7. 侵入

「絶対に動かないでください。カミーナ」


神父の言葉を合図に、禍々しい気配が廊下を踏み鳴らす。三人の後方に隠れたカミーナは、思わず視線を泳がせた。

ハンキが神父から古錆びた消化斧を受け取っている。タルヴィは石弓を構え、最前線に進み出た。


暗中を蛍の様に飛び回る無数の光点。

その一つが、猛烈な勢いでタルヴィに迫った。


「タルヴィ! あぶない!」


「おっと」


カミーナが叫ぶのと同時に、彼は眉間に力を込めた。眼の裏に広がる筋肉へ、ズシリという重みが走る。


その瞬間、光点の動きが止まった。


否、止まっているのでは無い。高速度で撮られた映像のようにゆっくりと動いている。残像が細く長く引き伸ばされ、やがて闇に浮かぶ二本の曲線となった。


「そんな亀みたいな鈍足じゃ、俺は殺せないぜ」


タルヴィは線と線の間へ慎重に狙いを定め、引き金を引いた。

周囲の歪んでいた時空が一斉に動き出す。

光点は目にも止まらぬ速さで吹き飛び、暗中へ吸い込まれていった。




的中の余韻に浸るタルヴィの横で、地を揺るがす咆哮が上がる。


「ハンキ! 神父様を守……」


慌てて声のする方へ振り向いた彼は、ハッとして息を呑んだ。

物静かな戦友の姿は何処にも見えない。

ただ二匹の獰猛な獣が、本能のままに踊り狂っている。


激闘の中、ハンキの両脚がわずかによろめいた。不意を突いて怪物がドッと踏み込み、黒ずんだ鉤爪かぎづめを突き出す。ハンキは咄嗟とっさに武器を投げ捨て、両手で受け止めた。


数秒の拮抗きっこうの末に彼が押し倒されたのを見て、タルヴィは我に返った。


「待ってろ! 今助ける!」


怪物は頭を低く垂れ、獲物に喰らいつかんと激しく振り回している。タルヴィの石弓を持つ手が震えた。


(クソ! ここからじゃ狙えねえ……!)


直後、彼の隣で神父が叫んだ。


「私に武器を!」


ハンキは倒れた姿勢のまま消化斧を蹴り、神父の足元に滑らせた。彼は即座に拾い上げ、怪物のただれた胴体へ斬り込む。


唸り声と共に飛び退いた死肉を、すぐさま鉄拳が捕らえた。返り血など意にも介さず、容赦なく打ち続ける。

二人の猛攻にしもの怪物も体勢を崩し、力尽きようとした時。


「……!」


突如、神父は目前の一体に背を向け、カミーナに向かって走り出した。戸惑う彼女には目もくれず、殺意を込めた一撃を構える。

高く掲げた右腕の先がギラリと光った。


「きゃっ!?」


刃が彼女の頭上をかすめ、虚空を切った。


遅れて、忌まわしい断末魔が響く。

神父は汚れた顔に安堵の表情を浮かべた。


(わたしの後ろに……何で、わかったの?)


カミーナは薄ら寒い感覚を覚えつつ、神父に近付く。鮮血の匂いがひどく鼻を刺した。


「……もう大丈夫です」



カミーナの頬に優しく手を添え、神父はささいた。



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