第5話 ファーストコンタクト ④

「居なくなる前で良かった。探すの大変で――」

「ちょっと待って。誰?」

「私は浜辺美和子はまべ みわこ。君は鍬野恭平くわの きょうへいくんで間違いない?」

「そう、だけど」

「よかった」


 いや、よくない。

 浜辺美和子と名乗るこの女子は、どうして俺の名前を知っているのか。

 そして、この異様な状況の中でなぜ平気な顔をしていられるのか。


 まさか、PVPピー・ブイ・ピー要素もあるのか?


 PVPとは人対人プレイヤー ヴァーサス プレイヤーを意味する。

 要するに、潰し合いデスマッチだ。

 多人数型たにんずうがたのオンラインゲーム、特に重火器の登場するゲームではめずらしくないシステムだ。

 彼女がプレイヤーを狩る為に現れたのなら状況は悪い。

 何しろここは袋小路。

 飛び道具を持っている此方こちらが一歩有利だが、ひとたび間合いを詰められれば終了だ。


「すごい、もう二体も倒しちゃってる」

「どうして、名前を?」

「調べたからね。使いこなせれば便利なのよ、これ」


 手にした刀を少し持ち上げる美和子。益々ますます、意味が分からない。

 何とかわきくぐって大通りに逃げられるか?

 そんな思考を巡らせながら彼女から一瞬視線を外し、通りの方を見る。


「気にしなくて大丈夫。仲間が外にいるから」


 表情を見るに、嘘を言っているように見えない。

 大通りにはあのバケモノ達が徘徊はいかいしている筈で、それにもかかわらず彼女は背後を全く警戒けいかいしていない。

 この短時間でパーティーまで組んでいるのかと奥歯をめる。

 元々、仲のいいグループで渋谷に来ていたのかもしれない。

 この落ち着きよう、状況把握力じょうきょうはあくりょくも複数人で協力して結論をみちびき出したとするなら合点がいく。

 バケモノに襲われた時と別の嫌な汗が肌をつたう。

 彼女がやる気満々で、殺すか、殺されるかの状況ならばやるしかない。


 俺は本当に撃てるか?


 覚悟なんて全くできていない。手が今にも震えだしそうだ。

 しかし、悟られるわけにはいかない。

 仮に彼女を倒せたとして、まだ仲間が待ち受けている筈。


「顔色悪いみたいだけど、大丈夫? 戦えるよね?」


 彼女は困った表情をよそおい、すきだらけの動作で大通りへと視線を向けた。

 わざとらしい隙。

 だが、恭平にとっては最初で最後かもしれない攻撃のチャンス。


 だから躊躇ためらわなかった。


 自分でも驚くほど静かに、正確に、素早く矢を構えて引き金を引く。

 距離は25メートル弱。引き金をしぼった次の瞬間には脳天に突き刺さる距離。


「わわっ」


 それを彼女は事も無げに、手首のスナップによる剣捌けんさばきでふせいで見せた。

 切り払われた矢が床に落ち、切断面から煙を立ち昇らせる。


「あっぶない! ほんと、躊躇ちゅうちょなく撃ってくるね!?」


 恭平にもっと気概があれば、あるいはもっと単純ならば、超反応に構わず矢を連打できただろう。

 しかし、出来なかった。

 手持ちのスキルを使ったとしても勝てない、そう自覚させられる圧倒的な技量の差。

 彼女には何本撃ったところで、絶対に当たらないだろうという確信と絶望感。


 でも、バケモノに殺されるよりはマシか。


 ボウガンを持つ手を下げる。

 先程から鎖骨さこつがキリキリと痛いのだ。


「あれあれ、どうしちゃったの? もしかして、ケガしてる? 演技?」


 本当に心配しているような声音だが、獲物えもの確殺かくさつできると踏んでいるがゆえの余裕に違いない。

 もう、その挑発に乗るだけの気力も削がれてしまっていた。


「最強の芋砂いもすなでしょ。意地を見せなきゃ」

「……最強のいもなに?」

「あれれ、芋砂で通じない? ゲームで特定のポイントにこもって敵を狙撃し続けるスナイパーの事だよ」

「芋砂ぐらいわかる。たった二体倒しただけだぞ。……お前、頭おかしいんじゃないのか?」


 何が楽しいのか、にいっ、と口元を吊り上げる美和子。


「君の腕があれば、たった一人でも生き延びるよ」


 彼女の謎の自信はどこから来るのか。

 戦闘センスがずば抜けている上に、少し頭がおかしいらしい。


「いいから、殺すなら殺せよ」

「……どうしてそうなるの? 私、一言もそんなこと言ってないよね?」

「それだけあおっておいて、しらを切る気かよ」

うそっ、そんな風に聞こえてた? ごめんなさい。全然、そんなつもりじゃなくて」


 次に彼女のした事を、恭平は認知できなかった。

 彼女の手にした輝く刀が消え、携帯スマートフォンへと姿を変えたのだ。

 その携帯を持ったまま両掌りょうてのひらを胸の高さまで上げる。


「戦うつもりじゃないの。君に私のチームに入ってほしくて」

「チーム?」


 それよりも、――自分の武器ボウガンに視線を落とす。


 どうやって携帯を?


 このふざけた悪夢が始まったその時、自分の携帯は武器に変化した。

 彼女はそれを解除しただけ、なのだろうか。


「携帯に戻したいのなら、念じるだけでいいよ」

「そんなわけ……、ッ!?」


 言われた通りにすると、本当に武器が携帯へと変化した。

 画面には『PRIMARY OF THE DEAD』のステータスのようなものが映っている。

 武器の種類に所持しょじスキル、現在の討伐数等とうばつすうなどの情報が表示されていた。


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