俺が直々にゴミケイタをしばいちゃるっ!おまえら、手を出すなよ?」


僕は、ヤスオらによってA棟の教室、2学年の並びのその廊下に連れていかれた。

3限開始のチャイムが鳴った。

教科の先生たちが次々に職員室のほうからやってきて、クラスの教室へと入っていく。入るときに、廊下にいるヤスオと僕を見るが、何も見ていないというような表情をしてぷいっと教室の中に入っていった。先生の中には、生徒指導担当の体育教師もいたが、やはりこちらをガン無視。教師連中まで、ヤスオに支配されていたのだ。

廊下が静かになった瞬間、ヤスオの1発目が僕の頬をぶんなぐってきた。

「痛ッ!?」


僕は、そのあまりの痛さに驚いた。歯がいっぺんに3本ほど折れたようだ。口の中が塩辛い。

次いで2発目が、僕の鼻の頭を直撃。鼻がひん曲がり、鼻血がどばーっと噴き出した。

「いててて…」

これまた、強烈な痛みだ。

僕はここで、一つの疑問を思った。

『ここは、ヴァーチャルなんだろ?それなのに、なぜこんなに痛いんだ?再現度がリアル過ぎる。そりゃ、リアルっぽくするという設定なんだろうけど、ここまでやるか?どうせ殺されるか、死ぬ一歩手前ぐらいにされるんだから、せめて苦痛だけは弱めて欲しかったよ、ほんと』


しかし、そんな疑問の考えも、ヤスオが次々に繰り出してくる柔道技やプロレス技の激痛の前ですぐに吹き飛んだ。

僕は廊下に倒され、腹も足蹴にされた。

やがてヤスオの息が上がったので、取り巻きの3人も加わって、僕はサンドバッグにされた。

途中から僕は、意識が飛んだ。いや、正確には自分で自分の意識を封じた。こういう場合、抗うことは不可能だ。とすれば、自分の命が尽きるまで、あるいは死ぬ寸前の状態にされるまで、人形と化すしかない。それが、僕が自分の心を守るために講じた最後の策だ。


何分経っただろうか?

まだ授業がされているのを見て、3限目であることは確かなようだ。

ヤスオと3人の取り巻きは、いつのまにかいなくなっていた。意識がよみがえる。どうやら命は取られなかったようだ。

しかし。

「痛……………ッ!」

廊下の鏡で見ると、僕の顔は血に染まってた。まぶたがはれ上がり、まるで幽霊の顔だ。身体のあちらこちらが折れていて、内出血だらけ。左腕はぶらぶらして、力が入らない。

腹は、だいじょうぶか?口の中が血だらけだが、内臓からの出血じゃないようだ。本能で守ったか?

足は?右足を捻挫はしているが、引きずったら何とか歩ける。

手の指も、爪が何か所か剥がされてた。

『酷いなあ…。これじゃ、自家発電もできやしねえ…』

などと僕は、変な心配をする。


2年E組の教室の中を、ふとのぞいて見た。

ヤスオらの姿は、無い。

モエは?モエの顔が見えた。顔を真っ赤にし、涙を激しくあふれさせている。泣きじゃくっていた。

それ以外の僕に昔に思いを寄せていた女子たちも、一様に顔をうっ伏して嗚咽し、泣いていた。


さて、どこへ行こうか。歩ける。行く先は。


僕は、廊下を足を引きずり、痛みをこらえながら歩いた。

そこはA棟の3階。階段を下へ、下へと、ゆっくりと降りていく。

1階には、保健室がある。

しかし僕は、そこをガン無視し、下足室から上履きのままで外に出た。

グラウンドには、幸い、生徒の姿がない。とぼとぼと歩いていき、やっとのことで校門にたどり着いた。


校門の前に、3階建ての建物がある。その前には、パトカーが2台、駐車している。そう、そこは、この市の警察署であった。

僕は、その敷地内へと歩みを進めていき、そして警察署の玄関ロビーに入った。

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ある日死んだらDC(童心中学生)に逆戻りしてた? よほら・うがや @yohora-ugaya

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