14 黒い船影

 若たち4匹にミルクとミケを加えた猫の一団。


 彼らは島の中央を南北に貫く大通りを北上し、東西に走る大きな道路にぶち当たった。


 ハカセの住み家である神社の北沿いを、東西に走る太い道路。


 それはこの島の外周をぐるりと取り巻いている環状線である。


 そして、神社からこの道を挟んだ対面に、西から寺、墓地、葬儀場の順で並んでいる。


 ここまで来るとミケはピタリと足を止め、道路の向こうに見えている細い私道を爪の先で指し示した。


「ほら、葬儀場と墓地の間に細い道があるでしょ。あそこをまっすぐ道なりに進むと、坂を上った先に斎場があるわ。じゃ、私は子供たちの世話をしないといけないから、このへんで」


「おう、助かったぜ。何か困ったことがあったら、力になるから声をかけてくれな」


 若の言葉に家路を急ぐミケが振り返ることはなかったが、彼女は気まぐれにしっぽを揺らして返事をよこした。


 ミケと分かれた一行は、周囲をキョロキョロと見渡す。


 民家が少なくひっそりと静まり返った田舎の道に車が通りかかることはなかった。


 目的地までの道が分かった猫たちは、ゾロゾロと列になって道路を渡る。


 葬儀場の前にやってきたハカセは腰を浮かせ、きょろきょろと落ち着きのない様子で周囲を見回していた。よほど怯えているのか、全身の毛が逆立ちイカ耳になっている。


「葬儀場の左隣にあるのが墓地ですよ。ほら、何だか不気味でしょう?」


「そうか? でっかい石がたくさん並んでるだけだぜ?」


 と、首をかしげる若。


 ハカセは恐ろしいとばかりに体を震わせた。――と、その時。


 ふいに背後から話しかけてくる声があった。


「こんばんは~」


 ハカセは「ギャオー!」と大きな叫び声を上げ、垂直に飛び上がった。運動音痴な彼にしては珍しく、2mを超える大ジャンプだった。


 若は肩を揺らして笑っている。


「おいおい、ビビりすぎだって。こんな小さな猫に怯えてどうする」


「猫?」


 若の視線の先には、好奇心に目をキラキラさせた白黒ブチの子猫の姿があった。


 乳離れをしたばかりの年頃だろうか。


 チョビ髭のような白い斑点がチャームポイントである彼は、知らない大人の猫を警戒する様子はなく、興奮した様子で髭をピンと膨らませている。


「ねぇねぇ、お兄ちゃんたち何してるの? 探検ごっこ?」


「まぁ、そんなところかな。君はこの辺に住んでいる子?」


 と、子供の相手が得意なマグロが進み出ると、人見知りのハカセはその背後に逃げ込んだ。それを見た若は笑いをかみ殺している。


 ビビり倒すハカセとは対照的に、子猫の肝は据わっていた。マグロだけではなく、自分よりずっと大きなたんぽぽを見ても物おじせず、猫流のあいさつを交わした。


「おれ、チョビ。お寺の住職さんと一緒に暮らしてるんだ」


「そっか。ボクはマグロ。よろしくね」


「お兄ちゃんたち、こんな遅くに何をやってるの?」


「実は探し物があって島中を探検して回ったんだけど、見つからなくってさ。それで、手がかりを知っていそうな奴に会いに行く途中なんだ。斎場に住む、クロエっておばあちゃん猫だって」


「いいな~、それ、すごく面白そう。おれも参加したい! あ。でも、夜遅くに家の近くからいなくなったら、母ちゃんカンカンに怒りそうだなぁ。……うん、今日はやめとこっと。あーあ、おれも探検ごっこしたかったな~」


 名残惜しそうな顔をする子猫に、マグロは言った。


「じゃあ、君がもうちょっと大きくなったら、いっしょに探検ごっごしようよ。ボク、港の近くにある漁協に住んでるからさ。遊びに来たら、きっと漁師のおじさんたちが美味しい物をくれると思うよ。お母さんが1人で行ってもいいよって言ってくれるようになったら、いつでも遊びに来てね」


「わーい、やったぁ。約束だよ。お兄ちゃんも今度ぜひお寺に遊びに来てね。探検の話をしてくれたら、兄弟たちも喜ぶと思うし」


 出会って即、家に遊びにおいでと誘いあっている二匹を見て、ハカセは信じられないという顔をしている。


 こんな調子ですっかり脱線したマグロだったが、ふと調査のことを思い出したようだ。


「あ、そうだ。ちょっと聞いてみたいことがあるんだけど。チョビ君の住み家の周辺では、最近何か変わったことは起きてないかな? ここ4日間くらいの話なんだけど」


「4日前? 変わったことは特にないかな。まぁ、ここのところ連日、夜遅くに小さな船が東の方からやってくるようになったことくらい?」


「「「「それだ~!」」」」


 猫たちが一斉に反応して叫び声を上げたので、チョビはキョトンとした顔で目を丸くした。


 子猫の証言によると、ここのところ連日、不思議な船影を見かけるという。それも真夜中に。


 実はこのチョビ、月や星が輝く真夜中に寺の周りを散歩するのが大好きだった。


 住処から遠く離れなければ、夜間に外を出歩いても母猫に怒られることはない。兄弟に囲まれて賑やかに過ごすのも楽しいが、一匹でフラッと気ままに散歩するのにはまた別の楽しみがあった。


 自由な時間に寝て起きる猫。どちらかと言うと夜行性である彼らにとって、真夜中や夜明け前の暗さは恐れるものではない。むしろチョビは自ら好んでその時間帯に散歩に出ていた。


 この散歩の際、彼はお気に入りの場所で長時間過ごすことが多いという。


 その場所は寺と墓地の裏手、島の外周をぐるりと取り囲む高いフェンスを潜り抜けた先にある。足場が悪く、人間が立ち入るとうっかり切り立った崖から海に転落してしまうような危険な場所だ。


 フェンスを抜けて丈の高い草をかきわけた先、崖の際に大きな岩がある。そこが彼の定位置だった。


 宙へと張り出したお気に入りの絶景スポットから、夜空や眼下に広がる真っ黒な海の様子を眺めて楽しむのがチョビの日課なのだ。


 そして、ちょうど4日前の晩のこと。


 人間がすっかり寝静まった夜遅く、チョビがいつものようにお気に入りの場所で過ごしていると。


 月が南の空に上がり切ったころに、小さな船影が決まって東の方から現れるようになったという。


 その真っ黒い船影は東の方からスルスルと夜の闇を縫うように走って来ると、北の廃鉱山沿いにぐるっと海岸線を回りこむように進んで行き、やがてチョビの真下の崖の下に吸い込まれるように消えていった。


 興味津々で崖から顔を出して下を覗き込んでみたが、島の外周はすごい藪になっている上、外に向かって張り出した崖からは海岸線は見えない。


 おそらくは崖の真下にいるであろう船の姿も、ここからでは見ることは叶わなかった。


 そしてその船影は、毎日決まって同じくらいの時間帯に東の方からやってくるという。


「それ、夜明け前に東に戻って行っていませんでしたか?」


 ようやくこの子猫に慣れてきたのか、ハカセは興奮した様子で詰め寄るように尋ねた。


 チョビによると、毎日ではないが夜明け前にここに来ることはよくあるとのことだという。


 その船が去るところを二度ほど見かけたが、決まって日が昇る前に、廃鉱山の海岸線沿いを元来た方角に戻って行くという。


「昨日の! 昨日の夜はどうでしたか!? その時間帯に、その船が去って行く姿を見かけませんでしたか!?」


 興奮した様子のハカセを見て、チョビは不思議そうな顔で答えた。


「うーんとね。昨日の明け方前にも散歩に出たと思うけど、去って行く船の姿は見てないんだよね。昨日は月が雲に隠れていてかなり暗かったから、見落としただけかもしれないけど」


 残念ながら、チョビが見たという不審船の昨晩の動向は分からないようだ。


 マグロはチョビの頭を親しみを込めてグルーミングした。


「助かったよ。多分その船がボク達が探している奴だと思う。その船の行き先を知りたくて、朝から島中を探検していたんだ」


「へぇ、そうだったんだ。おれのお手柄だね」


 チョビは役に立てたのが嬉しかったのか、とても誇らしげな顔をしている。


「手がかりが見つかって良かったね、お兄ちゃん。ここのところ毎日来ていたし、きっと今日も来るんじゃないかな。でも、ここら辺に崖の下に降りるための道はないよ。船を探しに行くって言っても、あの崖は降りられないと思うし。海に落っこちちゃうかもだから、やめた方がいいよ」


「分かった。じゃあ、別の道を探してみるね。ありがとう」


 子猫と別れた彼らは、黙って顔を見合わせた。


「どう思う、ハカセ?」


「やはり、誘拐事件があった日から、町長は毎晩船を出していたようですね。でも、もし海にひな子さんの死体を遺棄するために海にやって来たとしても、その後に毎日現れたりはしないと思います。警察が捜査をしている中、リスクを冒してまで毎日船を出す理由が謎すぎるんですよね」


 考え込むマグロの肩を、若がベシベシと軽く小突く。


「ま、東海岸を出港した船の行き先について、有力な手掛かりが得られてよかったじゃないか。あの船が毎晩、夜遅くにここを通りかかっていたことは分かっているんだ。北の海岸沿いをうろついていたんなら、廃鉱山で暮らしているクロネコ団が何か見ている可能性が高い。うまくいけば、あの船が向かった先を知っているかもしれない」


 ミルクは嬉しそうにゴロゴロと喉を鳴らしている。


「ええ、きっと有力な手掛かりになるはずですわ。聞き込みを成功させるためにも、ぜひクロエさんのお力をお借りしなくては」


 フンスフンスと鼻息も荒く、勢い込んだミルクは斎場へと駆けだして行く。若たちはそんな彼女を慌てて追いかけたのだった。

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