第12話 分かれ道 ①

 ルナ達が地下への階段を降りて行くと、灰色の空間が広がっていた。


「何……ココ」


 壁はコンクリートで作られていて天井には蛍光灯が据え付けられている。そこかしこに鉄鋼やセメント袋が積まれていて、フォークリフトや移動式の小型クレーンまである。まさに工事真っ只中といった状態だ。


「何で電気が点いてんだ?」


 鉄平は天井の蛍光灯を見上げながら言った。廃工場なのだから通常は電気なんて通っていないはずだが、いくつもの蛍光灯が白い光を放っている。


「元々は排水処理施設だったのかもしれんな」


 銀次がそう言うと階段を下りて左手の少し離れた場所を指差した。


「あの辺りだけ変色して劣化しているし、何か設備が設置されていた跡がある。それに今は塞がれているが天井には太い配管が上の階から出てるだろ? 地下の図面を記載しなかったのは都や国に排水量を虚偽申告していたのかもしれん」

「ふぅん……ねぇ、あのエレベーター使えたっぽいね」


 銀次が言った排水設備があったであろう場所のすぐ横に貨物用エレベーターの大きな扉がある。

 先程のFフロアから地下に下りる事が出来たのだろう。どういう訳か電気も通っている事から、故障していない限りルナが指さした貨物用エレベーターは動くはずだ。


「あのエレベーターで資材を下ろしていたんだな」

「銀次さん、ココって今、工事している最中なの?」

「どうだろうな。途中で放置したのかもしれん……何とも言えんなぁ」

「もし最中ならヴァンパイアが工事してるって事?」


 もしそうであるなら、SBにとってとてつもない脅威になる。ほとんどのヴァンパイアが理性を持っていないと教えられてきた。にも関わらず地下に文明を築こうとしているかもしれないのだ。本当は理性を持ったヴァンパイアの方が多いのかもしれないとさえルナは思った。


「それとも人が手伝っているか。いずれにしても行かなきゃ何も分からんな」


 そう言うと銀次はエレベーターとは反対の方向に歩き出した。その先には白と灰が混ざったコンクリート壁、そして中央には鉄製のドアがある。


「そうだね……考えてもしょうがないか」


 ルナも銀次の後について歩いて行く。

 鉄平はルナを追い越して銀次の横に並んだ、その茶色い瞳には小さな不安が滲んでいる。


「いまだに一体も出てきませんね」

「あぁ、逆に気味が悪い。何かあるのかもしれんな。注意して進むぞ」


 ドアの前で銀次が振り返ると、ルナと鉄平は銃を握る手に力を込める。

 顔を見合わせて頷くと銀次がドアを引いて開けた。


 ドアの向こうに浮かぶ紅い瞳、獲物を見つけた二体のヴァンパイアが唸り声をあげて襲い掛かってくる。


 ルナと鉄平はすかさず頭を撃ってその二体を仕留めた。

硝煙の匂いが漂う中、銀次は息絶えたヴァンパイアを跨ぎ、銃を構えたまま中を覗く。そこにヴァンパイアの姿はない。

 中は廊下のようで左に続いている、少し行くと廊下は右に折れていた。銀次がクリアリングしながら右に曲がって先へと進んで行く。


 曲がった先は突き当たりになっていてT字の形で二手に分かれている。どっちに行くかと銀次は迷った。


「銀次さんどうします? 二手に別れますか?」

「いや、戦力を分散させてフリーダと戦うのはリスクが高い。とりあえず右に行ってみよう」


 出来るだけ足音を立てずに右に曲がると、十メートル程先でまた左へと曲がる。その突き当りで鉄製の扉が待ちかまえていた。銀次がゆっくりと扉を押すと金属同士が擦れるような音が響く。そして扉の先にあった光景にルナ達は驚いた。


 まるで監獄のように、両側に鉄格子が並んでいて、中には人間の男達が収容されている。だが、鉄格子の中にいる男達はルナ達を見ても助けを乞う様子は無い。


「飼われてる……のか」

「助けて欲しい訳じゃなさそうですね」

「じゃあ望んでココにいるって事? 気持ち悪」


 ルナは軽蔑の眼差しを向けてそう言い放った。

 両側から向けられる視線の中を一同は奥に向かう。監獄の奥にはまた扉があって、開けようと銀次が手を伸ばしたその時、後ろで音がした。

 一同が振り返るとヴァンパイアが複数体走ってくる。ヨダレを垂らし両手を前に突き出して走る様子から血が欲しくて堪らない事は明らかだ。


 一同の最後尾にいたノエルが正確に頭を撃ち抜いていくが次から次へと走ってくる。

 その隙に銀次は扉を開けようとしたが鍵がかかっていて開かない。


「どいて!」


 言うが早いかルナは鍵の辺りに数発撃ち込んで扉を蹴破った。


「進め!」


 銀次の指示にルナと鉄平が先に進む。そして銀次が後に続き、コウタとノエルは後方から迫りくるヴァンパイアを撃ちながら後に続く。


 扉の先も同じような監獄が続いていてルナ達は走って奥に向かう。走りながら行く手を塞いでいる扉の鍵に銃弾を撃ち込み、近づくと同時に蹴破った。そして振り返って叫ぶ。


「早く!」


 後方から迫るヴァンパイアを撃ちながら移動しているノエルとコウタは少し遅れていた。通路が狭い事もあって銀次は援護射撃出来ない。出来るのは声を出す事だけだ。


「ノエル! コウタ! 早くここまで来い!」


 二人は交互に後方へ射撃しながら扉を抜ける。

 銀次がすかさず扉を閉めた。そして扉の下にナイフを差し込んで開かないようにした。


「時間稼ぎにしかならんな」


 銀次の言葉通り、いくらナイフを差し込んでいるとはいえ、鍵の壊れた扉にそこまでの耐久性は無い。この場に留まるのは得策ではない、ここにいる皆がそう考えていた。


「行こう!」


 ルナの言葉で走り出す。

 監獄を抜けた先はまた通路が続いていて前方にドアが見える。ちょうど中間辺りには左に続く通路もある。


 ルナと鉄平が先頭を走っていると、前方のドアが大きな音を立てて通路に倒れた。それと同時に獣の様な声をあげてヴァンパイアがなだれ込んでくる。


「クソ! 鬱陶しい!」


 鉄平とルナが撃ちながら進むが数が多い。

 仲間意識などないヴァンパイア達は、倒れたヴァンパイアを踏みつけながらどんどん迫ってくる。


「その先を曲がれ!」


 銀次の指示を背中に受けて、ルナと鉄平は迫りくるヴァンパイアを撃ちながら左に続く通路を目指して走る。


 目指す地点までもう少し。

 だがヴァンパイア達も眼前まで近づいてきている。


「曲がるよ!」


 言いながらルナと鉄平は左に曲がる。

 すぐさま銀次とコウタが銃を撃ちながら左に曲がろうとするも、割り込むようにヴァンパイア達が進路を塞いだ。

 一体のヴァンパイアに掴みかかられて、銀次の足が止まる。

 すぐにコウタが頭を撃ち抜いたので銀次に怪我はない。だが次々迫るヴァンパイアに進路を塞がれ後退するしか選択肢がなかった。


「銀次さん」

「先に行け! 後から追いかける!」


 姿は見えないが銀次の声が聞こえる。すでに左に曲がったルナと鉄平の後方からもヴァンパイアが追いかけてきていた。


「クソ! 行くぞルナ!」


 ルナは一瞬戸惑った。しかしすぐに銀次の考えを理解したルナは背を向けて走り出した。


 マガジンなどの予備を持っているのはコウタだ。分断されて持久戦になれば補給の出来ないルナと鉄平の状況は悪くなる。銀次はそう考えたからこそ先に行けと言ったのだ。


「絶対、無事で来てよ」


 二人は先にあるドアに向かう。祈りにも似た小さな声を残して。


 *****


 一方、銀次達は後退を余儀なくされた。すでに先程のナイフを差し込んだ扉を背にしていて、これ以上は下がれない位置まで押し込まれている。


「リロードする! 前頼む!」


 銀次が後ろにいたノエルと交代、ノエルのマークスマンライフルが火を吹いた。正確な射撃でヴァンパイアの頭を次々に撃ち抜いていく。

 その間に銀次は空になったマガジンを排出し銃弾が込められたマガジンを装着した。


 その時だった。

 ナイフを差し込んでいた扉がガタガタと揺れたのだ。


「おいおい、勘弁してくれよ」


 ガタガタと揺れていた扉から、今度は強い力で叩く音が聞こえ始めた。何かが扉の向こうにいる事は確実で、前方で手一杯のこの状況で後方から襲われれば間違いなく全滅する。銀次はコウタとノエルに背を預け扉に銃口を向けた。その額に汗が流れる。


 何度か扉を叩く音がした後、大きな音と共に扉が開いた。


 扉の向こうに立っていたのは江藤とレイだ。銃口を向けられている江藤は、銀次が引き金を引くのを止めさせる為に手を突き出した。


「待って下さい! 俺です!」

「江藤!」

「先輩! ここまで下がってきてください!」


 江藤にそう言われて三人は扉へと後退した。


 三人が扉を抜けた瞬間に江藤が扉を閉めると、ヴァンパイアが扉にぶつかった音が響く。

 レイが少し離れた位置に置かれた木材を拾い上げると扉の取手に差し込んで開かないようにした。


「先輩、危ないところでしたね」

「あぁ。助かったよ。来てくれなきゃ死んでたな」


 銀次が視線を横に向けると、コウタもノエルも汗だくで息があがっている。


「江藤、ありがとう」

「お礼はまだ早いですよ、ルナさん達は?」


「先に行かせたんだが。さっきの二手に分かれてた廊下を反対に進もう。もしかしたら繋がる道があるかもしれない」


 先に行ったルナ達と合流する為に銀次達は来た道を引き返す事にした。

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