『知己』

ぎらぎらと光る日輪が、空の頂点を過ぎる頃。


初春の暖かな森に、一人の青年が立っていた。

端麗たんれいな顔立ちは女と思える程の優しさに満ちており、その上、なめらかな頭髪を初めとして──睫毛まつげの一本に至るまでが──美しい銀の霧氷むひょうに覆われていた。


彼こそが、近隣の村に顔を知らぬ者の居ない、温厚篤実の神父であった。


彼は何か探し物をするように、眠たげな目をゆるゆると巡らせていたが、不意に暗い林の一点で目線を止めた。

そして、老いた大樹の列に微笑みを向け、会釈した。


「お久し振りですね」


神父の呟きと同時に、一本の大木が幹を歪め始める。

やがてその形は、二本足で直立する男のものとなった。


「おや…」


男を仰ぎ見た神父は、その顔にわずかな異変があることに気付いた。

額から首元にかけて、血のにじむ小さな傷がいくつも浮かんでいる。

神父は深いため息をついて言った。


「……村の子達には、私からよく言い聞かせておきます」


男は何も答えない。

神父は悲しげな表情のまま、懐から薄染うすぞめの布を取り出し、彼に渡した。


「…ところで。宜しければ、一緒にお食事でもいかがですか。少しお話したい事があるのです」


「…………」


男は突然の誘いに戸惑いながらも、首を縦に振る。

神父の顔が少し明るさを取り戻した。



*     *     *



教会のすぐ正面、雑草の除かれた空間に食卓が設置されている。

男はそこで窮屈そうに席に着いていた。

どういう訳か、彼は神経をひどく高ぶらせた様子で料理を眺めている。


幌向苺クラウドベリーもどうぞ。今年は大きい実が沢山採れました」


礼拝堂の中から、金貨のような果実を深皿いっぱいに積んで、神父が現れた。

男は彼を見るなり、怪訝けげんな顔を作る。


「…ええ。の事です」


神父は教会の陰に目を向けた。

彼の視線の先で、一人のあどけない少女が、湿った壁に寄りかかるように眠っていた。


「数日前、遠方の孤児院を訪ねた際に出会った子です。……院での生活は自由が少なく、もっと広い所に住みたいと言うので、引き取ると決めました。善良で明るい子なのですが、一つ困った事がありまして……」


彼の唇に苦笑いが浮かんだ。


「ここで生活する為の、新しい名前が欲しいと言うのです。……幾つか提案してみたのですが、どれも気に入らないようで」


話を聞き終えた男は、しばらく考え込むような顔をしていたが、ふと足元の小枝を拾うと、何かを土に描き始めた。


「………」


上部から細い筒が伸び、中央に窓のようなものを備えた、縦に長い四角形。

背後から見ていた神父は、声を上げた。


「『暖炉カミーナ』……ですか?」


男はうなずいた。


「カミーナ…良い名前ですね。きっと気に入ってくれると思います」


神父も席に座り、男を優しい目で見つめた。


「また、近いうちにお越し下さいね。貴方の事を知ったら、遊んで欲しがるでしょうから……」

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