15、来訪者

「うん?」


 ゲットしたママのぬいぐるみを抱いていると、体に異変があった。

 見た目には変化なし。体調が悪くなったわけでもないが、何かが確かに変わった。


「ん~? なんだろう…………あ!」


 感覚では分からなかったので、ステータスを確認してみると分かった。

 私のMPが999から1142に増えていた。

 1142……良い死に……。

 語呂合わせがいちいち不吉だ。


 よく見ると、画面の通知に「魔力限界値突破を獲得しました」とあった。

 今まで私のMPは三桁――999が限界で、それ以上は伸びなかったけれど、これからはもっと増えるのだろうか。

 限界が四桁になったとしたら9999!

 ゲーセンの中に、一気にたくさんゲーム機を設置できる! やったー!

 景品もゲットできた上、付与ガチャの引きも良くて最高だ。


「ねえ! 次はママ、やってみて!」

「…………」

「わあ、嫌そう~」


 こんなに楽しいものを前にしているのに、ママは美しい顔を思いきり顰めている。


「楽しいよ? 簡単だよ? どうしてそんなに嫌が…………はっ! ママはもしかして……不器用?」


 妖精たちや娘の前で恥をかきたくないからやりたくないのでは!?


「おうさま、そうなの?」

「…………ふっ、こんなもの」


 妖精たちのしょんぼりした空気に負けたのか、ママは私から二百円を奪うと、クレーンゲームを始めた。


「ママ? ちゃんと重心を見てね? アームをぬいぐるみの隙間にぶっさして取る方法もあるけれど、これは確率機じゃないからちゃんと掴めば取れるよ。ちょっと頭が重いから……」

「うるさい! 黙って見ていろ!」


 ママが真剣な目で景品を睨んでいる。

「この人、妖精王なのよね……?」と、ふと俯瞰して見てしまい、妖精一族は大丈夫なのかと一瞬心配になってしまったけれど、大人しく見守る。


「ここだ!」


 ママがボタンをタンッ! と叩くと、アームが下にさがった。

 そして、薔薇妖精のぬいぐるみを掴むと、それを持ち上げた。


「よし」

「きゃっ」


 満足そうにうなずいたママの隣では、薔薇妖精の子が顔を真っ赤にしていた。

 ママが彼女の姿のぬいぐるみを取ろうとしたことに照れたようだ。

 可愛い! と和んでいたその瞬間——。


「あ!」


 アームからポロリとぬいぐるみが落ちてしまった。

 掴んだ位置が悪かったのか、バランスを崩したようだ。


「あー……」


 私も妖精たちも、「残念だ」と声を漏らした。

 でも、この取れなかった悔しさも、クレーンゲームの醍醐味だ。

 そうママに伝えようと思ったのだが……。


「つまらん」


 ママが拗ねた!

 ぷいっと顔を背けると、もうやらん! という意思表示なのか後ろに下がってしまった。

「えー! まだまだ一緒に遊んでよ!」

「あたしがやるわ!」


 そう名乗り出たのは妖精の赤い子だ。

 浮いたままスーッと私の元へ来て、こっそり呟いた。


「あたし、おうさまのぬいぐるみがほしいの」

「!」


 バラの子はママ推し! 娘として鼻が高い。

 早速宝生さんに頼み、ママのぬいぐるみを補充して貰う。


「どうぞ、がんばってね!」


 二百円を入れ、念のためもう一度操作説明をする。

 赤の子は「分かった!」と言うと、小さな手でボタンを押した。

 私と残りの妖精達が、固唾を飲んで見守る。

 ……よし、いいところを掴んだ!

 ママのぬいぐるみを掴んだアームが上がり、上がった瞬間の衝撃で落ちることもなく取り出し口へ……! 上手い!


 ――パフパフパフー!


 宝生さんのラッパが初ゲットを祝福する。


「わああああっ! おめでとう!」


 私は腕がちぎれんばかり拍手をすると、妖精達も歓声をあげて拍手した。


「はあぁ、おうさまだわぁ」


 赤の子にぬいぐるみを渡すと、自分と同じくらいの大きさのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめた。

 これがてぇてぇというやつか……可愛い……。


「あら?」

「うん?」


 赤の子が不思議そうな声を出したので、そちらを見る。

 すると、女の子の体が光を放っていた。

 ええええ、どうしたの!?


「ママー! この子、めっちゃ光ってる~!」

「これは……!」


 私に呼ばれたママは、薔薇妖精を見て目を見開いている。

 何が起きたの!?

 あたふたしながら見守っていると、光に包まれている女の子の体が段々大きくなってきた。

 手足も長くなり、急速に体が成長しているような……。


「わあ~しんかだ~!」

「しんか……進化!?」


 妖精達の言葉を聞いて驚く。

 小さい妖精から、ママのような人と同じサイズに成長するってこと!?


「本当に進化したようだな……」


 ママの呟きを聞いて薔薇妖精の子を見ると、光は収まっていて、朱色の髪の美少女が立っていた。


「あたし、姿が変わったの……?」


 美少女が自分の姿を確認しながら頬を赤く染めている。可愛い……!

 薔薇のように華やかなショート丈のドレスを着ていて、今の年齢は高校生くらいに見える。


「……っていうか、身長抜かれた!!!!」

「そんなことはどうでもいい! 何が起こったのか説明しろ! 絶対お前の仕業だろう!」


 どうでもいいだなんて! 未だに幼女の私にとって、発育問題はデリケートな問題なのに! 

 ……もう、拗ねた。


「何もしてないもん。たまたま妖精さんの成長期だったんじゃないのぉ?」

「妖精が進化するのは稀だ。余程魔力がないと……。この子は進化できるほど力はなかった。だから、お前が何かやったに違いない!」

「決めつけで怒る育児は駄目だと思います!」

「…………」


 そう反論すると、レーザービームのような視線を向けられた。


「ひえ……」


 私の体に穴が開きそうです。

 ちゃんと答えないと、ママの怒りが爆発しそうだから真面目に考えよう。

 景品をゲットしたら、私の魔力もアップしたから、同じような効果が出たのだろう。


「ぬいぐるみをゲットすると、良い効果を得られるように設定したの。ランダムにしたから具体的にどういう効果だったのかは分からないけど……。魔力アップとかだったんじゃないかな……?」

「お前……」


 ちゃんと答えたのに、ママの表情が更に凶悪になっていく――。


「これするとしんかできるの!?」

「ぼくもやりたい!」


 王様が激おこだというのに、妖精たちはきゃっきゃとはしゃいでいる。

 和むからありがたいけど……。


「じゃあ、あなた達もする?」

「駄目だ!!!!」


 妖精達が笑顔を見せたが、すぐにママがストップをかけた。

 大きな声に全員の肩がビクリと跳ねる。


「実力に合わない進化なんてするもんじゃない。何が起こるか分からないようなもの、許可することはできない!」


 ママにはっきりと叱られ、私と妖精たちはしゅんとしてしまった。

 確かに、ママの言うことが正しい……。


「じゃあ、何も起こらない設定ならこれからもやってもいい?」

「本当に何も起こらないんだろうな?」

「うん……」


 せっかくゲームセンターをできるようになったのに、禁止されてしまうと生きていけない。

 大人しくママの言うことを聞こう。

 でも、自分の魔力は上げたいから、自分専用のものをこっそり設置しよう……。


 そんなことを考えていると、自動ドアが開いた音がした。


「お客様のようですね。いらっしゃいませ」


 宝生さんが出入り口の方へ向かって挨拶をする。

 他妖精さんも入って来たのかな、と思ったら……背の高い男が二人いた。


「これは驚いた。魔王様、異様な建物ではありますが、本当にダンジョンのようですね」

「…………」


 ドラキュラっぽいオールバックの男と、あの素晴らしい雄っぱいは……魔王パパ!

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