4. 念慮

古の尖塔が、盛りを過ぎた晴天に伸びる。暗い屋根は異界じみた形体を持ち、一日と欠かさず周囲に奇妙な魔力を放っている。


暖気を保つ為に突き出た教会の入口を、カミーナは早足で通り抜けた。仄暗い礼拝堂に出た所で、老齢の長椅子達が隊列を組んでいる。

その内の一脚にタルヴィの姿がある。抱えた石弓に潤滑剤を塗り付け、艶めく骨身を愛おしそうに眺めていた。


「……ただいま」


「オヤ、顔色が悪いね? お嬢ちゃん」


戸の軋む音にタルヴィが顔を上げる。柘榴石の目はすぐさま彼女の小変を捉えた。


「さっきが通ったよ。ソッチもやけに沈んでいたが……。何かあったのか」


「ううん、だいじょうぶ」


カミーナはそそくさと二階の自室へ向かう。

部屋横に付けられた階段を登る途中、彼女は振り返って尋ねた。


「タルヴィ、一つ聞いてもいい?」


「ウン?」


「二本足で立ってて、神父さまくらい大きな生きものって……この森にいる?」


瞬間、紅色の瞳がわずかに震えた。


「ええと……、遠くから迷い込んだひぐまとかじゃないか? 俺もガキの頃に見たことあるぜ。近づかなけりゃ襲って来ないし、怖がらなくていいよ」



*     *     *



秋の天日が頭まで地平に呑まれた後、神父が戻って来た。


夜闇の中、食堂の明かりだけが静かに揺れている。各々は普段よりくもった顔で席についていた。手元の小皿は神父のものを除き、魚脂の重厚な香りに包まれている。しばし間を置いて、積もる静けさをタルヴィが破った。


「いやあ、こんな遅くまでお疲れ様です、神父様。森で何かありましたか?」


「ええ。北東の辺りに、不審な影が見えまして……。少し追いかけたのですが、見失ってしまいました」


「そいつの話、後でよく聞かせてくださいね。念のため」


言い終えると、彼は主菜の揚げますを口に放り込んだ。鈍く光る身が大牙に裂かれ、みるみる姿を消していく。


「……はい。用事が終わり次第、部屋に行きます。二人は先に寝てくださいね」


神父は優しい調子で呼び掛ける。

白銀の目は泥の様ににごり、確かな憂いに満ちていた。



何処からか、夜鷹の叫び声が響いている。

空気は一層冷たさを増し、長い闇の来訪を告げた。

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