第3話 ファーストコンタクト ②

「っいつぅ」


 強打した尻をさすりながら立ち上がる。

 果たして、コレは死んだのだろうか。


 素早くリロードし、後頭部と思しき部分に狙いを定めて六発を叩き込む。

 矢は全てが綺麗に突き刺さったが、バケモノは身じろぎ一つしなかった。

 どうやら、倒せたようだ。


「って、何なんだよこいつ!」


 安心した瞬間に悪態あくたいが口をついて出た。

 心臓の鼓動がうるさい。血液が体を流れる音が耳に木霊こだましている。

 バケモノの死体を仰向けにしようと靴のかかとで蹴るも、重すぎてひっくり返せそうにない。

 だからと言って、脇を抱えて動かすのは死んでも御免だ。


「これは、敵か何かか?」


 大通りの狂乱具合きょうらんぐあいを考えると、バケモノがこの一体とは考えづらい。

 今も爆発音、そして悲鳴が散発的さんぱつてきひびいいている。

 別の場所で誰かが戦っているのだろうか。

 神を信じているわけではないが、天を仰ぐ。

 ビルに挟まれ一メートル幅ほどしか見えない空は、どんよりと曇っていた。

 まさしく世紀末せいきまつを題材にした映画のようだ。

 自分のほほつねる。


 めちゃくちゃ痛い。


 残念ながら夢ではないらしい。

 必死に思考を巡らせようとしたが、目の前のバケモノ、突如として出現した武器、脳の許容量を超える特大の謎が多すぎて考えがまとまらない。


 そんな中、大通り側から再度、あの不気味なうめき声が響いてきた。

 声はそう遠くない。武器を構える。


 ――落ち着け、俺。


 疑問を一旦全てそぎ落とし、今ある事実だけを抽出ちゅうしゅつする。

 バケモノは俺、あるいは他の人を狙っている。

 襲われ、殺されればゲームオーバーに違いない。

 しかし、バケモノは武器によって殺傷出来さっしょうできる。

 自身の武器はボウガンで一度の装填数そうてんすうは6発。

 打ち切るとリロードが必要。

 リロードに必要な時間はおよそ1秒。

 そして、視界のすみ固有の特殊スキル。

 一度の使用で40秒程のクールタイムが発生する。

 ここぞというタイミングで使わないと――。


「あ˝あ˝あ˝ァァァ」


 くそっ! 考えがまとまる前に次が来た。


 雑巾を巻き付けたような顔が見えた瞬間にトリガーをしぼる。

 本来ほんらい、ボウガンは相手との距離が遠ければ弓形ゆみなり軌道きどうになる筈だが、これは射出時の威力が高いのか、はたまた重力の影響を受けないのか、狙いを定めれば一直線に敵へと飛ぶし、撃った時の反動もほぼない。

 しっかり狙いさえすれば当たるのはありがたい。

 顔に六本の矢を突き立てたバケモノは怒りに似た絶叫と共に、壁に体を打ち付けながら突進してくる。


 ヘッドショットはあんまり有効じゃないのか?

 いや、きっと威力が足りない。


 先程の直線的な動きよりも左右に変則的へんそくてきな軌道の足運びに、狙いがぶれる。

 リロードしての六発の内、三発しか命中しなかった。

 さっきのスキルが使えれば――。


『アイスアロー、再使用まで19秒。ファイアアロー、31秒』


 無機質な自分の声が頭の中に響く。

 やはり頭がおかしくなってしまったのだろうか。

 視界の端に浮かぶ3つの玉の内、青と赤はくすんだ色のままだ。

 スキルが再使用可能になるより、敵が到達する方が早い。

 最初は2つのスキルを使ってギリギリだった。

 このまま打ち続けて全弾ヒットさせたところで、倒せるかどうか。


 となれば、残ったスキルを使わない手はない。黄色の光に意識を集中し、引き金を絞る。

 赤のスキルが炎、青のスキルが氷だった。予想が正しければ、このスキルは――

 黄色の光をびた矢が敵の左肩に着弾。

 一瞬、まばゆい光が視界を焼き、敵がその場で痙攣けいれんしながら足を止める。


 ショックアロー。


 思った通りだ。

 しかし、本当に想像通りの効果ならば殺傷力、足止め性能は決して高くない。

 続けざまに、連射できる最高速度とリロードで弓矢を射出し続ける。

 何発で倒せるのかは分からないが、さいわいにして矢の使用制限はない。

 多少、狙いが甘かろうが撃ちまくった方がメリットが大きい。


「って、もう動くのかよ」


 痙攣していた時間は4秒あるか、無いか。

 体感では一瞬。撃てた矢は2セット。致死ダメージにはまだ至らない。

 突き刺さった矢は20本に届き、不細工なサボテンのような状態になっているにも拘らず、動きが鈍っているようにも見えない。


 通常の矢は、このバケモノにはあまり有効なダメージではないのだろうか。


 見た目にそぐわぬ機敏な動きで着実かつ最短で距離を詰めてくる。

 撃ちながら後退する事も考えたが、足がすくんで動けない上、仮に動けても今度は狙いが定まらなくなる。


 弱点は何処どこなんだよ。頭か、心臓か?


 分からないまま撃ち続ける。バケモノは目の前に迫っていた。

 奴の広げた手の先端に、黄ばんだ牙のような爪が開かれるのが見える。


 殺される……。


 そう思った瞬間、固まっていた足が軽くなった。

 後ろの状況も確認せず、半ば転ぶように思い切り後方へと飛びのく。


 バケモノは愚鈍ぐどんそうな見た目に反して、両腕の振り降ろしは


 逃げ遅れた右腕の服の袖の一部と薄皮が裂かれ、うっすらと血の軌跡きせきが宙を舞う。

 咄嗟とっさの事だったので、背中を室外機の角に強打して息が詰まり、無様ぶざまに地面に転がった。


 不味まずい。バケモノから視線が外れる。


 体が汚れるのも構わず、這うように路地の奥へ足を強くり出した。

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