第31話 地下へ ②

 レイやコウタが奮闘する一方、地下三階へ降りたルナ達を待っていたのはかなりの数のヴァンパイアだった。


 地下三階はワンフロアになっていて端の方には所々にダンボールが積み上げられている。総面積でいえば地下二階と変わらない。

 しかし部屋がない分視界が開けていて、四人にはかなりの広さに見えた。そして約一メートル四方の柱が等間隔で並んでいる為、その陰にヴァンパイアが潜んでいる事も想定しなければならない。

 ただ、逆に言えばそれらを遮蔽物として使えば相手の攻撃を防ぐ事も出来る。


 そして待ち構えていたヴァンパイア達によって遮られてはいるが、一番奥には階下へと続く階段がある。


 ヴァンパイアの大半は理性を持たないコピーだ。だが、武器を持ったヴァンパイアが何体か群れの中に混じっている。

 いくら数が多いと言っても戦闘に慣れた第Ⅶ班、コピーに対してそれほど手を焼く事はない。しかし、武器を所持した理性持ちとなると戦い難さは格段に上がる。


 銀次は短刀とハンドガンを。

 ハジメはコンパクトサブマシンガン、そしてノエルはマークスマンライフルを手に、柱を利用しながら戦う。


 一方のルナと鉄平は眼前に迫るコピーを撃破しつつ、出来るだけヴァンパイアに気づかれないように銀次達とは反対側を進んでいった。前後から挟み撃ちにする為である。


 二手に分かれた銀次達が銃声を轟かせてコピーを惹きつけた事でルナ達の前方は手薄になっていた。ヴァンパイアが銀次達に気を取られているうちに、ルナは鉄平に合図してさらに奥へと進む。


 その間、銀次は出来るだけ少数しか視界に入らないように戦っていた。ハジメとノエルも立ち回りは同じだ。


「くそ、コピーを盾に撃ってきやがる。ノエル! 理性持ちオリジナルを狙えるか?」

「見えないから……無理」


 銀次達が放った銃弾とは別にコピーの背中や頭から血飛沫があがり、その場に崩れ落ちるコピーもいる。奥にいるであろう理性持ちもまた柱に身を隠しながら銀次達を狙っているのだ。


「どうします? もう少し前に出ますか?」

「お前達はそこから動くな。俺が少し出る」


 ハジメの問いにそう答えると銀次は柱から飛び出した。その姿を見たコピー達が銀次に群がろうとするが、ハンドガンで頭を撃ちながら間合いに入ったヴァンパイアを短刀で斬り伏せていく。

 ハジメは銀次に近づこうとするコピーを撃ち、銀次の背後から迫るヴァンパイアの頭をノエルの銃弾が貫いた。


 順調にヴァンパイアの数を減らしていた、はずだった。


 銀次の後方で呻く声がした。

 それは被弾したのはハジメの声だ。右肩を撃たれサブマシンガンを落としてしまう。


「せっかく生えた手を狙うなよ」


 ハジメは自嘲じみた笑みを浮かべて小さく呟くと落としたサブマシンガンを左手で拾い上げた。そしてすぐさま柱に身を隠す。再び柱から姿を現した理性持ちに追撃されそうになったが、いち早く察知したノエルが援護射撃した事でハジメにそれ以上の被弾はなかった。


「大丈夫かぁ!」


 叫ぶ銀次にハジメは掌を広げて大丈夫だと笑みを浮かべた。ただ、その笑顔は苦痛に歪んでいて銀次の頭に血がのぼる。


「こんのクソガキがぁ!」

「銀次さん……ダメ」


 銀次は柱から飛び出るとハジメを撃ったヴァンパイアに二発の銃弾を放つ。しかし、柱を穿っただけだ。

「もう」と鼻息を荒くしたノエルが飛び出し、柱に隠れたヴァンパイアを横から攻撃しようとしたが別のヴァンパイアに足を撃たれてしまう。


 ノエルはその場にしゃがみ込んでしまった。


 その機を逃すまいと姿を現した二体のヴァンパイア。二体とも右手には銃を握り締めていて、その銃口がノエルに向けられる。


 銀次とハジメがノエルの名前を叫んだ。それとほぼ同時に響く発砲音。


 発射された銃弾が貫いたのはノエルではなく、銃を構えていたヴァンパイアの頭だった。

 それは後ろへと回り込んだルナと鉄平が放った銃弾だ。崩れ落ちたヴァンパイアを確認して鉄平が叫ぶ。


「大丈夫かノエル!」


 頷くノエルに、ルナも胸を撫で下ろしたような気分だった。


 直後、柱の陰からハジメを撃ったヴァンパイアが姿を現した。狙いは銀次だ。


「お前だけでも殺してやる!」


 そう言いながら飛びかかってきたヴァンパイアの腹に銀次は身を屈めながら短刀を突き刺した。


「ふざけんじゃねぇよ。俺の部下を傷つけやがって」


 ヴァンパイアの動きが止まった一瞬、銀次は突き刺していた短刀を抜いてその首を刎ねた。


「ハジメ! ノエル!」


 銀次が駆け寄ろうとしたその時、ルナの叫び声が柱ばかりの空間に響く。


「銀次さん!」


 振り返った銀次の目に飛び込んできたのは黒いマントを羽織ったヴァンパイアだった。両手に二本の刀を携えたそのヴァンパイアは、他の理性持ちと比べても纏う雰囲気が違う。


「お前……江藤を殺した野郎じゃねぇか」


 内定調査の時にも姿を確認したヴァンパイアだ。その時はこの突入の為に拳を握り締めて見送った。だが、その我慢もこの瞬間の為だ。


 銀次は前方で心配そうに見つめるルナと鉄平に手で先に行けと合図した。


 それでもルナは江藤を殺したヴァンパイアを撃とうと照準を向ける。しかし、引き金を引く前にヴァンパイアが銀次に向かって走り出してしまった。もしも照準を外してしまえば直線上にいる銀次に当たってしまうかもしれない。その思いからルナは引き金を引くことは出来なかった。


「頼む! コイツは俺が殺さなきゃ気が収まらねぇんだよ」


 言って銀次もまたヴァンパイアに向かって突進していく。そして刀と短刀が甲高い音を立てて激しくぶつかり合った。

 ヴァンパイアの二本の刀が交互に振られ、それを銀次が短刀でさばく。幾度かそれを繰り返した後、刀を交差させて振り下ろしたヴァンパイアの攻撃を銀次は短刀一本で受け止めた。すかさず左手のハンドガンを眼前の頭に向ける。しかし引き金を引く前にヴァンパイアは右に走って距離を取った。銀次も併走しながらそれを追う。


 固唾を呑んで見守っていたルナの腕が強い力で引かれた。腕を引いたのは鉄平で、ルナの目には階段へ向かう鉄平の背中が映る。


「銀次さんの強さは俺達が良く知ってるだろ」

「けど……」

「もたついてシーヴェルトに逃げられたら全部が無駄になる」

「分かってる」


「でも」そう言いかけてルナは気付く。鉄平の逆の手が震えるほど硬く握り締められている事に。ルナは唇を噛みながら階下に向かって走り出した。


 銀次は併走しながらハンドガンの引き金を引く。何発か発射した後、スライドが下がったまま戻らなくなってしまった。銃弾が切れたのだ。


 それを見たヴァンパイアは方向転換し銀次に向かっていく。


 舌打ちをしながら銀次は片手でマガジンを外し、新しいマガジンをコートの内側から取り出そうとする。しかし、そうしている間にも距離が縮まってくる。結局、間に合わないと判断した銀次はリロードを諦めて短刀で迎え打つ事にした。


 銀次の短刀に対して相手は打刀の二刀流、刃渡りの差は歴然だ。間合いでは理性持ちに分がある。


 ヴァンパイアが間合いに入るや否や二本の刀で突きを繰り出した。右の刀は右に刃を、左の刀は左に刃を向けて、銀次がどちらに避けても次の一手が打てる突きだ。


 それを瞬時に見抜いた銀次は突きを掻い潜る。普通、自身に向かってくる刀の切っ先に突っ込んで掻い潜るなど簡単に出来る事ではない。成功すれば相手の懐に入れる、分かっていても死の恐怖心から出来ないのだ。しかし、銀次はそれをやってのけた。懐に入った銀次は相手の右太ももを斬りつけて左に抜けていく。


 そのまま背後に周り、首を飛ばそうと短刀を振るう。


 だが、予想外の事が起こって銀次は目を丸くした。ヴァンパイアの背中から二本の刀が飛び出してきたのだ。


「マジか、よっ!」


 ヴァンパイアは銀次が振り抜いた短刀を避けつつ、自分の腹に刀を刺して後ろにいる銀次の腹部を突き刺した。


 ヴァンパイアが刀を抜く。背中と腹から紅い血液が溢れ出たが、それは銀次も同じだ。違うのはヴァンパイアは再生出来るという事。

 膝から崩れ落ちた銀次の表情が苦痛に歪む。

 その銀次を斬ろうとヴァンパイアは振り返って刀を振り上げる。

 しかし、振り下ろした右の刀はハジメの銃弾によって弾き飛ばされた。


 ヴァンパイアはすぐに距離を取ると共に刀を拾いに行く。

 ハジメが追撃するが素早い動きを捉えられない。


 さらに照準をズラす為に、空中で体を捻りながら刀が落ちた場所へと向かう。

 しかし、ノエルはその瞬間を見逃さなかった。刀を拾う為に止まった足を撃ち抜いたのだ。

 ヴァンパイアは一度膝をついた。しかし、すぐさま柱の陰へと移動する。再生するまでの時間を稼ぐ為だ。


「銀次さんAOVを!」


 その隙にハジメがAOVを打つように促したが銀次は打とうとはしない。すでにハジメとノエルはAOVを接種していて瞳が紅い。


「銀次さん!」


 ノエルが珍しく声を荒げた。


「すまん。あいつを倒したら打つから。ちょっと……待ってくれ」


 銀次の腹部からはかなりの出血。激痛に体が震える。それでも銀次はAOVを打とうとはしない。銀次を突き動かしているのは、意地だ。


「江藤はAOVなんて使っていなかった」


 柱からヴァンパイアが再び姿を現したのを見て、銀次は走り出した。


「おおぉぉぉ!」


 銀次の雄叫びが響く。

 援護しようにもハジメとノエルからは銀次が邪魔になって撃てない。


 援護しようと移動するが、すでに銀次は相手の間合いの中だ。ヴァンパイアが左の刀を下から振り上げる。


 寸前で止まった銀次だが下腹部の右側から左肩まで斬りつけられてしまう。銀次の体から鮮血が飛び散った。


 尚もヴァンパイアは攻撃の手を緩めない。振り上げた勢いを使って右に回転し右腕の刀を振り抜いた。

 狙いは銀次の首。理性持ちの渾身の一振り。


 しかし、斬ったはずの銀次の首は飛んでいない。ヴァンパイアは振り抜いた右手に視線を向けた。そこにあるはずの刀と右手が無く、千切れた手首から血が噴き出していた。


 銀次は相手の右手首に三発の銃弾を撃ち込んでいた。ハジメ達が助けてくれた時にリロードしておいたのだ。


 それでもヴァンパイアは残った左の刀で斬ろうとするが、すでに銀次の短刀がその左腕を切り落としていた。そして、すかさず両足を撃つ。


 ヴァンパイアが膝から崩れ落ちた。それでも奥歯を噛み締めて銀次を睨みつける。


 銀次は自分に向けられた怒りと憎悪に満ちた表情に銃口を突き付けた。


「くぐってきた修羅場の数が違うんだよ……クソガキが」


 銀次は引き金を引いた。ヴァンパイアの体が後ろに倒れてそのまま動かなくなる。銀次もまた、力を使い果たしてその場にへたり込んだ。 


 そんな銀次にハジメとノエルが駆け寄る。


「銀次さん! 大丈夫ですか?」

「……早くAOV」

「あーかなり時間食った。てこずったなぁ……あぁ」

「ちょっと早く打って下さいよ」


 中々、AOVを打たない銀次をハジメが急かす。


「分かったよ。俺、注射とか苦手なんだよなぁ」


 銀次はそう言うとAOVシリンジ銃を太ももに当てる。荒くなっている呼吸は斬られた傷からなのか、苦手な注射のせいなのか。何度かの決意を固めた後、銀次は目をつぶってシリンジ銃の引き金を引いた。


 そして、銀次の瞳が紅くなる。


 銀次の斬られた傷が塞がり始め、出血が止まった。


「変な感覚だな。体の中を何か通っていくような……。ノエル、ルナ達が行ってから何分ぐらい経った?」

「……だいたい十五分」


「急いで行こう」そう言おうとした時、地下二階からコウタとレイ、そして第Ⅵ班の隊員達が降りてきた。


 レイ達が聞いた足音は第Ⅵ班の隊員達の足音だった。そして合流し、地下二階を制圧してから降りてきたのだ。


「無事だったか」

「はい。ルナ達は?」

「先に行かせたんだ」


 銀次がそう言った時、スマホが鳴った。片手で『待て』と指示して銀次はスマホを耳に当てる。


「ハルカ、何か分かったのか?」


 その問いの答えを聞いて銀次は目を見開いた。


「ああ、そうか、ありがとう。また何か分かったら教えてくれ」


 通話を終えた銀次にレイが問いかける。


「どうしたんですか?」

「いや、何でもない。私用の電話だった」


 銀次は小さく首を横に振ってそう言うと、地下への階段がある方向に視線を向けた。


「待たせてすまない。ルナ達を追うぞ」

「その前に、出血が酷いです。これを打っておきましょう」


 レイはそう言って一本の注射器を取り出した。

 その細い針先に銀次は眉間を押さえる。


「またか」


 そして注射を終えた銀次達は、合流した隊員達と地下四階へと向かった。

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