第11話 underground

 時刻は十三時。


 第Ⅰ班は江藤を含めた十名、第Ⅶ班は銀次を含めた五名が廃工場の敷地内に待機していた。


 江藤は自らが率いる九名の班員に向かって檄を飛ばす。


ワン! 俺達は地上建物内の制圧、及び地下への入り口の捜索、セブンの退路の確保だ! 二名はココで待機! 物資補給と負傷者の救護に徹しろ! 残りはバディを組んで建物内に侵入、半々に分かれて一階と二階を制圧する! 一部の窓以外は遮光されていない、おそらくヴァンパイアの数は少ないと思われる! だが油断するな! ヤツらに血の一滴もくれてやるなよ? 行くぞ!」


 江藤の言葉に第Ⅰ班のメンバー全員が応える。咆哮にも似た返事、それを合図に江藤は廃工場内に向かう。江藤に続く形で第Ⅰ班は廃工場内に入って行った。


「よし! 俺達はいつも通りだ! 俺と鉄平、ルナの三人が先頭! ノエルとコウタは少し距離を空けて援護してくれ! 中に入ったらまず地下への入り口を探す! おそらく東側のGフロアにあるはずだ!」

「何で分かるの? サラが見つけた図面には載ってなかったんでしょ?」

「あぁ。だがな、さっき外から見たらGフロアの辺りだけ内側から窓を塞いでいるのが見えた。つまりそこだけは日光を避けたいって事だ。……何かあるだろ? それからもし、地下と下水道が繋がっていた場合に備えて、ツースリーには下水道を封鎖してもらっている。ヴァンパイアの廃工場内への侵入と廃工場からの逃亡を防ぐ為だ。地下に入った後はその場の判断で動く、いいな!」


 歯切れ良い返事の後、黒いロングコートを揺らしながら五人は工場内へと足を進めた。


 廃工場は一年前に閉鎖されたばかりだ。にも関わらずロビーのガラス戸は割られ、破片が散乱している。さらに壁には何語かも分からない言語がカラフルに描かれていた。


 第Ⅶ班は事務所棟から工場がある東側に進む。窓が多く太陽光が入ってくるため視界も良く、捜索しやすい。いつもと違う状況にコウタが鉄平の後ろから声をかけた。


「ヴァンパイアって何で夜にしか出て来ないんスかね?」

「いや、日光にあたったら死ぬからだろ」

「だからいつも夜なのか……納得ッス」

「今更かよ!」

「ハジメさんも知ってたら出て行かなかっただろうなぁ」

「いや、知ってるぞ? 知らないのはお前だけだぞ?」

「そうか、今日は弔い合戦ッスね!」

「いやいや、死んでねぇよ」

「え? どういう事ですか?」

「弔い合戦って、死んだ人の仇……あーもう面倒くせぇなぁ!」

「鉄平うるさい」


 そう吐き捨てたルナが振り返って鉄平を睨みつけた。


「何で俺が怒られるんだよ」


 鉄平が小声で呟くとコウタの腹に拳を軽くぶつける。

 まあいいじゃないッスかと笑うコウタを見て班長である銀次が息を一つ吐き出した。


「何でウチの班は緊張感ないのかねぇ」


 *****


 銀次達が廃工場東側にあるGフロアに向かって進んでいくと、通路の先が大きなシャッターで閉ざされている事に気付いた。


「あそこだな」


 銀次がそう呟く。

 少し後ろを歩いていたルナは、閉ざされたシャッターより少し手前で左に視線を向けた。


「ねえ、こっちは?」


 ルナが気になったのは、Fフロアにある『排水処理設備』と書かれたプラスチックの板。フロアの奥に大きな貨物用のエレベーターが見える。


 あのエレベーターは使えるのだろうか……ルナがそんな事を考えていると後ろから二つの人影が近づいてきた。先に突入した第Ⅰ班の班長、江藤である。その隣に居るのは江藤とバディを組んでいる小麦色の肌をした女性。真っ直ぐな黒髪が肩の少し下まで伸びたその女性は銀次に握手を求めた。


「レイよ、レイ・フィールド。よろしくね」


 レイはそう言って薄い唇を開いて笑みを浮かべた。真ん中で分けられた艶のある黒髪、鼻が高くてやや吊り上がった目尻にアンバーの大きな瞳。気品のある優し気な笑みはハリウッド女優を連想させる。

 そんなレイにコウタが惚けていると江藤のインカムに状況を知らせる声が届く


『二階の全フロア異常ありません』

「了解、Gフロアに向かってくれ」


 江藤はメンバーに指示を出した後、レイと二人でFフロアを覗く。日光が入り込んで明るいが、設備の影になった箇所はライトで照らして確認した。だがヴァンパイアはおろかネズミ一匹すら居ない。


「今のところ異常はありませんね。残すはGフロアだけですが……」


 通路を塞ぐ大きなシャッターに書かれた『G』の青い文字はこすれて白ぼけている。このGフロアだけを閉ざしたのは誰か、どんな意味があったのか、ここに入る前に立てていた銀次の予想が確信に変わりつつあった。


 その大きなシャッターの横に人が通る為のドアが設置されている。銀次が半円のドアノブに手をかけて視線をルナ達に向けた。


「ルナ、開けたらライトを投げろ。それから鉄平は銃を構えておいてくれ」


 ルナと鉄平が頷いたのを確認してから銀次はドアを開けた。すかさずルナが投擲型ライトを転がすように放り込む。カラン、カラカラと転がる音が聞こえるが中は真っ暗でよく見えない。その音が止まり、今度はカチンと音が鳴ると一瞬で光が広がった。フロア内が照らされて中の様子がよく分かる。


「これどうなってんの?」


 ルナが目を丸くして呟いた。中に入って自分が投げたライトを見に行こうとするが銀次に止められてルナは口を尖らせた。


 見える範囲にヴァンパイアの姿は無い。それでも潜んでいる可能性がある以上、軽率に進むべきではない。


「影になってる場所を索敵してからだ」


 銀次がそう言ってフロアに入る、次いでルナ、鉄平、その後に江藤、レイがフロアに入った。コウタとノエルは後ろを確認しつつ最後にドアを通る。


 最初にルナの目についたのはドアのすぐ傍に放置された埃を被ったフォークリフトだった。他にも吊りコンベアやパネルのついた大きな操作盤などが設置されているが、何の工場だったのかは聞いていないし興味もない。影になっている場所も探したが、このフロアにもヴァンパイアはいなかった。


 銀次と鉄平が窓に打ちつけられた板を外すと太陽光が差し込んでくる。


 ルナは床に転がるライトを拾い上げて眺めた。

 球体だったライトは真ん中から上下に開いて伸びていた。さらに上部が八枚に割れて風車の様に開き、内側が鏡になっている。衝撃を与えてからしばらくすると、開いて中心から強い光を出してあらゆる角度に反射させる仕組みのようだ。


 ルナが上下に伸びた部分を元に戻してみると上部の開いていた部分も元に戻って光が消えた。


「技術開発部隊、やるじゃん……」


 ルナがライトに興味を示している最中も捜索は続いていた。


「あったぞ!」


 声をあげたのは江藤だ。江藤の眼前の床に約二メートル四方の穴が開いていて、地下へ下りる階段が続いている。


「ここからが本番だ。江藤とレイはここで待機していてくれ! もし日没までに俺達が出て来なければ撤退しろ!」

「……分かりました。銀次さん、終わったら久々に飲みましょうか」

「お前酒弱いだろ」


 鼻で笑った銀次はそう言うと江藤の肩を叩いて頷いた。


「よし……行くぞ!」


 銀次を先頭にルナ達は地下へと続く階段を下りて行く。


 その背中を見送った後、レイは江藤を一瞥してからもう一度階段に視線を落とした。


「大丈夫ですかね?」


 レイの問いかけに江藤は答えない。

 静寂の中、二人の視線が向けられた階段の先は闇に包まれていた。

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