第4話 ファーストコンタクト ③

 最奥おくの行き止まりまではわずか7歩。

 得られたアドバンテージは3メートルもなかった。

 振り返り、ボウガンをかまえる。

 撃てる矢は多くても一セット。残念ながらスキルのリキャストも間に合わない。

 後は何処どこを狙うのか。

 今までの自分の経験を頼りに、バケモノの頭に狙いを絞り、


「˝あ˝あ˝ァァァ」


 気持ちの悪いうめき声を絶やさない頭部を狙ってトリガーを引きしぼった。

 外しようのない直線近距離で、全ての矢がバケモノの頭部に突き刺さり、うち一本が後頭部中ほどまで貫通する。


 しかしバケモノはひるむどころかダメージを受けた様子もなく、おぞましい口を大きく広げておおかぶさってきた。


「うわああああああああああああああああ」


 鼻がげるほどの悪臭にまず脳天のうてんをやられながら、バケモノと壁とでサンドイッチにされる。

 肩に走るするどい痛みは、バケモノの不揃いな歯と突き刺さった矢が鎖骨付近さこつふきんにめり込んでいるからだ。

 もはや狙いも付けられない状況で、ボウガンだけは離さず、引き金を引き続けた。


 …………。


 覆い被さっているバケモノが息絶えている事に気づくのに1分近くかかった。

 それに気付けたのも、肩の痛みが限界で地面に崩れ落ちたのと同時に、バケモノもその場に崩れ落ちたからだった。

 噛まれた、と思った場所は歯が食い込んでいただけで、薄緑うすみどりよだれでべとべとにはなっていたが血も出ていない。

 運が良かったという外ない。学生服の上着が厚めの良い生地きじで助かった。

 荒い息を整えながら、安堵と共に自然と涙が零れてきた。


「どうなってんだよ。普通じゃないだろ、これ!」


 叫びに答える声は無い。


 この痛みは本物だ。ただのVRゲームとは違う。


 聞こえてくるのは物騒な銃声や破裂音、何かが潰れたり千切れる嫌な音と、断末魔の叫び。

 バケモノの死体を押しのけ、何とか立ち上がる。

 肩が酷く痛いが動かせないほどではない。


 まだ、戦える。……戦えるって? 一体、何と?


「いつまで?」


 疑問が湯水のように湧いてくる。突如始まったこの悪夢に終わりはあるのだろうか。


『PRIMARY OF THE DEAD』


 あのアプリが元凶げんきょうだ。

 ゲームや映画のフィクションの世界において、『OF THE DEAD』と名の付くものは、大概がゾンビものである。

 その可能性を考えていなかった訳ではないが、自分がいきなりその環境に放り込まれるなんて夢にも思っていなかった。


「ゾンビに見えなくもないけど……」


 異様いよう腐敗臭ふはいしゅうと気味の悪いビジュアル、何より矢を何本受けても平然としている耐久力。

 ゾンビと呼ぶに相応しい条件は揃っている。


 みついて来ようとしたし。


 慌てて胸元の辺りを見返す。大丈夫だ、血は出ていない。

 感染という概念がいねんがあるかないかは分からないが、一先ずその心配はなさそうだ。


「ああ、よかった。まだ居た!」


 明るすぎる声が響いた大通りの方を見ると、青白く光る刀を握った制服姿のポニーテール少女が、此方こちら見据みすえて微笑ほほえんでいた。

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