番外編3 かわいい後輩
マグロには友達が多い。
彼は常に多くの猫に囲まれていて、にぎやかで楽しそうにしている。
そんな感じで交流関係が恐ろしく広いわけだが、深く関わり合っている相手は少なかった。
若、たんぽぽ、ハカセ。たったの3匹だけだ。
中でも一番の友達(だと一方的に思っている相手)は、強面のボス猫、若だった。
任侠のような傷がトレードマークとなっている彼の幼少期は、現在の姿からは想像できないだろう。
この話をすると若が不機嫌になるので黙っているが、人懐っこく愛らしい子猫だった頃の若は、それはかわいかった。
子猫時代の若は、たんぽぽとマグロのコンビに憧れて、二匹の後をついて回っていた。
マグロの中での若は、今も変わらない。ヨチヨチ歩きで後ろをついてくるかわいい後輩のままだ。
お兄ちゃん、お兄ちゃんと慕って後をついてくる、小さな毛玉のようにコロコロした子猫。
だから彼がどれだけ出世しようが、自分より高い地位にいようが、細かいことは気にせず「若ちゃん、若ちゃん」と構い倒してきた。
たんぽぽも似たようなところがあるが、彼以上に表立って猫っ可愛がりしている自覚がマグロにはあった。
そんな中、例の魚面襲来事件が起こった。
勇敢で人望の厚い若は、島を守った功労者として更に名を上げた。
化け物に怖気づいた大物ボス猫に代わり前線に立って指揮を取り、猫の軍団を勝利に導いた若。
今や雌猫にモテモテ、部下になりたがる雄猫続出の将来有望株である。
ヤシチの配下であった時代から、既に頭角を現していたような彼だ。
これまでも「うちの兄貴に気安く話しかけるな!」と取り巻きにドヤされることが多々あったけれど、持ち前のコミュ力で何とかできていた。
しかし、これから先はどうなるだろうか。
あの若が、こんなところで終わるとは思えない。
きっとどんどん偉くなって、出世していくだろう。
そんな時、自分たちは変わらずにいられるだろうか。
今は仲良しな4匹の関係性も、いつか違うものに変わってしまうのではないだろうか。
それはとても寂しくて、耐え難いものに感じられた。
――だってボクには、たんぽぽやハカセのような特別な力がないもの。
若の仲間として、島の猫たちに一目置かれる存在には到底なれそうにない。
自分達の将来に思いを馳せながら、ぼんやりと波止場を眺めていると。
ふと、隣に影が差した。
知り合いの猫だろうか。
今は誰かとおしゃべりする気分でもないが、無視するわけにはいくまい。
その時、サッと音を立てて風向きが変わった。
――あれ、この匂いは……。
マグロが顔を上げる前に、脳天に強烈なチョップを食らっていた。
「いったぁ! 何すんのさ!」
思わず頭を押さえ、犯人に恨みがましい目を向ける。
文句を言われた若は、苦虫をかみつぶしたような顔でマグロを見下ろしていた。
「お調子者が、ガラになく黄昏れてんじゃねぇよ」
「ひっどーい! ボクだって、真面目に悩んだりおセンチな気持ちになることだってあるんだからね!」
「はぁ。そうかいそうかい。……はぁ。っていうか、本当にお前、めんどくさい奴だよなぁ」
深々とため息をつかれ、心臓の辺りが冷えていくのを感じた。
何か嫌われることでもしただろうか。
凍りついた表情を見た若は、マグロのおでこに追撃を入れる。
「ばーか。何があっても俺ら4匹は一生マブダチだっつの! いっしょに大事件を乗り越えた仲なのに、水臭いこと考えてるんじゃねぇよ!」
めちゃくちゃ驚いた。どうして分かった?
「え? もしかして、若ちゃんってエスパーだったりする?」
目を丸くしていると、照れ隠しなのか、目線を逸らされた。
若はちょっと拗ねたような感じで、ぶっきらぼうにブツブツ言っている。
「こんだけ付き合いが長かったら、顔を見て何考えてるかくらい分かるっつの。さっきからずっと百面相してたの、気づいてなかったのかよ」
短気な若が、気を遣ってマグロの様子を観察していたのだろうか。様子を想像すると、ちょっと面白かった。
「もしかして、心配しちゃった?」
「ばっ! 別にそんなんじゃねーよ!」
隠し事が苦手な若の鼻の頭が、ひくひくと動いている。
――なんてわかりやすいんだろう!
思わず吹き出すと、思いっきり睨まれた。
やっぱりボクの後輩はかわいい。
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