2. 団欒

ホペア教会がいつから村にあるのか、もはや知る人間は居ない。


教会と言えども、唯一絶対の神をあがめてはおらず、衆人向けの説教が行われた事も無い。太古から伝わる無数の土着の精が、村独自の礼式に従って祀られているのだった。

特異な地理条件と外界へのうとさから、村人達は誰もそれらの信仰に疑いの目を向けず、またとがめる者も居なかった。



風の勢いは止まることを知らない。木々と鳥達の心身は削られ続け、教会の壁は雲の鉛色に沈んでいる。その様な外観と比べ、室内が清澄せいちょうたる白さを保っているのは、かの神父が自らの仁徳の下に手入れを欠かさない為である。彼は一通り朝の用事を終え、白樺材の大テーブルに並んだ料理を誇らしげに眺めていた。


床板のミシリという音に続いて、廊下の陰から大男がぬっと姿を現した。

神父を軽々と見下ろせる背丈はいささか苦しげに見える。眼孔と頭に黒の羽毛を備え、虚ろな目は夜鷹を思わせ、総身が梟のように膨れた奇怪な男である。彼は横木に当たらないよう下げた頭を机に向け、続いてタルヴィの方を見た。不意に向けられた黒檀こくたんの瞳に、タルヴィは少しひるんで言った。


深雪ハンキよォ、今日はやけに遅いじゃねえか。夜中まで瞑想でもしてたのかい。森なら大丈夫だよ。なぁ、神父様」


神父はうなずき、男に笑いかけた。


「よく眠れなかったようですね、ハンキ。今日は早めに仕事を終わらせましょう。私もお手伝いしますよ」


ハンキは神父を一瞥いちべつし、不安を帯びた顔で部屋を見渡した。


「お寝坊さんが居るね、こんな良い匂いでも目が覚めないとは」


タルヴィが呟く。


「さぞ素敵な夢に巻かれているのでしょう、私が起こしてきます」


神父はテーブルから離れ、芳香と微弱な冷気が漂う廊下へ歩いていった。



長い栗色の床を踏みしめた先、漿果しょうかを模した飾りのある、可愛らしい扉の前で神父は呼びかけた。


「さあ、起きなさい。さもなくば貴方の取り分まで食べてしまいますよ……」

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