第10話 合わさる意思

「待てよ! ルナ! おいルナ!」

「離せよ鉄平!」


 装備を整えているルナの手首を鉄平が掴む。明らかに様子がおかしかったルナを、鉄平と銀次が追いかけてきたのだ。案の定、ルナは一人で乗り込もうとしていた。


「今から廃工場に行く」

「だから待てって言ってんだよ! 作戦立てなきゃ返り討ちだって」

「鉄平の言う通りだ……冷静になれ」

「無理だよ! 銀次さんは悔しくないの?」

「悔しいに決まってんだろう!」


 銀次の一際大きな声が武器庫に響く。その声に滲む怒り。それが痛いぐらいに伝わってきた事で、ルナは銀次の名を小さく呟く事しか出来なかった。


「腹わたが煮えくり返って、今すぐにでも同じ目に合わしてやりてぇよ! けどな、衝動に駆られて一人で行くのは無謀な奴のする事だ」


 銀次が胸の前で左の掌に右拳をぶつけると、バチンと音が鳴った。


「だから、皆で行くんだよ」


 自分だけが腹を立てている訳ではない。皆、同じ想いなのだ。

 ルナは頷いた後、装備したばかりのホルスターを外した。

 オフィスに戻ると、すでにサラとコウタが廃工場の見取り図や下水道の位置など調べていた。


「サラ! 説明してくれ」


 銀次の言葉にサラが首を縦に一つ振ると、モニターを眺めながら説明を始めた。


「まず廃ビルが並ぶ地域から三キロほど西に進んだ場所に廃工場があります。他に廃工場は無いので、まずここで間違いないかと。それから地下についてですが、下水道は地下を通っていますが地下階層は設立時には無かったみたいです。図面を見ても記載されていません」

「寝床にしてから地下を作ったんスかね?」

「もしくは地下なんて無くて……罠かもしれないですね」

「いずれにしても現場での判断になるな。よし! 各班に協力要請をしてくる! 突入は二時間後だ!」


「はい」と五つの返事が重なる。


 二時間後の突入に向けてルナ、鉄平、コウタ、ノエルの四人は武器庫へと移動した。

 ルナは銀の刀とナイフを二本、ハンドガン二丁、マガジンも複数。さらに、新型のライトが完成したのでそれも袖を通していないコートのポケットに押し込んだ。

 鉄平はナイフとハンドガン、銀チャフをホルスターに三つぶら下げ、コンパクトサブマシンガンを手に持った。

 コウタはアサルトライフル、ノエルはマークスマンライフルに低倍率のスコープを取り付けた。

 予備のマガジンや銃器は大きな黒いカバンに入れてコウタが持ち運ぶ。


 それぞれの準備が終わる頃、武器庫のドアが開いて銀次が入ってきた。どこか浮かない表情をした銀次は頭を掻きながら呟く。


「今回の突入はⅦ班だけで行う事になった」

「何で! 相手は総理大臣公邸を襲ったヤツですよ!」


 他の班が協力してくれない事に納得できない鉄平は強い口調で問う。


「……だからだ。班員が不足している今、罠かもしれない場所に突入する必要があるのかと言われた。そう言われて、俺も言っちまったんだよ。そんな腰抜け共ならいらねぇってな」

「銀次さぁん」


 今にも泣きそうな声でコウタは銀次にすがる。もしかしたら敵のアジトかもしれない場所に突入するのだ、数は多い方が良いに決まっている。


「すまん……アツくなっちまった」


 銀次はそう言うと肩を落として見せた。

 その姿にルナが思わず吹き出してしまう。

 ルナには無謀だ何だと言ったところで、結局アツくなって自分達だけで攻めると言い張るのが銀次だ。


「プフッ……まあ、銀次さんらしいじゃん」

「そういうトコあるよなぁ」


 鉄平もルナに同調した。

 二人に納得された銀次は苦笑いを浮かべながら頬を掻く。


「いや、実はさっきサラにも怒られたんだよ」


 そこでルナと鉄平の笑い声が響く。

 武器庫の端にいるノエルの口角も少し上がっていた。


「笑うトコじゃないッスよー」


 コウタだけが子犬のような瞳を潤ませていた。


「先輩!」


 銀次の後ろから不意に響く声に、皆の視線が声のしたドアの方に集まる。そこには第Ⅰ班ワンの班長、江藤が立っていた。


「何しに来た」


 銀次は眉間に皺を寄せると低い声でそう言い放つ。


「そんな言い方はないでしょう。一緒に行かせて下さい」

「何だと? 無理に行かなくてもいいんじゃなかったのか」

「部下の前であんな事言われたら参加しない訳にはいかないでしょう。それに班員を失いたくない気持ちは先輩と同じですから。ただし、あくまでも援護とさせていただきます」

「……あぁ、十分だ。助かるよ。だが高遠隊長が許さんだろう?」

「隊長ならさっき官房長官との会合に向かいましたよ」

「バレたら確実に咎められるな」

「ちゃんと庇って下さいよ」

「あぁ、ありがとう」


 銀次はそう言うと頭を下げた。


「やめて下さいよ。あぁそれから第Ⅱ班ツー第Ⅲ班スリーも参加するって鼻息を荒くしてましたよ。今、サラさんに話を聞きに行ってます」

『銀次さん!』


 インカムから突然聞こえたサラの声が大きすぎて、銀次は首を傾けた。


『何かいっぱいオフィスに来たんですけど! ウチだけじゃなかったんですか!』

「Ⅰ、Ⅱ、Ⅲが協力してくれる事になった」

『どうするんですか? ちょっと! 勝手に私のPCに触らないでよ!』

「……今からオフィスに戻る」


 銀次は溜息を一つ吐き出してから続けた。


「先にサラを救出してくるよ」


 苦笑いを浮かべてそう言うと銀次と江藤は武器庫から出て行った。


 武器庫に残ったルナは専用の黒いコートを手に取る

 特殊な金属繊維が編み込まれたそのコートは防弾、防刃の役目を果たしているがその度合いはコートによって違う。それぞれの班員に合わせた仕様になっていて、ルナは金属繊維の比率を減らして動きやすさを重視している。その為、防弾、防刃性能は少し低い。

 防弾機能を取る班はコートではなく、特製のボディアーマーが支給されるのだ。これは各班長に選択権が与えられる。しかし、第Ⅶ班がコートを選んだのは単純に見た目が格好良いという理由だけである

 。

 ふと、ルナが鉄平の左胸に目をやると、ある変化に気づいて鉄平が着ているコートを指差した。


「コートが新しくなってる。ほら、鷹のマーク……ダサッ!」


 前回の殲滅任務で着ていたコートには無かった突入班のシンボルである銀色の鷹の刺繍が施されていた。もちろん、ルナのコートにも同じ鷹が施されている。ルナはこの鷹が気に入らないのか細い眉をひそめた。


 いつもと変わらないルナの態度に鉄平の表情が綻ぶ。


 ノエルはオフィスに戻った銀次の為の装備をカバンに詰めていた。銀次はいつも同じ装備しか持たないので、準備する暇が無い時などは代わりにノエルが準備するのがお決まりなのだ。


 そして、他チームの協力があると分かってからコウタの表情はかなり和らいだ。


 しばらくして鉄平のインカムに無線が入った。


「……はい……銀次さんの分はノエルが……はい、分かりました。……銀次さん、ロビーで待ってるってよ」

「よし! じゃあ、行こうか!」


 四人は武器庫を後にしてロビーで待つ銀次と合流。そしてフリーダがいると思われる廃工場へと出発した。


 *****


 四部隊がSBを出発してしばらく経った頃、フィリップはハジメがいるICUを訪れていた。


「ハジメ君、ちょっといいかい? 提案があるんだがねぇ……」


 そう言うとフィリップは片方の口端を上げた。

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