第34話 Silver falls

 地下四階に降りた銀次達の視界に飛び込んで来たものは、血溜まりに横たわる鉄平の姿だった。


「鉄平!」


 四人が鉄平に駆け寄っていく。動かない鉄平の傍に腰を下ろし、何度も名前を呼びながらその容体を確かめる。


 一方、銀次達より遅れて降りてきた第Ⅵ班の隊員達は手足の無いヴァンパイアとヨハネスの遺体を取り囲んだ。すでに息絶えているのは見て取れる、それでも銃を構えているのはヴァンパイアの並外れた生命力を知っているからだ。


 ルナは流れ込んで来た隊員達を避けて鉄平のもとへと向かう。しかし、ルナの思いとは裏腹に、足が思うように動かない。負った傷が完治しないままAOVの効果が薄れ、身体中が痛み出していた。

 その視線の先で鉄平を取り囲む銀次とハジメが目を閉じて俯いている。


「……嘘」


 ルナは覚束無い足取りで鉄平に近づいていく。


「嘘……だよね?」


 その問いかけに誰も答えない。コウタは横たわる鉄平から視線を逸らし、銀次の肩は小刻みに震えている。


 その光景は鉄平が死んだという事を物語っていた。しかしルナにはその事実を受け入れられず、思考が止まり、視界が歪む。それでもゆっくりと、ただ鉄平のもとへと歩みを進めた。

 認められないはずなのに、その目からは涙が溢れ落ちる。


「鉄平」


 ルナがか細い声でそう呼んだその時だった。


 突然、大きく息を吸いながら鉄平が上体を起こしたのだ。

 さらなる非現実的な出来事に一同は唖然となった、ただ一人を除いては。


「あれ? 皆、いつ来たんだよ」


 言って鉄平はとぼけた表情で全員の顔を見回した。


「間に合って良かった」


 手にしたAOVシリンジ銃をルナに見せてそう言ったのはレイだ。


「あれ、確か俺、腹を刺されて」

「ダメ元で打ってみたの。心臓が止まっても少しの間なら脳はまだ生きてるから」

「もしかして俺死んでたの?」


 そう言って笑う鉄平にルナは倒れ込むように抱きついた。


「ばか」

「……知ってる」


 鉄平はそう言ってルナの頭に手を添える。


「だからいつも言ってるだろうが。無茶して死んだら笑い話にもならねぇんだよ」


 そう言って、銀次もまた二人の肩を抱いた。


 それから、レイの手によって血中成分を補う為の薬液が鉄平に投与された。これはココに降りてくる前に銀次にも投与していたもので、投与された薬液とAOVが反応して、体内の水分を血液に変える働きをするとレイは説明した。


 その後、地下五階に向かった一同が目にしたのは、いくつもの実験室だった。様々な器具に機器。そして大量の血の跡。この場所で巨体をしたヴァンパイアが生み出された事は容易に想像出来た。


 結局、地下五階にはシーヴェルトはおろか、ヴァンパイアの姿すらなかった。このビルはヨハネスに与えられた根城なのだ。初めからこの製薬会社にシーヴェルトはいなかった、それが銀次の出した結論だった。


 依然としてシーヴェルトの居場所は闇の中だ。戦いはまだ続く。


 それでもヨハネスを倒した事はSBにとって大きかった。フリーダに続き、長きに渡って仕えてきたヴァンパイアを倒したのだ。この作戦に参加した者達だけではない、ホームでサポートを担っていた全隊員がその戦果を噛み締めていた。


 それはルナ達も同じで、軽口を交わしながら地上に向かう。その間、ルナは鉄平の肩を借りて歩いていた。満身創痍のルナとは違い、AOVと薬液の効果で鉄平の体調はかなり良い。普段イジられている鉄平にとって、今の状況は主導権を握っているように感じていた。


 一階まで戻ったルナが、ロビーから外へ出たところで鉄平に向けて悪態を吐く。


「もうちょっとゆっくり歩けよ」


 聞いた鉄平の顔がニヤける。

 それがまた、ルナを苛つかせた。


「……キモ」


 ルナのその言葉にも鉄平は動じない。


「ったく、俺がいないとな」


 その言葉を聞いて、ルナは静かにナイフを抜いた。

 自分の首に向けられたルナの視線が怖くて、鉄平は血の気が引くのを感じた。


「いや。嘘です。なんか調子に乗ってすいません」


 その様子を眺めていた銀次が溜め息をつく。注意しようかと考えたが、ある事を思い出して口にする言葉を変えた。


「あぁ、そう言えばさっき電話が」


 言いかけて銀次はある事に気付いた。ルナの胸に赤い円光があたっているのだ。


 その意味を理解した瞬間、銀次はルナに手を伸ばす。同時に時間の流れがひどく遅くなったように感じた。記憶が時系列を無視して目まぐるしく変わっていく。

 銀次の歩んで来た人生は後悔の連続だった。何人もの隊員達の亡骸を見てきた。けれど、この瞬間、銀次は何も後悔していない。第Ⅶ班の皆と出会い、導いてきた事は銀次の誇りだ。特にルナの事は娘のように感じていた。

だから、ルナを突き飛ばした銀次は笑みを浮かべていた。


 ――――バカ娘……だったなぁ。


 ルナの胸に当たっていた赤い円光はレーザーポインターの光。つまり、何処からか照準を向けられているという事だ。


 それは狙撃だった。


 放たれた銃弾が銀次の頭を貫く。頭と額から大量の血が吹き出して、そのまま地面に突っ伏した。


 押されたルナは肩を借りていた鉄平と一緒に後ろに倒れて尻餅をつく。そして、顔を上げて見た光景に、何が起こったのか理解出来ない。


「銀次さん!」


 ハジメは急いでAOVを銀次に打った。しかし、銀次の傷は再生しない。脳が破壊されてしまえばAOVは意味を成さないのだ。


「スナイパーよ! 隠れて!」


 誰が言ったか、その場にいた全員が慌ただしく動く。


「銀次さん! 銀次さん!」


 ルナは銀次の身体を揺すり、呼びかけるも反応はない。

 レイもまたしゃがみ込んで銀次に呼びかけた。

 銀次の耳に取り付けたインカムからも、銀次を呼ぶサラの声が漏れている。


 ハジメ、鉄平、コウタはそんなルナ達を庇うように立つ。しかし、何処から狙撃してきたのか三人には見当がつかない。


 それもそのはずで、狙撃手は五百メートルほど離れたビルの屋上に立っていた。風にその金髪をたなびかせて、もう一度ルナを狙う為にスコープを覗いている。だが引き金を引く前に、左肩に痛みを感じた。金髪の男が左肩に視線を送ると、血が吹き出している。だがすぐに出血は止まり、傷口が塞がっていく。


 ノエルの放った銃弾が狙撃手の左肩を撃ち抜いたのだ。ノエルだけは狙撃手の居場所に見当がついていた。銀次が撃たれた光景から、角度を割り出し、その直線上にあるビルに目星をつけた。そして肩に掛けていたマークスマンライフルで狙撃したのだ。

 射程距離内とはいえ、装備しているのは低倍率スコープだ。さらには着弾点の補正、ゼロインもしていない。それでも発見から狙撃までを可能にしたのは戦場にいた経験と類稀なる才能である。


 しかし、普段は感情を露わにしないノエルも息が荒く、怒りをむき出しにしながら撃った為に狙いがズレてしまった。

 呼吸や心臓の鼓動すら狙撃には邪魔なものだ。ノエルは必死で呼吸を整えようとするも、思うようにはいかない。


 それでも当ててきた事に金髪の男は一人呟く。


「えぇ……この距離をその低倍率のスコープで当ててくるんだぁ」


 どこか他人事のように驚きを口にしていると、ノエルの追撃に持っていたスナイパーライフルのスコープが吹き飛んだ。


「これじゃあもう撃てないや。……まぁ、目的の一つは出来たからいっか」


 金髪の男はそう言うと、スナイパーライフルを捨ててビルの屋上から姿を消した。


 スコープの中の小さな標的が消えると、ノエルはルナが抱き寄せる銀次の前で膝をついた。


「……銀、次さん」


 ノエルの目から大粒の涙がこぼれ落ちる。


 皆の泣き声が響く中、銀次はこの世を去った。



 第二章 完

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白銀のスカーレット Revision ver. 黒乃 緋色 @hiirosimotsuki

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