16、出禁

 魔王様がここに何をしにきたのだろう……。

 私を探している?

 どうやってみつけたの?

 疑問が次々に湧いてくるが、とりあえず――。


「えっとー……いらっしゃいませ……?」

「…………」


 無言で私を睨むママの視線が痛い。

 あはは……遊び気来たわけじゃないよ……ね?

 あ、もしかして、核を取り返しにきた!?


「核のカー子はもう私のものだから!」

「カー子?」


 ママが首を傾げているが、核のカラスのことです。

 今、命名しました。


「カー」

「あれ、カー子! いつの間にそこに?」

「カー」


 いつの間にか姿を消していたカー子が、気づけば私の頭上にいた。

 ……あなた、核だからフンとかしないよね?


「返せとはいわん」

「え」


 カー子の便意を気にしていたら、魔王パパが周りを見ながら近づいて来た。


「……余計なことはするなよ」


 ママがそう呟きながら、私を背中に隠してくれた。

 守ってくれるなんて……ママ、大好き!


 私が呑気に喜んでいる間に、魔王は私達の前まで来て立ち止まった。

 ママが緊張しているのが分かる。

 でも、私はあまり危機感がない。

 のんびりしているお馬鹿さんだから、というわけではない。

『ここでは私がなんとかできる』という謎の無敵感が湧いていて、心に余裕があるのだ。


「奇天烈なダンジョンだな」

「奇天烈……」


 大百科――と言いそうになったが、意味が分からないだろうから黙っておいた。

 それにしても……何だか馬鹿にされた気もするが、ポジティブに「個性的ですね」と褒められと思っておこう。


「それは何だ?」


 魔王がクレーンゲームを見て顔を顰めている。


「ぬいぐるみを取るゲームです」

「ぬいぐるみ? 妙な気配がするが……。人間を人形化したものか」

「発想が怖すぎる!」


 なんて魔王的な思考回路!


「ただの可愛いぬいぐるみです。ほら!」


 ママのぬいぐるみをバーン! と見せると、魔王はぬいぐるみとママを交互に見た。


「…………」


 ママがものすごーく複雑そうな顔をしている。

「気を抜けない状況にふざけたことをするな」という意思だけは、ママの強い視線から感じ取った。すみません。


「魔物はどこにいる?」


 魔王は不思議そうに周囲を探っている様子だ。

 あー……普通のダンジョンなら、魔物がいるのは当たり前だものね。


「ここにはいません。私のダンジョンは、楽しいところなので!」

「……楽しい? 何を言っている……そんな腑抜けたダンジョンがあるか」

「あるんです! ここに!」


 両手を広げて「えっへん」と胸を張ったが、魔王達は渋い顔をしている。

 何? 気に入らないの?

 そんな顔をされていると、私の素敵なダンジョンを否定されたようで腹が立ってきた。


「楽しく遊べない人は出て行って欲しいのですが!」


 強気に出ると、ママ少し狼狽えた。


「お、おい……」

「出て行け? 誰に指図している」


 魔王の眼光が鋭くなり、私達を威圧するオーラが放たれた。

 妖精達は怯え、ママも緊張している様子だが……私は割と平気だ。

「わ~こわいこわい~」と煽れるぐらい余裕だが、あとでママに怒られるのは怖いので黙っておく。

 そして、私以外にももう一人、平気な人がいた。


「マスター。こちらの二人、出禁にしますか?」


 宝生さんは、今までとまったく変わらない佇まいで私を見ていた。

 あまりにも変わらないので、私が動揺してきた……。


「そ、そうね」

「承知しました。では、お引き取りください。【出禁】」


 宝生さんがパチンと指を鳴らすと、魔王達の姿は消えていた。


「わーお!」

「ここから離れた、適当なところに飛ばしておきました」

「素晴らしい!」

「恐縮です」


 宝生さんに拍手を送っていると、ママが防戦とした。


「……魔王を追い出した?」

「うん。宝生さんがやってくれたよ。……っていうか、ママ、大丈夫? 顔色悪いよ!?」

「そりゃあ、里が消えるかもしれないとなれば、生きた心地がしないだろ」


 ママが疲れた表情で、前髪をかき上げた。

 まあ、せくしー! ……なんて言うと、また怒られそうなのでこれも黙っておく。


「里が消えるだなんて、そんな大層な……」

「お前な、相手は魔王だぞ? 機嫌を損ねたら、里の一つや二つは消える」

「でも、追い出せたよ」

「…………」


 私の言葉を聞いて、ママは黙ってしまった。

 言いたいことはたくさんあるが、こいつには何を言っても無駄だろう、という顔をしている。

 そんなことないよ、と言いたいところだが、今はまだ遊びたい。

 ママの説教が始まらないうちに、遊びを再開することにした。


「さあ、みんな! 静かになったから遊ぼう! 次はお菓子のクレーンゲームを設置しちゃうぞ~!」

「わ~い!」


 わくわくしている妖精達の表情を見ると嬉しい。

 私の大好きなチョコバーが三十本入ったやつを出しちゃおう~!




 ※




 魔王と側近の男は、妖精の里にいたはずなのに、一瞬で長閑な牧場の中にいた。

 突然現れた黒衣の二人に、牛達はびっくりして騒ぎ始めた。

「モー!」という鳴き声が響く中、側近の男は驚愕の声を上げた。


「ここは……? わ、我々が追い出された……!?」


 高位魔族である自分だけではなく、魔族の頂点である魔王を『強制的に移動させる』などということが、本当に起こったのだろうか。

 そんなことができる者が存在しているとは……。


「あの女」は人間でも魔族でもない、不思議な存在だった。

 ただ、あの選別落ち元王女に仕えている者だということは分かった。

 魔王に仕える自分よりも優秀なものが、選別落ちした王女に仕えているなんて……。


 あの魔物がいないダンジョンも異様だった。

 魔物がいない楽しいところなどと言っていたが、あれほどのダンジョンを創造するためには、どれ程の魔力が必要だったが……。

 そんな能力が、あの選別落ちに?

 いや、ダンジョンを創造した唯一の者になったことで、あの者は……。


「ま、魔王様……」

「ははっ! おもしろい。さすが俺と同じ『強欲』だ」


 魔王は騒ぐ牛達や側近には構わず、楽しそうな笑い声を上げていた。


「次の魔王は誰になるか。これからが楽しみだ」

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選別落ち野良魔王女のダンジョン『ゲームセンター』はリベンジを支援します! 花果唯 @ohana

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