5. 暗夜 上

心地よい疲れの中にあっても、カミーナは眠れなかった。夜鷹の亡者じみたわめきと、天井から聞こえる話し声に意識が向いてしまう。


「……何度も言ったように、あんたは……」


「……仕方がなかったんです……」



(一人じゃ、ねれないや)


彼女はそっと部屋を抜け出し、廊下に出た。

日中とは裏腹に、冷ややかな木造の壁は、生命を宿さぬ氷城のように思われた。その壁に三つの扉が並んでいる。カミーナから見て、奥は神父の、手前はハンキの部屋である。カミーナはそこに、一筋の光を見つけた。


(ハンキ……?)


微弱なそれは、ハンキの部屋から漏れている。カミーナは扉に手をかけ、軋まぬよう慎重に押した。


大小様々な影が散らばる中、唯一の光は机上の灯から発せられている。そのすぐ側に、烏の濡れ羽を敷き詰めたような、一つの暗黒があった。


「ねえ……」


カミーナの囁きで、黒塊がビクリと跳ねる。


「のぞいてごめんなさい、ハンキ。……今日だけ、いっしょにいてほしいの」


ハンキは緩慢かんまんな動きでカミーナの方を向いた。両眼が光を反射し、黒曜石のように煌めいている。


「…………」


「ダメ……かな」


カミーナが扉を閉めようと手を出した時、青白く痩せて骨張ほねばった指が、その手に覆い被さった。


「ひゃっ」


あまりの冷たさに驚き、カミーナは顔を上げた。

遥か頭上から見下ろす、禍々しい巨鳥の目。

そこには、少しだけ温情の色が浮かんでいた。



*     *     *



(おんなじ部屋のはずなのに、せまく感じるなあ……)


身長より遥かに巨大なベッドに腰掛け、カミーナは部屋を見渡した。そこら中が、不気味さをはらむ瓶で埋め尽くされている。薄い蛍光色を帯びるもの、埃に似た何かが詰まっているもの。それらは、幼い彼女が恐怖を覚えるには十分な品々であった。


(……ハンキのおしごとって、何してるんだろ?)


不安を紛らわす為か、心身が明かりの指す方へ動いていく。机に向かうハンキへ忍び足で近寄り、手元を覗き込んだ。


彼は両手を揃え、短い指を流れる様に動かしていた。

その隙間から、ちらちらと輝光が覗く。


動きに見惚れていると、カミーナは再び手を掴まれた。


「な、なあに?」


先程とは違う、何か硬いものが掌にのしかかる感触。ハンキが手を退けると、そこに大粒の琥珀があった。

表面に一片の傷もくもりも無く、丹念に磨き上げられている。


「……くれるの?」


カミーナは上目遣いに尋ねた。彼は少し戸惑った様子でうなずく。


「すっごくきれい……! ありがとう! たからものにする!」


「…………」



喜びに舞う小さな背中を、ぎこちない両腕が抱きとめた。

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