6. 暗夜 下

夜半、カミーナは独り目を覚ました。


夜鷹の悲鳴は既に止み、周囲は寂々じゃくじゃくたる闇に覆われている。その静けさたるや、隣で眠っている男の息吹すら感じられぬ程に深い。

カミーナはえも言われぬ不安を覚え、男の肢体が転がる辺りに目を凝らした。


(…………)


暗闇に目が慣れるにつれ、墨色の布が穏やかに上下しているのが見えた。


(たぶん、起きないよね……)


不意に、彼女は激しい好奇心が湧き上がるのを感じた。ベッドを降り、手で周囲を探りながらソロソロと歩く。

やがて、鉄の様に冷たい机に触れた。


(神父さま、マッチは大切にしなさいって言ってたけど……少しだけ)


彼女は先のやり取りで、物品の位置をおおよそ把握していた。手早く灯を点け終え、机上を観察しようとした時。



カミーナは何かの気配を感じた。



(………?)


眠る男の呼吸は、依然としてか細いままである。そこに、もう一つの深い息遣いが重なっていた。


「だれ?」


背後に広がる暗澹あんたんへ、小さな声を投げる。

返事は無い。


「だれかいるの?」


後ろを振り返ろうとした彼女の耳に、鋭い音が突き刺さる。


頭上から、細切れのガラスが雨となって降り注いだ。カミーナは反射的にグッと目を閉じ、頭を下げる。

床の上を破片が跳ねる音が響いた。


少しして目を開けた彼女は、肉体から魂が抜け落ちるのを感じた。


「あ……」


目の前に立つ、醜く肥大した猿のようなもの。


真菌に冒された灰色の皮膚は、大半が剥がれ落ちていた。腐臭を放つ口と突き出た牙は悪鬼のそれである。ことに、落ちくぼんだ両眼からは一切の生気が感じられない。

というより、それらに責めさいなまれる亡者の形相をしていた。


「いやああああ!!! 助けて!」


ジリジリと歩み寄って来る怪物に、彼女は絹を裂くような悲鳴を上げ──。


突然、視界から怪物が消えた。

ドサリという鈍い音がして、再び部屋の壁に姿を現す。先程とは違い、潰れた頭から汁を吹き出して、弱々しく倒れていた。


「ハンキ……」


薄明かりの中に揺れる巨大な影。

握り締めた拳から体液を滴らせている。


それがカミーナに向かって伸び、硬直する体を掴み上げた。


「ごめんなさい……わたし……」


「カミーナ!!!」


少女の嗚咽混じりの言葉は、タルヴィの絶叫にさえぎられた。遅れて、扉を蹴破る音が鳴り響く。


「早く部屋を出て! まだ来ます!」


タルヴィの背後で神父が叫んだ。

ハンキは素早くカミーナを抱えて出口に走る。床に転がる怪物の四肢が踏まれ、メリメリと砕けた。


部屋を出る瞬間、カミーナは窓の向こうを垣間見た。

美しい星達が夜闇の上で輝いている。



それらは尾を引く凶星となって、部屋の中心に堕ちた。




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