第16話 夏 天空都市Ⅲ
夏の日焼けた肌に浮かぶのは、若草色の純な瞳。鋼色の硬質そうな長い髪は首の後ろで一つに括られ、風に浮いて遊ばれている。大柄の身体は程良く筋肉が付いて引き締まっており、その安定たる体躯が少女をしっかりと抱き留めていた。
落ちゆくリーンを助けたのは鳥ではなく、手足がすらりと伸びる正真正銘の人間だった。
「あの……あなたは、鳥……じゃない、……飛べる人なの?」
初めて素晴らしいものを見るように目を輝かせる少女の問いかけに、翼をはためかせた若者は、人懐っこい笑みで返した。
「イイ反応するねえ。おのぼりさんにゃ、この街は珍しいモンだらけか?
「その、飛んでいるところは初めて見たから……」
「ふーん、そうかい。
羽翼は風に煽られながらも、緩やかな下降を始めた。二人はリーンの落ちた手狭な展望台へと戻り帰る。少女の足のかかとが辿り着くまで、ゆっくりと丁寧な動作で行われた。降り立つと、覆っていた羽の外套が見る見る間に畳まれて小さくなり、最後にはただの外套にしか見えなくなった。
上着を物珍しそうにするリーンを、それとなく見下ろす背の高い彼の眼差しは、何処までも柔らかだ。
「
若者の大きく伸びやかな腕が解かれると、リーンはすぐに深々と頭を下げて感謝の礼を取る。
「助けていただいて、本当に本当にありがとうございました!」
「なあに、気にすんな。これが俺の仕事だからな。……まあ、元気いっぱいなのは結構だけどよ、あんま心配かけるのは良くないぜ。お前が死んだら、悲しむ奴がいるんだからよ」
「はい……。本当にすみません……」
「っと、いけねえな。説教臭いって身内にも言われてるんだった。ま、今後は気を付けてくれって話だ。命あっての物種だしな」
そう言って若者は屈託なく笑う。彼がいなければ助かっていなかっただろう。谷底へ落ちてそのまま――あの魔法使いのように。
リーンはハッと思い出し、目の前の大きな背丈へ縋り付くように身を乗り出した。
「あの、私以外にも誰か落ちたみたいで……! 全身が黒いローブの……。見ませんでしたか!?」
若者は目線を逸らし、不思議そうに首を傾げた。
「――いや? そんな目立つような奴いたっけか? 俺、上の方からパトロールして見てっけど、お前以外に落ちるドジはいなかった」
「そんな……。あの、でも、確かに……」
「見間違いだろ。そういうことにしとけ。お化けに誑かされたか、悪い魔法にでもかかったか、どっちかだろ」
「そうなのかしら……」
関心なく言い切る若者の言葉を、素直に飲み込めないままリーンがしょげていると、足を踏み鳴らす音が段々近づいてきた。息切らしてかけつける、キャンベル姉妹である。
「リーン! このお馬鹿!」
「ばか! 嬢ちゃまのばかったれ!」
右からマーガレット、左からプリムローズ。つんざくような立腹の言葉をそれぞれの耳へと送られて、リーンは首をすくませる。
「だから言ったのよ。嬢ちゃま、絶対落ちるって。だからってほんとに落ちるなんて、ほんっとうにばか。ばかへの道をひたすら突き進む極まりない真面目なるばか!」
「サンドイッチなんて甘かったわ。あなた身勝手にウロチョロしすぎ。もう何処にも自由に行けないよう、首輪でも付けてあげましょうか」
「ほ、本当にごめんなさい……心配かけて……。でも首輪だけはやめて……」
「あら、口答え出来る立場だと思っているのかしら。まったく本当に、ヨーク兄さんへの報告がしんどいったらないわ。あなたは勿論、あたしもプリムも、連帯責任でお仕置きが下されるわね。あたしはもうやあよ、日がな一日草むしりの刑なんて」
「あたしも丸一日、刺繍とレース編みの刑なんて散々こりごりなのよ……いらいらするんだもん……」
初夏に起こした騒動において、ヨークラインから言い渡された罰を思い出したのか、姉妹二人はげんなりとした表情になった。リーンはふと思案してみる。
「私はヨッカに何をさせられるのかしら……。いつもは何も言い渡してくれないから、それはちょっと楽しみかも」
存外明るい声が漏れてしまい、姉妹からは当然非難を浴びた。
「胸をときめかせてるんじゃないわよ! あの兄さんの説教を延々喰らった後で、罰をやり切る気力があるわけないでしょ!」
「嬢ちゃま、本当に反省してる? もっかい飛び降りる? 今度こそ、ここより高いお空の上に行っちゃう??」
「ご、ごめんなさい! だからプリム、押さないで!」
「プリム、落とすのはやめなさい。でも代わりに花をいくつか摘んできてくれる? きちんと編んで、この子の可愛い首輪にでもするわ。素敵ね、きっとお似合いよ?」
そこで横から、吹き出す声がした。リーンを助けてくれた若者が、くっくっくと漏れる声を噛みしめるようにして、大きな身体を震わせている。
「――お前の綺麗な外面、つるんと剥がれて中身開けっ広げになってるけどいいのかよ? ここはお前にとっての修羅の場だろうが」
その声を聞いて、今までリーンにのみ注意を払っていた姉妹は、すぐさま目の色を変えた。
マーガレットは身構え、プリムローズはリーンの後ろにその身を隠す。
対峙し合う若者は、快活に笑いかけていた先程までとはまるで真逆の、人の悪い高慢な笑みを浮かべていた。鋭敏に見下ろすその先には、冷やかに目を吊り上げるマーガレット。
「最悪……。いたの、ピックス」
「よう、マギー。いたとも。お前んとこのわんぱくお嬢を助けたのは、この俺様だからな」
ピックスと呼ばれた若者は、そう恩着せがましく言い放った。マーガレットの表情が忌々しげに歪む。
「増々最悪。何だってあんたの手なんか借りなきゃならないの」
「借りだなんて思わなくていいぜ。お前の出来ることなんか、たかが知れているしな」
「そのでかい口の憎まれ口、耳障りよ。そっちは謙虚というものを知りなさいよ、恥知らず」
ピックスの不遜な物言いにマーガレットが剣呑な声で言い返し、お互いに前のめりの姿勢を譲らない。リーンはおろおろしながら、口を挟んだ。
「あの、メグ、この人とは知り合いなの?」
二人は、リーンの気弱な声で少し我に返ったようだった。マーガレットが咳払いし、苦々しそうな声音で渋々答えてくれる。
「……知り合いって言葉でカテゴリされるのがたまらなく胸糞悪いけど、客観的に言えば、そうね」
ピックスも肩をすくめるそぶりをして、言葉を加える。
「まぁ、同業者だな、要は。俺はどっちかっつーと、そっちは副業的なモンだけど。本業は、
「同業者……? じゃあ、あなたは、メグやプリムたちと一緒の、解呪師なの……?」
「ああ。ちゃんと免許も持ってるぜ」
それならば、解呪師を目指すリーンにとっては敬う相手となる。少女は、再びしっかり頭を下げた。
「は、初めまして、リーン=リリー・ステファニー・エマ・ガーランドです。キャンベル家で、解呪師の見習いをしています。よ、よろしくお願いします!」
「――ああ、初めまして、だな」
背の高い若者は、リーンを何処か感慨深げに見下ろしながら、得意気にニッと笑う。
「俺の名前はピックス。この天空都市で最も誇り高き
「
知らない言葉が出て来てリーンが首を傾げれば、その頭上を大きな影がひとつ横切った。
「――持ち場に戻りなさい、ピックス」
感情の色が見えない、抑揚の薄い声が上から降って来る。ピックスと同じく、翼の形をした外套をその身に纏う、大人びた面持ちの若者だ。水を差されたような顔つきになるピックスが、呼びかけに応じた。
「ホスティア――お前か」
柔らかそうな銀髪が風で緩やかに舞う。薄いフレームの眼鏡の奥にある瞳は、少し物憂げな菫色。地上に降り立つと、大きな翼を外套へと形戻し、その端麗な面立ちでピックスを冷やかに見やった。
「巡回を怠る横着者。こんなところでいたずらに油を売らないでいただきたい」
静かな声でなじられると、ピックスは不満げに言い返した。
「売ってねえよ。むしろ救助してたとこだっつの。働いてたの、俺様は!」
「なればさっさと屯所に戻って、報告書を寄越してください。相手の名前を聞くのも忘れずに」
淡々と返す物言いは、何故だか知っている誰かを彷彿とさせる。リーンは、恐る恐る話しかけた。
「あの、私、リーン=リリー・ガーランドと申します。先程、この足場から落ちてしまって、この方に助けていただいたんです。だから、その、散々ご迷惑をかけてしまって……すみません」
リーンが縮こまりながら謝ると、眼鏡の若者はうっすらと優しい微笑みを浮かべる。
「ああ、そうでしたか。足場の悪いところを歩かせてしまっている、我々天空都市の落ち度でもあるのですから、あまりお気になさらぬように。彼もまた、
「そうそう。あんま気にするな。どうせ、監督不行き届きしたマギーのせいになるんだからさ」
「ほんっと嫌味な奴よね、あんた……」
「嫌味じゃなくて事実だろうが」
ピックスとマーガレットは、やはりお互いにぶつかる視線が険悪だ。
リーンの後ろに潜むプリムローズが、ひっそりぼやいた。
「ねえちゃまとあいつは、犬猿の仲ってヤツなのよ」
ピックスはその声に振り向き、同意と言わんばかりに笑顔を見せた。
「そうそう、コイツと仲良くなんぞ正気の沙汰じゃねえな。けれど君のことは大好きだぜ、プリムローズちゃん! ねえ、そんなところに隠れてないで、もっとちゃんとその姿を見せてよ!」
嫌味の応酬に止めどないマーガレットから打って変わって、幼い少女には陶酔の眼差しを寄越してくる。そんなピックスにプリムローズは汚い物を見るかのような表情で応じ、リーンの背中へ更に身を寄せた。嫌がる声で再びリーンに耳打ちする。
「そんでもって、あたしのハイエナ」
「今日も飛びっきりに可愛いね、プリムローズちゃん! ここに来るなんて珍しいじゃん! 今日はお使い? えらいね! ご褒美に何か買ってあげようか、ジェラートがいい?」
マーガレットが底気味悪いと言わんばかりの表情で、猫なで声のピックスに吐き捨てた。
「そのきっもい顔を地面に擦りつけて二度と上向かなくなった方が、あたしたちには褒美になるのよ。チーズよろしく擦り下ろされたくなかったら、さっさと失せなさい」
「お前には言ってねえよ、引っ込んでな。ねえ、可愛い可愛いプリムローズちゃん?」
プリムローズは蔑みながら言い放つ。
「黙れ、ド変態のゴミ屑箱。中身の汚物共々焼却されてこい」
「うっ……ぐ……」
幼い少女の愛らしい鈴の音で放たれた罵りは、さすがにピックスの心を刺し殺すようだった。
固まって立ち尽くすピックスには気にも留めず、眼鏡の若者は恭しくリーンに頭を垂れた。
「私はホスティアと申します。不躾を承知でお尋ねしますが、あなた様は、あのガーランド家の御方でお間違いありませんか?」
「あ、あの……、私の家が、昔、王家で管理されていたことなら、何となく聞いていますけれど……それが何かあるんでしょうか?」
リーンが不安げに聞き返すと、ホスティアは薄い微笑みを浮かべたまま、優しげな声音で述べる。
「そうですか。何も知らないのなら、自覚のないのも無理はない。ガーランド家の跡取りであるあなた様が、不用心に歩かれるのは感心なりません。もっと安全に、事を運べる供を付けられた方が良い。恐れながら、我々天空都市の
跪かれて困惑するリーンは、自分も思わずしゃがんで目線を合わせようとする。
「あ、あの、私、そんな風にされるのは困ります。
「天空都市の
「あたしたちを供呼ばわりして、しかも無能扱いするなんて、どういう色眼鏡付けてるのよ」
ムッとしながら口を挟んできたプリムローズに、ホスティアは丁寧に答えた。
「プリムローズ・キャンベル嬢。無能扱いなどしていません。あなたのような小さく愛らしい方には、荷が勝ちすぎると申し上げたいのですよ。あなたはそのお姿に相応しく、美しき花々や甘いお菓子に囲まれて安穏に暮らすのが適切かと」
「黙れ、ド腐れカビ餅。眼鏡で曇った卑しい性根共々叩き割られろ」
ホスティアは笑みを浮かべたままだったが、今度こそ、薄い硝子越しの瞳が凍てつくような色を持った。マーガレットに向けて、慇懃無礼に願い出る。
「あなたの妹の口汚さ、どうにかなりません? 耳が腐り落ちてしまいそうだ」
「はん、プリムは本当のことしか言わないのよ。少し空飛べるからってちやほやされて鼻高々でしょうけど、あんたらの本質なんてそんなもんなのよ」
「んだと、てめぇ……ッ」
語気を荒げるピックスは、マーガレットに今にも掴みかかりそうだった。だが、不意の警笛音が空から響き渡り、顔を上向かせる。
「隊長、お探ししました! 緊急要請です!」
「何だ、どうした」
「学徒区で正体不明の病が発生し――もしかすると、『呪い』かもしれなく、隊長の解呪のお力を借り受けたいと」
ピックスは片眉をひそめて問う。
「だからって、何で俺までが? この街は他にも解呪師がわんさかいるだろう」
「それが、その、……解呪師の半数以上が被害に見舞われています」
当惑を孕んで理由を告げる部下の声に、今度こそピックスの表情が強張った。詰問口調で問いかける。
「どういうことだ。詳しく話せ」
「……学徒区の食堂において、その室内にいた全員が、突如昏倒したそうなのです。身体を痙攣させ、うめき声を上げ続けていると。意識不明の者もいるようです。患者の容体を見ようにも、食堂内へ入ろうとした途端に意識が朦朧とするようで、迂闊に近寄れないのです。下手をすれば自分も巻き込まれると、他の解呪師たちは二の足を踏んでいて……」
傍らで報告を聞き取ったマーガレットは、冷静な口調で妹に告げる。
「――プリム、行って」
「了解したのよ」
ひとつ頷き、プリムローズは躊躇なく駆け出した。足場の悪い道を揚々と突き進み、すぐにその姿が見えなくなった。
「ちょっ、おい!? 待てって、プリムローズちゃん!」
ぎょっとするピックスは、マーガレットを睨みつけ吼えた。
「マギー、てめぇ、妹に危険な真似させんじゃねぇよ!」
マーガレットは半目になってしれっと言い返す。
「心配なら後を追ったら? あの子はあんたらよりずっと有能だってこと、忘れてんじゃないわよ」
「だからってなあ! ……ったく、あーもう、ともかく可愛いプリムローズちゃんを一人で行かせられねぇ!」
ピックスは、
「お前、プリムローズ・キャンベル嬢の後を追って擁護しろ。学徒区の方角へ向かった。彼女の要望があれば、支援も行え」
「了解しました、隊長」
次に、副隊長の立場である同輩へ告げる。
「ホスティア、お前は
「了解しました。ちなみに
「アイツは今日、お堅い議会に出席だった筈だ。連絡はつかねえだろうよ。副隊長の方に知らせておけ」
「では、そのように。あなたはどちらへ?」
ピックスは考え込むように視線を横に寄せ、顔をしかめながら答える。
「俺は一度、枢機部に顔を出してくる。……妙に、嫌な勘が当たりそうでな」
ホスティアも己の
「申し訳ありませんが、火急の事態につき、御前のお下がりをお許しください。ではミス・ガーランド、失礼いたします」
そう言うと、もう一人の
「私たちもプリムを追わなきゃ。メグ、行きましょう」
気が急くリーンが走り出そうとすると、マーガレットが少女の腕を強く掴んで引き留めてきた。
「あなたはお留守番よ。お友達のエミリーちゃんと落ち合って、のんびりお茶していなさい」
「え? ど、どうして……」
「極めて緊急事態だからよ」
マーガレットがその目を鋭利に細め、静かな響きで理由を告げる。
「あなたの面倒を見ることすら、もしかしたら難しいのかもしれない。現場が混乱している以上、余計な気を回すリスクは一つでも省いておきたいの。さっきみたく、無闇やたらに動き回ったりしないという約束を、きちんと果たせるのだと、あなたは自分自身に言い聞かせられるのかしら?」
リーンの顔が見る見ると曇った。自制が出来ずに突っ走ることを先程ありありと見せつけてしまった後で、マーガレットの望みに間違いなく応えらえる自信は、当然なかった。信用されておらず、その弁解する心持ちも消沈してしまっている。恥ずかしさと情けなさで思わず俯いた。
マーガレットは、気落ちする少女をなだめるようにその頭を撫で、もどかしそうな渋面で説き伏せる。
「――危険なのよ。お願いだからここで待っていて頂戴。安全だと思えたなら、すぐに呼び寄せるから。あなたにもお手伝いしてほしいことはどの道あるだろうし、助けがいる時は、ためらわず呼びに行くわ」
そして思い出したように、腰元のポシェットから革張りのカードケースを取り出した。それをリーンに与える。
「一応預けておくわね。何かあったら、これを使いなさい。あなた用に調整してあるから」
リーンはカードケースを手の内にしっかり握り、強く頷いた。マーガレットを真っ直ぐ見つめ直し、真摯に訴える。
「少しでも手伝えることがあるなら、必ず呼んで。絶対よ。ちゃんと大人しくしているわ。エミリーにも事情を話して、ここで待ってる」
マーガレットはようやく苦笑しながらも目元を和らげた。
「良い子ね。いざと言う時は聞き分け良くて助かるわ。でもここは少し危ないから、上の空中庭園にいなさい。あそこなら安全に休憩出来るでしょうし。……ああでも、まだ少し歩くのよね。あたしはプリムを追わなきゃいけないし、でも正直、ここからあなたを一人で歩かせるのも不安」
「だったら、俺が送っていってやるよ。
空中にいたピックスが、有無を言わさずリーンの手を掴んで、そのままひょいと持ち上げた。少女は小さな悲鳴を上げるが、すぐにピックスにしがみ付いて身体の重心を預ける。
「あ、あの、いいんですか?」
「すぐそこだ。構わねぇよ」
強引なピックスに向けて、マーガレットが苛烈に叫ぶ。
「ちょっと! あんた、さっきからリーンに馴れ馴れしいのよ!」
ピックスはリーンを丁寧に抱え直しつつ、マーガレットを見下ろし鼻で笑った。
「俺がテメーに厳しいだけだ」
「はん、そうでしょうね! くれぐれも丁重に扱いなさい。もしもその子に何かあったら、ヨーク兄さんが黙っちゃいないわよ!」
その台詞に、不遜な表情の若者は幾分か神妙な声で応えた。
「――言われずとも、テメーの兄貴と同じ役割は果たすさ」
ピックスの言う通り、空中庭園まではものの数分で辿り着いた。花々に囲まれた柔らかな芝生にリーンは降り立つ。ピックスに向けて、少女は丁寧に頭を下げた。
「最後まで親切にありがとうございました!」
「うんにゃ、気にすんな。これぐらいどうってことねえよ」
気軽に応じるピックスに、リーンは気弱な声で訊ねてみる。
「……あ、あの、ピックスさんも、メグとプリムと一緒に解呪をするんですか?」
「用事を終えたらな。ま、一緒に仲良しこよしはしねぇだろうが、呼ばれたからには仕事はするさ」
「どうか、気を付けてください。本当に、本当に、大変な仕事だとは思いますけど……」
不安を重ねるようにリーンが言い募るので、苦笑するピックスは茶化すような口振りで返した。
「んな湿気たツラすんなって。初対面の気心知れない相手だってのに、お前さん、ちっと同情心がすぎてっぞ」
「だ、だって、メグがあそこまで言うのは、命を落とす可能性が高いのかもしれないから……。私みたいに不用意にって言うのは差し出がましいかもですが、その、私を助けてくれたあなたに、もしも何かあったら、……私が悲しみます」
どうか無事に、どうか死なないでほしい。どうしたら心配の気持ちを上手く分かってもらえるだろうかと、リーンは必死に言葉を紡ぐ。ピックスは不意に押し黙ったが、密かに目尻を和らげた。思わず小さく言い零す。
「――やっぱり、お前は相応しいな」
「相応しいって……何にですか?」
リーンがきょとんとしながら訊ねるので、ピックスは飄々と肩をすくめた。
「さて。何にだろうな? まあ、今度会う時までの宿題にでもしておけよ」
ピックスは再度
「無茶はしねえさ。命あっての物種、自分の身はそれなりに可愛がってる自覚はある。そっちもあんまり無茶すんなよ。そんじゃあな、ガーランドのお嬢」
そう言って天高く羽ばたいていったピックスを、その姿が見えなくなるまでリーンはいつまでも見送った。
そして、すがるように呟かれる名前は、あまりに切実な、不安を纏う声音だ。今、彼の顔が、たまらなく見たくなった。
「ヨッカ……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます