第13話 分かれ道 ②

「はぁ……はぁ……。何か、誘導され、てるよね?」

「たぶん、な」


 ルナと鉄平は走りながら言葉を交わす。

 銀次達と別れてからいくつか分かれ道があったが、一方からヴァンパイア達が襲いかかってきた。しかし銃弾を温存しなければならない事、そして二人並んで刀やナイフを振り回すには通路が狭すぎる事もあって、もう一方へ走り抜ける事を余儀なくされた。


 そして辿り着いた小さなスペース。その部屋のようなスペースには木製の椅子が一つ置かれているだけで他には何もない。


「はぁ……はぁ……ちょっと、休もうぜ」


 鉄平の提案にルナが頷く。二人は壁に背を預けて地べたに座り込んだ。

 ここまで走り続けで二人の息があがっている。加えて後方からの追っ手もない事から少しなら休めるだろうと考えた。


「銀次さん、聞こえる?」


 二手に分かれた銀次達を心配してルナはインカムで呼びかけた。


『ルナ! 大丈夫か?』

「私達は大丈夫。銀次さん達は?」

『みんな無事だ。江藤とレイが来てくれた。繋がってるかは分からんが別ルートからそっちに向かってる』

「良かった。じゃあまた後でね」


 その会話を聞いていた鉄平も安堵の表情を浮かべた。


「このまま二人でフリーダと戦うのは弾幕張れないからキツいな」


 廃工場への移動中に銀次はフリーダと戦う為の戦略を決めていた。フリーダは移動速度が速い為、全員での一斉射撃で避ける隙間を無くすか、視界の外から不意打ちを狙うというモノだ。だが、戦力が分散されてしまった為、その戦略は使えない。それどころか、フリーダの掌で踊らされている可能性もあるのだ。


「ヴァンパイアが追って来ないって事は、やっぱ誘導されてるよな」


 遠ざけたいのか、近づけたいのか、いずれにせよ導かれている。そしてきっと、後者なのだと二人は確信めいたものを感じていた。


「多分、待ってるよね」

「だろうな」

「つまり、最短距離って事?」

「その発想はなかったわ」


 鉄平は苦笑いしながらサブマシンガンのマガジンを替える。

 ルナも二丁のベレッタからマガジンを抜き取ると、残った銃弾を一つのマガジンに詰め替えた。そしてもう一丁のベレッタには予備のマガジンを装填した。


 高まっていた心拍数が落ち着いてきたところで、二人はほぼ同時に立ち上がる。そしてドアへと向かって歩きだした。


「行くよ!」

「しかないよな」


 ドアを開けた先は一本道の通路が続いていて、その先に今までとは少し違う両開きの扉がある。


 ルナと鉄平は目を合わせた。


 この先にフリーダがいる、二人が感じていたものが確信へと変わった。


「ルナ、どう戦う?」

「好きに暴れる」


 鉄平は呆れた表情を浮かべた。けれど、ルナを真っ直ぐに見つめるその茶色い瞳はもう揺れていない。


「まあ、そう言うと思ってたけど」


 鉄平はそう言いながら扉の右側に立つ。

 ルナは左側に立ち、もう一度目を合わせた。お互い頷いた後、銃を構えながら同時に左右の扉を開けて踏み込んだ。


 中はそれなりの広さがある。ルナ達の向かって正面の奥にはソファが置かれていて女が座っていた。


「待ちくたびれたじゃない」


 ソファに座る女はそう言うと静かに立ち上がった。

 その女の姿に鉄平は一度目を伏せる。

 女は肩の辺りまで伸びたゆるいウェーブのかかった茶色の髪を揺らし、白いレースのついたブラにガードル、太ももにはベルトをしていて複数のナイフが納められている。


 ––––––––何だよあの格好……どこ見たらいいんだ。下着か? 水着なのか?


 そんな事を考えながらも鉄平はもう一度フリーダの体を見つめた。


「何考えてんの」


 ルナの言葉に鉄平が慌てて返す。


「いや、別に。ただ、あれだ……水着か下着かどっちかなぁ……と」


 ルナは鉄平の目をじっと見つめる。そして一呼吸の間を置いてから言い放つ。


「キモ」


 鉄平は衝撃的なその言葉に肩を落とした。

 そんな鉄平をよそにルナは眼前の女に言葉を放つ。


「あんたがフリーダ? 何でハジメを襲ったんだよ!」

「別にあの坊やが目的だった訳じゃないわよ。本当に会いたかったのはルナちゃん……アナタ」

「じゃあ私だけ狙えばいいだろ!」

「あら、怒ってるの? あの坊やも怒ってたわねぇ。あの夜、右腕を踏みつけたのよ? 何度も、何度も。イイ声で鳴いてたわぁ。潰れていく肉と骨の感触……思い出しただけでゾクゾクしちゃう」


 そう言ってフリーダは体を小刻みに震わせた。瞳は蕩け、頬が赤く染まる。

 その様子を見たルナが怒り任せに銃を撃つ。しかし、銃弾が当たったのはフリーダではなく奥の壁だった。


「マジかよ」


 フリーダは素早く動き、先程立っていた場所から一メートルほど横に移動していた。


「夜道の一人歩きは危険よ?」


 続けて鉄平がサブマシンガンを放つ、がフリーダに翻弄されて当てられない。


「銃の攻撃は単調なのよ。軌道は直線的、範囲は点でしかない」


 ルナも合わせて撃つが照準がズラされてしまう。


「しかも目標に照準を合わせて撃つまでにラグが生じる。脳からの神経伝達速度の限界ね」


 フリーダは銃弾を避けながら鉄平の後ろに回り込むと太ももからナイフを抜いて背中を切りつけた。

 鉄平の口から呻き声が漏れる。


「実際に引き金を引くまでに少し移動するくらい訳ないのよ」


 それと同時に鉄平の右腕に回し蹴りを放つ、骨が折れるような鈍い音と共に鉄平の体は二メートルほど蹴り飛ばされた。


「鉄平!」

「あら、そのコート……何か編み込んであるわねぇ、あまり肉の感触が無いわ」


 ナイフに血が少ししか付いていない事にフリーダは怪訝な表情を浮かべた。それでも柄を摘むようにして顔の上にナイフを上げると、滴り落ちる血を長い舌で受け止める。


 鉄平はコンクリートの床に倒れて腕を押さえながら悶えている。


「私、銃は嫌いなの。あなたもお肉を食べる時はナイフを使うでしょ? それと同じ……食事に銃は使わない主義なの」


 フリーダはそう言って艶やかな笑みを浮かべた。


 ルナは奥歯を噛み締める。どんなに笑おうとも、何かに興味を持とうとも怒りは消えなかった。ルナはずっと怒っていたのだ。だが、怒りは攻撃を単調にさせて、大きくさせる。


 ルナは右手のハンドガンをホルスターに収め、背中に背負った鞘から銀の刀を抜いた。


「このド変態女!」


 ルナは間合いを詰めて斬りつけた。二度、三度、刀を振るうが絶妙な間合いでフリーダは避ける。四度目は横から切り払い、すぐさま左手の銃で三発撃った。


 だがフリーダはルナの攻撃を全て躱した。さらに銃弾を躱しつつ後ろ回し蹴りでルナの銃を蹴り飛ばすと、続けざまにナイフで斬りつけた。ウェーブのかかった茶色の髪が揺れて綺麗な首筋が露わになる。


「クソッ!」


 ルナはまだフリーダの動きについていけない。斬りつけられた右腕はコートが裂けて血が滲んでいる。


「ルナちゃん」


 フリーダの呼びかけに答えず、ルナは空いた左手でナイフを抜いて斬りかかる。しかし、ナイフは空を切っただけだ。続け様に上体を反らして躱したフリーダに刀で下から斬り上げた。


 フリーダはその刀を開脚後転で躱すと少し距離を置いた。


「あの坊やにも聞いたんだけど、どうしてワタシ達を殺そうとするの?」

「嫌いだから!」

「あら、シンプルね」

「見境なく人を襲うヴァンパイアに殺す以外の選択肢があるのかよ」

「見境なく襲う訳じゃないわよ? 血を味わう為に殺すの……しょ・く・じ」

「ふざけるな!」

「ふざけてないわ、アナタ達こそ命を奪っておいて大して食べないじゃない。生きる事は生命を奪う事、なのに必要以上に奪い、奪っては捨て、挙げ句の果てに人間同士で争い……また奪う。人間は愚かよ。そのくせ脆く儚いの。まるで、キャンドルの灯のようね」


 鉄平が這いつくばりながら返す。


「おまえらだって理性もなく襲うだろう!」

「あの子達は別、私達の模造品コピーよ」

模造品コピー? どう言う事?」

「んー。ルナちゃんだから教えてあげる。私達はシーヴェルト様に『力』を頂いたわ。力を与えられた者は理性を失わないのよ。来る途中で戦ったあの子達は頭脳ゲヒルンが私達の血と人間で作ったコピーなの。まぁ、私のコピーは私に従順だからついつい使っちゃうのよね」


 それはルナ達にとって衝撃的なものだった。

 ハジメが危惧していた通り、感染源はシーヴェルトだけじゃなかった。その事実はルナ達が教わってきたものを根底から覆すものだ。


「でも安心して? ルナちゃんだけは殺さないであげる」

「どういう意味?」

頭脳ゲヒルンが言ってたわ。アナタには可能性があるんだって」

「何の可能性だよ」

「えーと。……そうそう。昔、イギリスにいた男が言ってた言葉がぴったりなの」


 胸の下で腕を組んだフリーダがそう言うとその唇が弧を描くように歪む。

 一方のルナは進まない会話に苛立ちを募らせた。


「だから何なんだよ」

「『夜明けをもたDawn bringerらす者』」

「ドーンブリンガー?」

「まあ、それにはあまり興味がないんだけどね。ワタシが知りたいのはアナタの味」


 理解出来ないルナはその言葉の意味を探す。

 だがフリーダはその時間すら与える気は無かった。


「遊びは終わり。仲間が助けに来ると面倒だもの」


 フリーダがそう言うとルナとの距離を一気に詰めた。そして右腕のコートが裂けた箇所にナイフを突き刺す。


「アアァァァ!」


 ルナの悲痛な叫び声がコンクリートの壁に響く。

 フリーダはナイフを抜き捨てると、片手でルナの首を掴み、その体を持ち上げた。

 ルナは息が出来ず苦悶の表情を浮かべる事しか出来ない。血塗れの手から刀が離れて、灰色の床に音を立てた。


「私達と一緒にいらっしゃい」

「ルナ! 聞くな!」


 フリーダがその美しい顔をルナに近づける、唇と唇が今にも触れ合いそうな距離で碧と紅の瞳を見つめた。


「断っても連れて行く事には変わらないけどね」

「ふざけるな……クソ野郎」


 そう言うとナイフで刺された右手を上げて、血に濡れた中指を立てた。


「あの坊やと同じ事言うのね。もう、我慢出来ない! 味見しちゃいけないとは言われてないの……どんな味なのかしらぁ」


 フリーダがルナの白い首筋に噛み付くと、再度コンクリートの広間に悲痛な叫び声が響いた。



 ******


『銀次さん!』


 銀次のインカムにサラからの通信が入る。


『ルナ達との無線が途切れました。奥まで行くと電波が届かないみたいです。直前の映像から、恐らくフリーダと交戦していると思われます』

「そうか……また何か分かったら報告を頼む」

「先輩、もうすぐ弾切れです」

「分かった! コウタ、江藤と代われ」


 銀次はリロードが近くなった江藤を後ろに下げてコウタを前に出させる。ルナとの通信を切った後、先へ進んだ銀次達はヴァンパイアの群れに襲われていた。

 しかし、少しずつだが襲ってくるヴァンパイアの数は減ってきている。


「もう少しで合流できるはずだ! 突き進むぞ」


 ––––––––ルナ、鉄平……無事でいてくれ。

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