第6話 春 常花の村Ⅵ



 プリムローズが知らせを告げたその間もなくに、リーンは屋敷に戻ってきた。玄関の扉を閉じてから、すぐさま首を傾げる。薄暗く、誰も姿のない場所がひっそりしているのは昼前と変わらないが、奥の間から騒がしい足取りが聞こえるのだ。

 何かあったのだろうかと少し不安に思いながら、大きな声で帰宅を告げる。

「ただいま戻りました……!」

 大きな足音が玄関ホールまで辿り着いた。顔を険しく引き締めたヨークラインだった。

「戻ったか、ミス・ガーランド」

「はい。あの、ミスター、実は聞いてもらいたいことがありまして」

「こちらに来たまえ」

 玄関ホールからすぐ隣の客間に通されて、リーンが話をする前にヨークラインから畳みかけられる。

「……俺も君に話がある。だが、今は少々不都合があってな。明日の朝でも構わないだろうか」

「あ、あの、急用なんでしょうか?」

「恐らく、いや、十中八九に緊急の仕事が入る。手のかかることだから、今日は誰も君と夕食を一緒に出来ない。ジョシュアには君の食事を作らせておいた。明日の朝まで、君は自分の部屋で大人しくしていたまえ」

 油断を逃がさないような厳しい声は、ヨークラインの緊迫をありありと示していた。ならば、尚更何か出来ることはないものかと、リーンは訴える。

「この家の皆は、揃って忙しいと聞いています。私にもお仕事を与えてください、ミスター。役に立てずに、じっとしているのは嫌です」

「君に出来ることは何もない。望んでいたとしても、君が泣いて逃げてしまうことは明白だ」

「なるべく泣かないように頑張ります! だからどうか……」

 ヨークラインは、少女の思わぬ強情に少し苛立ちを見せていた。低い声で静かに言い放つ。

「どう言えば理解してもらえるだろうか、ミス・ガーランド。これはキャンベル家の重責だ。君が背負う必要などないものなのだ」

 少女の訴えをあくまで突き放す物言いは、リーンを一層強張らせる。それでも、冷え冷えとしたものが降りる背筋とは裏腹に、心の中心がカッと熱くなった。

 今、リーンの前に引かれた境界線をはっきりと感じ取る。それが見えている限り、リーンは寂しさを抑えきれない。キャンベル家で皆と一緒に暮らせたとしても、これではいつまでも一人ぼっちの気分のままだ。

 震える声に、少しの激情を滲ませてヨークラインに再び投げかける。

「……何を言われてもちっとも分かりません、ミスター。――理解しろ? 無理よ、訳が分からないことだらけだもの。必要がないと言うのなら、どうして私をここへ連れてきたのですか。弟子にさせるつもりでもないなら、どうして私を引き取ってくれたのですか?」

 ヨークラインは少しだけ目を瞠ると、気に食わないような表情で思わず睨む。

「……君、一体何を聞いた?」

 

 玄関のチェストに置かれた電話が、けたたましく鳴り渡った。

 昨日の肝試しを思い出したのか、リーンの表情がすぐさま怯えの色を持ち、その肩が縮こまる。怖がる様子をヨークラインは流し目に見ると、小さくため息ついて玄関ホールへ向かおうとする。

 それより前に、廊下を駆け抜ける足音が電話まで辿り着いた。

「はい。こちらはキャンベル家です」

 マーガレットの優雅な声が壁を通して聞こえてくる。

「……そうですか。――ええ、ええ、はい。分かりましたわ。お任せください。――ええ、どうぞそのまま当家へ。はい。……では、お待ちしております」

 受話器を静かに置くと、マーガレットは声を張り上げた。

「ヨーク兄さーん! きゅうかーーん! 二十分もすればー、やって来るわー!」

「大きな声を張り上げるな。聞こえている」

 ドアを開けて玄関ホールへ姿を見せれば、背を向けていたマーガレットは一瞬びっくりして声を上げた。

「やだ、そんな近くにいたの? なら任せれば良かったわ。あたし電話苦手なのよね、外面の声も自分で言ってて気色悪いし」

「気色悪くなどないから、電話は引き続きよろしく頼む」

「うえええ、冗談でしょ? ただでさえ皆、手が外せないからって出てくれないのに……」

 リーンがひらめいたと、マーガレットに駆け寄って迫った。

「あの! なら、私がその電話番のお役目しましょうか?」

「えええ? ちょっとちょっと何いきなり。何処から湧いたかはひとまず置いとくとして。というか、電話もこの際置いとくのよ。急患よ、急患。丁度良かったわ、リーン。あなたヒマで退屈して死にそうでしょ。ちょっと手伝ってよ」

 マーガレットから屈託なく頼まれて、リーンは花開くような笑顔を振りまいて頷いた。

「はい、分かりました! 何をお手伝いすればいいですか?」 

「こっちに来て。まずはエプロン羽織りなさい。貸してあげるわ」

「待て、マーガレット。彼女は何も……」

 しかめ面のヨークラインが引き止めようとするが、マーガレットは強引だった。

「手指が一本あるだけでも助かるのよ。それに、仲間外れにしちゃ可哀想でしょ。キャンベル家は一蓮托生、死なば諸共、毒は食らわば皿までもよ!」

「そんな物騒な家訓を作った覚えはない!」


 ヨークラインの一切の文句を受け付けないマーガレットはリーンの手を繫いで、客間の隣にある部屋まで連れていった。

「普段は鍵をかけてあるの。一応、ウチの機密なもので」

 ポケットから真鍮製の鍵を取り出して、ドアノブにある鍵穴に差し込んで開ける。

 何か隠してあるのかと興味深々だったリーンは、少し拍子が抜けた。ドアの向こう側は、殺風景な部屋だったのだ。

 部屋の真ん中には、縁のない大きな寝台がひとつ置かれているだけだった。空を悠々と見渡せるほど広い窓は、シンプルなレースのカーテンで陽が遮られている。

 マーガレットはレースからこもれ出る陽光を、もうひとつの分厚いカーテンできちんと遮ると、部屋に置かれた数個のランプに火を灯した。次に部屋の隅にあるクローゼットを開ける。中から白いシーツを取り出した。

「こっちの端っこを持って。ベッドにかけてほしいの」

「分かりました」

 大きく広げた真っ白いシーツは、降り積もって間もない雪のような冷たさだった。さらさらとした手触りは思いの外にも心地良い。皺にならないように気を付けながら、重みのあるシーツを二人がかりで寝台に被せた。

 マーガレットは、自分の腕時計を見ながら何やらぶつぶつ呟いている。

「うーん、月齢七.九ってとこ? ちょっと弱いかもしれないけど、月なら私もいるし問題ないわね。季節的に花も問題なし。でもやっぱり雪は今の仕様では問題あるかしら。これから夏にかけて心許ないわね」

 リーンは、自分に理解出来そうな範囲の質問をそっと訊ねてみた。

「あの、急患って言ってましたけど……どなたがいらっしゃるんですか?」

「ああ、ごめんなさいね。少し自分の思考に入り込んでたわ」

 リーンの戸惑う声に顔を上げると、苦笑しながら謝ってくる。何気ない手つきで、少し下にある少女の頭を詫びるように撫でた。

「原因不明の病がね、たまに発生するのよ。薬師、医者、そういうプロたちもお手上げだった人が、困りに困ってウチにやって来る。けれど本当は病ではなく、身体の中に別のモノが埋め込まれている可能性が高い」

「別のモノ?」

「――呪いよ」

 重々しい言葉が静かな部屋に響いて、リーンは思わず肩を過敏に跳ね上げた。苦いものを飲み込むように、ごくんと喉が鳴る。

「キャンベル家は、人の身に潜んだ呪いを解くことを生業にしているの。『解呪師かいじゅし』って言葉は聞いたことあるかしら?」

「……はい。私のいた孤児院も、解呪師の方がたまにいらしてました」

「人を助けるのが本質だから、そういう慈善事業にも良く参加しているのよ。でも、ウチはどちらかというとあまり大きな看板は下げてないわ。だから噂を聞きつけてやって来る人、キャンベル管轄の領民、あとは王侯貴族あたりがお客様ね」

「……すごい人たちまでお相手しているんですね」

「でもあくまで内々の秘儀だから、お客が来ること自体はホントに稀なのよ」

 淡々と説明を続けるマーガレットは、無造作に引き出しを開けて、羊皮紙で作られたカードを数枚取り出した。元よりきつい印象を持たせる目もとが、一段と鋭利に細められる。

「だけど、最近頻繁に依頼がやって来る。一体どういう風の吹き回しなのかしらね」


 扉が開いて、一人の女性が担架に乗せられて運び込まれてきた。村人の男二人によって白いシーツの寝台に寝かせられる。

「マーガレットお嬢様、どうかよろしくお願いいたします」

「キャンベルの名に懸けて、必ずお救いいたしますわ」

 村人の不安げな眼差しが、マーガレットの麗しい微笑みで少し和らいだ。何度も頭を下げながら退室していく。邪魔にならないように部屋の隅にいたリーンは、やっと寝台の近くへ進み出て患者の様子を窺おうとした。その姿を目に捉えた途端、思わず大きな声で叫んでいた。

「リコリスさん!?」

 気を失ってぐったりと横たわっているのは、はつらつとした笑顔でリーンを店内へ手招いてくれたジャム屋の店主、リコリスだった。おっとりとしていた顔は、今では苦しそうに引きつっていて、息を詰めるように短い間隔で呼吸を繰り返している。たまらずリーンは何度も呼びかけた。

「リコリスさん、しっかりしてください、リコリスさん!」

 マーガレットがびっくりとした目でリーンを見やった。

「あなたのお知り合い?」

「あの、今日の昼間に、村の大通りに行っていたんです。通りがけに出会ったジャム屋の人で、少しお話をして、お茶もごちそうになりました」

「あらまあ。早速、うちの村の人と仲良くなったのね。じゃあ、昼間はあなたとお茶するぐらいには元気だったと」

「はい、とても元気でした。……少し咳き込んでいたのは気になったんです。でも、こんな酷い顔はしてませんでした。こんな、今にも死んでしまいそうな――」

 色素が奪われたような白い顔を見ながら、リーンは何処か既視感を覚えた。ずっと昔、こんな顔をしている女性を心細く見つめ続けていた記憶があるのだ。

「呪われたのね」

 マーガレットは短く言い切った。リーンは涙を浮かべた表情で訊ねる。

「どうしてリコリスさんが?」

「分からない。今のところはね。それより今あたしたちがやるべき仕事は、このご婦人の呪いを解くことよ」


「メグねえちゃま、お待たせ!」

 プリムローズが大きな声で呼びかけて部屋に入ってくる。その手に抱えているのは、硝子の小瓶に生けられた薔薇の花のつぼみだった。それをベッドの端に置いて、続いて窓辺に駆け寄る。厚手のカーテンを小さな両手を使って思い切り開いた。その向こうは見渡す限りの仄かな暗闇で、いつの間にか日が沈んでいたことを知る。マーガレットがランプの明かりを小さくし、光源は手元のみとなる。窓辺からこもれ出る青白い光に惹かれ、リーンは広い窓を見上げた。

 弓を張るような形の月が、半分だけの姿にもかかわらず極大たる荘厳さをもって見下ろしていた。

 柔らかくつめたい光が、白いシーツの上に置かれた花のつぼみに注がれる。リーンが驚いたのは、そのつぼみが月光に誘われるように綻び始めたことだ。

 マーガレットが静かな声で呼びかける。

「――深雪みゆきを溶かす夜月の光で花芽が開く歓びを我らは謳う、マナをいとしく一つのるつぼにおさめるために。世界の規律を見せよ、我らに偏りを示せ。キャリブレーションコマンド起動」

 寝台を取り囲むように出現したのは、いくつもの大小の砂時計だった。宙に浮かび上がる砂時計は、くるくると上下逆さまになる動きを繰り返し、やがて中身の砂が不思議と上下共に同じ量を保った。

「測定」

 短く告げたマーガレットの言葉の後、横たわるリコリスの身体が、一度痙攣を起こした。

 白かった顔色が、みるみると熱っぽく赤みの色を持ち始める。

 砂時計は一つずつ違う量を示し始めた。中でもとりわけ大きい三つ、青、黄、赤。その内、青い砂のものだけが中心に向かって吸い込まれるように少なくなっていく。

 口元に手を添えて、マーガレットはそっと呟く。

「雪のマナがひどく減少しているわね。けれど花と月のマナに減少は見られない……」

「ねえちゃま、この人すごい熱」

 プリムローズが、リコリスの赤く火照る肌を触って訴えてきた。

「マナのバランスが崩れているのね。雪のマナを注入して、ひとまず容体を安定させるわ」

 手元のカードを一枚取り出した。紙面には幾何学模様が緻密に描かれている。

「其は清爽たる雪融け水――エンコード:『アクアマリン』!」

 リコリスの額に載せられたカードは弾かれたように光を撒き散らし、青い光がリコリスを覆った。それと共に青い砂時計の中身も増えていく。肌の火照りはみるみると治まっていった。

「応急措置は済んだか、マーガレット」

 固い口調で呼びかけたのは、部屋に入ってきたヨークラインだった。

「ヨーク兄さんおそーい! あたしとプリムだけでやるのって結構緊張するんだからね」

 マーガレットが膨れっ面で文句を言うが、ヨークラインは冷たく返す。

「ジョシュアに説明しに行ってきた。何も知らない彼女も巻き込むことになったと」

「す、すみません、ミスター……」

 すでに全くの蚊帳の外にいると承知のリーンは、細々とした声で謝った。目の前で起こっている不思議な現象が、どれ一つ理解出来ない。キャンベル家の『妖精の秘密』は、極めて複雑怪奇だ。

「あら、誰だって初めは知らないものよ。知りたいと思うのなら、あたしは大歓迎で教えていくわ」

 マーガレットは得意げにリーンに微笑みかけた。

「この世のものは全て神から創られた――お伽話ではそう伝えられている。その神さまを、純然たる力として捉え、有効なエネルギーとして使役しようとするあたしたちは、『マナ』と呼んでいる。マナは何処にでもある。清らかな水にも、吹き渡る風にも、肥沃な大地にも、燃え盛る炎にも、人間の身体の中にもある。いいえ、むしろマナがあたしたちを作っている」

 指を一振りすれば、青色、黄色、赤色の砂の入る大きな砂時計が、マーガレットのすぐ手前まで移動してきた。

「マナは大きく三つの属性に分かれている。雪のマナ、月のマナ、花のマナ。この三つのマナが複雑に組み合わされ、あたしたちを構成している。この一つのどれかでも欠けたら、あたしたちは生命として存在出来ない。バランスが大切なの。――で、このバランスが何かの拍子に崩れると、毒素が出る。バランスが保持されないと毒素は出続けて、それが悪種になる。悪種が体内の急所に溜まり、極在化、発症――ここで初めて身体に異変が現れる。そして最終的に慢性化。呪いとは、これを人為的に起こさせる方法のことよ」

 リーンは呆然と話を聞きながら、青い光に包まれたままのリコリスの身体をじっと見やった。

「あの、つまり、リコリスさんは無理矢理に病気にさせられたということですか?」

「正解に近いわね。病気のフリをして、体内のマナの在り方をおかしくさせているの。呪いを解くには、ご婦人の急所にある悪種を取り除かなきゃいけないの。今、あたしがやったのは、体内のマナの在り方を顕在化。そしてマナのバランスを元に戻しただけで、まだ悪種が見つけられていない」

 プリムローズは再びリコリスの肌に触れたが、すぐに怯えるように手を離した。

「めちゃくちゃ熱いの! 花のマナがあばれ狂ってる!」

 ヨークラインが幾つかの砂時計を見ながら、厳しい声で推測を呟く。

「応急処置が利いていないのか、多少厄介だな。……毒素が撒き散らされたままなのか。ならば少々蹴散らすぞ」

 すぐ横の引き出しからカードを一つ手に取ると、リコリスに向けて言い放つ。

「其は悪しき万物を滅す草花――エンコード:『ヘンルーダ』!」

 今度は紅い光がリコリスを覆った。砂時計が新たに一つ出現し、上部の砂がさらさらと下へ落ちていく。

「そのカードは、一体何ですか?」

 リーンが問いかけると、マーガレットは胸を張りながら答える。

「これがキャンベル家のお家芸、解呪符ソーサラーコードよ。マナの力を癒しとして使役するためのもの。自然界に存在するものの、特に高エネルギーにあたるものと同一の言葉を通じて、自分の中にあるマナに意味を与える。誰でも使えるマナ変換器ね」

「……良く分かりません」

「まあ、安易な酷い説明するとね、毒消し草の名前を呟けば、毒消しが行えるって寸法よ」

「……それって、とってもすごくないですか!?」

 ふふんとマーガレットは更に笑みを深める。

「でしょ、マジすごいでしょ。でも、自分の中のマナを消費するから、一度に沢山使えないし、使ったら使っただけ疲れるし、お腹も空くの」

 そう言いながら、マーガレットは自分の腹部を少し撫でた。

「そろそろ講義は終了して、悪種を見つける作業に専念してほしいのだが」

 ヨークラインが不機嫌そうにマーガレットへ投げかけた。

「ああ、ごめんなさい兄さん。すぐやるわ」

 キャンベル家の三人はリコリスの身体の表面を隅々まで見やる。特にじっと視線を集中させるプリムローズに、ヨークラインは訊ねた。

「プリムローズ、分かったか?」

「ううん……悪いものは減ったから見えやすくはなったけど……、だめ、わかんない、かくれんぼしてるみたい」

「身体の何処かには必ずあるんだから、頑張って見つけなさいよ」

「うううう……だめ……奥までもぐりこんでる……」

 先ほど現れたばかりの砂時計の中身が、全て下に落ちた。

 同時に、リコリスの肌が急激な早さで真っ赤に染まる。うめき声を立て続けに上げると、口からどす黒い血を数回吐いた。

「リコリスさん!」

 リーンの目から涙が多くあふれ出した。真っ赤にただれた婦人の手を握りしめて、震えながらも必死に訴える。

「だめ、死なないで!」

 ヨークラインは小さく悪態をついた。砂時計を緊迫の声で確認する。

「ヘンルーダの効果が切れた」

「花のマナがまたあばれ出したの! 今度は悲鳴をあげてるの!」

「じゃあもう一度雪のマナで」

 怯えるプリムローズの言葉を聞いてマーガレットが別のカードを取り出したが、ヨークラインが引き止めた。

「駄目だ、悪種を見つける前に患者の体力が持たない。ならば仕方ないか、一つずつ……」

「――ヨッカ!」

 リーンが凛とした声を張り上げた。瞠目するヨークラインを導くように、指でリコリスの一部分を示した。

「ヨッカ、きっとここよ。リコリスさん、昔から喉が弱いって言ってたの! 急所ならきっと、ううん絶対に、ここだわ。ここに、呪いがあるのよ」

 喉仏の少し上。そこがリーンが己の人差し指を突き付けた箇所だった。ぼろぼろと大粒の涙を零しながらも、懸命に叫ぶ。

「お願いヨッカ! リコリスさんを助けて!」

 ヨークラインは無言で一瞬思案したが、動いた。リーンを後ろに下がらせ、二本指を示された箇所に当てる。低い声で素早く告げた。

「其は邪気を祓う誉れ高き剣――エンコード:『エル・グラン』」


 稲妻のような鋭い閃光が、空から一つ落下したようだった。真っ白な切っ先がリコリスの喉を貫いた時、何かが破壊される音が甲高く鳴った。

 その光景を見るのが初めてではないことを、リーンは思い出した。

 苦悩の表情を浮かべる白い顔の女性――それは、かつて大病を患ったリーンの母と重なった。死んではだめだと言って、必死に母へ向かって泣き叫んだ。その時、善き賢者が、魔法を使った。目映い閃光が、母の胸元を貫いたのだ。


 リーンは涙を止められないまま、やっとひとつ知るべきことを知った。

 母は、病気などではなかった。


(そうだったんだ。――ヨッカは、私のお母さんの呪いを解いてくれた人だったんだ)


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