第30話 地下へ ①

 銃撃は部屋の中に置かれたテーブルや台に身を隠したヴァンパイアによるものだった。

 ルナ達は被弾を避けるべく、重心を低くして視線を合わせる。いつヴァンパイアが詰め寄って来るか分からない状況。この状態のままいる訳にはいかない。


 レイがしゃがんだ状態から銃を上げて耳だけを頼りに引き金を引く。

 コウタも同じように顔を出さずに銃を撃った。


 それによってヴァンパイア達の銃撃が止まる。


「ここは私達が。先に行って下さい」


 レイがそう言うとコウタと目を合わせて頷く。二人はアサルトライフルに持ち替えて立ち上がると、両側の部屋に向かって弾幕を張った。


「気をつけろよ」


 銀次はそう言って奥へと進む。かがんだ状態で走る四人を銃弾とガラスの破片が襲った。それでも四人は足を止めず何とか両側に部屋が並んでいる通路部分を抜けた。

 そこから先は左に折れていて、銀次は一度止まってから覗き込んだ。通路の右側は部屋が並んでいる。ただ窓がない為、部屋の中から発砲される事はない。それよりも、銀次の目に止まったのは通路の先に置かれた金属製の棚だ。


 銃声と同時に顔を出していた銀次のすぐ傍に火花が散る。

 その棚の影に身を潜めていたヴァンパイアの銃撃だ。


 すぐに身を隠した銀次はベストから銀チャフを引き抜くと通路の先へと投げた。転がっていく銀チャフ。ちょうど爆発したタイミングで、銀次は銃を構えながら飛び出してヴァンパイアへと向かっていく。


 先程の銀チャフで金属製の棚に身を隠したヴァンパイアが再び撃とうと身を出した瞬間、銀次はヴァンパイアが手にしていた銃を撃ち飛ばした。勢いそのままに左手で短刀を抜いて、くるりと左に一回転しながら一閃。ヴァンパイアの首から血が溢れて、その先にあった頭が通路に転がった。

 そして短刀に付着した血を勢いよく振り落としそれを鞘へて戻す。


 顎で出した銀次の合図を受けて皆が先へと進んでいく。そこからいくつかの部屋を通り過ぎて地下三階に降りる階段の前に辿り着いた。


 途中、何体かヴァンパイアが出現したものの、ハジメやノエルが被弾を避けながら的確に頭を撃ち抜いていった。


 階下へと続く階段を前にして、後ろから聞える銃声にルナが振り返る。

 そんなルナの肩に銀次は手を置いた。レイやコウタは大丈夫か、そう言いかけたルナは銀次の目を見て口を噤んだ。

 銀次の瞳の中に宿っていたのは信頼。それが分かったから、ルナは小さく頷いた。

 四人は地下三階へ降りていく……銃声を背にして。


 *****


「これ……ヤバイんじゃないですか?」


 コウタは背中を合わせたレイにそう問いかけた。


 銀次達が走り抜けたあと、部屋の中から出て来たヴァンパイアを仕留めたところまでは良かった。予想外に潜んでいたヴァンパイアが多かった為、二人は左側の部屋に逃げ込む形になってしまった。

 部屋の中にいた二体のヴァンパイアは撃ち殺したが、反対側の部屋から出て来た三体のヴァンパイアに銃撃される。


 現在、身を屈めて被弾を避けている状況である。


「うん。接近戦に持ち込みたいんだけど」


 レイがそう言って顔を出そうとした途端、銃声と火花が散る。慌てて顔を引っ込めた後、ぼそりと呟いた。


「……できそうもないわね」


 どうしたものかと思考を巡らせていたレイは、コウタがAOVシリンジ銃を手にしている事に気づく。


「ちょっと……打つ気なの?」


 コウタはレイの問いかけに応えない。


 ――――僕はレイさんを守りたい。


 コウタはその一心からAOVを首筋に当てて引き金を引いた。全身の血管を何かが駆け巡るような感覚がコウタを襲う。そして、その瞳が紅く輝いた。


 すぐさまコウタは立ち上がり、視界に捕らえた一体のヴァンパイアの頭を撃ち抜いた。違うヴァンパイアの放った銃弾が左腕を貫通しても、コウタは怯まずに撃ち返した。それによってヴァンパイア達は近くの物陰に身を潜めた。

 飛び散った血液がレイの近くに落ちる。


「コウタ君!」


 レイの呼びかけにコウタは撃たれた左腕に目を向けた。痛みが引いていくのと同時に流れ出てくる血液が止まる。貫通していたはずの銃傷が塞がっていく。コウタの口端は何とも言えぬ高揚感に歪んでいった。


 コウタは強くなりたかった。毎日のトレーニングは欠かさず続けている。けれど第Ⅶ班の皆の強さには遠く及ばない。自分が秀でているのは反射速度と動体視力ぐらいだ。

 その感情を抑える事もせずにコウタは部屋を出る為に動き出した。あまりに不用心なその行動にコウタの名が部屋に響く。しかし、レイの声はコウタに届かなかった。


 二つある出入り口の一つからコウタは通路に出た。子犬のようだった瞳は紅い輝きを放ち、その可愛らしさを隠している。


 突然部屋から出て来たコウタにヴァンパイア達は驚き反応が遅れる。


「もう!」


 その瞬間をレイは見逃さなかった。もう一方の出入り口から通路に出ると二本の剣を抜いた。刃渡り六十センチ、両刃の双剣を振るう。艶のある黒髪を広げて体を回転させながら攻撃する様は流麗な舞のようで、一体のヴァンパイアは瞬きすらする間も無くその体がバラバラと通路の床に落ちた。


 コウタもまた、アサルトライフルの引き金を引いてもう一体のヴァンパイアに幾つもの銃弾を浴びせた。そして残ったヴァンパイアに銃口を向けた。


 瞬間。


 コウタの右太ももに一発、腹部に二発、さらに左腕に一発、さらに潜んでいたヴァンパイアが放った銃弾が襲う。


「うぅっ!」


 呻くコウタはその場にしゃがみ込んでしまった。

 慌ててレイは銃を撃つ。

 しかし、慌てた事とコウタに被弾しないように気にしすぎてレイの放った銃弾は当たらなかった。

 だが、危険を感じたヴァンパイアは通路の角に隠れてレイの視界から消える。


「コウタ君大丈夫?」

「だ、大丈夫です」


 先程と違って、コウタの傷は回復が遅くなってきている。一度に複数の深い傷を負った事で、体内に存在しているAOVを消費。結果、想定よりも短い時間でAOVの効果が切れかけていた。


 レイがこの状況をどうやって打破しようかと考えていた時、複数の足音が近づいてくるのが分かった。


「ちょっと……これ以上増えないでよ」

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