10、ダンジョンコア

 十年経って、みんな姿が成長している。


 赤い髪に鱗がある肌の少年は『憤怒』の子かな。

 小柄だが一番迫力があるというか、喧嘩っ早そうで攻撃的な印象だ。

 頭に立派な角が生えているけれど、生まれたばかりのときはあったかな?


 黒髪の青年は……あ、蛇で遊んでいた子で『嫉妬』だ。

 鋭い目つきが獲物を狙う蛇を彷彿させる。

 スマートなのでかっこいいと言うより綺麗だが、あまり関わってはいけないタイプだと感じるのは何故だろう。


 紫の髪のグラマラスな女性は、私が憧れていた『色欲』。

 思っていた通りの成長を遂げており、色気たっぷりの美女だ。


 あとは体が大きなあの人は、怠惰……じゃない!

 あの子は、指を吸っていた幼女、『暴食』だ。

 あんなに可愛かったのに、横にだけ異常に成長して残念なことになっている。

 自分の足で立てないのか、浮いている馬のぬいぐるみに跨がっているが、ちょっとぬいぐるみが可哀想……。


 残った一人は逆に、背が凄く高いが痩せすぎている。

 そしてとても猫背だ。

 多分彼は『怠惰』だろう。


(あれ、五人? いないのは……一番魔王に似ていた『傲慢』男の子かな)


 十年前の記憶を掘り起こしながら、更に中の様子を伺う。

 すると、兄弟たちとは別に、倒れている人たちがいることに気がついた。

 体つきは人だが、頭部は動物の人たちだ。

 ファンタジーな世界ではおなじみの『獣人』だろう。


 その内の一人が、私が大好きな動物のホワイトタイガー!

 とても綺麗でかっこいいけど……。


(怪我をしている! どう見ても重症……!)


 純白の毛並みを濡らす赤い血が痛々しい。

 倒れている人たちはみんな重症だ。

 私の兄弟たちは、そんな状態の人たちをまったく気にせず、のんびりした様子でコアを見ている。

 どういうこと!?

 あなたたち、そんなひどい奴になっちゃったの!?


 戸惑う私の耳に、兄弟たちの会話が聞こえてきた。


「やはりり時間の無駄だった」

「だれだよ、無魔力の奴を生け贄にしたらコアが反応して取れるかも、って言った奴」

「魔力がある奴で試した時にも駄目だったのだから、こんなの上手くいくわけがないでしょう? 時間の無駄よ」

「……だったら来るなよ」

「万が一、抜け駆けされたら嫌だもの」

「ねえ、お腹空いた。もう帰ってもいい? 帰るね」


 え? ええ……?

 会話の内容をすべて把握することはできないが、コアを取得するために兄弟たちが、獣人たちに危害を加えたということは分かった。

 ひどい! 生まれたばかりのころは、あんなに可愛かったのに!

 ……まあ、私のことは見捨てたし、馬鹿にしていた子もいたけれど。

 それにしても鬼畜過ぎる!

 五人は倒れている獣人たちを放置したまま、この場を去る態勢に入った。


「ママ、あの獣人さん達大丈夫かな? 助けてあげたいよ! どうにかできない?」

「無魔力の者は、魔力はないが体は丈夫だ。妖精の里で治療すれば助かるはずだ」

「ママの空間移動でみんなを連れていくことができる?」

「ああ。問題ない。お前がコアを取ったらすぐに帰ろう」


 そうだね、早くコアを――。


「!」


 ど、どうしよう!

 兄弟たちが私とママがいる扉に向かって歩いてくる!


「ママ! バレちゃわない!?」

「静かに!」


 ママに口を押さえられたまま、壁際に連れて行かれる。

 姿隠しで見えなくなっているはずだが、見破られないだろうか。

 ああああ、バレたらどうしよう!!

 私とママの緊張が最高潮になった、その時――。


「またくだらないことをしているな」


 聞こえて来たのは、聞き覚えのある声。

 そして、一言話すだけで張り詰める、この空気にも覚えがある。


「父上!」


 兄弟の誰かが叫んだ。

 そして、彼らの足も止まった。


 兄弟たちが「父上」と呼ぶのは一人、魔王しかいない。

 まさかの魔王の登場に、私とママは思わず目を合わせた。


「ママ、どうしよう!」

「……魔王の目は誤魔化せないだろう。いや、もう俺達の存在に気がついているはずだ」

「!」


 それって大ピンチなのでは!?


「落ち着け」


 パニックを起こす私の頬を摘まみ、ママが言った。


「よく聞け。こうなったら強行するしかない。俺がお前をコアの前に空間移動させるから、お前はすぐにコアを取れ。あとは俺が倒れている者と、お前を再び空間移動で連れ帰る。分かったか?」

「えっと……私はコアを取ったらいいだけなのね?」

「そうだ。お前なら大丈夫だろう?」

「……うん!」


 大丈夫、私はコアをゲットできる! 勇者にしか抜けない剣を抜くように、コアを手に入れてやる!


 ……と思っていたけれど、できなかったらどうしよう!?

 焦ってきたが、やるしかない!


 緊張するし、怖いけれど……それと同じくらいわくわくする!

 選別落ちした私が、魔王や兄弟たちの前でコアをかっ攫っていくなんて気持ちがいい!

 俄然やる気が湧いてきた!


「準備はいいか? できるだけ時間をかけるな。空間移動を妨害されて帰れなくなるかもしれないからな」

「了解しました!」

「……行くぞ!」


 ママの掛け声と同時に景色が変わった。


「誰だ!」

「どこかで見たような奴だな」

「あら……? あなた、選別落ちじゃない。死んでなかったのね」

「不味そう」

「……いいな。落ちこぼれは楽で」


 聞こえてくる声は無視する!


 目の前には光る卵――ダンジョンコアだ。

 これを持って帰ればいいだけ!

 そう自分に言い聞かせ、卵に手を伸ばした。

 すると――。


 ミシッ


「!」


 私の手が触れた瞬間、卵にヒビが入り……割れた!


「ぎゃああああ! コア壊れたああああっ!」


「なっ!」

「そんな馬鹿な!」

「コアが……!」


 兄弟たちが騒いでいるが、私の方がパニックだ。


 ど、どどどうしよう!!!

 壊しちゃったああああっ!!! 

 もうダンジョンが! 造れない!?


「ふぇ…………ん?」


 思わず泣き崩れそうになったが、卵から何か生まれたことに気がついた。

 それは黒い鳥――カラスだった。

 普通のカラスよりはかなり小さいインコサイズだが、姿は間違いなくカラスだ。

 卵から出たカラスは羽根を広げ、飛び立とうとしているように見えた。


(絶対に逃がしちゃいけない!)


 コアから何故カラスが出てきた? という疑問はあったけれど、直感でそう思った私は手を伸ばし、カラスを鷲掴みにした。

 捕まえた! 乱暴でごめん!


「!」


 ピロン、という音と同時に開いたスキル画面。

 そこに表示された一文を見て、目を見開く。


【ユニークダンジョン・ゲームセンター創造】発動条件を満たしました。


「!!!!」


 やっ…………ったああああああああ!!!!

 卵の殻が割れ、コアが壊れたのかと絶望したけれど、このカラスこそがコアだったようだ。

 歓喜した瞬間、兄弟の誰かの叫び声が響いた。


「奪え!!!!」


 驚いて周囲を見ると、兄弟たちが私に飛びかかってきていた。

 その後ろには、静かに真っ直ぐに私を見る魔王と、魔王によく似た青年が凜と立っていた。

 あなたたちは傍観するのね?

 つい二人に目がいってしまったけれど……。


 私、今にも兄弟にボコボコにされそうです! 助けてママ!


「あ!」


 視界の端で、倒れていた獣人たちの姿が消えた。


(ママが獣人たちを連れていったんだ! さすがママ!)


 それと同時に、私も空間移動する体勢に入ったのだと感じた。


 視界が切り替わる直前、無表情な魔王と目が合った。

 また見てる! …………もう、なんなの~!!


 何もリアクションせずに消えようと思ったけれど……ニヤリと笑ってやった!


「!」


 驚いたのか、魔王の瞳が僅かに揺れた。


 あなたに見捨てられたけど、私は生きてるぞ!

 コアもゲットしたぞ!

 帰ったらすぐにゲームセンターを創ってやるのだー!

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